臆病少女と仲間たち

「…もしかしてナレーションを聞きたくなかったんじゃないか?」

狭霧はさりげなく##NAME1##を抱き寄せて真ん中に戻しながら言った。

「うーん、そうかも…」

まだルカリオの方を気にしつつ、##NAME1##はまたすっぽり狭霧の腕の中に落ち着いた。


ちょっとずつ、##NAME1##の頭の中でビデオで見たリオルと今ベランダにいるルカリオの姿が重なってきていた。





*****




───その夜。


ボスが入り口の傍らの壁に寄りかかって座り、まるで見張りのようにしてキリッと宣言した。

『幽霊殿が来ても私がここですぐに起きて丁重にお断りして立ち去っていただくので大丈夫です、##NAME1##様!』

「うん!ありがとうボス!」

本当はそんなのムリだろうと分かってはいるのだが、胸を張ってそう言うボスを見ていたら幽霊なんて怖くない気がしてきた。

そもそも私、ゴーストタイプのポケモンなら結構好きだもんね。

怖いのは人間の姿の幽霊です。


マグナはメタろうにくっついて寝ようとして弾き飛ばされて涙目になっている。

結局、ベッドのすぐそばまで来て##NAME1##の近くで寝ることにしたようだ。


番組が終わった後いつの間にか部屋に戻ってきたルカリオは、ソファーに横になっていた。

##NAME1##は立ち上がり、予備に一組あったシーツと掛け布団を持っていき、そっとかける。

ルカリオは目を開けた。

「ベランダ、寒くなかった?」

『あのくらいで寒がっていては野生で生きていけないだろう』

「…そっか。おやすみ!」

『……』

ベッドに戻ってきながら、昼間に「伝えてね」と言われたことを伝え忘れたのに気がついた。

…明日、タイミングをうかがって言おうかな…。


ベッドに戻ってくると、狭霧がこそっと##NAME1##に囁いた。

「…なあ、あのルカリオ…もしかして本当に…」

「…うん。あのリオルだよ、間違いない」

##NAME1##は頷いた。


思い出したからだ。
昼間、ビデオを見ていた時に女の子のお母さんが言った事を。


『あの赤いハンカチ、子供用にはちょっと大きいんだけど…名前を刺繍してあげたら気に入っちゃってね、洗濯してはすぐに持ち歩いてたの』




さっきルカリオと話した時に、首に巻いてある赤いスカーフに女の子の名前が刺繍されているのが少しだけ見えた。

…スカーフだと思っていたものは、あの子の形見のハンカチだったんだ…。


「明日話すよ…今日のこと」

そう言って掛け布団の中に潜り込む。

「あれっ?さぎりん、擬人化したまま?」

「…この方が、抱き締めやすいかなと」

ちょっと赤くなりながら狭霧が答え、背中に腕を回してくる。

私が怖がってたから、心配してくれたのかな。

「ふふ」

「…##NAME1##?」

「これから、怖くないや」

きゅっと抱きつきながら言うと、狭霧はかあっと赤くなって、それから##NAME1##を抱く腕に力を込めた。

「何も心配ないからな。…安心してくれ」

「うん!」







******





ところが。





「(さぎりん……何でいっつも端っこに寄っていっちゃうかなぁ…)」

狭霧は##NAME1##から離れ、もはや自分の体を壁に押し付けるようにして寝ている。

壁ぎわじゃなかったら落ちるんじゃないかと常々心配に思っているのだが、観察の結果、ギリギリで踏みとどまるようだ。

どのみち、端っこに移動することに変わりはないが。

今度は私がぎっちり捕まえてなきゃダメなのかなあ。

引きずり戻そうにも、私じゃ力が足りないよ…。

とりあえず、もそもそ移動して狭霧にも布団がかかるようにした。

心細いから、手握らせてもらおうかなあ……


そう思って布団の中でもぞもぞ探っていると、突然、背中側でもぞっと動くものが。


「(えっ、えっ、何!?)」

なにぶん怖い話を見た後なのでパニックになりかけた。

おそるおそる首をひねってそっちを見ると……



布団から、ぴょこっと見覚えのある耳が。






「……ルカリオ?」


ぎくっ


「ルカリオだよね、どうしたの?」

##NAME1##が寝ていると思ってこっそりベッドに潜り込んだらしいルカリオは、焦ってしきりに耳をぴこぴこ動かした。

『…な、何でもないっ』

「……」

##NAME1##が何も言わずに、ぴこぴこ落ち着きなく動いている耳を触ると、ルカリオが突然布団の中から顔を出した。

「わっ、ごめん!可愛かったからつい…」

『そうだ、あの番組が怖かったんだよ!悪いか!?』


「『えっ』」

同時に違うことを言った後、ルカリオはばつが悪そうにまた顔半分ほど布団に潜り、##NAME1##はふふっと笑った。

しばらくした後、##NAME1##はそっと言った。

「今日ね、リオルだった頃のあなたの話を聞いたよ」

ぴくっと、また耳が動いた。
ルカリオは何も言わない。

##NAME1##は静かに、今日のことを話した。

ビデオを見せてもらったこと、崖崩れの事故の話を聞いたこと、女の子のお母さんが、帰ってこなくなったリオルを心配していたこと……それから。


「…あの子はあなたと一緒に過ごして、充分すぎる程幸せだったはずだから、自分のせいだと思って苦しまないで欲しいって。」


ルカリオは何も言わずに聞いていた。そうして、今度は耳まで布団に潜ってしまった。

かすかな震えが、伝わってくる。

『…そんな訳、ないだろう…っ』

嗚咽をこらえながら、彼は答えた。

『もっと生きたかったはずなんだ。崖から落ちて、痛くて、苦しくて、不安だったはずなんだ。

私が…私がもっとしっかりしていれば、ちゃんと止めていれば、辛い思いをせずに今でも生きていられたはずなんだ…ッ!!』


震えながら泣くルカリオの背を、##NAME1##はそっと撫でた。

「そうかもしれないね…。でも、あなたが泣いてたら、その子もきっと、いつまでも辛いままだよ」

『………』

「あんな事故が起こらないように、子供たちを守ろうとしてたんでしょう?」

『………』


1分くらい経ってから、ぽつりとルカリオが答えた。

『…守ろうとしているのに、本当に親の心子知らずというか……過剰に心配しすぎると、引かれるものだな。
それに…あまり親しくなると…昔を思い出して辛くなる』

涙をぬぐって再びひょこっと顔を出したルカリオの頭を、微笑んで撫でた。


「それにしても、すごい変わりようだね」

『…何が』

「口調とか」

『…これくらいキッパリした調子でないと、言う事を聞く前に遊び相手にされるからな』

ため息をついてそう呟き、それから、まだ頭を撫でている##NAME1##をじっと見つめる。

「なあに?」

聞くと、ルカリオはちょっとだけ目をそらした。

『…お前は、何だか似ているから困る』

「あの子に?」

『…目が離せないところだ』

言われちゃったなあ、と頭をかいて、それからきゅっとルカリオの手を握った。

ルカリオが、目を瞬かせてこちらを見る。


「…ね、私たちと一緒に来てくれないかな?」

『……』

ルカリオは真意を確かめるようにじっと##NAME1##の目を見た。

「代わりでもいいの。私、自慢じゃないけど危なっかしさには定評あるから」



あなたに独りは、似合わないよ。


優しくルカリオの頭を撫でながら、##NAME1##はそう呟いた。

ルカリオは目を閉じて、しばらくされるがままにしている。

…やがて。


『……似ている、だが、全然違う』

微笑んだ時の雰囲気や、頭を撫でる手の優しさは、確かにあの頃を思い出す。

けれど、そばにいればいる程、確かに別の存在だと思い知る。

…それでも。


『なのに、お前といると安心する……何故だろうな』

ルカリオがくるっと背を向けてしまったので、##NAME1##は焦った。

だが、しばらくの間の後に彼は静かに言った。

『…これからは代わりでも何でもなく、お前を守ろう。
…こんなに守り甲斐のある奴は、初めて見た』


##NAME1##はそれを聞いて嬉しくなって、後ろからルカリオを抱き締めた。

『なっ…!』

「じゃあ、幽霊が出たら私が頑張ってルカリオを守るよ!」

『だから、私は…!』

「幽霊は怖いよ、仕方ないってば」

『…………そうだ、仕方ない』

助かったとばかりに同意したルカリオにクスクス笑うと、くるっと振り返って頬をつねられた。

「いたたた」

『それ以上からかうと怒るぞ』


もう怒ってるじゃない…

そう思いながら、あっと気がつく。

「名前決めなきゃ!」

『名前?…私のか?』

「うん」

考え込む##NAME1##を、ルカリオがただじっと見つめる。

…そんな見られると緊張するなあ。

「ルカリオって呼び慣れちゃったから、それに沿った感じで……でも、そのまますぎるのもアレだし……」

ついに##NAME1##は枕元のバッグから電子辞書を引っ張り出して、皆を起こさないように布団に潜って電源入れ、調べ始めた。


「決めた!」

ルカリオも、ごそごそと布団に潜って覗き込む。

##NAME1##は履歴画面に映した2つの文字を順番に示した。

「『流枷』っていうの、どう?」

『流枷?』

「うん。今はまだ、大好きだった子のことを思い出すと辛いかもしれないけど……時間が流れるうちに、悲しくならずに、幸せな思い出を振り返れるようになったらいいなって願いを込めて。」

『……』

気に入らなかった?

ルカリオが無言なので不安になって顔を覗き込むと、彼は目を見つめ返して、ふっと笑った。



『…お前といれば、いつか…そうなれる日が来るかもしれないな…』



ありがとう、いい名前だ。

その言葉を聞いてほっとした##NAME1##を見て、彼は久々に、幸せというものを感じた気がした。





















<<後日談>>


こうして、ルカリオもとい流枷が一緒に旅をするようになって数日が経ちました!


「何やってるの流枷さま」

『その呼び方はどうにかならないのか』

「だって口調が相変わらず威厳にあふれてるんだもん」

そうそう変わるものではない、もう好きにしろ。

そう言いながら、流枷は前方を歩いて小石を蹴飛ばしている。

…あれ、やっぱり私が転ぶと思ってやってるんだ…


「さぎりんが心配性なら、流枷様はアルティメット心配性って感じだね!」

隣を歩く狭霧と、前方を歩く流枷が目を見合わせた。

後ろをついてきているマグナ、メタろう、ボスは好き勝手に喋っている。

『アルティメットッテ、ナンカカッコイー!』

『極めた感がありますな!』

『……(←正直どうでもいいと思っている』

間違えた。
メタろうは喋っていなかった。



『…俺だって、##NAME1##が転んだらいつでも抱き止められるように気を配ってる』

何だか負けている気がした狭霧は控えめに呟いた。

流枷が立ち止まって振り返る。

『…転ばないようにする方が確実だろう?』

静かに火花を散らし始めた2匹を見て、##NAME1##はこれからどうなることかと頭を悩ませた。



「だから、いくら私でもそんなに転ばないってばー!」


『『いや、それはない』』

「何でこういうところだけ妙に息ピッタリなの!
私そんなにドジ?」



こればかりは流枷と狭霧だけでなく、マグナもメタろうもボスも、仲間たち全員が頷かざるを得ないのだった。












<終!>




9/11ページ