溺愛少女と仲間たち
ねえ、僕をあんなに可愛がってくれたあの人は何処に行っちゃったの?
どうして僕を迎えに来てくれないの?
雨が降ってきたよ。早く来てくれないと風邪引いちゃうよ。
ねえ…どうして…?
寒いよ。寂しいよ。
僕が寂しがりだって知ってるくせに。
ウサギって寂しいと死んじゃうんだよ?
だから早く来てよ。
もう誰でもいい。
誰でもいいから僕を一緒に連れてって…。
────────────────
パシャパシャって、水たまりを走る音が聞こえた。
向こうの方から小さな女の子がバッグを傘の代わりにして慌てて走ってくる。
これから家に帰るのかな。
女の子は走るのに精一杯で僕が道端に置かれた段ボールの中から見ていることなんて気付いてないみたい。
気付いて欲しくて、小さく鳴き声をあげてみた。
女の子は驚いたように辺りを見回して、やっと僕に気付いてくれた。
そばにしゃがみ込んで、段ボールの中を覗いてる。
『あ、ミミロルだ。こんな所でどうしたんだろう?』
女の子はそう言って、濡れるのも気にせずにひょいっと僕を抱き上げた。
その腕の中は温かくて、僕は離れないようにぎゅっとしがみつく。
『飼い主さん見当たらないね…。捨てられちゃったのかなあ…』
女の子が呟く。僕はまた悲しくなって、きゅうん…と鳴いた。
『どうしよう…。私はまだポケモントレーナーになるのは早いって言われてるんだけど…』
女の子が腕の中の僕をじっと見る。僕はより一層強くしがみついた。
雨の中、またひとり置いていかれるなんて嫌だよ。
まだ、このあったかい腕の中で抱かれていたいよ。
女の子はしばらくそのままたたずんでいた。
女の子も僕も雨のせいですっかりびしょ濡れになっちゃったけど、それでも抱かれていると温かい。
『…うちに来る?』
女の子が突然聞いた。
もちろん僕は一生懸命に頷く。
すると女の子はにっこり微笑み、くるっと方向を変えて走りだした。
僕は腕の中で揺られながらただただほっとしてた。
『…ただいまー…』
女の子がそろーっと玄関のドアを開けると、エプロンを着けたお母さんらしい女の人が走ってきた。
『お帰り、玲歌!あらあら…すっかり降られちゃったみたいね。風邪引いちゃうから早くお風呂に入って着替えなさ…って、あら?』
そこまで言って、お母さんは僕がいるのに気付いたみたい。
『玲歌…どうしたの?そのミミロル…』
「玲歌」って呼ばれた女の子はギクッとして、今まで隠すように抱いてた僕をそーっとお母さんに見せた。
『さっき、帰ってくる途中の道に捨てられてたの…』
『…玲歌…ポケモン育てるのは大きくなってからって言ったでしょ?』
『……~。でも、こんな雨の中に置いてきぼりにするなんて出来ないよ』
『…まあ、そうね…。うーん、…分かったわ!ちゃんと自分で世話するのよ?』
その途端、玲歌はぱあっと目を輝かせてぎゅっと僕を抱き締めた。
『ありがとうお母さん!』
良かった。ホントに良かった。これで僕もこの家に居ていいんだね。
玲歌は僕を捨てたりしないよね?
うん、きっと大丈夫。
僕、玲歌を信じるって決めたんだ。
だから…ずっと一緒に居てね…?
『お父さんには私が言っておくわ。大丈夫大丈夫。お父さんってば、ああ見えて可愛いもの大好きだから。それより、いっそのことそのミミロルと一緒にお風呂入って来ちゃえば?どうせその子もびしょ濡れでしょうから』
『はーい!』
お風呂に歩いて行く途中、僕が見上げてるのに気付いた玲歌は僕の頭を撫でてくれた。
さっきまで段ボールの中で震えてたのが嘘みたい。
僕、今とっても幸せだよ。
お風呂に入り終わって、夕ご飯も食べ終わった。
玲歌のお父さんも最初は僕を見て驚いてたけど、可愛いなあって言って僕を撫でたり抱っこしたりしてくれたよ。
それで僕は今、玲歌の部屋でこれから寝るところ。
玲歌は何処からか大きめの箱と余った毛布を引っ張り出してきて、あなたの寝床はここだよーって言ってた。
寝心地は良いんだけど…玲歌と一緒に寝たいなあ…。
ダメかなあ…。
暗い中ひとりで寝るのって…不安になるんだ。
朝起きたら、玲歌は居なくて…僕はまた捨てられてひとりになっちゃうんじゃないか…って。
…やっぱり、ひとりで寝るのはヤダよ…。
僕は毛布から抜け出て、そっと玲歌の布団に潜り込んだ。
出来るだけ起こさないようにしたつもりだったんだけど、玲歌は『ん?』と眠そうな声を上げてこっちを向いた。
『あれ…?いつの間にこっち来ちゃったの』
僕は連れ戻されないように玲歌に抱き付いた。
すると、玲歌はくすっと笑って抱き締めてくれた。
『うん…一緒に寝ようか。一緒だとあったかいね…』
玲歌の腕の中は温かくて、柔らかくて、いい匂いがして…とっても安心する。
少しうとうとしながら、玲歌は思い出したように言った。
『そういえば、名前…まだ決めてなかったね』
そう言って考え込んでる。
…本当は今までの名前があるんだけど…僕は、玲歌に付けてもらった名前がいいな。
10分くらい経った。もしかして寝ちゃったのかなと思い始めた頃。
『…ロア、ってどう?』
呟くみたいに玲歌が言った。
今度は僕の頭を撫でながら呼ぶ。
『ロア』
僕は玲歌から名前をもらったのが嬉しくて、きゅう、と鳴いた。
玲歌は微笑んだ。
『おやすみ…これからよろしくね、ロア』
もう寂しくなんてないよ。僕には、大好きな人が出来たんだから。
優しくて、僕をとっても大事にしてくれるんだ。
僕、玲歌が大好き。
だから、ずっとずっとそばにいてね…玲歌。
fin.
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