★ラビット・エクストラ★
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「ああ、たぶん因幡ってやつですよ、そいつ。最近、『夜叉』に入ったばかりの新人だって」
アジトで、ボクがノートパソコンで作業をしながら人物のことを尋ねると、ギターの練習をしていた豊川が答えてくれた。
「『夜叉』の知名度が急上昇したのは、ほとんど因幡のおかげらしいですよ。中学生のくせに大人数十人に囲まれていようが、臆せずに全員地に伏せるほどの実力者だとか…」
「へぇ…」
初めて会った時から油断ならないとは思っていたけど。
それに、気になっていたんだ。
あの目。
ボクに似たようで違うものを感じた。
「…今度は『夜叉』を狩るんですか?」
「いずれ、ね」
相手はボクの顔を知らない。
焦らずじっくりと様子を見るさ。
夜叉のチームが東なら、黒狐は西を拠点に動いていた。
「数日前から何を作ってるんですか?」
「ボイスチェンジャー。敵の前にあまり顔出せないから、豊川か伏見に代役を頼むと思う」
ボクの声をサンプルに作り出したものだ。
ケータイを通じて声が変換できるようになっている。
伏見と豊川は興味津々でその作業を眺めていた。
どちらも勢力を拡大させ、抗争チームを次々と潰していった。
宿命だったのだろう。
予想通り、西最強の黒狐と東最強の夜叉は衝突を繰り返した。
相手のパターンを読むために、ボクはあえて前には出なかった。
遠くで因幡達を眺めているだけだ。
なんて楽しそうに戦うんだろう。
ここが自分の居場所だと見つけたような、そんな高揚感に満ちている。
ボクはいずれ因幡と戦うんだ。
そう思うと楽しみだったんだ。
ある日、通学中のボクのケータイに1件のメールがあった。
豊川からだ。
「!!」
うつ伏せに倒れた、血まみれの豊川らしき姿が画像に添付されていた。
文章には待ち合わせ場所が書かれてある。
条件はボク一人で来い、と。
ボクは親に帰りが遅くなることをメールで送信してから駈け出した。
呼び出された場所は、小さな公園だ。
日は完全に暮れ、辺りは夜が訪れた。
公園に設置された外灯に明かりがつく。
その下にはぐったりとうつむいて座り込んでいる人影があった。
「豊川!!」
ボクは走り寄り、片膝をついて豊川の両肩をつかんだ。
瞬間、背後の気配に気づいた。
はっと肩越しに振り返ると、ヘルメット被った奴が金属バットを振り上げている。
「!!!」
ボクの目がそれをスローに見せる。
これならすぐに避けられるはずだ。
豊川を抱えて避けようとしたが、豊川はビクとも動かない。
「!?」
それどころかボクの両手首をつかみ、こちらに顔を上げてニヤリと不気味な笑みを浮かべている。
その顔は、豊川に変装した別人だった。
(罠…―――!!?)
ゴキン!!
頭に走る衝撃。
モロに受けてしまい、その場に倒れた。
じんじんと痛むところから出血した血が額を伝い、地面に広がる。
「さすがリーダー様。本当に来やがったよ」
「本当に一人だ。はっ、馬鹿じゃねーの?」
「さーて、どうやって痛めつけてやろうか…」
ゾロゾロと出てきたのはフルフェイスのヘルメットを被った連中だ。
角材や金属バットを引きずりながらこちらに近づいてくる。
「これ、昨日の抗争で落としたみたいだから返しといて」
豊川に変装していた男が、豊川のケータイをボクの脇に放り投げる。
落としたというのは嘘だな。
盗んだんだ、きっと。
こいつら、ボク達に逆恨みしている奴らか。
「う…」
起き上がろうとするが、食らった一撃が重く、まともに立つことさえできない。
どれだけ正確に視えていようが、動けなければ意味をなさない。
絶体絶命。
あの時、送信された画像をよく見ればよかったんだ。
顔は見えずとも豊川じゃないことは、冷静になれば気付けたはずだ。
ボクはいつから、冷静さを失うほど彼らを好きになってしまったのだろうか。
「ケータイ出せよ。骨折られたくなきゃ、今から一人ずつ呼び出して仲良くリンチにしてやる」
「……………」
ボクはポケットからケータイを取り出した。
怖気づいたと思ったのか、ヘルメットの連中は嘲笑する。
「やっぱ自分が可愛いよな。そりゃそーだ」
近くにいた奴がボクのケータイを取ろうと手を伸ばした。
「ボクも、そう思ってた。…昔は」
居場所を失う怖さあまり、ボクが受けた呪いを誰にも打ち明けず、普通の人間でいようとガマンばかりしてきた。
でも、豊川達は恐れるどころかこんなボクを慕ってくれる。
大切な人間って、隠しておきたい部分ごと両腕を広げて受け入れてくれる存在のことじゃないか。
そんな存在を、易々と傷つかせるわけにはいかない。
「好き勝手やってきた代償を受けるのは、ボクだけでいい…―――」
ケータイを握りつぶした。
豊川には悪いが、豊川のケータイもつかんだ石で叩き壊す。
これで誰も『黒狐』と連絡は取れない。
「仲間を売るクソなリーダーには、なりたくない」
*****
「稲荷さん!! 稲荷さん!!」
呼びかける声に目を開ける。
狭い視界に豊川と伏見が映った。
背景の空は夜明け前を告げている。
2人とも心配そうな表情でボクを窺った。
そんな顔しないで。
さあ、今日も集まろう、ボク達の巣に。
立ち上がりたくても、両脚の感覚がなかった。
全身を包む痛みに襲われ、またも意識が飛びかける。
「救急車…、伏見…、何やってんだ!! 救急車呼べ!!!」
目に涙を溜めながら豊川が叫ぶ。
はっとした伏見はケータイをかけた。
「稲荷さん…!!」
ボクを抱き起こす豊川は震えている。
それが悔しさなのか、怒りなのかはわからない。
「…豊川…」
ボクを陥れた連中はまた黒狐を襲うだろう。
ボクは豊川の袖を引いて耳元を近づけさせる。
ヘルメットを被ろうが、ボクの『目』は誤魔化されない。
見覚えのある連中が何人かいたため、どこのチームか見当がついていた。
豊川の耳元でそれを伝える。
「……わかりました…」
怒気を含んだ豊川の声。
伏見はケータイを切ってこちらに近づいてくる。
「伏見、稲荷さんをこんな目に遭わせたのは、『ラクーンドッグ』の残党だ」
「…!!」
「クソダヌキどもを絶対に逃がすな。一匹残らず狩ってやる!!」
それからボクは救急車で運ばれた。
親が来るので気遣ったのだろう、豊川と伏見は付き添わなかった。
体中の打撲に裂傷、何本か骨を折られていた。
一番酷かったのが両脚の複雑骨折だ。
医者には「もう2度と立てないかもしれない」と告げられた。
それからは静かな入院生活だ。
周りからは、タチの悪い不良集団に絡まれただけだとしか思われていない。
ケータイも壊してしまったため、豊川達とは音信不通だ。
けれど、風の噂では、『夜叉』を潰したが、その報復で『黒狐』も潰されたらしい。
チームの最後も見届けられず、ボクは一気に体の力が抜けたのを感じた。
もう2度と、あの日々には帰れない。
リハビリする気力さえ湧かなかった。
それから1年後、また噂で『黒狐』が復活したのを聞いた。
最強最悪のギャングチームの再臨。復活させたのはおそらく豊川だろう。
ネットを通して黒狐に触れてみると、その内容はあまりにも酷なものだった。
残虐非道。
メンバーが勝手をして一般人をも巻き込む騒動をいくつか起こしている。
「……違う…」
ボク達が目指していたのは、こんなものじゃない。
豊川の迷走を感じた。
「ボクは………」
何の音沙汰もないので、もう関わることはないと思っていた。
もう自分は必要ないのだとどこかで終わらせようとしていた。
「……豊川…、伏見……」
行き場のない想いに、シーツを握りしめる。
2人に会いたいよ。
「忘れたわけじゃねえのか」
「!!」
出入口に振り返ると、そこには長いロングリーゼントの男が立っていた。
「…どちら様?」
「調べた通り、ここに入院してたみたいだな。…古巣に戻りたくねえか?」
「え?」
「因幡に頼まれたんだよ。…今の黒狐には、てめーが必要だからってな」
因幡。
懐かしい名前と待ちわびていたような言葉にはっと目を見開く。
ボクは自力でベッドから下り、歩けない両脚を引きずりながら車椅子に乗る。
「…連れて行ってくれないかい…?」
許されるのなら、またあの日々へ。
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