黄昏
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■緑 の話
いつもの学校からの帰り道、ある男の子をよく見かける。何の接点もない男の子だけど、どこか危うげで寂しそうな顔をしていて……なんだか放っておけなくて、つい声をかけてしまった。
急に声をかけてしまって「怪しまれないかな?」「怖がられないかな?」って不安だったけど、その男の子はすごく冷静で、そんな心配は必要なかったみたい。
名前も知らない黒髪の男の子。その子が今どこでどうしているのかも、ボクは知らない。
***
「ねぇ、何の本を読んでるの?」
「……これは……『箱庭にいる君へ』って本だよ」
「???」
箱庭にいる君へ? 知らない本だ。最も、ボクは本には詳しくないけれど。
「……君にはまだちょっと難しいかも知れないね。これは高校の現代文に出てくる本なんだ。俺もまだ中学三年生だけど……」
「え!? 先輩だったんだ!? ご、ごめんなさい……馴れ馴れしく話しかけてしまって……」
先輩相手にタメ口使っちゃった! お、怒られるかな……?
「……別にいいよ。気軽にタメ口で話して」
男の子はそう言ってくれた。優しい人だ!
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて、タメ口で話させてもらうね!」
その男の子と色んな話をした。好きなものや趣味の話とか、何気ない会話をたくさん。
ボクは当時、中学一年生。彼は中学三年生。学校は別々だけど、家は近所だった。世間は狭いなぁ。
彼と過ごす時間はとても楽しかった。頭のいいその子は、ボクの知らないことをいっぱい教えてくれた。
でも彼はある日突然、何も言わずに消えてしまった。会えなくなってしまった。
最初に会った頃の、寂しそうな目を思い出す。
――ボクは、彼の救いになれたのかな……。
■来夜 の話]
どこにでもよくある話。俺は家にも学校にも居場所が無かった。
世に言う「愛のない家庭」で育った。両親は俺のことには無関心で基本的に放置していたし、酷い時は暴力を振るわれることもあった。学校でもいじめの標的にされていた。
いつも無口で無表情の俺は、気味が悪いらしい。気味が悪いのはどっちだよ。
教師の前では「いじめなんてありません」みたいな態度しやがって。それに騙される教師も教師だ。何も見えちゃいない。
どいつもこいつも、馬鹿ばっかり。
人間なんて嫌いだ。醜くて汚いし、すぐに嘘をつくから。動物のほうがまだ好きになれる。何も喋らない草木や花、無機物のほうがもっといいけど。
俺を助けてくれる大人も、信頼できる友達も、一人もいなかった。もうとっくの昔に諦めた。どうでも良かった。
信じられるのは自分だけ。俺を救えるのは、俺だけだから。
早く、大人になろう。大人になって、こんな腐った世界から抜け出そう。
何処か遠くに行きたいな……俺のことを誰も知らない場所に行きたい。
こんな日常から、さっさと逃げ出してしまいたい。
そんな状況だから放課後は外で過ごすことが多くて、たまに隠れて学校をサボっていたら、彼に声をかけられた。
「ねぇ、何の本を読んでるの?」
それが、名前も知らない綺麗な瞳をした少年との出会いだった。
制服からして俺と同じで中学生なことは分かっていた。幼い顔つきから、おそらく年下であろうことも。
人と関わるのは苦手だったのに会話をする気になったのは、その子が警戒心を全く感じさせない人懐っこい雰囲気を纏っていたからだろう。
俺が読んでいる本のタイトルを言うと、目を真ん丸にして、不思議そうに首を傾げて。
俺が先輩だと分かると、顔面蒼白になって慌て出す男の子。正直な子だな。嫌いじゃない。
「……別にいいよ。気軽にタメ口で話して」
俺がそう言うと、今度はパッと嬉しそうな顔になる。コロコロ表情が変わって飽きない。
きっと、上下関係なんて気にせずに俺と仲良くなりたかったのだろう。実際、俺もそうだった。
その子は当時、中学一年生。俺は当時、中学三年生。
学校は別々だけど家は近所で、帰り道に一人でいる俺をよく見かけていたらしい。心配になってつい声をかけてしまったことも、包み隠さずに話してくれた。
「なんだか疲れた顔してるね。大丈夫?」
「……大丈夫……」
「良かったら、これ食べてみて?」
「……チョコ? ん……美味い」
「甘いものって癒されるでしょ? ボク、甘いものが好きなんだ」
「……そう」
腹にたまるなら何でもいいと思っていたけど、確かに甘いものを食べるのも悪くないな。
君はいつも楽しそうに生きてるように見えるのに、僕の表情の変化によく気付くね……。
君にはこの世界が、どう映って見えているんだろう?
きっと、僕とは全く違う世界にいるんだろうな。それなのに、簡単に僕の世界に入ってくる。不思議な子だ。
素直で元気いっぱいでよく笑うその子は、いつしか俺の憧れになった。
俺も君の真似をして、いつでも笑顔でいてみようかな。明るく振る舞えば、こんな自分を変えられるのかも知れない。
僕が僕じゃなくなれば。弱い僕を殺して、新しい自分になれたら。転生したつもりになって、何もかも全てリセット出来たら。
僕は、救われるのかな。
中学を卒業する直前、俺は何も言わずにその子の前から消えた。
君は"俺"のことなんて何も知らなくていい。君がどこかで元気に生きてくれるなら、それだけでいい。だから、ずっと笑っていて。
君はどうかそのまま、綺麗なままでいて。
誰にも穢されずに、誰にも壊されないで。
――俺みたいに、なっちゃダメだよ。
いつもの学校からの帰り道、ある男の子をよく見かける。何の接点もない男の子だけど、どこか危うげで寂しそうな顔をしていて……なんだか放っておけなくて、つい声をかけてしまった。
急に声をかけてしまって「怪しまれないかな?」「怖がられないかな?」って不安だったけど、その男の子はすごく冷静で、そんな心配は必要なかったみたい。
名前も知らない黒髪の男の子。その子が今どこでどうしているのかも、ボクは知らない。
***
「ねぇ、何の本を読んでるの?」
「……これは……『箱庭にいる君へ』って本だよ」
「???」
箱庭にいる君へ? 知らない本だ。最も、ボクは本には詳しくないけれど。
「……君にはまだちょっと難しいかも知れないね。これは高校の現代文に出てくる本なんだ。俺もまだ中学三年生だけど……」
「え!? 先輩だったんだ!? ご、ごめんなさい……馴れ馴れしく話しかけてしまって……」
先輩相手にタメ口使っちゃった! お、怒られるかな……?
「……別にいいよ。気軽にタメ口で話して」
男の子はそう言ってくれた。優しい人だ!
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて、タメ口で話させてもらうね!」
その男の子と色んな話をした。好きなものや趣味の話とか、何気ない会話をたくさん。
ボクは当時、中学一年生。彼は中学三年生。学校は別々だけど、家は近所だった。世間は狭いなぁ。
彼と過ごす時間はとても楽しかった。頭のいいその子は、ボクの知らないことをいっぱい教えてくれた。
でも彼はある日突然、何も言わずに消えてしまった。会えなくなってしまった。
最初に会った頃の、寂しそうな目を思い出す。
――ボクは、彼の救いになれたのかな……。
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どこにでもよくある話。俺は家にも学校にも居場所が無かった。
世に言う「愛のない家庭」で育った。両親は俺のことには無関心で基本的に放置していたし、酷い時は暴力を振るわれることもあった。学校でもいじめの標的にされていた。
いつも無口で無表情の俺は、気味が悪いらしい。気味が悪いのはどっちだよ。
教師の前では「いじめなんてありません」みたいな態度しやがって。それに騙される教師も教師だ。何も見えちゃいない。
どいつもこいつも、馬鹿ばっかり。
人間なんて嫌いだ。醜くて汚いし、すぐに嘘をつくから。動物のほうがまだ好きになれる。何も喋らない草木や花、無機物のほうがもっといいけど。
俺を助けてくれる大人も、信頼できる友達も、一人もいなかった。もうとっくの昔に諦めた。どうでも良かった。
信じられるのは自分だけ。俺を救えるのは、俺だけだから。
早く、大人になろう。大人になって、こんな腐った世界から抜け出そう。
何処か遠くに行きたいな……俺のことを誰も知らない場所に行きたい。
こんな日常から、さっさと逃げ出してしまいたい。
そんな状況だから放課後は外で過ごすことが多くて、たまに隠れて学校をサボっていたら、彼に声をかけられた。
「ねぇ、何の本を読んでるの?」
それが、名前も知らない綺麗な瞳をした少年との出会いだった。
制服からして俺と同じで中学生なことは分かっていた。幼い顔つきから、おそらく年下であろうことも。
人と関わるのは苦手だったのに会話をする気になったのは、その子が警戒心を全く感じさせない人懐っこい雰囲気を纏っていたからだろう。
俺が読んでいる本のタイトルを言うと、目を真ん丸にして、不思議そうに首を傾げて。
俺が先輩だと分かると、顔面蒼白になって慌て出す男の子。正直な子だな。嫌いじゃない。
「……別にいいよ。気軽にタメ口で話して」
俺がそう言うと、今度はパッと嬉しそうな顔になる。コロコロ表情が変わって飽きない。
きっと、上下関係なんて気にせずに俺と仲良くなりたかったのだろう。実際、俺もそうだった。
その子は当時、中学一年生。俺は当時、中学三年生。
学校は別々だけど家は近所で、帰り道に一人でいる俺をよく見かけていたらしい。心配になってつい声をかけてしまったことも、包み隠さずに話してくれた。
「なんだか疲れた顔してるね。大丈夫?」
「……大丈夫……」
「良かったら、これ食べてみて?」
「……チョコ? ん……美味い」
「甘いものって癒されるでしょ? ボク、甘いものが好きなんだ」
「……そう」
腹にたまるなら何でもいいと思っていたけど、確かに甘いものを食べるのも悪くないな。
君はいつも楽しそうに生きてるように見えるのに、僕の表情の変化によく気付くね……。
君にはこの世界が、どう映って見えているんだろう?
きっと、僕とは全く違う世界にいるんだろうな。それなのに、簡単に僕の世界に入ってくる。不思議な子だ。
素直で元気いっぱいでよく笑うその子は、いつしか俺の憧れになった。
俺も君の真似をして、いつでも笑顔でいてみようかな。明るく振る舞えば、こんな自分を変えられるのかも知れない。
僕が僕じゃなくなれば。弱い僕を殺して、新しい自分になれたら。転生したつもりになって、何もかも全てリセット出来たら。
僕は、救われるのかな。
中学を卒業する直前、俺は何も言わずにその子の前から消えた。
君は"俺"のことなんて何も知らなくていい。君がどこかで元気に生きてくれるなら、それだけでいい。だから、ずっと笑っていて。
君はどうかそのまま、綺麗なままでいて。
誰にも穢されずに、誰にも壊されないで。
――俺みたいに、なっちゃダメだよ。