後悔しても前を向いて。

穏やかな昼下がりであるはずの教会内に鬱々とした空気が満ちていた。
その空気の根源は陰鬱とした様子で広間のベンチに腰掛けている。
あまりに気落ちした彼の様子に隣で見ていたフリウとハウルも心配そうに視線を向けた。


「…ユウキさん、大丈夫でしょうか?」
「どうだろう…だいぶ気落ちしている様子ですね。」
「さすがに目の前で弟が死んだというのは心にくるんだろう…」
「まさかこんなことになるなんて。あの国の事は気にしていました…可能な和解を希望していた隣国があんな…。」
「ざっと何があったかは聞いたけどあれは相当ショックだったはずです。何かできればいいのですが。」


泣き叫ぶわけでもなく、嘆き苦しむわけでもなく、ただぼんやりと世界を眺めているだけの瞳が逆に痛々しい。
傍にいるユリエもジュンも困ったように声をかけては励まそうとしている。

そんな自分達の視線に気が付いたのか、同じく側に座っていたトラリスが立ち上がる。
こちらに駆け寄ってくる彼にお疲れ様と声をかけると、ぎこちない笑みを一瞬浮かべて視線を落とした。


「…ユウキ君、辛そうだね。」
「うん…。正直あの時は仕方なかったと思う。能力も暴走してて僕は別行動だったし、建物の崩壊もすごかった。正直自分の身を守るのが必死なくらい。けど……、」
「……まあ実の弟が目の前で亡くなったというのだから落ち込むのも無理はない。」
「……どうにかできないかな。」

トラリスがちらりと視線を送るけど、いつもニコニコと呼びかけてくれる彼のその瞳に自分達は映っていない。
小さく息も詰めて、オッドアイの瞳を揺らしたトラリスを見て、それまで黙っていたハウルはフッと口角を上げた。


「それなら僕に任せたまえ!」
「…えっ?」
「死者はもうどうすることも出来ないが、生きている者の心癒す事くらい、僕にかかれば朝飯前さ!」


突然の発言に驚くトラリスの手をパっと掴む。そのまま意気揚々と歩き始めた彼に半ば引きずられるようにトラリスは三人の元へと戻って行った。


◇◇◇

鼻歌でも歌いだしそうな様子で前を歩くハウル。その後ろを困惑気味に歩く仲間の姿を見ながら自分も日の当たる廊下を歩いていた。きっと今の自分も彼らと似たような表情をしていることだろう。

周りが心配そうに様子をうかがっているのには気が付いていたけどユウキは漏れるため息を止める事ができなかった。
原因は数時間前にバージニアで起きた一件だ。

(……結局なにも救えなかった。)

国も、双子の弟だという彼の事も。
自分のせいで人1人の人生を狂わせ、しかも結果的に死なせてしまったという罪悪感はいくらため息をついても呼吸を止めようとするかのように胸の奥に詰まっていた。あの一瞬の逢瀬だったけど目の前で諦めた様に笑う彼は間違いなく『俺の弟』だった。
多くの国民を犠牲にして何をしてきたのか、聞いた時はたしかに困惑もしたし怒りもあったけどそれでも自分が彼にしたことを思えば攻め続けるわけにもいかず…。

不完全燃焼なこの感情を持て余して教会に戻れされた後も自問自答を繰り返していると、いつの間にかいなくなっていたトラリスが教会メンバーであるハウルに手を引かれて戻ってきた。
困惑するトラリスを無視してやってきたハウルは俺と目が合ったかと思うと開口一番に『三人に見せたい場所があるのだが!』と。
一緒に来てはくれないか?そう声をかけてきたハウルは、そのまま部屋を出て教会の中庭がある方へと進んでいった。


「…ねえ、一体どこに連れていかれるの?」
「そんなの俺にも分かんないよ。」
「こっちなにかあったか?」
「……ついたぞ、さあ見てくれ!」


進み続けた廊下の奥、大きな両開きの扉を開けると、溢れんばかりの光が一瞬、そしてその光に目が慣れるとそこにはディングの瞳の色と同じ赤い薔薇が一面に咲き誇っていた。

「…っ、うわあぁ…。」
「綺麗…。」
「僕の自慢のバラ園さ。毎日欠かさず手入れしているからね、今日も美しい!」

あまりに美しい光景にしばらく声もなく見入る三人。
驚きから中庭をぼーっと眺めているユウキにハウルは視線を向ける。
その視線に気が付いた彼は数秒思案した後ぽつりと呟いた。


「……なんでここに連れてきたんですか?」

「…ん?まあそうだね、自慢のバラを見てほしかったというのが一つ。そしてもう一つは…君の弟君の事を聞いたからかな。」
「……。」
「見てごらん。今目の前で咲き誇っているバラも、あと一週間もすれば枯れて朽ち果てるだろう。この世界に生きる以上『永遠』というものは存在しない。それは花も動物も人間も同じことだよ。」
「……でも、生きている時間を俺は彼から奪ってしまった。ディングが枯れるのを止められなかったんです。」
「そうなのかい?事の顛末はトラリスから聞いたけど僕には君が彼を枯らしたとは思えないね。」
「…、」
「確かに彼の人生は降伏に満ち溢れたものではなかったかもしれない。けど彼はそんな中で必死に最後まで生き抜いたのだろう?凛と自らの人生を生き抜いた彼は最後まで美しかった。そんな彼の人生を全否定しないであげてほしい。罪悪感を感じるのは仕方ないけど全否定してしまうのは彼の生きざまを殺してしまうのと同義だよ。」


視線は薔薇へと向けたまま、ひとり言を聞かせるかのようにゆったりと語られるハウルの言葉は、どんな慰めも受け入れる事ができなかったユウキの心の不思議とすんなり入り染みわたっていった。


…そうだ。たしかに自分は彼の事を罪悪感なんてものから全否定してしまっていたのかもしれない。
あの一瞬、話したっきりだったけど確かに彼はあの場所で生きていたし自身の選択であそこまで生きてきた。
それを全否定してしまってはハウルの言ったように彼の生きざまを殺してしまうのと同じことじゃないか。



(…俺はまた、自分の弟を殺してしまうとこだったな。)

今は悲しい。とにかく悲しくてやるせなくてしんどくて苦しいけれど、それでも悲しみ後悔し続けるよりはもっと何か出来ることがあるはず。ディングの為にも俺ができるのはそれくらいなのだから。



「…ハウルさん、」
「なんだい?」
「ありがとうございます。ハウルさん流石ですね。」
「っふふふ、そうなのだよ!僕は完璧なのさ!この薔薇のように美しく何をしても完璧!」
「あっははは…、それがないともっと完璧だとおもいますけど。」
「そんな事はないさ!有能さを否定して謙遜し続けるなんてそんな無駄なことはないね。有能さはアピールしないと。現にほらユウキ君も僕の完璧さに救われただろう!?」
「まあ…。っははは、ハウルさんは相変わらず凄いなぁ。」
「……。」


広間でぼんやりと何も映さずに俯いていた彼の瞳が愉快そうに緩められる。
その目に薔薇の赤を映してキラキラと輝いているのをみて、ハウルは満足そうに笑みを浮かべた。
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