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初めてのお友達。
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「──“かつら”、この間の話をまたしてくれない?」



廊下を出たところで、北側の部屋から顔を覗かせた蕨姫花魁に呼び止められる。
一緒に行動していた遊女がそそくさと逃げていくのを見送って、“かつら”は頬を膨らませた。

「睨むのダメって言ったのに! 花魁のわからずや!」
「仕事が終わったらって約束したじゃない。なのに、離れていこうとするからよ!」

道具を片付けに行かないと駄目でしょう、と睨めば、花魁が唇を尖らせて不満そうにする。うう、可愛い。
甘やかしては駄目なのに。こうやって幼子がわがままを聞いてもらおうとする仕草をされると、こう──嗚呼。

「急いで置いてきますから、待っててください。また八つ当たりしたら本当に怒りますからね!」
「そんなに短気じゃないもん! そのくらい待てる!」

ムッとした顔で言い返してくる蕨姫が、すぐに照れたように笑うから、“かつら”も思わず笑み返してしまう。
これが吉原の花街に巣食う鬼だというのだから、悲しいことだ。自分と彼女は敵対するもの同士だった──厳密には、“かつら”が対立しているわけではないのだけど。



蕨姫花魁との初対面は、癇癪を起こして一人の少女を痛めつけている現場に居合わせた時だった。



皆が真っ青になって固まっているところに、すぐに飛び込んで止めに入った。
そして、髪を掴み上げられて、ハサミでばさりと切られたのだ。

普通は泣き喚くものだった。けれど、“かつら”は一晩経てば戻ってしまう。
初日から多くの人に見られてしまった。自分で毎朝髪を切らねばならないなんて先が思いやられる。

「……なんだい、お前は泣かないんだな」
「面倒なことになったなとは思いますけど……え、泣いてほしかったんですか?」

きょとん、と見上げると、奇妙なものでも見るように怪訝そうな顔の──美しい女がいる。「わあ、綺麗な人」思わず口は動いて、“かつら”は両手をパタパタした。

「え、え? すごいすごい、何がどうしたらこんなになるんですか!」
「綺麗なんて当たり前の言葉で飾られても面白くないよ」
「そうかもですね! 今の私には表現するのは無理ですね!」

日本語の語彙をもっと勉強しなければ。
そういえば、杏寿郎が前に言っていた言葉もわからなかった。なんていう単語だっけ。よもやま? だったかな。

そんなことを考えていたら、蕨姫に名を聞かれた。
思わず本名を名乗りかけるもなんとか“かつら”だと応じたのだが。



──それから、なんだか懐かれた。



呼び出されてお菓子を貰ったりは当たり前。舞や稽古事も直々に教えて貰える。
先日など話に付き合っていたはずなのに気づいたら寝落ちしており、気づいたら膝枕して貰っていて反省したばかりだ。

「蕨姫花魁は、兄妹の童話が好きですね。お兄さんがいるんです?」
「そうだよ。私のことをいつも大切にしてくれるんだ」

嬉しそうに家族のことを語る横顔は、普通の人間だ。
けれど、彼女の中にもう一人いるのを、“かつら”は見逃さなかった。きっと、これが彼女のいう兄なのだろう。
彼は“かつら”のことを、いつもじいっと見ているだけだが。

「お前は孤児だったね。一人っ子なのかい?」

毎朝髪を切っている蛇腹なそれを、蕨姫が梳いてくれる。
謝ってもらってはいないが、意地っ張りな部分が邪魔をして頭を下げられないらしい鬼の娘の気持ちを、“かつら”は察していた。
もとより髪を切られたことに関して彼女自身が気にしていないのだし、気づかないフリをする。

「はい。でも、お兄さんみたいな人はいましたよ。いじめっ子気質でしたが」
「ああ、だからお前はなかなか動揺しないのか」
「納得しないでください! 自分がされたら嫌な事はしちゃダメ!」

年頃の女子のように笑い声をあげる蕨姫は知らないだろう。
店の仲間たちが、彼女のそんな笑顔を見て真っ赤になってのぼせ上がってしまっていること。

普段の絶世の美女として、怖れも抱くそれと、激しい気性のせいで人はあまり寄り付かないけれど。

“かつら”がダメだと注意すると、嬉しそうにする蕨姫。
自分たちが自ら手放してしまったのだと喪失感を覚える仲間たちも、いるのだということ。



「ねえ、“かつら”。私が本当に妖の類だったらどうする?」
「うーん、そうですねぇ。同じだなぁって安心するかなぁ」



雛鶴が切見世に送られた日。
どこか苛ついた様子で尋ねてくる蕨姫に、“かつら”は思わず素で答えてしまい、持っていた座敷遊びの道具を落としてしまった。

「私いますごく変なこと──わ、ちょっごめん、ごめんなさいっ」

慌てて振り返ってみると、ぽろぽろと涙を流す花魁の姿。
おろおろと近寄ると、ぎゅうっと袖を握り込まれて「何言ってるのよバカ」と罵られる。

この日、蕨姫は初めて仕事に出ずに、“かつら”を手放さなかった。
店主と、この時はまだ健在だった女将も心配そうだった。



蕨姫がこの時、どうな気持ちだったのかを知るのは──この時ばかりは目を閉じてくれていた、彼女の兄だけだったのかもしれない。


 
2020.02.22
※現状お礼小話は2種類のみ

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