第1章:無知の片鱗。
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05:01.敵軍の思惑。
「──ラクス嬢」
地球から尋ねてきた父方の親戚を見送りに来ていた桃色の髪の少女は、少しの笑みすら浮かべない武骨な軍服の男を見上げた。
シーゲル・クラインはスカンジナビア王国で生まれたコーディネイターだ。その遺伝子は王族との外戚に当たる。他国では命の危険を伴う生活に晒されているというが、スカンジナビアはそれほどでもなかったと思う。
「どうかされましたか?」
その軍人は本来であれば最も敬られるべき場所にいるべき人間なのだが、その権利を破棄し、国を守る剣となることを選んだ人だ。
情勢がいよいよ不安定になる兆候を察知した彼は、今後簡単に交流できないことを念頭に、最低限の算段を整えるためにわざわざ宇宙までやってきてくれた。
「愚息の嫁にと考えていた。力及ばず申し訳ない」
「まあ、まだそのようなことを?」
幼い頃に持ち上がった仮初の話題。懐かしさを覚えながら、ラクスは思わず笑ってしまった。この軍人は頭が固すぎる。
けれど愚かを通り越して、彼は自慢の息子を、生まれてすぐに一般家庭へ養子に出すことで守っていた。
たまたまラクスが幼い頃にやらかして、あれよあれよと実の親子が邂逅するようになったわけだけど。
「あまり事を急ぎますとラシードの耳にも入りますぞ」
「母上に知られるより厄介だな。気を付けよう」
シーゲルにやんわりと諭されて、ほとんど表情を動かさない軍人が慌てたように居住まいを正す。話題の人物は他のスカンジナビアの関係者に労いの言葉をかけており、聞こえていないようだけど。
「大洋州連合と南アフリカ合衆国と引き合わせていただいたこと、感謝しております」
「先に伝えた通り、今後我らには表立っての支援は出来なくなる」
非公式とはいえ、シーゲルとスカンジナビアの接点があることは知られているのだ。これより地球へ戻る軍人にとっては、健闘を祈る事しかできなくなるのが心苦しいのだろう。
「ラクス嬢だけは守れるよう準備は整えておく。許せ」
物騒なことを言い残して、一つ敬礼を残して男は船に向かっていった。それを見送りながら、ラクスは父親の大きな手を握る。
決して冗談ではないのだ。起こるかもしれない未来の一つ。ラクスの母親が既に犠牲になっている。対岸の火事ではない、目の前にある現実だった。
「ラクス、その時は迷わぬように」
「……勿論です。けれど、そうならないことを祈ります」
王族に連なる人物の背中を思いきり叩いている少年の姿を見つめながら、ラクスは小さく、父に応えた。
それから数年の後、大規模な戦争が始まることとなる──。
柔らかな日射し。爽やかな風。
道行く人々の間では笑顔は絶えず、穏やかな時間が過ぎて行く。
街中ののどかな喧噪からかけ離れた騒々しさの中、ラシードは服の袖で汗を拭った。
スポーツカーだとかコンビニや喫茶店など洒落たものは一切なく、窓の少ない建物と道にはぎっしりとトレーラーやトラックが張り付く。
この一角は、搬送作業でごたついている様子がありありとわかった。
「大尉 ──っ!」
「うっわ、いきなり専門用語かよ」
口元を引きつらせながら、ZAFTの軍人であるラシード・パークスは何とも言えない呻き声をあげてしまった。
このコロニーを有している国の軍ではそんな階級 は使わない。それだけで別の国が関わってしまっていると豪語しているようなものなのに。
「おい、ボーズ! ぼさっとしてないで、早く運ぶの手伝え!」
少し離れたところから、最近上司になってくれた人物に怒鳴られる。慌てた風を装って、ラシードは踵を返した。
ここは中立国・オーブの円筒型コロニー“ヘリオポリス”。
そして、ラシードが作業をしている場所は、“モルゲンレーテ社”という、オーブの大企業の有す社屋の地上部分にあたる。
この界隈にたむろする連中の雰囲気は明るい。
──極秘計画も完了ってとこか。
新米らしく、わたわたとした動作で仕事に励みながら、頭の中ではしっかり状況を整理する。
ラシードがヘリオポリスへ潜入することになった発端は、一枚の不鮮明な写真のせいだ。せっかく配属されたばかりの仲間たちと和気あいあいと過ごしていたのに、あの仮面野郎、自分だけ呼びつけて単独任務を言い渡してくれた。
まあ、引き受けたのは最終的に自分自身なのだが。
育ち盛りの仲間たちに厨房を借りて手料理をふるまう約束が先延ばしになってしまった。正直、恨みしかない。
不鮮明な写真一枚程度の情報しかないことからして、軍司令本部には通していない現場の独断行動だ。けれど、あの上司はラシードが断ったら違う人間に任務を振って迄遂行していただろうし、引き受けざるを得なかったというのが実際のところ。
つい最近、銃を握り始めた連中には少々荷が重い任務だ。
慣れているラシードがお膳立てしてあげる方が、ヘリオポリスの被害も少なく済む。今のところ切羽詰まったような状況でもないし、定期報告を出したばかりだから問題はない。
『地球軍の新型兵器と見ていいだろう。あそこから運び出される前に奪取・破壊する。君には、最終的な判断をする為の情報を仕入れてきてもらいたい』
もっともらしい言い方をしていたけれど、やることが決まっているのにラシードを潜入させて調査させることに意味が感じられない。もしかして自分の事を抹殺でもしたいのか。
そもそも自分は軍に所属するはずではなかったのに、無理やり自分の隊に引っ張て来たのは仮面上司だというのに。恩を仇で返されるとはこういうことか。いい度胸だな。
それともあれかな、同室を拒んだからかな。当たり前だと思うんだけどな。
パトリックもシーゲルも同情してくれたからラシードが悪いんじゃないと思うのだが。ヴェサリウスの艦長なんて申し訳なさそうに頭まで下げて来たというのに。
「期限一週間で、本日四日目。目的は果たせたし、戻ってもいいんだろうけど」
口の中で転がすように呟きながら、抱えた荷物を見下ろす。現在のラシードの身分はモルゲンレーテ社の作業員だ。立場としては、地球軍に使われている側の人間である。といっても技術協力なだけであるし、ここにいる地球軍の軍人はそれほど横柄ではない。
険悪過ぎない間柄だったからこそ、彼らの要望にいかに答えられるかに四苦八苦している社員を不憫に思っていたものだ。
ヘリオポリスは中立国オーブのコロニーで、オーブはコーディネイターを差別しない数少ない国だった。
コーディネイターとして生まれるためには結構な費用がかかる。つまりは富裕層、権威を持つ場合が多い。
そんな人間たちが、住みよい暮らしを保証する責任をその能力で実現してくれているならば、生まれてくる子供へ多額の投資をして遺伝子組み換えを行っていたところで気にしないお国柄だってあるのだ。
責任を伴う仕事はしたくなく、無難に暮らしていければそれでいい。大らかな国民性ゆえにコーディネイターへの差別意識などあまり抱かないのだと思う。ひと昔前の、塾や習い事に金をかけられるかかけられないか問題に近いだろう。
「それにしたって、あれだけの機体を、あんなちゃっちいOSで動かそうなんてなあ」
これはモルゲンレーテ社の他の社員たちと、ここ数日愚痴っていることなので他人に聞かれても怖くない。
無理難題を押し付けられた時、それがどういう無茶なのか把握できる人間というのは、余裕があれば2つの成果物を用意するのだ。
一つは、相手に配慮した成果物。もう一つは、相手に配慮しない成果物だ。後者は相手の理解度によるが、大抵は大激怒されるような完成度の高いものである。
つまり、これからZAFTが奪取・破壊しようとしている機体に積まれているOSは、やろうと思えば誰もが操縦できるだろうものなのだけど、機体を動かせる程度でしかない。
戦闘なんてもってのほか。けれど、完成度の高いものを使いこなせる人間がいなかったから、後者の成果物は明るみに出ず、モルゲンレーテ社が持ち帰ることとなる。
誰か一人でも、見込みのあるパイロットや技術者がいたらよかったのだろう。けれど残念ながら、この場にはそこまでの人間がいなかった。それが結果だ。
ちなみに、OSの作成に携わったチームは全員しょぼくれて、既に地球へ降りている。「ちくしょう、機体が可哀そうだ!」と泣いていた。悔恨の本音を聞いて思わず同情の涙が出そうになったけれど、こればかりは巡り合わせだ。仕方ない。
かくいうラシードも、機械に強くなったのはつい最近なのだけど。辛抱強く付き合ってくれた同期たちに感謝しなければ。
「なあ、護衛でエンデュミオンの鷹 が来てるんだって!」
出航の見通しが立って浮かれている地球軍の関係者の声は明るい。
彼らが話題にしている“二つ名”の持ち主は、ZAFT内部でも有名だ。ラシードの上司とも因縁があるらしく、時々上司の口から直に漏れ聞こえてくる名前である。
不思議なものだ。そんなエースが護衛だなんて。
いっそ彼に操縦させてみれば完成系のOSがお披露目されたかもしれないのに──確実に破壊対象になったろうけれども。
「土産話に丁度いいかな」
独り言ちて、ラシードは踵を返した。目指すは、地球軍の巣窟だ。
期限七日のところまだ半分のところなのだし、本日くらい好奇心に任せた行動をとっても問題ないだろう。
「──と、思っていた自分を殴りたい……」
もはや怒りを通り越して無である。
爆薬と硝煙の匂いがこんなに濃い場所にいることは随分と久しぶりだ。
爆風の衝撃で朦朧とする意識。けれど気を失うことは回避したラシードは、自分の体に異常がない事をまず確認する。地球軍の軍服に着替えて、準備万端さあ敵地へ出発進行──というところだったので、たまたま居場所に恵まれた模様。
同じ場所にいた人間も、生きているのもいれば死んでいるのもいる。瓦礫と死体を避けながら進んだ。何人かの生存は感じられたが、時間の問題だ。そのまま楽にしてやった方がいいものと判断した。
「なんだかなー誰が隠蔽したんだか」
仮面の上司が腹に一物抱えていて、ラシードを亡き者にしようとしたのか。はてまたいつもの妨害か。
後者の場合、何かあったのではないかと予定を早めて乗り込んできたんだろうけど、せめて兆候くらいわかるようにしてほしかった。危うく巻き込まれて死んでたぞ。
今から施設の外に出て避難の手段を確保した場合、本来このコロニーに所属している人間の脱出できるはずのスペースを奪ってしまうことになる。それだけは避けなければ。
仕方なしに、ラシードは前方にたたずむ白亜の戦艦を見つめた。
秘密裏に製造されていた新型艦だ。ZAFTが奪取・破壊しようとしていたMSの機体を搭載するはずだった艦である。これは事前情報にはなかったものだから、この情報はラシードが土産の一つとして持ち帰ろうとしていたものだった。
モルゲンレーテ社の人間としてのIDだけでなく、地球軍籍の少尉というIDもきちんと用意しておいてよかったと思う。特に、この混乱した状況あればそれとなくやり過ごせるはずだ。
幼い頃から戦場にいたラシードは地球軍に多少なりとも縁があった。たまたま現在ZAFTに所属しているだけである。
いや、本当に数か月前までは軍籍に入る予定はなかったのになあ。
「無事だったのは、爆発の時艦にいたほんの数名です。ほとんどが工員ですが……」
斜めにずれた艦のハッチの前で振り返ると、2名の士官がこちらに向かってくるところだった。声音からもう一方は女性か。
人員に恵まれていない船で十分な戦闘など難しいだろう。ラシードは隙を見て彼らを無力化し、降伏させて平和的な措置を取ろうと決めた。その程度の人数であれば殺らずとも無力化なんて簡単だ。
「ご無事な方が他にもおられたとは、驚きでした」
「それはお互い様です」
敵軍の敬礼で迎えると、男の方が苦笑いで答えてくれた。女士官は表情を変えることなく一つ頷き、ハッチから艦内へ進んでいく。
ノイマンと名乗った青年が、生存者の集まっている一室に向かっていることを教えてくれた。
「僕より若い、ですよね?」
「まあ。でも軍人歴は長いですよ。ほとんど戦場で育ってたんで」
無言の女性に対し、ノイマンが興味深そうな様子で語り掛けてきた。嘘は言っていない。
「それと、気難しいのがいない時は敬語やめて欲しいんですけど」
前を行く相手に聞こえないように声を潜めると、あちらは心得たといった感じで笑ってくれた。そうこうしているうちに、集合場所へ辿り着いてしまう。
「この中に士官はいるか?」女性の呼びかけに、誰も名乗り出ない。どうやら士官は、彼女とラシードだけらしい。やばい。
引きつりそうになる表情筋を叱咤しながら、ラシードはすました顔で睨んでくる相手と対峙する。
頼むからそれ以上踏み込んでくるなよ。穏便に済ませられるなら痛い思いさせずにあげたいと思うくらいの気持ちは持ち合わせているのだから。
「貴方の事を私は知らない。アーク・エンジェルへ配属される予定であったわけではないのだろう」
この人、もしかして人員の顔をすべて暗記していたりするのか。すごく怖い。
だが、ここ最近は新造艦と新型MSの受け入れの為に多くの軍関係者が出入りしていたから、女性士官はラシードのことをその類とくくってくれたようだ。
それ以上の追及もなく、きびきびと女性は指示を出していく。もともとこの艦に乗るはずだった人間ならば、勝手知ったるのだろう。そんなわけで、ラシードは女性士官ナタル・バジルールと同じ少尉でありながら、平扱いだった。
ブリッジへ辿り着き、皆で手分けして状況を精査する。艦には損害がほとんどないことがわかった。恐らくZAFT側が情報を把握し損ねている、というもの原因なのだろうけど。
全員が安堵のため息をつく中、耳をつんざくようなノイズ音を響かせたのはラシードだ。電波妨害が敵軍からなされていることを把握させ、これ以上の動きを封じる為である。
このまま諦めてくれれば一件落着。ラシードも同僚たちのところに戻れて、手料理をふるまうことが出来る。ここにいる連中は捕虜になってしまうわけだが、シーゲルにうまくやってもらえば安全だろう。
けれど、ナタルは思いのほか豪胆だった。
「艦を発信させるなど、この人員では無理です!」
抗議するノイマンの声。女性軍人は思った以上に逞しく、また、しっかりと軍人だった。
避けられるかもしれない戦いにわざわざ身を投じに行くとは。ラシードがこめかみを抑えながら、艦長席に座すナタルを諫める。
「目を背ける事で得る平穏に何の意味がある」
そう言い捨てて、順序良く支持を出し始めるナタルに、大きなため息が出た。価値観の違いか。ここでこの艦が飛び出すのと、大人しくしているのでは色々と変わってくると思うのだが──主に、コロニーの損害が。
けれど、ラシードはそれっきり文句も言わず、空いている目当ての席に着いて。
「艦の事はさっぱりですが、射撃なら引き受けます」
「なら、それを頼む」
許可を得たので、ラシードは艦の弾頭などを把握すべくパネルを叩いた。隣のシートから身を乗り出してきた人物が、「よく口答えしたなあ」と関心してくるから、片手をあげて答えて。
潜入しているラシードが自分の所属する軍に弾を打ち込むなんて裏切り行為になってしまうのだが、撤退させるための射撃と損耗率を徹底すれば逆に被害を最小限にできる。
問題は、同僚たちが深追いするかどうかというところなのだけど。
軍事要塞相手でもないのに、これ以上一般市民が多くいるはずのコロニーへ被害をもたらすなんてことしないはずだ──血のバレンタインで、その痛みを知っているはずなのだから。
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「ラミアス大尉!」
一時的な戦闘を終えた後。
結果ヘリオポリスは大きな被害を被った。
どれくらいの住人を保護・収容できるだけのポッドが存在しているのか不明だが、騒然としていた地表面は閑散としている。
白亜の戦艦アーク・エンジェルのもとへ、トレーラーで姿を見せたのは女性士官だ。
ナタルよりも階級は上のようで、心なしか彼女のとげとげしていた雰囲気が柔らかくなった気がする。思いのほか可愛いところあるじゃないか。
「あー……感動の再会を邪魔して悪いんだがー」
ふと見上げれば、仮初の青空にはぽっかりと闇が口を開けていた。
先ほどのZAFTの襲撃で、奪取を免れたMSの一つが装備品を使い、大型ビーム砲を放ってしまった結果できたものだった。
焦ってやらかしてしまったのだろうか。まさか、装備品の威力を知らなかったとかないだろうな。いや、OSを使いこなせなかった連中だからあり得るかもしれない。何それ怖い。
「艦長をはじめ、主だった士官はみな戦死されました」
この場合、ZAFTにも非はあるんだろうけど、やらかしたのは地球軍だから責任の重きは後者だろうか。ところで自分はどうしよう。逃げるタイミングを逃した気がする。
でも、自分の動きは間違ってなかったはずだ。普通、四日で情報収集を終えられるわけない。七日という期限だって難関だったのに。無茶ぶりで多くの一般人を巻き込む結果を招くとか酷いパワハラだな。
「指揮を執れ、君が艦長だ。先任大尉は俺だろうが、この艦の事はわからん」
外野では誰が新造艦の艦長をするかで揉めているようだが。エンデュミオンの鷹の艦長姿も絵になりそうではあるけど、彼の場合まだ現役でMAを乗り回している方がいいだろう。何より戦力が皆無だし。
そう考えると、MSの戦闘がとっても苦手な部下を抱え続けることに、あの変態仮面──ラウ・ル・クルーゼは嫌になったのかもしれない。だからZAFTに入る気なんてなかったのに。
そう思うと、こうして生きていることは最上級の嫌がらせな気がしてきた。ご愁傷様である。
「キラ……大丈夫かしら」
なんて悪態をついていたら、聞こえてでもいたのだろうか、ZAFTの機体が再度コロニー内部に姿を見せたというから、周囲が騒然となった。
不安そうに彼らが辿ってきた道の方を伺っている学生たち。ラシードは、彼らに声をかけた。
「なあ、お前らはぐれた友達でもいるのか?」
「はぐれたというか……」
紅一点の少女が口ごもる。その肩を支える少年の発言で、先ほどコロニーに大穴を開けてしまったのが一般人であることをラシードは把握してしまった。
それは、申し訳ない事をしてしまった。可哀そうに。うちの所属部隊が多大なご迷惑をかけてしまい申し訳ない。
「わかった、ありがとな。お前らも艦の中に入って頭抱えて身を縮めてろ──バジルール少尉! オレがストライクのほうに行って来ます」
転がっていたバイクを起こし、駆動に問題がない事を確認する。
「一般人は本来保護対象だ。結果的に戦わせてしまっているのが現状ですし、誰か着いてないと心細いでしょう」
「あの、キラは! 私たちを助けようとして……」
まるで庇うような訴え。
ラシードは目を瞬かせつつ、思わず年頃の女の子の頭に伸ばしかけた手を、無理やり修正して傍らの少年の頭をぐちゃぐちゃにする。
「そっか。そいつ、優しい奴なんだな」
照れたような顔で、元気に返事をする少年たちも少しは落ち着いただろう。
新艦長の許可も得たので、ラシードはバイクにまたがった。
ここへ来て、自軍へ戻る機会を得るとか、我ながら悪運が良い。
ストライクを介して仲間に連絡を取って、彼らを投降させて終わりだ。一般人相手なら難易度は下がる。それに、アーク・エンジェル内に細工をしてきたから無力化に時間はかからない。
このコロニーが崩壊しないようにするのが大事だ。まだ逃げ遅れている人間がいるかもしれないのだから。
キラという学生と、その仲間たちはすぐにメンタルケア施設に直行だ。そのくらいしなければならない責任はあるはず。
そんなことを考えながら、銃爆撃装備の同僚たちに舌打ちしつつ、ラシードはストライクの元へ向かうのだった。
「──ラクス嬢」
地球から尋ねてきた父方の親戚を見送りに来ていた桃色の髪の少女は、少しの笑みすら浮かべない武骨な軍服の男を見上げた。
シーゲル・クラインはスカンジナビア王国で生まれたコーディネイターだ。その遺伝子は王族との外戚に当たる。他国では命の危険を伴う生活に晒されているというが、スカンジナビアはそれほどでもなかったと思う。
「どうかされましたか?」
その軍人は本来であれば最も敬られるべき場所にいるべき人間なのだが、その権利を破棄し、国を守る剣となることを選んだ人だ。
情勢がいよいよ不安定になる兆候を察知した彼は、今後簡単に交流できないことを念頭に、最低限の算段を整えるためにわざわざ宇宙までやってきてくれた。
「愚息の嫁にと考えていた。力及ばず申し訳ない」
「まあ、まだそのようなことを?」
幼い頃に持ち上がった仮初の話題。懐かしさを覚えながら、ラクスは思わず笑ってしまった。この軍人は頭が固すぎる。
けれど愚かを通り越して、彼は自慢の息子を、生まれてすぐに一般家庭へ養子に出すことで守っていた。
たまたまラクスが幼い頃にやらかして、あれよあれよと実の親子が邂逅するようになったわけだけど。
「あまり事を急ぎますとラシードの耳にも入りますぞ」
「母上に知られるより厄介だな。気を付けよう」
シーゲルにやんわりと諭されて、ほとんど表情を動かさない軍人が慌てたように居住まいを正す。話題の人物は他のスカンジナビアの関係者に労いの言葉をかけており、聞こえていないようだけど。
「大洋州連合と南アフリカ合衆国と引き合わせていただいたこと、感謝しております」
「先に伝えた通り、今後我らには表立っての支援は出来なくなる」
非公式とはいえ、シーゲルとスカンジナビアの接点があることは知られているのだ。これより地球へ戻る軍人にとっては、健闘を祈る事しかできなくなるのが心苦しいのだろう。
「ラクス嬢だけは守れるよう準備は整えておく。許せ」
物騒なことを言い残して、一つ敬礼を残して男は船に向かっていった。それを見送りながら、ラクスは父親の大きな手を握る。
決して冗談ではないのだ。起こるかもしれない未来の一つ。ラクスの母親が既に犠牲になっている。対岸の火事ではない、目の前にある現実だった。
「ラクス、その時は迷わぬように」
「……勿論です。けれど、そうならないことを祈ります」
王族に連なる人物の背中を思いきり叩いている少年の姿を見つめながら、ラクスは小さく、父に応えた。
それから数年の後、大規模な戦争が始まることとなる──。
柔らかな日射し。爽やかな風。
道行く人々の間では笑顔は絶えず、穏やかな時間が過ぎて行く。
街中ののどかな喧噪からかけ離れた騒々しさの中、ラシードは服の袖で汗を拭った。
スポーツカーだとかコンビニや喫茶店など洒落たものは一切なく、窓の少ない建物と道にはぎっしりとトレーラーやトラックが張り付く。
この一角は、搬送作業でごたついている様子がありありとわかった。
「
「うっわ、いきなり専門用語かよ」
口元を引きつらせながら、ZAFTの軍人であるラシード・パークスは何とも言えない呻き声をあげてしまった。
このコロニーを有している国の軍では
「おい、ボーズ! ぼさっとしてないで、早く運ぶの手伝え!」
少し離れたところから、最近上司になってくれた人物に怒鳴られる。慌てた風を装って、ラシードは踵を返した。
ここは中立国・オーブの円筒型コロニー“ヘリオポリス”。
そして、ラシードが作業をしている場所は、“モルゲンレーテ社”という、オーブの大企業の有す社屋の地上部分にあたる。
この界隈にたむろする連中の雰囲気は明るい。
──極秘計画も完了ってとこか。
新米らしく、わたわたとした動作で仕事に励みながら、頭の中ではしっかり状況を整理する。
ラシードがヘリオポリスへ潜入することになった発端は、一枚の不鮮明な写真のせいだ。せっかく配属されたばかりの仲間たちと和気あいあいと過ごしていたのに、あの仮面野郎、自分だけ呼びつけて単独任務を言い渡してくれた。
まあ、引き受けたのは最終的に自分自身なのだが。
育ち盛りの仲間たちに厨房を借りて手料理をふるまう約束が先延ばしになってしまった。正直、恨みしかない。
不鮮明な写真一枚程度の情報しかないことからして、軍司令本部には通していない現場の独断行動だ。けれど、あの上司はラシードが断ったら違う人間に任務を振って迄遂行していただろうし、引き受けざるを得なかったというのが実際のところ。
つい最近、銃を握り始めた連中には少々荷が重い任務だ。
慣れているラシードがお膳立てしてあげる方が、ヘリオポリスの被害も少なく済む。今のところ切羽詰まったような状況でもないし、定期報告を出したばかりだから問題はない。
『地球軍の新型兵器と見ていいだろう。あそこから運び出される前に奪取・破壊する。君には、最終的な判断をする為の情報を仕入れてきてもらいたい』
もっともらしい言い方をしていたけれど、やることが決まっているのにラシードを潜入させて調査させることに意味が感じられない。もしかして自分の事を抹殺でもしたいのか。
そもそも自分は軍に所属するはずではなかったのに、無理やり自分の隊に引っ張て来たのは仮面上司だというのに。恩を仇で返されるとはこういうことか。いい度胸だな。
それともあれかな、同室を拒んだからかな。当たり前だと思うんだけどな。
パトリックもシーゲルも同情してくれたからラシードが悪いんじゃないと思うのだが。ヴェサリウスの艦長なんて申し訳なさそうに頭まで下げて来たというのに。
「期限一週間で、本日四日目。目的は果たせたし、戻ってもいいんだろうけど」
口の中で転がすように呟きながら、抱えた荷物を見下ろす。現在のラシードの身分はモルゲンレーテ社の作業員だ。立場としては、地球軍に使われている側の人間である。といっても技術協力なだけであるし、ここにいる地球軍の軍人はそれほど横柄ではない。
険悪過ぎない間柄だったからこそ、彼らの要望にいかに答えられるかに四苦八苦している社員を不憫に思っていたものだ。
ヘリオポリスは中立国オーブのコロニーで、オーブはコーディネイターを差別しない数少ない国だった。
コーディネイターとして生まれるためには結構な費用がかかる。つまりは富裕層、権威を持つ場合が多い。
そんな人間たちが、住みよい暮らしを保証する責任をその能力で実現してくれているならば、生まれてくる子供へ多額の投資をして遺伝子組み換えを行っていたところで気にしないお国柄だってあるのだ。
責任を伴う仕事はしたくなく、無難に暮らしていければそれでいい。大らかな国民性ゆえにコーディネイターへの差別意識などあまり抱かないのだと思う。ひと昔前の、塾や習い事に金をかけられるかかけられないか問題に近いだろう。
「それにしたって、あれだけの機体を、あんなちゃっちいOSで動かそうなんてなあ」
これはモルゲンレーテ社の他の社員たちと、ここ数日愚痴っていることなので他人に聞かれても怖くない。
無理難題を押し付けられた時、それがどういう無茶なのか把握できる人間というのは、余裕があれば2つの成果物を用意するのだ。
一つは、相手に配慮した成果物。もう一つは、相手に配慮しない成果物だ。後者は相手の理解度によるが、大抵は大激怒されるような完成度の高いものである。
つまり、これからZAFTが奪取・破壊しようとしている機体に積まれているOSは、やろうと思えば誰もが操縦できるだろうものなのだけど、機体を動かせる程度でしかない。
戦闘なんてもってのほか。けれど、完成度の高いものを使いこなせる人間がいなかったから、後者の成果物は明るみに出ず、モルゲンレーテ社が持ち帰ることとなる。
誰か一人でも、見込みのあるパイロットや技術者がいたらよかったのだろう。けれど残念ながら、この場にはそこまでの人間がいなかった。それが結果だ。
ちなみに、OSの作成に携わったチームは全員しょぼくれて、既に地球へ降りている。「ちくしょう、機体が可哀そうだ!」と泣いていた。悔恨の本音を聞いて思わず同情の涙が出そうになったけれど、こればかりは巡り合わせだ。仕方ない。
かくいうラシードも、機械に強くなったのはつい最近なのだけど。辛抱強く付き合ってくれた同期たちに感謝しなければ。
「なあ、護衛で
出航の見通しが立って浮かれている地球軍の関係者の声は明るい。
彼らが話題にしている“二つ名”の持ち主は、ZAFT内部でも有名だ。ラシードの上司とも因縁があるらしく、時々上司の口から直に漏れ聞こえてくる名前である。
不思議なものだ。そんなエースが護衛だなんて。
いっそ彼に操縦させてみれば完成系のOSがお披露目されたかもしれないのに──確実に破壊対象になったろうけれども。
「土産話に丁度いいかな」
独り言ちて、ラシードは踵を返した。目指すは、地球軍の巣窟だ。
期限七日のところまだ半分のところなのだし、本日くらい好奇心に任せた行動をとっても問題ないだろう。
「──と、思っていた自分を殴りたい……」
もはや怒りを通り越して無である。
爆薬と硝煙の匂いがこんなに濃い場所にいることは随分と久しぶりだ。
爆風の衝撃で朦朧とする意識。けれど気を失うことは回避したラシードは、自分の体に異常がない事をまず確認する。地球軍の軍服に着替えて、準備万端さあ敵地へ出発進行──というところだったので、たまたま居場所に恵まれた模様。
同じ場所にいた人間も、生きているのもいれば死んでいるのもいる。瓦礫と死体を避けながら進んだ。何人かの生存は感じられたが、時間の問題だ。そのまま楽にしてやった方がいいものと判断した。
「なんだかなー誰が隠蔽したんだか」
仮面の上司が腹に一物抱えていて、ラシードを亡き者にしようとしたのか。はてまたいつもの妨害か。
後者の場合、何かあったのではないかと予定を早めて乗り込んできたんだろうけど、せめて兆候くらいわかるようにしてほしかった。危うく巻き込まれて死んでたぞ。
今から施設の外に出て避難の手段を確保した場合、本来このコロニーに所属している人間の脱出できるはずのスペースを奪ってしまうことになる。それだけは避けなければ。
仕方なしに、ラシードは前方にたたずむ白亜の戦艦を見つめた。
秘密裏に製造されていた新型艦だ。ZAFTが奪取・破壊しようとしていたMSの機体を搭載するはずだった艦である。これは事前情報にはなかったものだから、この情報はラシードが土産の一つとして持ち帰ろうとしていたものだった。
モルゲンレーテ社の人間としてのIDだけでなく、地球軍籍の少尉というIDもきちんと用意しておいてよかったと思う。特に、この混乱した状況あればそれとなくやり過ごせるはずだ。
幼い頃から戦場にいたラシードは地球軍に多少なりとも縁があった。たまたま現在ZAFTに所属しているだけである。
いや、本当に数か月前までは軍籍に入る予定はなかったのになあ。
「無事だったのは、爆発の時艦にいたほんの数名です。ほとんどが工員ですが……」
斜めにずれた艦のハッチの前で振り返ると、2名の士官がこちらに向かってくるところだった。声音からもう一方は女性か。
人員に恵まれていない船で十分な戦闘など難しいだろう。ラシードは隙を見て彼らを無力化し、降伏させて平和的な措置を取ろうと決めた。その程度の人数であれば殺らずとも無力化なんて簡単だ。
「ご無事な方が他にもおられたとは、驚きでした」
「それはお互い様です」
敵軍の敬礼で迎えると、男の方が苦笑いで答えてくれた。女士官は表情を変えることなく一つ頷き、ハッチから艦内へ進んでいく。
ノイマンと名乗った青年が、生存者の集まっている一室に向かっていることを教えてくれた。
「僕より若い、ですよね?」
「まあ。でも軍人歴は長いですよ。ほとんど戦場で育ってたんで」
無言の女性に対し、ノイマンが興味深そうな様子で語り掛けてきた。嘘は言っていない。
「それと、気難しいのがいない時は敬語やめて欲しいんですけど」
前を行く相手に聞こえないように声を潜めると、あちらは心得たといった感じで笑ってくれた。そうこうしているうちに、集合場所へ辿り着いてしまう。
「この中に士官はいるか?」女性の呼びかけに、誰も名乗り出ない。どうやら士官は、彼女とラシードだけらしい。やばい。
引きつりそうになる表情筋を叱咤しながら、ラシードはすました顔で睨んでくる相手と対峙する。
頼むからそれ以上踏み込んでくるなよ。穏便に済ませられるなら痛い思いさせずにあげたいと思うくらいの気持ちは持ち合わせているのだから。
「貴方の事を私は知らない。アーク・エンジェルへ配属される予定であったわけではないのだろう」
この人、もしかして人員の顔をすべて暗記していたりするのか。すごく怖い。
だが、ここ最近は新造艦と新型MSの受け入れの為に多くの軍関係者が出入りしていたから、女性士官はラシードのことをその類とくくってくれたようだ。
それ以上の追及もなく、きびきびと女性は指示を出していく。もともとこの艦に乗るはずだった人間ならば、勝手知ったるのだろう。そんなわけで、ラシードは女性士官ナタル・バジルールと同じ少尉でありながら、平扱いだった。
ブリッジへ辿り着き、皆で手分けして状況を精査する。艦には損害がほとんどないことがわかった。恐らくZAFT側が情報を把握し損ねている、というもの原因なのだろうけど。
全員が安堵のため息をつく中、耳をつんざくようなノイズ音を響かせたのはラシードだ。電波妨害が敵軍からなされていることを把握させ、これ以上の動きを封じる為である。
このまま諦めてくれれば一件落着。ラシードも同僚たちのところに戻れて、手料理をふるまうことが出来る。ここにいる連中は捕虜になってしまうわけだが、シーゲルにうまくやってもらえば安全だろう。
けれど、ナタルは思いのほか豪胆だった。
「艦を発信させるなど、この人員では無理です!」
抗議するノイマンの声。女性軍人は思った以上に逞しく、また、しっかりと軍人だった。
避けられるかもしれない戦いにわざわざ身を投じに行くとは。ラシードがこめかみを抑えながら、艦長席に座すナタルを諫める。
「目を背ける事で得る平穏に何の意味がある」
そう言い捨てて、順序良く支持を出し始めるナタルに、大きなため息が出た。価値観の違いか。ここでこの艦が飛び出すのと、大人しくしているのでは色々と変わってくると思うのだが──主に、コロニーの損害が。
けれど、ラシードはそれっきり文句も言わず、空いている目当ての席に着いて。
「艦の事はさっぱりですが、射撃なら引き受けます」
「なら、それを頼む」
許可を得たので、ラシードは艦の弾頭などを把握すべくパネルを叩いた。隣のシートから身を乗り出してきた人物が、「よく口答えしたなあ」と関心してくるから、片手をあげて答えて。
潜入しているラシードが自分の所属する軍に弾を打ち込むなんて裏切り行為になってしまうのだが、撤退させるための射撃と損耗率を徹底すれば逆に被害を最小限にできる。
問題は、同僚たちが深追いするかどうかというところなのだけど。
軍事要塞相手でもないのに、これ以上一般市民が多くいるはずのコロニーへ被害をもたらすなんてことしないはずだ──血のバレンタインで、その痛みを知っているはずなのだから。
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「ラミアス大尉!」
一時的な戦闘を終えた後。
結果ヘリオポリスは大きな被害を被った。
どれくらいの住人を保護・収容できるだけのポッドが存在しているのか不明だが、騒然としていた地表面は閑散としている。
白亜の戦艦アーク・エンジェルのもとへ、トレーラーで姿を見せたのは女性士官だ。
ナタルよりも階級は上のようで、心なしか彼女のとげとげしていた雰囲気が柔らかくなった気がする。思いのほか可愛いところあるじゃないか。
「あー……感動の再会を邪魔して悪いんだがー」
ふと見上げれば、仮初の青空にはぽっかりと闇が口を開けていた。
先ほどのZAFTの襲撃で、奪取を免れたMSの一つが装備品を使い、大型ビーム砲を放ってしまった結果できたものだった。
焦ってやらかしてしまったのだろうか。まさか、装備品の威力を知らなかったとかないだろうな。いや、OSを使いこなせなかった連中だからあり得るかもしれない。何それ怖い。
「艦長をはじめ、主だった士官はみな戦死されました」
この場合、ZAFTにも非はあるんだろうけど、やらかしたのは地球軍だから責任の重きは後者だろうか。ところで自分はどうしよう。逃げるタイミングを逃した気がする。
でも、自分の動きは間違ってなかったはずだ。普通、四日で情報収集を終えられるわけない。七日という期限だって難関だったのに。無茶ぶりで多くの一般人を巻き込む結果を招くとか酷いパワハラだな。
「指揮を執れ、君が艦長だ。先任大尉は俺だろうが、この艦の事はわからん」
外野では誰が新造艦の艦長をするかで揉めているようだが。エンデュミオンの鷹の艦長姿も絵になりそうではあるけど、彼の場合まだ現役でMAを乗り回している方がいいだろう。何より戦力が皆無だし。
そう考えると、MSの戦闘がとっても苦手な部下を抱え続けることに、あの変態仮面──ラウ・ル・クルーゼは嫌になったのかもしれない。だからZAFTに入る気なんてなかったのに。
そう思うと、こうして生きていることは最上級の嫌がらせな気がしてきた。ご愁傷様である。
「キラ……大丈夫かしら」
なんて悪態をついていたら、聞こえてでもいたのだろうか、ZAFTの機体が再度コロニー内部に姿を見せたというから、周囲が騒然となった。
不安そうに彼らが辿ってきた道の方を伺っている学生たち。ラシードは、彼らに声をかけた。
「なあ、お前らはぐれた友達でもいるのか?」
「はぐれたというか……」
紅一点の少女が口ごもる。その肩を支える少年の発言で、先ほどコロニーに大穴を開けてしまったのが一般人であることをラシードは把握してしまった。
それは、申し訳ない事をしてしまった。可哀そうに。うちの所属部隊が多大なご迷惑をかけてしまい申し訳ない。
「わかった、ありがとな。お前らも艦の中に入って頭抱えて身を縮めてろ──バジルール少尉! オレがストライクのほうに行って来ます」
転がっていたバイクを起こし、駆動に問題がない事を確認する。
「一般人は本来保護対象だ。結果的に戦わせてしまっているのが現状ですし、誰か着いてないと心細いでしょう」
「あの、キラは! 私たちを助けようとして……」
まるで庇うような訴え。
ラシードは目を瞬かせつつ、思わず年頃の女の子の頭に伸ばしかけた手を、無理やり修正して傍らの少年の頭をぐちゃぐちゃにする。
「そっか。そいつ、優しい奴なんだな」
照れたような顔で、元気に返事をする少年たちも少しは落ち着いただろう。
新艦長の許可も得たので、ラシードはバイクにまたがった。
ここへ来て、自軍へ戻る機会を得るとか、我ながら悪運が良い。
ストライクを介して仲間に連絡を取って、彼らを投降させて終わりだ。一般人相手なら難易度は下がる。それに、アーク・エンジェル内に細工をしてきたから無力化に時間はかからない。
このコロニーが崩壊しないようにするのが大事だ。まだ逃げ遅れている人間がいるかもしれないのだから。
キラという学生と、その仲間たちはすぐにメンタルケア施設に直行だ。そのくらいしなければならない責任はあるはず。
そんなことを考えながら、銃爆撃装備の同僚たちに舌打ちしつつ、ラシードはストライクの元へ向かうのだった。