異国人設定ですが、外見は日本人と大差ないので和名でも問題ないです。
第一章:彼らの育手。
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「あの人、無理に笑っていたな」
「本来旦那になるはずだった相手を戦地で失ってるからさ。ちょっと世代に穴が開きかけたんだよな。まあ、ちっこいのはちょろちょろしてるから、里が消えることはないけど」
海の向こうでの話は、炭治郎も時々麓に降りた時に聞くことはあった。けれども、自分にはあまり身近なことではなくて、実感がなかったという。
彼の父の兄弟は多かったと聞いてはいたのに、従弟などの親戚はいなかったらしい。もしかしたら、そうして人生を終えてしまっていたのかもしれない。
炭治郎の見ていた世界は、ちっぽけだった。彼がまだ幼かったことや、両親も話そうとはしなかったのだろう。今はもう、知る術はない。
「気付けてよかったじゃんか、若いうちにさ。ところで、子守の手を借りたいんだけどいいかな。子供苦手?」
「俺も兄弟は多かったから。任せてください」
「そっかー。頼もしいな!」
家族を奪われて、妹を鬼にされて。炭治郎の目の前の世界は一気に広がった。
自分の視野の狭さや、視てきた世界の小ささに内心動揺しているだろうに。
けれど、考え過ぎるのは良くない。適度に、無心で手を動かす事は堂々巡りをする頭には、よい刺激になる。
家族を失ったばかりの子供に子守をさせるのは酷だろう。けれど、彼は禰豆子という大切な存在と、彼女を元に戻すという明確な目的がある。
小さい手を、握り返してやれる優しさがある。
実際、千夜の家に連れて行くと、近隣の子供たちまでも集まっていてたまげたものだが、みんなすぐに炭治郎に懐いた。
全身筋肉痛で辛いだろうに、うまい具合に自分に負担にならないように小さな怪獣たちの手綱を握っている。
ラシードも時々加勢しながら、全員分の食事の準備や、たまたま目についた洗濯物を処理し、繕うべきものを繕い、雨どいが壊れていたから直したり、としていたら日暮れ時に大人たちが戻ってきて。
遊び疲れて眠りこける子供たちを背負っていく親たちを見送ってから、千夜に荷車を押し付けられた。子守だけでなく、日頃のお礼だとかでたくさんのお裾分けを頂いてしまう。
「よし、炭治郎。この荷車引いて帰って来い。昨日教えた、回復の呼吸を意識して、ゆっくりな」
「ええ? でも、夕餉の支度が」
それは俺が先に帰ってやっておきます。
本日、一日鍛錬もせずに体を休めるべきではあったが、回復の呼吸に専念させることもできなかった。
とはいえ、昨日は一日何もさせなかったのだから、ならしは必要だ。
「いいか、呼吸に合わせて動くんだぞ。俺は夕餉の支度を終えたら迎えにくる。そしたら返事とかいいからそのまま荷台に移れ。まずお前は、確実にオヤジの家まで辿り着けないから」
どこか困惑した様子の炭治郎は、少し間をおいてから、何か得心いった様子で頷いた。
回復の呼吸を使いこなせていないから、体がいまだに思うように動かせない現実を受け入れたようだ。
体を動かさずに過ごした昨日。呼吸に専念するだけで疲れて眠ってしまっていた。
体を動かしながらの呼吸は、なお難しいものだろうこともわかるだろう。覚え込むためにも一度始めたなら、許されたならばそのまま続けたほうが慣らすためにも良い事も。
よしよし、と炭治郎の頭を撫でて、ラシードは軽い足取りで家路を急いだ。ぴょんぴょんと跳ねるように駆け抜けて、あっという間に扉を開ける。
おすそ分けしてもらった煮つけがあるから、白米を炊くくらいでいいだろう。それと、風呂を沸かす準備。湯を沸かすのは炭治郎に譲ろう。
それから、せっせと寝床を準備する。呼吸に慣れていないから、きっと炭治郎は寝落ちする。下手すると話をしている最中に落ちると思われる。
そうでなくても、今のうちに準備だけしておけば彼だって楽だろうし。
あ、と思い出してラシードは祠から膳を下げた。
すぐに気づいてよかったと思いながら、神に捧げた米を、今しがた炊こうとしていた米粒の山に投入する。お下がりものだ。子供の健やかな成長を祈る。