異国人設定ですが、外見は日本人と大差ないので和名でも問題ないです。
第一章:彼らの育手。
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ある時、唐突に“これまで持っていなかった力”を手にしたら、人はどう行動するだろうか。
少なくとも一つ──不可解で実に人間らしい実例を俺は知っていた。人であったそれまでを失う事への拒絶しながら、目的を達す手段の為にそれを受け入れた者の末路。
けれど、それとは別に──人であったそれまでを手放さず、絆を信じ紡ぎあい、苦しくも抗い続ける術も、人には残されてもいる。
その兄妹や取り巻く人々を見ていると、はやり人も捨てたものではないな、と思うのだ──。
*** ***
陽が落ちて四半刻は経っただろうか。
紫鼠の羽織を閃かせ、ぴょんと数段の段差を飛び越した少年は、欠けた月を見上げる。
本日訪ねる旨は伝えてあったのに、目的の人物──鱗滝左近次の姿はなかった。山へ入っている様子もない。熊は狩っておいたけど。
久々に里に顔を見せたせいか、日中は手放して貰えなくて身動きが取れなかった。
逢魔が時、風が鬼の匂いと共に件の人物の匂いを運んできたから行く先に迷いはしないけれど。
「年には勝てないって抜かしてるくせに。無茶はするんだからなあ」
追い付くのも時間の問題か。一つ山を越えればいいだけだし。
まだ血鬼術は使えない鬼のようだが、縄張りが広いのだろうか。鬼の匂いが薄すぎて、危うく嗅ぎ逃してしまうところだった。
鼻が利くとはいえ、さすがにすぐにその鬼の居場所を突き止め、首を斬れるかと問われれば難しいだろうな。
人を食ってくれれば、目印になるけれど。そんな最悪の事態は避けたい。
一先ず、少年は鱗滝とは別の方角へ向かいつつ、藤の花の香を要所に巡らせながら包囲網を張る。万が一人家に逃げられてしまえば犠牲者が増えてしまうからだ。
いたずらに被害を大きくさせることはない。
山にほど近い場所に居を構える家に、ここ最近の山の様子を訪ねた。やはり、行方知れずになっている人が出ているらしい。
血の匂いはしなかった。綺麗に食べて、次の獲物を誘い込むための準備くらいは出来る鬼のようだ。
お礼と称して、藤の花の香を進呈し、今度は参道を早足に登る。夕方に大きな荷物を背負った少年がひとり、山に入ったと聞いたからだ。
どうやら旅装をしていたというから、野宿するつもりなのだろう。洞穴などを見つけて休んでくれれば良いのだが。
体が小さいというのは、こういう時は危険から身を隠せる長所にもなる。
まさか獣道を進んでいくなんていう冒険者魂を発揮してくれていたりして──周囲を警戒して進んだが、人が踏み荒らした後はない。
「人の匂い……と、鬼の匂いが一緒……?」
決していないわけではないけれど、人と鬼が一緒に仲良く歩けるなんて、ここ最近聞いたことがない。年季の入った鬼の中には、そういう反骨精神を持った鬼がいたけれども。
奇妙な匂いに、すんすんと鼻を鳴らし、首を捻りながらも少年はぴょんと木の枝に飛び乗った。見渡した方が子供を見つけるのが早いかなと思ったのだ。
木の上から山を見通すと、小さなお堂が目に入る。そういえば、稲荷権現の社があったか。
とりあえず、そこに向かってみよう。灯りでもつけてやれば、子供か鬼が引っかかるだろうし。
けれど、現実というのはそんなに甘くはなかった。
濃い血の匂いと、男女の子供が助け合いながら鬼を撃退している現場を社の屋根から見下ろす。
近くに鱗滝の匂いもするから、様子を見ているのだろう。
少年の方は人、少女の方は鬼だ。鬼の少女は絶命した人間や少年のことを食べようともしていない。けれど、飢餓感はあるようで、我慢しているのがわかる。
分析しつつ胡坐をかいて感心していると、いつの間にか決着はついて。頭だけになった鬼に止めを刺そうと刃を手にし、怖気づく少年に向かって、天狗面をつけた老人が寄っていくのが見える。
単純に刃物で鬼は殺せないし、せっかく意識を失わせて静かになっているのに下手に刺激してしまうのは悪手だ。確実に息の根を止めるため、細胞を潰すくらいにずたずたに割いて潰してしまわなければ。
持ち上げられる大きな岩を両手で持ち、昏倒している鬼を前に固まる少年と、その傍でぼんやりと虚空を眺めている鬼の少女。
二人はちっとも屋根の上から見下ろしている人間がいることに気付く様子はなかったが──天狗面の老人・鱗滝は、踵を返してお堂の中へ進みながら、視線だけ寄越してきた。
ひとつ苦笑いして、音も立てずに老人の傍に着地する。
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