【短編の箱】
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義勇はすり鉢とすりこぎ棒を手に、忙しそうにしているラシードの後ろ姿を眺めていた。彼は毎年のことなので何をするかは心得ている。
対して、おろおろしているのは炭治郎だった。何か手伝ったほうがいいのではないかと悩みつつ、義勇は動かないから迷っている様子。
「炭治郎、善逸たちがそろそろカカオ豆持って帰ってくるだろうから、一緒に洗ってきてくれ」
「わかった、任せてくれ!」
炭治郎の様子を把握していたのか、ラシードが指示してくれた。
気合い十分な様子で駆け出していくのを横目に義勇は首を傾げる。カカオ豆を洗う作業は結構な労力だ。特に何の助言もせずに送り出したのは得策とは思えないのだが。
「いいのか」そう思って問いかけると、ラシードは笑いながら振り返って。
「善逸が多分わかると思うんだよね。それに、お節介焼きの
伊之助は
楽観的なラシードは食べ物を粗末にしない。それなりに何か算段があるのだろうな、と義勇は納得した。
鱗滝の一番下の子供である
現在柱稽古の最中なのであるが、強制休暇として本日は全隊員が体を休める日となっていた。かといって、大人しく言うことを聞く者たちばかりではない。
そんな中で、伸び盛りの炭治郎たちを無理やり巻き込んで休ませるという仕込みであることは内緒であるが。
「あっちは恋柱たちと楽しんでるだろうからさ。ひと足先にカカオ豆は岩柱がすり潰してくれたんだって」
悲鳴嶼だったらそういう繊細そうなのは得意そうだな。
ティアたちとは後で作ったものを持ち寄ることになっていた。前回は焼き菓子のようなものだったが今年はどうするつもりだろう。
楽しそうに支度を続けている背中を、義勇はぼんやり眺めるのだった。
「──お兄ちゃんも手伝ってよ!」
籠を片手に、梅が喚く。足元には白い鳥がわらわらと集っていた。卵を回収しにきた相手に敵意の威嚇。
鬼の時のような攻撃手段は持っていないし、持っていたとしても用があるのは卵であって肉ではないので手出しするわけには行かない。そんなことしたら蜜璃とティアが悲しんでしまう。
面倒そうな声をあげながら、囲いの中に入ってきた妓夫太郎。彼は器用に風呂敷の中にどんどん卵を入れて行く。鶏たちは何故か梅にばかり集っていて、妓夫太郎の方には見向きもしない。
「どうしてー! わたしばっかりー!」
「何でだろうなぁ、相手を選んでるんだろうなぁ」
きゃんきゃんと文句を言う梅を放ったまま、妓夫太郎はいっぱいになった風呂敷を待ち構えていた無一郎に手渡した。「残りは後から持ってくからよぉ」「わかった」
手渡された風呂敷を抱えて、無一郎は花屋敷に向かう。その足元には虎猫が。
「ちょこれいとって、なんなんだろう」
都会に降りてきたのはつい最近の無一郎には、まだ未知の味。蜜璃たちが楽しそうにしていたから、内心どんなものなのかとうずうずしている。それがわかっているからか、猫はぴょんぴょんと霞柱の体を飛び跳ねて、頭の上に乗って。
「楽しそうだな、お前ら!」そこへ、天元が合流する。彼は牛乳の入った大きな缶を二つ背負っていた。片腕を失ったとはいえ、相変わらず力持ちである。
「牛の乳なんて、何に使うんですか?」
「ケーキを作るんだとよ」
首を傾げる無一郎に、天元はそうだなあと少し考えてから、「弾力のある豆腐……麩、のような食感かな」と首を捻った。
「甘露寺のパンケーキ、食べた事ないのか?」
「うん、お茶会とか断ってたし」
申し訳なさそうな様子に、天元は担いでいた牛乳缶を一度おいて、開いた大きな手で小さな背中をバンバンと叩いた。そのせいで頭に乗っていた猫が不満そうな声を上げながら飛び降りて、鞭のように尻尾を振り回している。
「それじゃあ、今日はとことん堪能しなきゃならねえなあ!」
豪快に笑い飛ばす天元を見上げながら、無一郎は大きく頷いた。
「伊之助、頼んだ!」「まかせろ丹五郎!」
炭治郎が丁寧に洗ったカカオ豆を、伊之助が手拭いで綺麗に水気を取る。どんぐりを綺麗にするのが得意な伊之助には朝飯前だった。
その隣で、熱した鉄板の上で豆を煎る善逸。彼は耳を澄ませて頃合いを見計らいながら焙煎を進め、出来上がったものを真菰が引き取って義勇と錆兎にすり潰してもらう作業場へ運んでくれていた。
「美味しそうな匂いだな、俺もちょこれいとは初めてなんだ」
「俺様は修行中にラシードから貰った!」
ご褒美でな! と自慢げに胸を張る伊之助。炭治郎も稽古をつけてもらった事があるのだが、鱗滝が戻って本格的に指導を始めてくれたと同時に、選別を終えるまで会えなかったからお預け状態だ。
いいなあ、と羨ましがる炭治郎に、伊之助は「めっちゃ美味いぞ!」と教えてやる構図。それを聞きながら、善逸はふっと笑った。
自分はティアと慈悟郎とで三峰で修行してる際に、洋菓子のご褒美をたくさん貰っている。チョコレートなんぞすでに何度も履修済みだ。キャラメルとかアイスクリンとかもだ。ラシードからは卵ボーロを貰った。慈悟郎が好物らしい。
だが言わない。焙煎はタイミングが大事なのだ。言い争いなど始めたら失敗する。だから善逸は全力でまめに向き合っていた。「その集中力がいつも続けばいいんだけどね」真菰のツッコミも聞かなかったことにする。
「炭治郎、捗ってるみたいだね」
そこへ、“しのぶ”とカナヲの二人が顔を出した。いつも世話になっていると言うことで、蝶屋敷の面々は招待される側である。全員参加は難しいので残りは留守番だ。
「こんにちは、“しのぶ”さん。カナヲも!」
炭治郎が快く迎えると、伊之助が褒めて欲しいのか豆を見せびらかす。
善逸も挨拶だけ顔を向けたが、耳は焙煎へ全力だ。
「善逸くんも頑張ってますね」
“しのぶ”がよしよしと頭を撫でたものだから、危うく一部の豆がダメになりかけた。
蜂蜜をたっぷり垂らしたパンケーキを、蜜璃が頬張る。んー、美味しい! 幸せだわ!
「無一郎くん、パンケーキはどうですか?」
「これ美味しいね! 宇随さんから食感のことは聞いてたけど、味は全然違う!」
目を丸くして感動している無一郎に、天元が肩を揺らした。味については、無一郎の知っている味を把握していなかったため表現できなかったのだろう。
ぱくぱくとパンケーキを口に運ぶ最年少の柱を見守りつつ、ティアは隣の机でぐったりしている梅を覗き込む。卵をとりにいってもらっただけのはずなのにこの疲れ様、一体何が。
「おら、梅ぇ。せっかくのケーキが冷めるぞぉ」
「もうやだ疲れたあ! お兄ちゃんかティアが食べさせて!」
駄々っ子モードの梅の騒がしい口に、妓夫太郎が一口サイズに切り取ったケーキを突っ込んで大人しくさせる。機嫌が悪いだけでそんなに疲れてはいない様子。
「無一郎くんのおかげで味見する事ができたわ!」
「これからこのパンケーキと、クッキーを作ります。キャラメルは雛鶴さんたちが用意してくれるので、それを持ってラシードたちと合流です!」
蝶屋敷で留守番してくれているアオイたちに、持ち帰って渡してもらうための焼き菓子。チョコレート味のためにひと足先に作ったものはあるけど、あくまで下地でしかない。
せっかくなので、無一郎にはもう少しチョコレートのお披露目は待ってもらうことになってしまうが、彼は「炭治郎が頑張ってるなら我慢するよ」と笑って許してくれた。
「それじゃあティア、続き作っちゃいましょ!」
蜜璃と共に、改めてエプロンを掛け直して厨房に引っ込む。
「伊黒さんと実弥さんは任務なんでしたっけ」
「水屋敷に直行してくれるって、伊黒さんからは連絡があったわ。不死川さんはどうかしら」
悲鳴嶼がそろそろ玄弥を連れてやってくる頃合い。実弥は遠慮する可能性がある。ティアは小分けにする小箱をもう一つ用意した。複雑な家庭事情に無理に顔を突っ込む必要はない。
産屋敷邸にもお裾分けするし、少し増えても問題ない。というより、ラシードの方でも結構作っている気がするので、しばらくおやつには困らないはず。
「南無……何か、手を貸すものがあれば言って欲しい」
昨日散々手を貸してもらっているので、ティアが本日は特にない旨を伝える。だばーっと泣かれてしまったので、慌ててお煎餅焼きをお願いした。甘いものだけでは食べ飽きてしまうだろうからしょっぱい物も用意しておこうと思ったのだ。
「それじゃあ、醤油だけで味付けはいいか。海苔はいらないよな?」
「チョコレートをつけるかもしれないので、お好みでのりは巻いてもらいましょう」
玄弥からの確認に応じれば、チョコをつける? と首を傾げられた。チョコレート初心者にはハードルが高すぎて想像が追いつかない模様。
ふと、足首に違和感。ティアが見下ろすと、虎猫がまとわりついてきている。それを抱え上げ、めっ、と制した。
「ダメじゃないですか、杏寿郎? ここは油を使っているんだから」
「すまん、だが譲れないことだってある!」
子猫の姿で凄まれても可愛いだけである。ティアが指先で顔周りを擦ってやるとごろごろと喉を鳴らす杏寿郎。
まったり猫に出来上がった虎猫を抱え、それを天元に預ける。「情けねぇなあ」と呆れる青年に、耳を垂らして面目なさそうな猫。
厨房の扉をしっかり閉めたところで、蜜璃がにひひと白い歯を見せた。
《後編に続く》
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