第1章 鬼舞辻無惨を認めなかった存在。
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それからすぐに見晴らし台に上がれば、男に覆いかぶさるように女が一人、こちらを睨んでいた。
すっかり頰がこけ、廃人のようになっている男をかき抱くようにしながら、凶暴な眼光を向けてくる。
「ティアは隙を見て彼を頼む。俺は油断して貰っている間に排除することに専念する」
「そこが鬼殺の剣士の強みですね。お願いします」
刀を抜くと同時に、魔物が手を伸ばしてくる。だが途中でその手は途切れ、気配が頭上へ移動した。杏寿郎がその場に伏せると、何もない空間から爪の長い魔物の手がかすめていく。
夢の中はあちら側に有利。
今一度それを認識して状況整理に組み込み、杏寿郎は距離を詰める。
「炎の呼吸、壱の型──不知火」
あくまで“型の形容”である呼吸や技であるが、鹿鳴館の管理下にある状況にあると本当に炎が刀から発せられ、まるで炎を操る事が出来るようになったかのように技を繰り出すことが出来た。
まるで血鬼術のようではあるが、ティアを始めスタッフの能力を結集したものであるらしい。
これが通常でも活用できたなら、鬼との戦いにも変化が見られるのだろうが、言っても仕方がない。
炎を繰り出す杏寿郎の意外性に、夢魔がギョッとした様子で首を仰け反らせ、高速で繰り出された横薙ぎを避けた。そのまま杏寿郎の肩口に首だけで転移して噛み付こうとしたが、刀の鞘を思い切り突っ込まれて未遂に終わる。
「肆ノ型、盛炎のうねり──!」
そのまま前方に踏み込みながら振り返り、首だけの相手に技を繰り出せば、防ぐ手も逃げることも間に合わずまともに技を受けた女の顔が首と共にズタズタになった。
断末魔とも、紙を盛大に破り捨てたような効果音にも聞こえるけたたましい悲鳴とともに、今いる空間が歪んだ。
ティアは既に被害者男性の様子を伺っており、杏寿郎も崩壊する世界を見渡しつつ駆け寄る。
「このままでは足場が無くなりそうだが」
「夢の世界を構成していた夢魔が倒れましたからね。杏寿郎はこの方を連れて入り口から外へ。私は事後処理するので残ります」
「──……大丈夫なのだな?」
しっかりと確認するために問えば、ティアはにっこり笑って大きく頷いた。ならば、杏寿郎も信じるだけだ。
呼吸を最大限に使って来た道を戻り、森の中に不自然に存在していた扉へ滑り込む。
空間がどんどん崩れ、扉が歪んだ瞬間にティアが入れ替わるように現れた。バランスを崩して転んでしまったが大事ないようで、手を差し伸べると恥ずかしそうに掴み返してくれる。
抱えて来たはずの男の姿は気づけばどこにもない。元より夢の中の存在だったから、元の体に戻ったのか。
「杏寿郎がスパァンと退治してくれたおかげで、夢魔が何か仕掛けていくこともなかったようです。今頃彼も目を覚ましているでしょう」
「こちらも、感覚反転した状態で鍛錬できたことは貴重な経験だ。色々と手助けしてくれて助かった!」
自分の元いた場所に戻り、あちこちに入れ替わっていた感覚が元に戻っているかを確認する。足を踏み出そうとすると瞼が閉じるとか実は驚いたが、どこが何なのか把握して仕舞えば対処もしやすい。
似たような血鬼術を持つ鬼が来てもこれで対処が可能だろう。
「これで鍛錬──というか、任務は終了です。報酬の方は、いつものように自宅にお届けでよろしいですか?」
「いや、今回は俺の方で直接貰いうけようと思うのだが」
差し障りはあるだろうか、と問えば、そんなことはないとティアは首を振る。申込書を手に取って、報酬受取欄に変更を加え、荷物を持って階下に降りた。
割りと長い時間を過ごしたように思ったが、一刻程度しか経っておらず調子が狂う。何度かこういったことを体験しているが慣れるものではなかった。
「人面さーん、今日って伏姫いらっしゃいますか?」
最初の広間に戻り、犬が消えていった一階の奥に声をかける。伏姫というのは女狐で、金庫番だったはずだ。彼女がいない場合、報酬は後日受け取ることになる。
ティアが廊下にかかる壁に近づくと、彼女の足元、なんの変哲も無い壁の下からぬっと男の顔が覗いた。「姉貴なら南蛮野郎と飲みに行ったまま、三日帰ってねえぞ」
驚いてそのまま杏寿郎の背中に隠れてしまったティアを満足そうに見上げる人面犬。杏寿郎はガンを飛ばしてくる相手を見下ろした。
うん、わかった。俺はこいつが嫌いだ!
「ティア、報酬はいつでもいい。とりあえず、今日は帰ろう。すぐに!」
えっと驚いた様子のティアの肩を掴み、ぐいぐいと押して──荷物は代わりに持ってやる──屋敷を出る。
つまらなそうに舌打ちをする人面犬を振り返り、べーっとやるとキャンキャンと吠えられた。なんか、せいせいする。
「人面さんが吠えた!」
「吠えるだろう! 犬だけにな!」
びっくりしているティアに応じ、杏寿郎は歩き出す。
「夕食時か。ティアはこの後用事はあるのか」
「本部に戻るだけですね。杏寿郎は?」
「では、本日は芝の金毘羅の祭日で賑わっているはずだ。屋台を回って帰らないか!」
誘ってやると、お祭り! 屋台! と目を輝かせてくる。
恐らく、元鳴柱たちのことだから連れ出してもらった事でもあるのだろう。まるで千寿郎と同じような反応だ。
本当は弟を迎えに行ってやりたいのだが、今日は勘弁してもらうとする。
「そうと決まれば、まずティアは着替えような!」
「んん?」
突然のことに目をパチクリさせるティアを、知り合いの呉服屋に突っ込んで事情を話したら快く着せ替え人形にしてくれ、華美になりすぎない、出店を回るのに適した身支度を整えてくれる。
ついでとばかりに杏寿郎も身ぐるみ剥がされ、二人揃って往来に放り出された。
夢の中でティアはこんな気分だったのだろうか。
杏寿郎はあの時ポカンとなっていた彼女のことを思い出し、吹き出してしまった。それは相手も同じだったようで、彼女も口元を押さえて笑っている。
「では、しばし楽しむとしようか!」
「はい!」
二人で仲良く並んで、ひとときののどかな時間を満喫すべく──。