第1章 鬼舞辻無惨を認めなかった存在。
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「そもそも概念化の能力は使ったら世代交代するものです。持っていることに気づかないくらい、その人の生涯において全く関係ないものですから。その時、生きて、見て聞いて──魂を焦がすほどの決意がもたらす結果だから」
ティアたちの話はいつも、そんなものばかりだ──あの時の水の蛇のことが頭をよぎる。名も知らない、先達に想いを馳せる。
杏寿郎は、大きく息をついて踏み出した。
「鬼舞辻無惨を神にしなかった存在がいるならば、私はその想いに応えねばならない。届くことはないかもしれないが!」
ここを出るためには夢魔とやらを倒さねばならない。
左右の感覚が反転していることからも注意しなければ。
「あの……杏寿郎は本当にその、気味悪いとか、思わないですか?」
少し遅れて小走りで寄ってきたティアが、伺うように見上げてくる。
どこか弟の仕草と似ていて、杏寿郎は懐かしさを覚えた。
「他の隊士たちから、俺たち柱は化け物のような目で見られることがある。普通の人からも、礼を言われながら怖れられている。時々、それはとても淋しく思えるな!」
最後は同意を求めるように笑ってやると、ティアは急に顔を赤くさせて、何度もうんうん、と頷いていた。図星だったのだろうか。
少しでも元気になったのならいい。ティアは他の人間からの評価を不安に感じることがあるようだから。
そんな彼女が頼って来てくれると、杏寿郎も嬉しくなる。
「ところで、先程人面殿も言っていたが。袴など、たまには気分転換に和服を纏って見てはどうだ。女性は華やかな装束は好きだろう」
「いやあ、今は動きやすい方が楽なのです」
いきなりの話題転換に、まだ顔を赤らめながらティアが応じる。
森からひらけた場所を歩き、見たことのない街の中に足を踏み入れながら、彼女は行き交う人たちの服装を指差した。
「日本に来る前は、幼かったのもあってセーラー服が普通だったのですけど……あ、あの砂時計みたいなシルエットとかが、主流といえば主流で」
コルセットというのを腰の部分で締めるのが苦痛だったと肩を落とす。
元鳴柱たちと過ごしていた時期もあったから、西洋の暮らしに馴染みにくかったのかもしれない。
杏寿郎は話を聞きながら笑ってしまった。こんな日常会話はあまりした事がなくて、ティアも普通の女の子なのだと妙に感心した。
すれ違う女性たちの服装は、日本国内でも見られるようになってきたが。ティアもあんな服装をしてみればいいのに。
「杏寿郎はスーツとか似合いそうですよね。燕尾服とか」
「そうか! では、今度その装束について教えてほしい。試着に行ってみよう!」
服装について情報の疎い杏寿郎は、新しい知識の機会があれば飛び込んでいく勢いを持っていた。迷う事なくのってきた青年に、ティアも笑っている。
二人で街中を散策していると、唐突に街並が切れた。どうやら、夢の端っこらしい。
ということは、中心部は来た道のどこかというわけだ。
夢を見せられている人物は、夢の端まで来ることは滅多にない。むしろ、端まできたら逆に眼を覚ます兆候に近い。
二週間も眠らされている相手だ。僻地にはいない。
何度目かの参加になる杏寿郎は、教えられてはいないがそういった仕組みを学んでいた。
「俺たちは夢の端から入ったから、森と街の間か、東か西に進路をずらした先と考えるべきか」
「二週間もすると夢の舞台も固定化されて範囲が広がってますね」
人手不足の深刻さがここに、と眉を寄せるティアの頭をぽんぽんと撫でてやり、杏寿郎はよし、と構える。
「外周を把握してくる。しばし単独行動をするが、構わないか?」
「問題ありません。夢魔が私たちに危害を与えるための条件はすぐに整わないはずなので」
いってらっしゃい、とティアが半歩下がる。
それに頷きで答えて、杏寿郎は全集中の呼吸から、一気に外周を駆け抜けた。街と森の比率は外周だけならば一緒。
外から内側を見れば、中心点あたりは街とひらけた広場の接点付近。
街の外壁沿いを注意すれば、原因に行き着きそうだ。
「──……これはまた、どういう状況なのか!」
戻ってきた杏寿郎を迎えたのは、ドレスを着用したティアだった。
彼女は呆気にとられた様子でぺたんと座り込んでいたが、杏寿郎に気づいて慌てたように両手を肩の前で振る。
「これはその、ここは夢の世界ですから、誰かの願望が影響した結果なだけで──って、あ……あれ? あ、えぇっ」
「泣かなくていい、落ち着け!」
急に真っ赤になってしどろもどろきなり、そのまま動揺した様子でおろおろと両手をさ迷わせ涙ぐむティアに慌てて駆け寄り、ひとまず抱え上げて──隊服はティアが畳んで持っていた──人気のない場所まで引っ込む。
布地が薄いようで、人の温もりを直に感じることに気がついた杏寿郎は、自分の羽織を肩にかけてやった。顔を覗き込もうとすると、耳まで真っ赤になって両手で顔を覆っている。
「すまない、一人きりにした俺の落ち度だ」
「いや、違……わない、けど違う……」
おかしな反応の相手に、杏寿郎は首を捻った。状況理解は彼女はきちんとできているようなのだが、何をそんなにあたふたしているのか。
夢の中って怖い──どこか、好き嫌いをして駄々をこねる子供のようにティアが呻くものだから、杏寿郎は思わず苦笑した。
それに、街中を歩いていた時にすれ違った女性たちの服装を見て、彼女にも似合いそうだなと思っていた格好。
うん、あの時の評価に間違いなかった!