第1章 鬼舞辻無惨を認めなかった存在。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「行きたいのはやまやまなんだが、これから化粧して社交場に行かなきゃならないんだ。だから、ティアがいく」
ひらひらと手を振って受付の札を閉館に変えて、さっさと消えてしまうフランソワ。
取り残された杏寿郎は、ティアに向き直る。
「忙しかったろうか」
「化粧なんてあの人からすれば一瞬です。嫌いな人とも笑顔で会話しなきゃいけないのが嫌なんでしょうね」
ようは、社交場に行く仕事が嫌なのだろう。
表向きの職場放棄をしたい気持ちがダダ漏れだったわけだ。
「ああ、フランソワのスカートの下を覗いたところで、なんのたしにもならねぇよなぁ」
悄然としながら館の奥に消えていく尻尾の下がった犬の後ろ姿。
それを苦笑いで見送った二人は、階段から二階に上がって目的の部屋を目指す。
部屋の扉は通路から内側に一畳程度引っ込むように配置されており、その手前に荷物などを置けるような空間があった。
ちなみに廊下には本来他の部屋もあるのだが、今は“たどり着けない”ようになっていて、他の参加者からも205のこの扉の前な空間も認識できないようになっている。
仕組みをいまいち理解できない杏寿郎だが、ティアのいう場所そのものが幽霊みたいになっている、という例えが一番しっくりした説明かと思っていた。
「感覚反転という条件なので、難易度は低めです。けれど、杏寿郎の満足感によって手足の感覚反転も起きたりするようなので、慎重に行きましょう。あなたが死にそうになったら、強制終了です」
「心得た。よろしく頼む、ティア!」
身支度を整えた杏寿郎が、扉を開けると、そこは深い森の中だった。
月明かりの届く場所は明るいが、それ以外は暗い。
「今回。ここはどこなのだ? 別の国か?」
「いえ、ある人の夢の中ですね。眠り続けて二週間目です。そろそろ起きてもらわないと身体的にも支障が出ます」
ふむ、と杏寿郎は腕を組む。血鬼術のようなものか。
フランソワたちは、杏寿郎たちが日頃戦っている状況に近い形の依頼をくれる。原因を断てば人を助けられるわけだ。
「標的は夢魔ですね。おそらく、夢の主と一緒です」
「常々不思議に思っているのだが、本当に我々が相手にしている鬼と、君たちが対処している案件は別次元のものなのか?」
違いがいまいち掴めず、杏寿郎は首を傾ぐ。
フランソワたちにも協力して貰えれば、無惨たちを追い詰めるのも時間の問題のように思うのだが。
「鬼舞辻無惨を発生源とする、鬼殺隊の案件はまだ概念化していないんですよ。正確には、概念化を妨げている存在がいるようなんですが」
「妨げている存在とは」
ティアは概念に干渉できる、異能中の異能の持ち主だというが、鬼はまだそこまで到達していないから手に負えないとは聞いていた。
けれど、妨げている存在がいるのには驚きだ。
森から、月明かりの下に出て一帯を見渡しつつ尋ねれば、ティアはうーん、と困ったように唸る。
「杏寿郎は昔から鬼を知っていますが、そうでない人もいますよね。ある人が鬼を認識すると、その人にとって“鬼とはこういうものだ”という基準が出来ます」
概念もそういう感じで、例えばその地域、その国、世界で名詞化──存在固定されるとティアたち案件になるのだという。
もちろん、その案件から降格する場合もあるようだが、それらの対処は“ティア”がやることになるらしい。
「たしかに、無惨たちは昔からいるが国内で公式に認識されている存在ではない……から、概念化していない……?」
「例えが悪くてすみません……ええと、概念化させる特定の人がいるんですよ」
概念化させるための装置のような役割をする人は、世界中に散らばっており、彼らがそう行ったものを選別するのだという。
その状況というのは、果たして自分たちに良いものなのか、杏寿郎には判断できない。
「ただ、現在その役割にある人の誰もが妨害行為をしていないんです。実はこういうことは珍しいけど、ないわけではなくて。原因としては“前任者の仕業”だという事だけわかっています」
概念化の役割を持つ存在は、役割を終えると世代交代するのだという。
概念化できるのだから、概念化を妨げる能力だってある。
──鬼舞辻無惨を発端とする鬼の概念化を阻止した前任者がいる。
杏寿郎は、それがどういう意味なのか推し量ることもできない。
「概念化というのは、ようは神様を生み出すようなものだと思ってください。恐らく、鬼舞辻無惨をそういう存在にしたくなかった。そんな理由を持つ前任者だったのだと思います」
ティアたちは、人が生み出した存在だという。人の欲望が思い描いた存在だという。だから人に都合のいい能力を有したりする。そして、杏寿郎のように意思を持つ。
人間だけど、人間と違う。
フランソワがいうには、“あんたたちも片足を突っ込んでる”らしいが。
「歴代の鬼殺の剣士の中にいたのかもしれませんね。自覚なく、能力を使うこともあるそうですから」
「感謝すべき、なのだろうか?」
その、前任者とやらの判断を。
困り果てて尋ねると、ティアは少しだけ泣きそうな顔をする。
概念化を妨げる行為は、存在の消滅を意味するらしい。
例えば輪廻転生という、死んだら生まれ変わる理からも完全に外されて地獄とか天国とかにも行かず、ティアたちにも認識されず、前任者は死んだ時の場所で取り残される。
決して、迎えに行けないし、助けられない。