第1章 鬼舞辻無惨を認めなかった存在。
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「──待たせてしまったな、ティア」
甘味処でのんびりお茶を啜っている少女に声をかけたのは、鬼殺隊の中で九人しかいない実力者。炎柱である煉獄杏寿郎だった。
任務を終えて本部に戻る途中なのだが、何となく鍛錬をしたいと思い至って烏を飛ばしていた。たまたまティアの手が空いていたので、隙間時間で手配を願ったのだ。
「いえ、思ったより早くてびっくりしました! まだ準備完了の連絡が来ていないので、少し休まれたらどうですか?」
「そうか! ならば、相席させてもらってもいいだろうか!」
もちろんだと頷くと、にこっと笑って青年が向かいに座る。
「ところで、ティアは今どんな状態なのだ。髪が緑色とはまた珍妙なことになっているが」
はて、と杏寿郎が首をかしげる。
昼下がりの澄んだ青空の下、ティアは大きめの帽子を目深に被り、髪の毛をまとめて目立たないようにしていた。
彼女は気まずそうに視線をさ迷わせてから、困ったように頬を掻く。
「最近雨続きで、お洗濯も溜まって大変だったから」
「やはり、我らを気遣ってくれたのか。太陽がなかなか出てこず、鬼の報告が頻発していたからな!」
途端に、ティアは思い切り俯いてしまう。図星を突かれて照れている。
杏寿郎はそういう素直なティアのことを好ましく思っていた。
むやみやたらと、普通は人に出来ないようなことをやってのける能力を適当に使おうとする理性と辛抱さを見ると、健気に思う。
例えば、化け物のように思われるような力を持っていても。
「無理をすると体調を崩すこともあるのだろう。ティアの元気がなくなると俺は悲しくなる」
「そこは大丈夫。天気が悪くて困っている人は多いから、その人たちの不満や願いで補えたので、私に跳ね返りはないです」
まだ少し頬を紅潮させながら、慌てて弁明してくる。
顔色は悪くないし、元気な様子だ。それに、嘘をついていないから謙虚さが爆発し、申し訳なさそうにしている。
本当に、良い娘だなと杏寿郎は微笑ましく思った。
初対面は、杏寿郎が柱になった直後のこと。
鬼を狩るはずだったのだが、行ってみた先の湖では見上げるほど巨大な水の蛇がとぐろを巻いていた。思わずポカーンとなったのを覚えている。
もちろん、血鬼術かと思って対処するのだが、蛇は何もしてこない。
長い舌をちろちろやりながら、杏寿郎を見下ろしているだけ。
よく見ると、蛇の胎内──水なので透けてる──は、なんだか濁っていた。それ以外の湖は綺麗なのに、蛇だけが澱んでいる。
不思議に思っていると、蛇は疲れたのか首を下ろして、へなん、と伏せってしまった。
どこか調子が悪そうに思えて、杏寿郎はもはや動物愛護の心が芽生えてしまった。なによりも、相手からの敵意が感じられない。
本当に血鬼術なのか──というより、それ以外考えられないのだが、直感で何かが違うと胸に訴えてくるものを感じてもいた。
蛇の方は、杏寿郎の方につぶらな瞳を向ける。どこか親近感を覚えそうになるのに戸惑った。
『これは酷いですね……よく頑張りました』
気づくと、水色の髪の少女が蛇の方へ近づいていくところだった。
慌てて引き留めようとするが、水色の目をした彼女は小さく笑って大丈夫とだけ残し、蛇の口元を撫で。
隠を何人か連れた彼女は、彼らに指示を出して紙や容器をどんどん並べていく。
なんだろう、と思いつつ杏寿郎も手伝いをして配置が終わると、ふと蛇が溶けた。
ぼたぼたと垂れたのは、油などの不純物。環境汚染の原因だった。
あの蛇が何をしていたのか、杏寿郎は思い至って惚けてしまう。
助力を感謝してくる少女──ティアの髪は、既に水色ではなくなっていてあの蛇がこの湖の守り神という概念であることを教えてくれる。
長くこの地に住まう人間たちの思いに形作られた存在で、彼らの生活を守るために力を使い、あそこまで顕現するようになってしまった。
『でも、概念も絶対ではない。あの子は、もう消えてしまいました』
概念を形作る共同体が破壊されてしまった守り神は、それまで自身を構成していた人々の思いで存続していたという。存続していけたのだ。
けれど守り神は、守り神として全うした。
杏寿郎たちはその瞬間に介助出来た。
蛇が溶けたあの瞬間、守り神は力を使い果たしていたと知る。
──とても切なく、胸が熱くなった。
ティアは鬼殺隊と協力関係の立場にある。
共に本部に戻った際に産屋敷から説明された。まだ、音柱しか知らないこの関係性に、杏寿郎が含まれることになったのは全くの偶然だった。
血鬼術は基本的に異常な現象を伴う。
だが、その中に時々鬼と関係ない事案が含まれており、その判別が付きにくい。
故に、協力関係を結んでティアに対処してもらっているのだと。
『煉獄さんは、優しい方ですね』
屋敷を出たところで、ティアがぽつりと言った。杏寿郎が不思議そうにすると、縮こまるようにして俯いてしまう。
『あの子のこと、途中から気遣ってくれたでしょう。ありがとうって言ってたのです。あの子は人が大好きだったから、あなたが自分に目を向けてくれたこと、とても嬉しかったみたい』
どこか怯えるようにしながら。じりじりと距離を取っていくティア。
杏寿郎の脳裏に、ティアのことを遠巻きにしていた隠たちの姿が蘇る。
何もしてこない巨大な蛇を遠巻きに見ていた、地元の人間たちの姿。
杏寿郎は、ずかずかとティアとの距離を詰めた。