地上編
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page008:かつての居場所。
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「──それにしても、ユウナとティアが知り合いだったとは思わなかった」
車の中でカガリがぼやくと、隣り合って今後のスケジュールを確認していたユウナ・ロマ・セイランが笑う。
「彼女は才女でね、注目の的だったんだよ。玉の輿を狙う連中も多かった。僕にはカガリがいるからそういうつもりはなかったけど、仲良くしておけばオーブの為になると思ってさ」
何かの間違いでロマンスが始まったら始まったで、ユウナにとっては利でしかない。オーブの最高責任者であるアスハの姫を娶るのももちろん大切ではあるが。保険はいくつあってもよいものだ。
カガリもティアも箱入りだ。特に後者はユウナのことを不審にも思っていなかった。先ほどの様子からも印象は悪くないようだし。今後も機会があれば優しくして、手ごたえを確かめる価値がある。
どこかほくほくとした雰囲気の青年を横目にしながら、「お前とティアが仲良くか。想像できないな」とカガリがぼやくものだから、ユウナは思わず声をあげて笑った。
「大丈夫だよ、カガリ。僕は君の婚約者だ、ほんと、ティアとはお友達の関係だから心配しないで」
「は? ああ、うん」
がばっと抱き寄せてあげると、カガリは照れたように抵抗してくる。まだまだお子様だけれど、素直なところは御しがいがあって可愛いと思う。ティアはティアで、一歩引いて着いてくるところがいい。
ユウナは達観したような顔で、笑った。
「そう……キラ君は、まだ見つかっていないのね」
アーク・エンジェルのブリッジに場所を移し、ティアはオーブで知りえた情報を彼らに伝えた。この場にはまだ士官しかいないので、トールの事も伝える。遺体は収容し、遺族に引き渡される事になっていたことも。
手続きのややこしい部分に関しては、ティアが終わらせてきた。トールの身に着けたものも全てチェックして、機密に関係するようなものはないことは確認済だ。
後日少しばかりの見舞金が送金される予定ではあるが、そこに関してはウズミに一任してある。慟哭するケーニッヒ夫妻に説明するには時間が必要だろうから。
「こんなことを言ってはヤマト少尉には悪いが、自分としては彼はアラスカへ来なくて正解だったと思っています」
操舵手のアーノルド・ノイマンの重々しい言葉に、ナタルも含めた士官たちは賛同の沈黙だ。もしキラが、今ここにいたら、彼はどうなっていたか。
きっと、ここにいる人間だけでは、彼の事を守り切れなかった。
「それで、センセが少佐になった理由ってのは“そこら辺”に関係しちゃう?」
「フラガ少佐、真面目にお願いします」
肩をすくめながら、ムウが尋ねてくる。ちゃかすような物言いにナタルが被せたが、ティアの事を問いただすような眼差しだ。
どう言ったものかな、とティアは思案する。権力を手に入れて、自分の周囲の人間の心だけでも守りたかった。軍の命令だけをただ受け入れることが嫌だったから、突っぱねても重宝される人間になりたかった。
と、アクション映画の主人公さながらの理由もあるのだけど。
正直に言えば、身軽になりたかったから、が理由かもしれない。
自分でもよくわからないから、言葉にしようとすると難しいのだが。
「そうですねえ……簡単に言うと、キラ君の扱いにプツンって」
「堪忍袋の緒が切れたって?」
きょとん、とする士官たちの中、ティアとのやり取りが割りと多かったマードックが目を瞬かせながら彼女の気持ちを表現してくれる。多分、それであっていると思う。
「キラ君がやっていたことを私もできちゃえば、二度とそういうことは言わせられないよなあ、って思ったというか」
「戦闘もしたことがないのに何を馬鹿なことを」
公式発表として、今後のデータ上ストライクのパイロットは“コーディネイター”で、アーク・エンジェルの乗員たちは彼からストライクを取り上げることがかなわない状況にあり、彼を御することができなかった。そういう汚点が記録されることになる。
キラでないと、コーディネイターでないと成しえなかった──という公式に対して、ティアは真っ向から対抗しようとしている。そうはいっても、ティアだってコーディネイターなのは間違いないようだから、意味がないのだけど。
それが公にはされない“身の上”なのはわかっているから、その立場を大いに利用してやろうと思ったのだ。義兄には悪いけれど。
「実は、カリフォルニアでは既にオーダーしたMSの製造が始まっています。それのパイロットになるので、開発と操縦とのセットで二階級昇進です」
「フレイさんのように、お飾りにされるわけね」
マリューが沈痛な面持ちで言ったのを、ティアは否定しかけてやめた。本当に乗るんだよ、なんて言ったら怒られる気がする。
ティアには時間制限がある。一通りやりたいことを終わらせてしまいたい。
「それで、捕虜になっているザフト兵がいると伺ってます。様子を見させていただいてもよろしいですか?」勿論ナタルが文句を言ってきたが、ティアはムウの背中を押して早々にエレベーターへ逃れた。
この後すぐに追ってきそうだが、そこはこの青年に留まらせて貰う魂胆だ。
「フラガ少佐お願いします!」
「任せろーって言ってはあげたいんだけどな、一人で行くのは駄目だ」
「大丈夫ですよ、私これでも格闘できますもん」
対人戦で、複数人相手でなければ対処できる自信はある。一応いいところのお嬢様だから誘拐の危機だとか、なかったわけではない。幼い頃には頭を潰されてもいるのだ。
「ディアッカさんなら大丈夫ですから」
「なになになに。それはどっからの情報だ、オーブで収容して帰しちゃったっているザフト兵?」
エレベータから出たところで、ムウがエレベータの設定を弄って専用モードにした。これで解除しない限り誰も使えなくなってしまった。ナタルが追いかけてくることはない。
ティアは実は、と砂漠で会っていたことを伝える。オーブでのことは今は黙っておくほうがいいかと思い、伏せたままだが。
そのうち、士官たちが戻ってきていることを聞いて状況を確認しようと思ったのか、サイたちが現れたので、ムウは彼らにティアの事を預けてくれた。決して油断しない事、と言い含めた上で。
──という経緯でもって、お邪魔したのだと格子越しに伝えたところ、ディアッカは未だに目をぱちくりさせたまま、上体だけ起こして簡易ベッドの上に座っている。
「モルゲンレーテの関係者かと思ったら、地球軍だったのか」
「あの頃は軍医だったんですけどね。──そうですか」
ニコルとアスランは、ティアが地球軍の人間であることを、ディアッカ達には伝えなかったのだ。下唇を噛んでしばらく、ティアは独房の扉を開く。「馬鹿」と驚愕の声をあげたディアッカに背を向けて、内側からロックをかけた。
「簡単な処置しかされていないでしょう。時間がないので、早速診せていただけますか」
「は……いや、おかしくないか色々」
思わず隅っこ迄じりじり後退していたザフト兵のベッドに、道具をばーっと広げられていく。言葉を失って顔色を悪くさせながらも、ディアッカは観念するように肩をすくめて彼女がやりやすいように床に腰を下ろしてくれた。
「よく一人で来させてもらえたもんだね。俺のやらかし、聞いてないわけじゃないんだろ」
「伺いました。あなたのいうことは当たるから」
ここまで案内してくれたサイが、ミリアリアとのこと、フレイのこと、教えてくれたのだ。ディアッカ本人に自覚はなかったようだが、彼はなかなかの慧眼の持ち主なのだろう。
けれど、時と場合を選ばなければ、彼の言動は相手の反感を招く。
「それにしても、軍医だって? お前、俺と同じくらいだよな。飛び級ってやつ?」
「教えてくれた相手が優秀だったんですよ、病院の院長の息子だったから」
「へえ、俺のオヤジも畑は違うが医学界に携わってんだぜ」
これは意外。いや、だからディアッカは聡いのか。
古いガーゼと変えるのに、カサブタと癒着して痛がるディアッカを宥めながら手当を続ける。痛みに弱いところは普通の男の子だ。軍人なんだからこのくらい我慢しろ、と冗談めかして叱咤してやる。
痛いものは痛い──当たり前のことをやけに真面目に訴えて来たから、ティアは声を出して笑ってしまった。「そうそう」ディアッカが、やっと調子のいい笑顔を見せてくれる。
「お前はそうやって、笑ってるのがいいって」
どうやら、元気づけてくれたようだ。片付ける手を止めたティアの膝にディアッカは頭を乗せる。相手は地べた、ティアはベッドに腰掛けている。身長差があるから出来ることか。
「なに焦ってるんだ? なーんか、切羽詰まった感じ。気になるねえ」
真っすぐな問いかけに、ティアは尻込みする。逸らそうと思えばできる。けれど、今は正直に気持ちを表しても、いい気がした。「ディアッカさんは、私たちの事、嫌い?」相手の目が丸くなって、少し口が開きかけたけど、すぐに閉じられた。簡単な問いかけではないと、気づいてくれたんだろう。
「私は、ディアッカさんや、ザフトの方に亡くなってほしいとは思ってないんです。嫌いというわけでもない」
「俺はそこまで考えたの、最近なんだわ」
途方に暮れたような様子で、ディアッカがティアの額に手を伸ばしてきた。指先でつつくように、とんとんと、叩いてくる。
「お前んとこの、ミリアリア? あいつはすげえよ。ほんと、参るよな」
「いい子でしょう?」
そうなのだ。ミリアリアのことを、自慢気に教えてくれた少年が言っていた。キラが大気圏をストライクで抜けた時、キラが生きていることを、コーディネイターだったから生きていることを、喜んでくれた。
フレイに殺されかけたディアッカを、衝動的に傷つけてしまった彼女自身が、身を挺して助けたことも。
きっと、ミリアリアの取った行動は難しいのだと思う。誰もが見習うことは難しいのだと。けれど、疑問に思って、自問して。
今一度自分のあり方を見つめなおすきっかけを与えてくれることだってある。それが、大事なんだとも思う。
「捕虜の扱いなんて実際どうなるかわかんないけどさ。考える時間はたっぷりあるだろうから、考えさせてもらうわ」
「達観してますねえ、お元気そうで何よりでした」
通路の方から、サイとムウの話し声が聞こえたので、ティアは慌てて立ち上がった。独房を出たところでムウが顔をのぞかせるからギリギリセーフだ。医療バックがまだ中だけど。
ディアッカがささっとまとめてくれて、そっと扉をあけて手渡してくれる。「見つかったらお尻ぺんぺんでもされそうだなあ」「冗談きついです」ディアッカの言うことはあたるのだ、勘弁してほしい。
小さく手を振ると、ディアッカは一つ頷いて見送ってくれた。独房に寄ったはずなのに、ディアッカの住まいにお邪魔した気分である。
「アーク・エンジェルの姉妹艦に?」
ディアッカの元を後にした後。ムウとティアは同じくカリフォルニアへ向かう為、その話題になる。ムウは教官、ティアはパイロットという名の広告塔として着任することになるわけだ。
「ナタル姉さんも、そのうち配属されることになっているようです」
「なーんで俺だけ除け者なのかねえ。まだまだ現役ばりばりだぞお」
パイロットの年齢はだいたいが若年層だ。熟練のパイロットも勿論いるけれど、身体能力の衰えはだいたいの人間に等しく降りかかる事。そこから踏まえても、ムウの場合は引退するには早い。
不満そうに唸る青年の隣で、ティアも疑問に頭を捻る。
「少佐の指導があれば、確かに今後を担う若手の育成にはなると思いますが。これからザフトの大規模襲撃があると噂されている今、必要かと言われるとおかしいですよね」
「センセもそう思うだろ? あーやっぱ、突っぱねに行ってみるか」
ちょっと人事局行ってくる、と踏み出しかけたムウの軍服を、ティアは慌てて掴んで引き留める。今いったら駄目だ。なんだかんだと外堀を埋められて、本当に転属させられてしまう。
出頭する日に断固拒否が一番よろしいと思われる。向こうだって困るだろうから。
「ハルバートン艦長にお願いにいった時、色んな所に頭下げにいかないでいたのを褒められたんです。転属したいなんてお首にも出してなかったから、人事局も大混乱だったらしく」
普段、優等生をしているとそういう事態を招くらしい。劣等生でも問題児でもないけど優等生というわけではないムウは、ちょっと迷った様子でありながら、引き下がった。
「戦争が始まってから一年。センセは士官学校出て、すぐ閣下のところにいったわけじゃなかったのか」
「第8艦体に所属したのは、今年になってからですよ。それまでは、ずっとアラスカ基地で──いや」
ぴたり、とティアは足を止めた。いや、ずっとではない。コペルニクスのテロの時に、居合わせた記憶がある。当時の地球側理事国代表や、国連総長以下理事国の首脳が命を落としたあの現場に。
その後、プラントには核攻撃が行われた。ティアは月基地で、官僚の一人に名を連ねていた義父の手当をしながら、その様子を見ていた。
「それじゃあ、センセは月基地にもいたんだな。いやでも、司令部にいたほうがいいって。俺は現場で大変だったからさ」
そうですね、と答えながら、ブリッジに向かうムウの背中をついていく。
けれど、ティアはよくわからない悪寒に身震いしていた。月基地に配属された記憶なんてないのだが。軍人になったから、義父に頼まれて要人警護の名目で同行したんだったろうか。
それにしては、鮮明なのだ。武装した男たちが、事切れている光景が。
月基地の連中と大捕り物をしたのだったか。全く経緯が思い出せない。
あまりのむごい光景に、新米だった自分は、ショックを受けて気を失いでもしたのだろうか──。
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「──それにしても、ユウナとティアが知り合いだったとは思わなかった」
車の中でカガリがぼやくと、隣り合って今後のスケジュールを確認していたユウナ・ロマ・セイランが笑う。
「彼女は才女でね、注目の的だったんだよ。玉の輿を狙う連中も多かった。僕にはカガリがいるからそういうつもりはなかったけど、仲良くしておけばオーブの為になると思ってさ」
何かの間違いでロマンスが始まったら始まったで、ユウナにとっては利でしかない。オーブの最高責任者であるアスハの姫を娶るのももちろん大切ではあるが。保険はいくつあってもよいものだ。
カガリもティアも箱入りだ。特に後者はユウナのことを不審にも思っていなかった。先ほどの様子からも印象は悪くないようだし。今後も機会があれば優しくして、手ごたえを確かめる価値がある。
どこかほくほくとした雰囲気の青年を横目にしながら、「お前とティアが仲良くか。想像できないな」とカガリがぼやくものだから、ユウナは思わず声をあげて笑った。
「大丈夫だよ、カガリ。僕は君の婚約者だ、ほんと、ティアとはお友達の関係だから心配しないで」
「は? ああ、うん」
がばっと抱き寄せてあげると、カガリは照れたように抵抗してくる。まだまだお子様だけれど、素直なところは御しがいがあって可愛いと思う。ティアはティアで、一歩引いて着いてくるところがいい。
ユウナは達観したような顔で、笑った。
「そう……キラ君は、まだ見つかっていないのね」
アーク・エンジェルのブリッジに場所を移し、ティアはオーブで知りえた情報を彼らに伝えた。この場にはまだ士官しかいないので、トールの事も伝える。遺体は収容し、遺族に引き渡される事になっていたことも。
手続きのややこしい部分に関しては、ティアが終わらせてきた。トールの身に着けたものも全てチェックして、機密に関係するようなものはないことは確認済だ。
後日少しばかりの見舞金が送金される予定ではあるが、そこに関してはウズミに一任してある。慟哭するケーニッヒ夫妻に説明するには時間が必要だろうから。
「こんなことを言ってはヤマト少尉には悪いが、自分としては彼はアラスカへ来なくて正解だったと思っています」
操舵手のアーノルド・ノイマンの重々しい言葉に、ナタルも含めた士官たちは賛同の沈黙だ。もしキラが、今ここにいたら、彼はどうなっていたか。
きっと、ここにいる人間だけでは、彼の事を守り切れなかった。
「それで、センセが少佐になった理由ってのは“そこら辺”に関係しちゃう?」
「フラガ少佐、真面目にお願いします」
肩をすくめながら、ムウが尋ねてくる。ちゃかすような物言いにナタルが被せたが、ティアの事を問いただすような眼差しだ。
どう言ったものかな、とティアは思案する。権力を手に入れて、自分の周囲の人間の心だけでも守りたかった。軍の命令だけをただ受け入れることが嫌だったから、突っぱねても重宝される人間になりたかった。
と、アクション映画の主人公さながらの理由もあるのだけど。
正直に言えば、身軽になりたかったから、が理由かもしれない。
自分でもよくわからないから、言葉にしようとすると難しいのだが。
「そうですねえ……簡単に言うと、キラ君の扱いにプツンって」
「堪忍袋の緒が切れたって?」
きょとん、とする士官たちの中、ティアとのやり取りが割りと多かったマードックが目を瞬かせながら彼女の気持ちを表現してくれる。多分、それであっていると思う。
「キラ君がやっていたことを私もできちゃえば、二度とそういうことは言わせられないよなあ、って思ったというか」
「戦闘もしたことがないのに何を馬鹿なことを」
公式発表として、今後のデータ上ストライクのパイロットは“コーディネイター”で、アーク・エンジェルの乗員たちは彼からストライクを取り上げることがかなわない状況にあり、彼を御することができなかった。そういう汚点が記録されることになる。
キラでないと、コーディネイターでないと成しえなかった──という公式に対して、ティアは真っ向から対抗しようとしている。そうはいっても、ティアだってコーディネイターなのは間違いないようだから、意味がないのだけど。
それが公にはされない“身の上”なのはわかっているから、その立場を大いに利用してやろうと思ったのだ。義兄には悪いけれど。
「実は、カリフォルニアでは既にオーダーしたMSの製造が始まっています。それのパイロットになるので、開発と操縦とのセットで二階級昇進です」
「フレイさんのように、お飾りにされるわけね」
マリューが沈痛な面持ちで言ったのを、ティアは否定しかけてやめた。本当に乗るんだよ、なんて言ったら怒られる気がする。
ティアには時間制限がある。一通りやりたいことを終わらせてしまいたい。
「それで、捕虜になっているザフト兵がいると伺ってます。様子を見させていただいてもよろしいですか?」勿論ナタルが文句を言ってきたが、ティアはムウの背中を押して早々にエレベーターへ逃れた。
この後すぐに追ってきそうだが、そこはこの青年に留まらせて貰う魂胆だ。
「フラガ少佐お願いします!」
「任せろーって言ってはあげたいんだけどな、一人で行くのは駄目だ」
「大丈夫ですよ、私これでも格闘できますもん」
対人戦で、複数人相手でなければ対処できる自信はある。一応いいところのお嬢様だから誘拐の危機だとか、なかったわけではない。幼い頃には頭を潰されてもいるのだ。
「ディアッカさんなら大丈夫ですから」
「なになになに。それはどっからの情報だ、オーブで収容して帰しちゃったっているザフト兵?」
エレベータから出たところで、ムウがエレベータの設定を弄って専用モードにした。これで解除しない限り誰も使えなくなってしまった。ナタルが追いかけてくることはない。
ティアは実は、と砂漠で会っていたことを伝える。オーブでのことは今は黙っておくほうがいいかと思い、伏せたままだが。
そのうち、士官たちが戻ってきていることを聞いて状況を確認しようと思ったのか、サイたちが現れたので、ムウは彼らにティアの事を預けてくれた。決して油断しない事、と言い含めた上で。
──という経緯でもって、お邪魔したのだと格子越しに伝えたところ、ディアッカは未だに目をぱちくりさせたまま、上体だけ起こして簡易ベッドの上に座っている。
「モルゲンレーテの関係者かと思ったら、地球軍だったのか」
「あの頃は軍医だったんですけどね。──そうですか」
ニコルとアスランは、ティアが地球軍の人間であることを、ディアッカ達には伝えなかったのだ。下唇を噛んでしばらく、ティアは独房の扉を開く。「馬鹿」と驚愕の声をあげたディアッカに背を向けて、内側からロックをかけた。
「簡単な処置しかされていないでしょう。時間がないので、早速診せていただけますか」
「は……いや、おかしくないか色々」
思わず隅っこ迄じりじり後退していたザフト兵のベッドに、道具をばーっと広げられていく。言葉を失って顔色を悪くさせながらも、ディアッカは観念するように肩をすくめて彼女がやりやすいように床に腰を下ろしてくれた。
「よく一人で来させてもらえたもんだね。俺のやらかし、聞いてないわけじゃないんだろ」
「伺いました。あなたのいうことは当たるから」
ここまで案内してくれたサイが、ミリアリアとのこと、フレイのこと、教えてくれたのだ。ディアッカ本人に自覚はなかったようだが、彼はなかなかの慧眼の持ち主なのだろう。
けれど、時と場合を選ばなければ、彼の言動は相手の反感を招く。
「それにしても、軍医だって? お前、俺と同じくらいだよな。飛び級ってやつ?」
「教えてくれた相手が優秀だったんですよ、病院の院長の息子だったから」
「へえ、俺のオヤジも畑は違うが医学界に携わってんだぜ」
これは意外。いや、だからディアッカは聡いのか。
古いガーゼと変えるのに、カサブタと癒着して痛がるディアッカを宥めながら手当を続ける。痛みに弱いところは普通の男の子だ。軍人なんだからこのくらい我慢しろ、と冗談めかして叱咤してやる。
痛いものは痛い──当たり前のことをやけに真面目に訴えて来たから、ティアは声を出して笑ってしまった。「そうそう」ディアッカが、やっと調子のいい笑顔を見せてくれる。
「お前はそうやって、笑ってるのがいいって」
どうやら、元気づけてくれたようだ。片付ける手を止めたティアの膝にディアッカは頭を乗せる。相手は地べた、ティアはベッドに腰掛けている。身長差があるから出来ることか。
「なに焦ってるんだ? なーんか、切羽詰まった感じ。気になるねえ」
真っすぐな問いかけに、ティアは尻込みする。逸らそうと思えばできる。けれど、今は正直に気持ちを表しても、いい気がした。「ディアッカさんは、私たちの事、嫌い?」相手の目が丸くなって、少し口が開きかけたけど、すぐに閉じられた。簡単な問いかけではないと、気づいてくれたんだろう。
「私は、ディアッカさんや、ザフトの方に亡くなってほしいとは思ってないんです。嫌いというわけでもない」
「俺はそこまで考えたの、最近なんだわ」
途方に暮れたような様子で、ディアッカがティアの額に手を伸ばしてきた。指先でつつくように、とんとんと、叩いてくる。
「お前んとこの、ミリアリア? あいつはすげえよ。ほんと、参るよな」
「いい子でしょう?」
そうなのだ。ミリアリアのことを、自慢気に教えてくれた少年が言っていた。キラが大気圏をストライクで抜けた時、キラが生きていることを、コーディネイターだったから生きていることを、喜んでくれた。
フレイに殺されかけたディアッカを、衝動的に傷つけてしまった彼女自身が、身を挺して助けたことも。
きっと、ミリアリアの取った行動は難しいのだと思う。誰もが見習うことは難しいのだと。けれど、疑問に思って、自問して。
今一度自分のあり方を見つめなおすきっかけを与えてくれることだってある。それが、大事なんだとも思う。
「捕虜の扱いなんて実際どうなるかわかんないけどさ。考える時間はたっぷりあるだろうから、考えさせてもらうわ」
「達観してますねえ、お元気そうで何よりでした」
通路の方から、サイとムウの話し声が聞こえたので、ティアは慌てて立ち上がった。独房を出たところでムウが顔をのぞかせるからギリギリセーフだ。医療バックがまだ中だけど。
ディアッカがささっとまとめてくれて、そっと扉をあけて手渡してくれる。「見つかったらお尻ぺんぺんでもされそうだなあ」「冗談きついです」ディアッカの言うことはあたるのだ、勘弁してほしい。
小さく手を振ると、ディアッカは一つ頷いて見送ってくれた。独房に寄ったはずなのに、ディアッカの住まいにお邪魔した気分である。
「アーク・エンジェルの姉妹艦に?」
ディアッカの元を後にした後。ムウとティアは同じくカリフォルニアへ向かう為、その話題になる。ムウは教官、ティアはパイロットという名の広告塔として着任することになるわけだ。
「ナタル姉さんも、そのうち配属されることになっているようです」
「なーんで俺だけ除け者なのかねえ。まだまだ現役ばりばりだぞお」
パイロットの年齢はだいたいが若年層だ。熟練のパイロットも勿論いるけれど、身体能力の衰えはだいたいの人間に等しく降りかかる事。そこから踏まえても、ムウの場合は引退するには早い。
不満そうに唸る青年の隣で、ティアも疑問に頭を捻る。
「少佐の指導があれば、確かに今後を担う若手の育成にはなると思いますが。これからザフトの大規模襲撃があると噂されている今、必要かと言われるとおかしいですよね」
「センセもそう思うだろ? あーやっぱ、突っぱねに行ってみるか」
ちょっと人事局行ってくる、と踏み出しかけたムウの軍服を、ティアは慌てて掴んで引き留める。今いったら駄目だ。なんだかんだと外堀を埋められて、本当に転属させられてしまう。
出頭する日に断固拒否が一番よろしいと思われる。向こうだって困るだろうから。
「ハルバートン艦長にお願いにいった時、色んな所に頭下げにいかないでいたのを褒められたんです。転属したいなんてお首にも出してなかったから、人事局も大混乱だったらしく」
普段、優等生をしているとそういう事態を招くらしい。劣等生でも問題児でもないけど優等生というわけではないムウは、ちょっと迷った様子でありながら、引き下がった。
「戦争が始まってから一年。センセは士官学校出て、すぐ閣下のところにいったわけじゃなかったのか」
「第8艦体に所属したのは、今年になってからですよ。それまでは、ずっとアラスカ基地で──いや」
ぴたり、とティアは足を止めた。いや、ずっとではない。コペルニクスのテロの時に、居合わせた記憶がある。当時の地球側理事国代表や、国連総長以下理事国の首脳が命を落としたあの現場に。
その後、プラントには核攻撃が行われた。ティアは月基地で、官僚の一人に名を連ねていた義父の手当をしながら、その様子を見ていた。
「それじゃあ、センセは月基地にもいたんだな。いやでも、司令部にいたほうがいいって。俺は現場で大変だったからさ」
そうですね、と答えながら、ブリッジに向かうムウの背中をついていく。
けれど、ティアはよくわからない悪寒に身震いしていた。月基地に配属された記憶なんてないのだが。軍人になったから、義父に頼まれて要人警護の名目で同行したんだったろうか。
それにしては、鮮明なのだ。武装した男たちが、事切れている光景が。
月基地の連中と大捕り物をしたのだったか。全く経緯が思い出せない。
あまりのむごい光景に、新米だった自分は、ショックを受けて気を失いでもしたのだろうか──。
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