地上編
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page003:砂漠の街で。
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「──ずっとお外に出ていなかったからなあ」
ほとんど開き直りながら、ティアは両手を合わせたり握ったりしながら周囲を見回す。
前に外出したのはいつだろう。義兄に無理やり連れ出されて、軍本部から街に出た時以来だろうか。たくさん服を買い与えられてしまったけれど、部屋には収まらないから持ち帰ってもらったのが一番新しい記憶かもしれない。
士官学校を卒業する迄は、間休みに友人たちと休暇を楽しんだりもした。それぞれ所属先が違うから、あれから一度も会えていないけれど。
軍本部にいるのだから機会はあるだろうと名残惜しい気持ちを堪えて別れたままだ。情報戦略、技術職と専門知識に優れた友人たちを巡っては各基地で取り合いが発生していたし。
ほぼ確実に機密に携わっているだろうから簡単には連絡が取れない。
──と、現状においてあまりにも関係ないことに思いを巡らせても、状況は全く変わらないのだが。
第8艦隊による支援を受けて、地球へ降り立ったアーク・エンジェルが今いるのは北アフリカだ。本来であればアラスカ上空へ降り立つはずだったが、ザフトによる猛撃を受けた関係で経路はずれ、ザフト支配域に着陸することになってしまった。
大気圏突入ギリギリまで、第8艦隊の壊滅をなんとか阻止しようと出撃していたストライクは、結果的に単機で降下することになってしまい、アーク・エンジェルはそれを回収することを第一にした結果だ。
思い描いていたような結果からは程遠いものとなってしまったが、恩師から託された思いには答えねばならない。
唯一、メネラオスから異動してきた彼女自身が落ち込んでいては、アーク・エンジェルの乗員たちは気にしてしまうだろう。彼らの奮戦には感謝している。悔いてくれていることもわかっている。
「包帯と、消毒液と……最低限、確保はしたけれど」
買い出しの袋の中身を、何度目になるだろうか、確認しながら漁った。
動き回っては負けだ。大人しく留まっていた方が間違いない。こればかりは、自分の失態なのだから。
ティア・ラードナー中尉は、現在敵地のまっただ中で、迷子になっていた。
辿り着いた砂漠の地。
艦体の負傷箇所などをある程度確認する時間は取れたものの、早期にザフトによる攻撃を受けたアーク・エンジェル。そこに加勢してくれたのは、支配に抵抗しているレジスタンス“明けの砂漠”だった。
彼らの援護を受けながら、不慣れな大気圏内の戦闘をなんとか乗り切ったティアたちは正式に彼らと協力関係を結んでいる。
その後も何度か襲撃をやり過ごしてきたのだが、そのレジスタンスメンバーの住む集落が襲撃されてしまい、避難民たちの受け入れや、負傷者の手当などで物資が足りなくなってしまったのだ。
それを買い出しに来た結果がこれである。「絶対、ナタル姉さん怒るだろうなあ」頭だって抱えたくなるというものだ。
何より、単独行動をとっている時点で説教覚悟なのだ。
いくらザフトに恭順の意を示して安全を確保されている場所とはいえ、こちらの都合で医療品の買占めのような事態になることを、ティアは避けたかった。
その立ち位置の違いの為に医務室メンバーとのちょっとしたぶつかり合いになり、ティアは一人で街をまわり、少しずつ必要数を確保したのだ。
回っている最中、案の定店ともめている一団を目にしたが、手助けに入ることはしなかった。放っておいた方が動き回りやすいと判断したからだ。
及ばずながら、ティアは店の中で困っている人がいたら対処法を伝えたりして多少は街の人々に貢献したつもりだ。そのくらいの心の余裕を持たないと、“何かと引き換えに安全を得ている生活”を送る人たちの協力など得られない。
とはいえ、時間までまだまだ余裕があるといっても、合流場所を見つけられないでいることは問題である。
誰か一人くらい、往来を眺めていれば仲間を見つけられるかと思っていたが見当たらない。ううん、困った。
やはり、街ゆく人に声をかけるべきか。
どうせならば、最後に立ち寄った店に戻って尋ねてみようか。
「ねえ、何してんの?」
壁に寄りかかっていた姿勢を正し、誰に声をかけようかと辺りを見回したところで声をかけられた。同時に日が陰ったので相手は自分より背が高いことがわかる。
振り返ると、金髪に色黒の少年が、にっこり笑顔で待ち構えていて。
「さっきから気になってたんだよね。一人で行動するのは無防備すぎじゃない?」
親し気に声をかけてくれた少年は、続けて名前を教えてくれた。口調から、彼も地元民でないことだけ把握する。
ここはザフトの駐留圏。プラントの関係者か、旅行者といったところだろう。話題には気をつけねばならない。
「お恥ずかしい話、道に迷いまして。ディアッカさんは詳しいですか?」
「残念ながら。時間あるなら、そこでお茶しない? 店員にチップ渡して聞きゃあ、向こうは儲けにもなってお互い様だ」
足元にある荷物を指さし、ティアの持ち物であることを確認したディアッカがそれらを軽々と持ち上げてしまう。申し訳なくて遠慮したけれど笑い飛ばされてしまい、ティアは促されるまま、近場のカフェに入った。
あれよあれよと机の上にはアイスとコーヒーが並べられ、少年のエスコートの手際の良さにぽかんとしてしまう。
義兄もこういうことには手慣れているが、彼の場合は周りが連動して動いている。けれど、ディアッカは店員とのやり取りから注文、ティアの遠慮の言葉が飛び出す前に全てさらさらとこなしてしまったのだ。
「すごいです、すごいです! メニューとかちらっと見ただけなのに」
「日頃から新しい店とかは早々にチェックしてたんでね。彼女連れて行った先でまごついてたらかっこ悪いじゃん」
過去に行ったことのある店のメニューと瞬時に比較して、対応したと。お年頃な動機なのに対処法がスマートすぎて、もう感動するしかない。出不精だった過去の自分を反省した。自分も見習おう。
「ほら、早く食べないと溶けるぜ。ああ、勝手に注文したけど大丈夫か?」
「こんなところでアイスが食べられるとは思っていませんでした。ありがとうございます」
小さなボウルのようなお皿に、慎ましく半円のアイス。チョコレートが垂らされ、ラクダのクッキーが添えられている。可愛い。
あんまり遠慮しては気を悪くさせてしまうだろう。ティアは素直にお礼を言って。「ディアッカさんの彼女さんは幸せ者ですね」
素直な気持ちを口にしたところ、既にアイスを平らげ終えてコーヒーの味を楽しんでいたディアッカが、にやりと人の悪い笑みを浮かべ「なに、立候補したいわけ?」と尋ねてきたものだから、ティアは慌てた。
が、首を振っては相手に悪い。かといって口にしても結局は拒絶。
この場合どうするべきだ。そんなつもりはなかった、といってもディアッカに興味は一切ない、というような意味合いになってしまう。
そもそもはティアが変な事を言ったせいなのだから、この場合は素直に自分の非を前面に押し出せば大丈夫だろう。きっとそうだ。
「すみません、告白したことがないので言動を間違えました!」
“彼氏彼女が羨ましい”とかいう言動が、そういう誤解を招くものだと知った今、今後は二度とないように心掛ける所存。
深々と頭を下げたら、思い切り笑われた。悪ふざけをしただけだ、と続けられたので、からかわれたのだとわかる。
「悪かったって! だから泣くなよ、な?」
「いえ、勉強になりました、発言には以後気を付けます……」
恥ずかしくて涙目のティアを宥め終えたディアッカが、頬杖をついて凝視してくる。どこか、優しい目だ。
「どこの箱入りだよ。よく一人で出歩くの許可されたな」
「ちょっとした喧嘩です。怒られ慣れているのでご心配なく」
「はは、同情するなあ」
一体どちらに同情するんだろう。墓穴を掘りそうなので、ティアはその話題に触れるのをやめた。このアイス、今まで食べたことのあるものより素朴で、なんだか新鮮だ。美味しい。
「にしても、こんなに包帯とか買い込んで何するんだ。治療院でも開くのか?」
買い込んだ医療品は、袋から簡単に見えてしまう。別に隠し立てするようなことでもないので、ティアはコーヒーを一口飲んだ。苦い。
「こんなご時世ですから。もしもの時大変じゃないですか。止血ができるだけでも状況は変わるんですよ」
「ティアに介抱して貰えるんだったら、怪我するのも悪くないかもな」
ふざけてとんでもない事を言うので、ティアは真面目に咎めた。それなのに、ディアッカは楽しそうに笑うだけで真摯に受け止めてくれない。むう、とティアが頬膨らませるまで本気で取り合ってくれなかった。
その後、店員にティアの目当ての場所に心当たりがないか彼は尋ね、当たり前のように会計を済ませて荷物を運んでくれた。
何から何まで世話になりっぱなしである。
「んで、待ち合わせ相手はいそう?」
「いいえ、まだみたいですね。買い出しで手間取っているのかも」
まず、医療品調達組は、ティア以外はほぼ見込みがないと思われる。他の連中の場合は物流の関係で上手くいかないことも想定されるから、場合によっては時間通りというのは難しいだろう。
「それなら、もう少し付き合うよ」
「いえ、悪いですよそんなの」
「知らない相手に素直に着いてったティアは危なっかしいんだよ」
初対面の相手と先ほどまでお茶をしていた手前、言い返せない。
「──おい、ディアッカ!」
鋭い怒声に、思わず身をすくませるティアに対して、ディアッカは彼女の肩を抱き寄せながら苦笑いになる。「どうしてこっちに来てるんだよ、イザーク」なんだかとても残念そう。
視線の先では、銀髪の少年が怒りの形相で待ち構えていた。顔に走る傷跡が痛々しい。
「貴様、いつまで遊んでいる! こんな……」
思い切り睨まれた。思わずディアッカの影に隠れてしまったのは許してほしい。奇麗な顔なのに鋭い視線で射抜かれたら、そうしてしまうのも無理はないと思う。
「あー、ええと悪いな。付き合えそうもない」
「とんでもない、助けてもらってばかりで。ありがとうございました」
申し訳なさそうな様子で、ディアッカは酷く憤慨した様子の少年と共に街中へ消えていった。
その背中を見送り終えた後、ティアは荷物の傍に腰を下ろして、頬杖をつく。
いい人だった。対して、その友人らしいイザークという少年はお子様だ。何をそんなにカリカリしていたのだろう。傷のせいなんだろうが。
やはり、ザフトの関係者というのが濃厚か。こんな辺境の地にコーディネイターの民間人など多くいるはずがないから、ティアの事をナチュラルだと思って、憎しみを向けて来たのかもしれない。
「私も同じかもしれないって知ったら、少しは表情変えたのかな」
膝を抱えながら、ぽつりとぼやく。
今でこそ、コーディネイターとかナチュラルとか、普通に口にするようになったけど。そんなの割と最近だ。
最初の頃は、ちょっと天才的な人間が多い程度だったけど、それらが遺伝子操作を受けた人間だとわかってから、少しずつ、確実にそういう世情に移り変わっていった。
実際は遺伝子操作を受けていないのに、被害を被ったナチュラルだっている。そんな酷い時代だ。
『──あの軍医、コーディネイターだから大丈夫とか、根拠がまるでなくて』
アーク・エンジェルが大気圏を抜けた時。
高熱を出してうなされるキラを見舞っていたトールは、ティアとは別の──もとからアーク・エンジェルに搭乗していた軍医によって経過説明を受けたという。
その時の対応が酷かったのだと、ティアは訴えられた。
ストライクガンダムの中で、単身高熱に晒された果てに生還したキラは、コーディネイターだったから生き延びていた。ナチュラルだったら死んでいたのだから、彼は“その生まれのおかげ”で元気なのだ。
ミリアリアは、キラがコーディネイターだったから助かったことを喜び、安堵の涙を流したという。
教えてくれたトールは、自身のガールフレンドの人となりを自慢しながら、ちょっとだけキラに嫉妬してしまったことを教えてくれた。自分たちとはやっぱり違うのだという事実に、羨望の念を抱いてしまったと。
けど、トールだって、キラが生きている事を喜んでいた。
──けれど、人は精神的に弱い生き物だから。
先日は、キラとフレイの親密な関係に、もともとフレイの婚約者であったサイと諍いになって危うく暴力沙汰になりかけた。そのうえ、サイがストライクの操縦を試みて大失敗を起こすという笑えない事態にも発展してしまったのだ。
現在、マリューたち士官にとって最高戦力であるキラへのカウンセリングなどの怠りを反省し、対処法を模索している状況だ。
勿論、軍医としてティアはそのあたりは頼られている。キラはハルバートンとの会話に酷く感銘を受けていて、そんな彼の傍に従事していたティアの事を、一般の士官よりは頼ってくれているのも要因だ。
恐らく、トリィの一件で強烈な印象を残していることもあるとは思う。少しずつ慣れてきているとはいえ、いまだにちょっぴり苦手だ。
今後、アラスカに向かうにあたりキラへの負担は確実に増えるだろう。
軍人としての心構えのない相手への対応はティア自身もしたことがないから役不足であるかもしれないが、精一杯のことをしなければ。医官というだけでの“中尉”の階級なのだし。
具体的に、何をどうするかなどは考えつかないのだけど──だめだ。堂々巡りになってきた、やめよう。
合流したくても周りの連中が遅れているのだから、少しばかり贅沢したっていいだろう。先ほどディアッカにご馳走して貰ってしまったが。
ティアは荷物を抱えて、近くのカフェのテラス席へ向かい、仲間の姿を待つことにしたのだが。
結果的に言うと、合流時間を間違えて把握していたという自業自得の結果だった。
ナタルには呆れられ、仲間には同情されて手を引かれる始末。
どうしてヒトロクマルマルとヒトヨンマルマルを勘違いしたのか自分でも意味が分からない。
けれど、この日はナタルが一緒に寝ようと招いてくれたから、ティアは少し得した気分になったのだった。
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「──ずっとお外に出ていなかったからなあ」
ほとんど開き直りながら、ティアは両手を合わせたり握ったりしながら周囲を見回す。
前に外出したのはいつだろう。義兄に無理やり連れ出されて、軍本部から街に出た時以来だろうか。たくさん服を買い与えられてしまったけれど、部屋には収まらないから持ち帰ってもらったのが一番新しい記憶かもしれない。
士官学校を卒業する迄は、間休みに友人たちと休暇を楽しんだりもした。それぞれ所属先が違うから、あれから一度も会えていないけれど。
軍本部にいるのだから機会はあるだろうと名残惜しい気持ちを堪えて別れたままだ。情報戦略、技術職と専門知識に優れた友人たちを巡っては各基地で取り合いが発生していたし。
ほぼ確実に機密に携わっているだろうから簡単には連絡が取れない。
──と、現状においてあまりにも関係ないことに思いを巡らせても、状況は全く変わらないのだが。
第8艦隊による支援を受けて、地球へ降り立ったアーク・エンジェルが今いるのは北アフリカだ。本来であればアラスカ上空へ降り立つはずだったが、ザフトによる猛撃を受けた関係で経路はずれ、ザフト支配域に着陸することになってしまった。
大気圏突入ギリギリまで、第8艦隊の壊滅をなんとか阻止しようと出撃していたストライクは、結果的に単機で降下することになってしまい、アーク・エンジェルはそれを回収することを第一にした結果だ。
思い描いていたような結果からは程遠いものとなってしまったが、恩師から託された思いには答えねばならない。
唯一、メネラオスから異動してきた彼女自身が落ち込んでいては、アーク・エンジェルの乗員たちは気にしてしまうだろう。彼らの奮戦には感謝している。悔いてくれていることもわかっている。
「包帯と、消毒液と……最低限、確保はしたけれど」
買い出しの袋の中身を、何度目になるだろうか、確認しながら漁った。
動き回っては負けだ。大人しく留まっていた方が間違いない。こればかりは、自分の失態なのだから。
ティア・ラードナー中尉は、現在敵地のまっただ中で、迷子になっていた。
辿り着いた砂漠の地。
艦体の負傷箇所などをある程度確認する時間は取れたものの、早期にザフトによる攻撃を受けたアーク・エンジェル。そこに加勢してくれたのは、支配に抵抗しているレジスタンス“明けの砂漠”だった。
彼らの援護を受けながら、不慣れな大気圏内の戦闘をなんとか乗り切ったティアたちは正式に彼らと協力関係を結んでいる。
その後も何度か襲撃をやり過ごしてきたのだが、そのレジスタンスメンバーの住む集落が襲撃されてしまい、避難民たちの受け入れや、負傷者の手当などで物資が足りなくなってしまったのだ。
それを買い出しに来た結果がこれである。「絶対、ナタル姉さん怒るだろうなあ」頭だって抱えたくなるというものだ。
何より、単独行動をとっている時点で説教覚悟なのだ。
いくらザフトに恭順の意を示して安全を確保されている場所とはいえ、こちらの都合で医療品の買占めのような事態になることを、ティアは避けたかった。
その立ち位置の違いの為に医務室メンバーとのちょっとしたぶつかり合いになり、ティアは一人で街をまわり、少しずつ必要数を確保したのだ。
回っている最中、案の定店ともめている一団を目にしたが、手助けに入ることはしなかった。放っておいた方が動き回りやすいと判断したからだ。
及ばずながら、ティアは店の中で困っている人がいたら対処法を伝えたりして多少は街の人々に貢献したつもりだ。そのくらいの心の余裕を持たないと、“何かと引き換えに安全を得ている生活”を送る人たちの協力など得られない。
とはいえ、時間までまだまだ余裕があるといっても、合流場所を見つけられないでいることは問題である。
誰か一人くらい、往来を眺めていれば仲間を見つけられるかと思っていたが見当たらない。ううん、困った。
やはり、街ゆく人に声をかけるべきか。
どうせならば、最後に立ち寄った店に戻って尋ねてみようか。
「ねえ、何してんの?」
壁に寄りかかっていた姿勢を正し、誰に声をかけようかと辺りを見回したところで声をかけられた。同時に日が陰ったので相手は自分より背が高いことがわかる。
振り返ると、金髪に色黒の少年が、にっこり笑顔で待ち構えていて。
「さっきから気になってたんだよね。一人で行動するのは無防備すぎじゃない?」
親し気に声をかけてくれた少年は、続けて名前を教えてくれた。口調から、彼も地元民でないことだけ把握する。
ここはザフトの駐留圏。プラントの関係者か、旅行者といったところだろう。話題には気をつけねばならない。
「お恥ずかしい話、道に迷いまして。ディアッカさんは詳しいですか?」
「残念ながら。時間あるなら、そこでお茶しない? 店員にチップ渡して聞きゃあ、向こうは儲けにもなってお互い様だ」
足元にある荷物を指さし、ティアの持ち物であることを確認したディアッカがそれらを軽々と持ち上げてしまう。申し訳なくて遠慮したけれど笑い飛ばされてしまい、ティアは促されるまま、近場のカフェに入った。
あれよあれよと机の上にはアイスとコーヒーが並べられ、少年のエスコートの手際の良さにぽかんとしてしまう。
義兄もこういうことには手慣れているが、彼の場合は周りが連動して動いている。けれど、ディアッカは店員とのやり取りから注文、ティアの遠慮の言葉が飛び出す前に全てさらさらとこなしてしまったのだ。
「すごいです、すごいです! メニューとかちらっと見ただけなのに」
「日頃から新しい店とかは早々にチェックしてたんでね。彼女連れて行った先でまごついてたらかっこ悪いじゃん」
過去に行ったことのある店のメニューと瞬時に比較して、対応したと。お年頃な動機なのに対処法がスマートすぎて、もう感動するしかない。出不精だった過去の自分を反省した。自分も見習おう。
「ほら、早く食べないと溶けるぜ。ああ、勝手に注文したけど大丈夫か?」
「こんなところでアイスが食べられるとは思っていませんでした。ありがとうございます」
小さなボウルのようなお皿に、慎ましく半円のアイス。チョコレートが垂らされ、ラクダのクッキーが添えられている。可愛い。
あんまり遠慮しては気を悪くさせてしまうだろう。ティアは素直にお礼を言って。「ディアッカさんの彼女さんは幸せ者ですね」
素直な気持ちを口にしたところ、既にアイスを平らげ終えてコーヒーの味を楽しんでいたディアッカが、にやりと人の悪い笑みを浮かべ「なに、立候補したいわけ?」と尋ねてきたものだから、ティアは慌てた。
が、首を振っては相手に悪い。かといって口にしても結局は拒絶。
この場合どうするべきだ。そんなつもりはなかった、といってもディアッカに興味は一切ない、というような意味合いになってしまう。
そもそもはティアが変な事を言ったせいなのだから、この場合は素直に自分の非を前面に押し出せば大丈夫だろう。きっとそうだ。
「すみません、告白したことがないので言動を間違えました!」
“彼氏彼女が羨ましい”とかいう言動が、そういう誤解を招くものだと知った今、今後は二度とないように心掛ける所存。
深々と頭を下げたら、思い切り笑われた。悪ふざけをしただけだ、と続けられたので、からかわれたのだとわかる。
「悪かったって! だから泣くなよ、な?」
「いえ、勉強になりました、発言には以後気を付けます……」
恥ずかしくて涙目のティアを宥め終えたディアッカが、頬杖をついて凝視してくる。どこか、優しい目だ。
「どこの箱入りだよ。よく一人で出歩くの許可されたな」
「ちょっとした喧嘩です。怒られ慣れているのでご心配なく」
「はは、同情するなあ」
一体どちらに同情するんだろう。墓穴を掘りそうなので、ティアはその話題に触れるのをやめた。このアイス、今まで食べたことのあるものより素朴で、なんだか新鮮だ。美味しい。
「にしても、こんなに包帯とか買い込んで何するんだ。治療院でも開くのか?」
買い込んだ医療品は、袋から簡単に見えてしまう。別に隠し立てするようなことでもないので、ティアはコーヒーを一口飲んだ。苦い。
「こんなご時世ですから。もしもの時大変じゃないですか。止血ができるだけでも状況は変わるんですよ」
「ティアに介抱して貰えるんだったら、怪我するのも悪くないかもな」
ふざけてとんでもない事を言うので、ティアは真面目に咎めた。それなのに、ディアッカは楽しそうに笑うだけで真摯に受け止めてくれない。むう、とティアが頬膨らませるまで本気で取り合ってくれなかった。
その後、店員にティアの目当ての場所に心当たりがないか彼は尋ね、当たり前のように会計を済ませて荷物を運んでくれた。
何から何まで世話になりっぱなしである。
「んで、待ち合わせ相手はいそう?」
「いいえ、まだみたいですね。買い出しで手間取っているのかも」
まず、医療品調達組は、ティア以外はほぼ見込みがないと思われる。他の連中の場合は物流の関係で上手くいかないことも想定されるから、場合によっては時間通りというのは難しいだろう。
「それなら、もう少し付き合うよ」
「いえ、悪いですよそんなの」
「知らない相手に素直に着いてったティアは危なっかしいんだよ」
初対面の相手と先ほどまでお茶をしていた手前、言い返せない。
「──おい、ディアッカ!」
鋭い怒声に、思わず身をすくませるティアに対して、ディアッカは彼女の肩を抱き寄せながら苦笑いになる。「どうしてこっちに来てるんだよ、イザーク」なんだかとても残念そう。
視線の先では、銀髪の少年が怒りの形相で待ち構えていた。顔に走る傷跡が痛々しい。
「貴様、いつまで遊んでいる! こんな……」
思い切り睨まれた。思わずディアッカの影に隠れてしまったのは許してほしい。奇麗な顔なのに鋭い視線で射抜かれたら、そうしてしまうのも無理はないと思う。
「あー、ええと悪いな。付き合えそうもない」
「とんでもない、助けてもらってばかりで。ありがとうございました」
申し訳なさそうな様子で、ディアッカは酷く憤慨した様子の少年と共に街中へ消えていった。
その背中を見送り終えた後、ティアは荷物の傍に腰を下ろして、頬杖をつく。
いい人だった。対して、その友人らしいイザークという少年はお子様だ。何をそんなにカリカリしていたのだろう。傷のせいなんだろうが。
やはり、ザフトの関係者というのが濃厚か。こんな辺境の地にコーディネイターの民間人など多くいるはずがないから、ティアの事をナチュラルだと思って、憎しみを向けて来たのかもしれない。
「私も同じかもしれないって知ったら、少しは表情変えたのかな」
膝を抱えながら、ぽつりとぼやく。
今でこそ、コーディネイターとかナチュラルとか、普通に口にするようになったけど。そんなの割と最近だ。
最初の頃は、ちょっと天才的な人間が多い程度だったけど、それらが遺伝子操作を受けた人間だとわかってから、少しずつ、確実にそういう世情に移り変わっていった。
実際は遺伝子操作を受けていないのに、被害を被ったナチュラルだっている。そんな酷い時代だ。
『──あの軍医、コーディネイターだから大丈夫とか、根拠がまるでなくて』
アーク・エンジェルが大気圏を抜けた時。
高熱を出してうなされるキラを見舞っていたトールは、ティアとは別の──もとからアーク・エンジェルに搭乗していた軍医によって経過説明を受けたという。
その時の対応が酷かったのだと、ティアは訴えられた。
ストライクガンダムの中で、単身高熱に晒された果てに生還したキラは、コーディネイターだったから生き延びていた。ナチュラルだったら死んでいたのだから、彼は“その生まれのおかげ”で元気なのだ。
ミリアリアは、キラがコーディネイターだったから助かったことを喜び、安堵の涙を流したという。
教えてくれたトールは、自身のガールフレンドの人となりを自慢しながら、ちょっとだけキラに嫉妬してしまったことを教えてくれた。自分たちとはやっぱり違うのだという事実に、羨望の念を抱いてしまったと。
けど、トールだって、キラが生きている事を喜んでいた。
──けれど、人は精神的に弱い生き物だから。
先日は、キラとフレイの親密な関係に、もともとフレイの婚約者であったサイと諍いになって危うく暴力沙汰になりかけた。そのうえ、サイがストライクの操縦を試みて大失敗を起こすという笑えない事態にも発展してしまったのだ。
現在、マリューたち士官にとって最高戦力であるキラへのカウンセリングなどの怠りを反省し、対処法を模索している状況だ。
勿論、軍医としてティアはそのあたりは頼られている。キラはハルバートンとの会話に酷く感銘を受けていて、そんな彼の傍に従事していたティアの事を、一般の士官よりは頼ってくれているのも要因だ。
恐らく、トリィの一件で強烈な印象を残していることもあるとは思う。少しずつ慣れてきているとはいえ、いまだにちょっぴり苦手だ。
今後、アラスカに向かうにあたりキラへの負担は確実に増えるだろう。
軍人としての心構えのない相手への対応はティア自身もしたことがないから役不足であるかもしれないが、精一杯のことをしなければ。医官というだけでの“中尉”の階級なのだし。
具体的に、何をどうするかなどは考えつかないのだけど──だめだ。堂々巡りになってきた、やめよう。
合流したくても周りの連中が遅れているのだから、少しばかり贅沢したっていいだろう。先ほどディアッカにご馳走して貰ってしまったが。
ティアは荷物を抱えて、近くのカフェのテラス席へ向かい、仲間の姿を待つことにしたのだが。
結果的に言うと、合流時間を間違えて把握していたという自業自得の結果だった。
ナタルには呆れられ、仲間には同情されて手を引かれる始末。
どうしてヒトロクマルマルとヒトヨンマルマルを勘違いしたのか自分でも意味が分からない。
けれど、この日はナタルが一緒に寝ようと招いてくれたから、ティアは少し得した気分になったのだった。