第5章 未来の対価。
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第1話 炎の咆哮。
——————————————————-
──父親が鬼に食い殺されている。
慈悟郎はその光景を前に、父から貰った日輪刀を落としてしまう。
そのせいか、まだ意識があったらしい父と、目があってしまった。
見つかってしまったか。
夜は家から出るなと言っておいたのに。
しようのないやつだなぁ。
まあ、俺の子供だし、仕方ないか。
そんな目をしていたと思う。
首を斬ってくれと言われた時。
冗談と受け止めて断ったわけではなかった。
寿命だというならば、最後の最後まで、普通に見送りたかったのだ。
なのに、父は自ら鬼に喰われに行った。
守神様がいるんだと言われ続けて、毎日お供えをしていた祠の前で。
こんな場所に鬼が出るなんて聞いたことはなかったし、被害だってなかったのに。
『お前の父親は困ったやつだよ。自分を食わせるまで、私に山神の真似事をさせていたのだから』
無抵抗で首を斬られた鬼が、満足そうに言って消えた。
握り締めた刀の柄。父は、全部わかっていたというのか。
最初から最後まで、やりたいようにやったのか。
満足だったのか。本当にそれでよかったのか。
──父上は、幸せだったのか。
「俺のことは良いですから、貴方は他の隊士の元へ行ってください!」
善逸は自分の後をついて来る、四つ足の大きな影に訴えた。
遊郭での任務を終えた後、噂がたった。
大きな獣が、人を攫って行ったとか、崩れる家屋の中から助け出したとか、街を破壊したとか。
あれはこの人物の、“血記術”を利用した救助活動だったのだろう──。
“君のことを勿論信頼しているが、些か心配の種もあるからな。何より君は俺の継子でもある!”
「炭治郎だけじゃなかったのね!」
思わず立ち止まった善逸は、改めて獣姿の杏寿郎を視界に捉えた。
目が点になるとはこのことか。
──虎だ。
確か炎の呼吸に炎虎ってあったよな。え、龍田ってば安直すぎない。なによりも普段ネコだったよね、この人。虎ってネコ科……え、そういうこと? そういうことなの? 嘘でしょ。
衝撃の結論に至った善逸が絶句していると、生前の炎柱の髪の色と同じ大毛玉がむんっと胸を張って。
“いつ何処で隊士たちに鉢合わせするかわからないからな。加勢をする上でこの姿でいるのが一番だろう! 名案だと思わないか!”
そう、ですね──頭痛を催し始める善逸の肩を、器用に前足でばんばん叩いた杏寿郎は、真っ直ぐに琥珀色の瞳を凝視して。
“我妻少年──君は桑島さんの愛弟子であり、俺と宇髄の継子だ。柱にとって継子を取るという事は思いを託す行為でもある!”
耳にではなく、杏寿郎の声は心に届く。不思議な感覚だった。
善逸にとって、時には煩わしくも感じる優れた耳は、倒さなければならない相手の音だけに集中している。
諦めるな。
逃げてもいい、泣いてもいい。
ただ、諦めるな。
消えないのだ。言霊はいつでも善逸のそばにある。
刀を作る工程を語りながら、拳を頭に打ち付けられたこと。
三峯詣の際に、居合わせた鬼を斬り伏せた、片足を失いながらも繰り出した御技も。
白い歯を見せてにやっと笑う顔。
強面の癖にすごく優しい音をさせて、鬼のように怒ってくれた。
どんな気持ちで、いたのかな。
最後まで心配事だらけにさせてしまった。
自責の念で終えさせてしまうなんて──ぺちん。尻尾で頬を殴られた。「痛い」片手で押さえると、鼻先に迫る、獣の顔。“俺を見ろ!”
“俺は、哀れか?”
あんなに沢山列車に一般人がいたのに、死んだのは杏寿郎だけだった。
力尽きて往生した炎柱の姿を、善逸は忘れられない。
炭治郎と伊之助とは違い、善逸は死に際には居合わせなかったけど。
聞こえなくなった杏寿郎の体からは、未練の音はしなかった。
ただ、どうしようもなく心を震わせるような、思いの音だけ。真っ直ぐに自分たちに向けられた、音だけ。
「いいえ」震えそうになる声を、懸命に張る。「カッコいいです、ほんと、あったまくるくらい──でもさぁ」
「なんっで死んじゃったんだよぉ! 炭治郎も伊之助も、すごく泣いたんだぞ! あいつら泣かしたあんたの事、可哀想だとかそんなこと思ってなんかやらないからな!」
“生きていて欲しかった”。もっと自分に力があれば。
死ななければ。死なせなければ、もっと、こう、何かやりようだってあったと思って何が悪い。
煉獄杏寿郎に言ったって仕方ない。でも、せっかく機会をもらったのだからもう、いっぱいいっぱいなので。
しっかり、八つ当たりさせていただく。なんでだよ、理不尽だよ。なんで死んじゃったんだよ。なんで鬼になんかなったんだよ。
膝がガクガクいう中で、必死で踏ん張る。
泣くものか。泣いてはならないのだ。ちくしょう──何でだよ。
「煉獄さん、ありがとうございました。でも本音です。ごめんなさい」
素直に頭を下げると、虎は愉快そうに尾を揺らした。
本当に面倒見の良い人だな。本当に。ああもう、切ない。苦しい。
善逸は深く頭を下げてから、振り返ることなく進んで行く。
“鬼が出ると聞いて、列車を降りると怯えていた時は変わった子だとは思ったが。そのくせ、刀を抜けば雷鳴の如く守る力を振るう。ううむ、心の底から悔しくてかなわん!”
自身が生きていれば、こうやって多くの弟子の背中を見送ることもあったのかもしれない。一匹の虎は一度尾を大きくしならせて、ゆっくりと身を翻し──襲い来る鬼たちに向けて、吠える。
これから兄弟子の首を斬る我妻善逸を、責める人間は出て来るだろう。彼の師を、罵る連中もいるだろう。
“我妻少年も俺の継子の一人。彼が蔑まれることがあらば、この俺もその呪いを甘んじて受けよう!”
剥く牙と、切り裂く爪は我が炎の呼吸そのもの也。
轟く咆哮、しなる尾は、我が心の燃る様──。
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──父親が鬼に食い殺されている。
慈悟郎はその光景を前に、父から貰った日輪刀を落としてしまう。
そのせいか、まだ意識があったらしい父と、目があってしまった。
見つかってしまったか。
夜は家から出るなと言っておいたのに。
しようのないやつだなぁ。
まあ、俺の子供だし、仕方ないか。
そんな目をしていたと思う。
首を斬ってくれと言われた時。
冗談と受け止めて断ったわけではなかった。
寿命だというならば、最後の最後まで、普通に見送りたかったのだ。
なのに、父は自ら鬼に喰われに行った。
守神様がいるんだと言われ続けて、毎日お供えをしていた祠の前で。
こんな場所に鬼が出るなんて聞いたことはなかったし、被害だってなかったのに。
『お前の父親は困ったやつだよ。自分を食わせるまで、私に山神の真似事をさせていたのだから』
無抵抗で首を斬られた鬼が、満足そうに言って消えた。
握り締めた刀の柄。父は、全部わかっていたというのか。
最初から最後まで、やりたいようにやったのか。
満足だったのか。本当にそれでよかったのか。
──父上は、幸せだったのか。
「俺のことは良いですから、貴方は他の隊士の元へ行ってください!」
善逸は自分の後をついて来る、四つ足の大きな影に訴えた。
遊郭での任務を終えた後、噂がたった。
大きな獣が、人を攫って行ったとか、崩れる家屋の中から助け出したとか、街を破壊したとか。
あれはこの人物の、“血記術”を利用した救助活動だったのだろう──。
“君のことを勿論信頼しているが、些か心配の種もあるからな。何より君は俺の継子でもある!”
「炭治郎だけじゃなかったのね!」
思わず立ち止まった善逸は、改めて獣姿の杏寿郎を視界に捉えた。
目が点になるとはこのことか。
──虎だ。
確か炎の呼吸に炎虎ってあったよな。え、龍田ってば安直すぎない。なによりも普段ネコだったよね、この人。虎ってネコ科……え、そういうこと? そういうことなの? 嘘でしょ。
衝撃の結論に至った善逸が絶句していると、生前の炎柱の髪の色と同じ大毛玉がむんっと胸を張って。
“いつ何処で隊士たちに鉢合わせするかわからないからな。加勢をする上でこの姿でいるのが一番だろう! 名案だと思わないか!”
そう、ですね──頭痛を催し始める善逸の肩を、器用に前足でばんばん叩いた杏寿郎は、真っ直ぐに琥珀色の瞳を凝視して。
“我妻少年──君は桑島さんの愛弟子であり、俺と宇髄の継子だ。柱にとって継子を取るという事は思いを託す行為でもある!”
耳にではなく、杏寿郎の声は心に届く。不思議な感覚だった。
善逸にとって、時には煩わしくも感じる優れた耳は、倒さなければならない相手の音だけに集中している。
諦めるな。
逃げてもいい、泣いてもいい。
ただ、諦めるな。
消えないのだ。言霊はいつでも善逸のそばにある。
刀を作る工程を語りながら、拳を頭に打ち付けられたこと。
三峯詣の際に、居合わせた鬼を斬り伏せた、片足を失いながらも繰り出した御技も。
白い歯を見せてにやっと笑う顔。
強面の癖にすごく優しい音をさせて、鬼のように怒ってくれた。
どんな気持ちで、いたのかな。
最後まで心配事だらけにさせてしまった。
自責の念で終えさせてしまうなんて──ぺちん。尻尾で頬を殴られた。「痛い」片手で押さえると、鼻先に迫る、獣の顔。“俺を見ろ!”
“俺は、哀れか?”
あんなに沢山列車に一般人がいたのに、死んだのは杏寿郎だけだった。
力尽きて往生した炎柱の姿を、善逸は忘れられない。
炭治郎と伊之助とは違い、善逸は死に際には居合わせなかったけど。
聞こえなくなった杏寿郎の体からは、未練の音はしなかった。
ただ、どうしようもなく心を震わせるような、思いの音だけ。真っ直ぐに自分たちに向けられた、音だけ。
「いいえ」震えそうになる声を、懸命に張る。「カッコいいです、ほんと、あったまくるくらい──でもさぁ」
「なんっで死んじゃったんだよぉ! 炭治郎も伊之助も、すごく泣いたんだぞ! あいつら泣かしたあんたの事、可哀想だとかそんなこと思ってなんかやらないからな!」
“生きていて欲しかった”。もっと自分に力があれば。
死ななければ。死なせなければ、もっと、こう、何かやりようだってあったと思って何が悪い。
煉獄杏寿郎に言ったって仕方ない。でも、せっかく機会をもらったのだからもう、いっぱいいっぱいなので。
しっかり、八つ当たりさせていただく。なんでだよ、理不尽だよ。なんで死んじゃったんだよ。なんで鬼になんかなったんだよ。
膝がガクガクいう中で、必死で踏ん張る。
泣くものか。泣いてはならないのだ。ちくしょう──何でだよ。
「煉獄さん、ありがとうございました。でも本音です。ごめんなさい」
素直に頭を下げると、虎は愉快そうに尾を揺らした。
本当に面倒見の良い人だな。本当に。ああもう、切ない。苦しい。
善逸は深く頭を下げてから、振り返ることなく進んで行く。
“鬼が出ると聞いて、列車を降りると怯えていた時は変わった子だとは思ったが。そのくせ、刀を抜けば雷鳴の如く守る力を振るう。ううむ、心の底から悔しくてかなわん!”
自身が生きていれば、こうやって多くの弟子の背中を見送ることもあったのかもしれない。一匹の虎は一度尾を大きくしならせて、ゆっくりと身を翻し──襲い来る鬼たちに向けて、吠える。
これから兄弟子の首を斬る我妻善逸を、責める人間は出て来るだろう。彼の師を、罵る連中もいるだろう。
“我妻少年も俺の継子の一人。彼が蔑まれることがあらば、この俺もその呪いを甘んじて受けよう!”
剥く牙と、切り裂く爪は我が炎の呼吸そのもの也。
轟く咆哮、しなる尾は、我が心の燃る様──。