第4章 在りし日の夫婦。(全18話)
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「お前も言ってたろうが! どう生きるかだってよぉ!」
柱稽古が始まる直前、龍田が蝶屋敷の垣根を壊したりして泣き喚いた。
実弥の言葉に、龍田はぽろぽろと涙を流す。
「死ぬ前提で物事ほざきやがってクソが! てめえら良い加減にしろ、化物だかなんだか知らねえが一人で出来ることなんて限られてるってとっくにわかってんだろうが、アァ?」
だから“血記術”で繋いできたのだ。そうだ、わかってた。みんなみんなわかっていた。
実弥たちに至るまでに、繋げられてきた鬼殺隊の歴史。幾人もの思いの連鎖が、今に続いてきた。
記憶のお化けだってそうだ。たった一人だけだけど、想いを繋いで。
どうして、こんなことになったんだろう。どうして、もう終わっていたかもしれない戦いは長引いた。龍田たちの記憶が、肝心なものだけ抜け落ちた。
──一番肝心な記憶だけが、どうして引き継がれない?
早く、死ににいかなければいけないのに。
龍田の口は、血迷ったことを吐き出していく。
「龍田って名前、私、すごく気に入ってるよぉ。でもラシードだってお爺ちゃんにつけてもらったんだよぉ、でも死んじゃって。帰る場所あったのに」
龍田と違って、異国に帰る場所はあったのに。
齢3歳にして秀才と謳われて、御家騒動に陥った時にどさくさに紛れて家族を守り、混乱に乗じて門を使ってティアと合流。そのまま日本で死んだ先代の化物。
きっと、ひょっこり帰っても迎えてもらえたはずなのに。
孤児で本来は死んでた龍田とは、違うのに。
きっと、ラシードだって死にたくなかったんじゃないかな。感情までは龍田にはわからない。
記憶しかわからないのだ。右京たちが、その記憶を持ってる時に何を考えていたかとか、細かいことはわからないから。
「どうしてかなぁ。なんで今もみんなは戦ってるのかなぁ。なんで私たちは死んできたのかなぁ。なんでぇ?」
「消えたくなかったからだろぉ」
半ば泣きながら弱音を吐くと、呆れた様子で風柱がため息をついた。
ぽかん、となる龍田を抱き寄せて、あやす様に背を撫でてくれる。
「消えたくなかったんだろ、お前たちはよぉ。無惨なんておまけになるくらい、俺たちの行く末を見届けたかったんじゃねえのか」
隣にいる人間たちが死んで居なくなっても。思いは同じ人たちと、ずっと寄り添ってきた記憶の化け物。無惨を取り巻く人間たちの行く末を見守ってきた。
“血記術”を発動させる頃には、もしかすると、目的が変わっていたのかもしれない。
自分が消えてしまう条件を満たしてしまう記憶は、最初から受け継がれなくなってしまっていたのかもしれない。
誰かに仕組まれたり、細工されたわけではなくて──ただ、鬼狩りたちの行く末だけをそばで見守る為だったなら。心の奥底にあった本当の気持ちにずっと、気づいていなかったなら。
なにかすとんと、収まるような、感覚だった。
「いいんだよ、龍田。お前は死ななくて良いんだ。御館様もその気はなかったから、お前がここに居るんだろ」
龍田が今死のうが、後で死のうが、“血記術”はもうなくなった。
鬼狩りに縛られる記憶のお化けは、どちらにしろもう長くは縛られることはない。
「でも、さ……私だけ、ズルいよぉ?」
「なら俺のことぶっ飛ばしてでも死ににいけば良いだろ。オラ、御館様を見殺しにする気はねぇんだよ、行くぞぉ!」
既に足腰が立たなくなっている龍田を小脇に抱え、実弥は全力疾走で本部を目指す。
もしかして、悲鳴嶼たちも龍田の“血記術”の矛盾をわかっていたのか。だから先日、あんなことを言ってきたのか。
だとしたら凄く、龍田は恥ずかしいやつだ。激しい勘違いだ。
叫びたい! 穴を掘って潜り込みたい今すぐに!
「ハッハァ! 今後は生き生きと生き恥さらすんだなぁ」
小馬鹿にしたような調子の実弥に、龍田はきいっと鳴いた。
「うっさい、苛めっ子! あとさっきから際どいところ触って確信犯かよこの変態柱!」
「アァッ? いい加減投げ捨てんぞガキが」
ちょうど掴みやすいんだよお前の腰──と続けられ、いろいろいっぱいいっぱいであった龍田は、とどめを刺されて撃沈した。
目の前で屋敷が爆発すると、実弥は静かに涙を流した。
けれど、龍田が握った手を、ちゃんと握り返してくれた。
「行くぞ龍田ァ、つまんねぇことで死にやがったら許さねえからなぁ!」
「そう言うんなら実弥だって生き残ってよね!」
珠世の加勢もあって拘束された無惨を行冥が攻撃したけど、首を破壊されても鬼の頭目にはきかなかった。
無惨が自身の血を鞭のように使って攻撃するのを見て、龍田は一足飛びで悲鳴嶼の懐に入り、共に回避する。
方向音痴だし、五感に特別すぐれているわけではないけれど、龍田の体は瞬発力に優れていて身軽さだけはずば抜けていた。肺を潰すような呼吸でなくても、強力な呼吸の使い手を補助するくらいならば体に負担もかからない。
一堂に集った柱たちの技が発動する直前に、別の鬼の血鬼術によってあちこちに扉が現れ、柱たちを吸い込む。
無惨に取り付いていた鬼の珠世が足止めしているのに──これでは、彼女が犠牲になってしまう。
「お母さんを放せ、鬼舞辻無惨!」
悲鳴嶼を土台にして、龍田は深く呼吸を吸った。
珠世をなんとか無惨から遠ざけたい。鬼を人間に戻す薬は投与できた。彼女はもう戦線離脱して良いはずだ。
筋肉が裂けようが、肺が裂けようが、自分は再生できる──。
「ヒノカミ神楽 碧羅の──」
ふと、誰かに名前を呼ばれた気がした。
視界が暗転して、なんとなく、血の味。
すごく、目蓋が重い──。