第4章 在りし日の夫婦。(全18話)
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第17話 もっと一緒に。
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鬼の襲撃が、ぱたりと止んだ。
止んだというには語弊がある。頻度が圧倒的に減った。無差別的にあちこちで発生していた事案が減っただけで、食欲の問題から事件が起きることもあるが。
「下弦の鬼と同等か、それ以上の力を持つと聞きましたが」
「真菰さんが加勢してくださったので、その隊士は一命を取り留めました」
柱稽古が本格的に始まる直前。
改めて招集に応じた柱たちと対面する、当主代理の天音。彼女の視線の先には、最後方に控えている真菰があった。
「多分、共食いしてるんだと思うよ。鬼殺隊が個々の戦力を引き上げようとしているようにね」
「それはそれで厄介な問題じゃねえか。柱全員が稽古に集中するってのもよぉ」
実弥の提案で、柱稽古の最中でも半数の柱は見回りに出るべきなのではないか、と話題が持ち上がりかけたのだが。
それを遮ったのは、次期当主となる輝利哉と、大きな厨子を背負った錆兎だった。
「皆さんには柱稽古に集中して頂きたいのです。鬼の襲撃への対処は、真菰さんと錆兎さんを始め、鹿鳴館の出向人員に補佐して貰います」
「承知しました──が、錆兎のそれはなんだ」
天音の隣に座した輝利哉に従って、厨子を下ろした錆兎に義勇が尋ねる。小柄な蛇柱や無一郎、“しのぶ”あたりなら入り込めるような大きさだ。
さすがに錆兎も中身が何なのかはわからないようで、首を振って答えるばかり。厨子であるからして、仏像あたりが納められているのだろうがこの場に必要なものかといえば、必要はないはず。
「これは、龍田たちがずっと続けてきていた“血記術”の始点と父上から聞いています。小芭内さんは、杏小父さんと一緒に見たことがありますよね」
輝利哉に水を向けられて、小芭内は押し黙った。
柱たちの視線が彼に一瞬集中したが、天音に請われた錆兎が、厨子の閂に手をかける。
「“産屋敷こや”が鬼の特性を得る以前から始まった“血記術”ですが、当時の次期当主の姉でもあった“こや”は“血記術”を内に留めたまま亡くなってしまった」
本来であれば、依代に刻むべきだった。けれど、本部の移動などて慌ただしかった為、“こや”は自身の体に“血記術”を刻んで保持していた。
結果──「皆さんには、見せておくべきだと思ったのです」
──厨子の中には、真っ白な髪の龍田の首と、膝を抱えるような格好で納められた白装束の首の無い肢体。
蜜璃と“しのぶ”が口元を手で覆う。小芭内が腰を浮かせた。
まるで、数ヶ月前──ラシードの首が飛んだ時のような衝撃だ。
「この“血記術”は、ラシードさんに至るまでの、殆どの世代が血を提供することで存続してきたものだと聞いています」
「彼女が鬼化した時の姿と同じなんですね」
無一郎がまじまじと箱の中を見つめる。
死んでいるのに、腐ることなく今も残っている“産屋敷こや”の死体。“血記術”の影響なのか、無惨の血の影響なのか。
腰を浮かしたまま固まっている小芭内に、蜜璃が声をかけた。
「伊黒さん、驚いたわよね! お化け屋敷の演出みたいだわ!」
「……ああ。甘露寺はいい例えを使うな」
鬼殺隊本部を鬼の目から逸らす作用を持っていたこの“血記術”を、龍田の代で終わらせる事が決まった。
これは、耀哉の意向でもあることが柱たちにも伝達される。
これまでは鬼殺隊員たちの努力だけで鬼殺隊本部の情報秘匿などが行われていた──というのが一般的な隊士たちの認識だったが。
仮初の事実が名実ともに事実となるわけだ。
「──義勇、少し時間を貰ってもいいだろうか」
柱稽古の準備を前に、足早に散っていく柱たち。その一人に声をかけた錆兎に、足を止めた義勇は振り返る。
「ようやく仲直りか、全く世話が焼けるなぁ」
そんな二人の様子を遠目で眺めていた真菰は、“こや”を厨子の中に戻す小芭内を一瞥して。
「話、聞こうか?」
「構わん。お前たち鹿鳴館の奴らは俺たちのかわりに見回りだろう」
さっさと行け、と睨まれて、真菰は苦笑いで退室していった。
小芭内は煉獄家に居候していた。
自然、耀哉や杏寿郎と過ごす時間もあった。
誰も居なくなった室内で、小芭内は厨子を閉じながら呟く。
「何故、鬼化した姿に変わった──……?」
龍田はしょんぼりと膝を抱えて蹲っていた。
産屋敷邸に呼び出されたから向かわなければ──と思ったまではいい。気づけば自分が方向音痴であることをすっかり忘れて、よくわからないところまで来てしまった。
普段は善逸か炭治郎が気づいてくれるが、前者はもう柱稽古に参加し、後者は義勇の柱稽古準備のために不在だ。
つまり、詰んだ。
「話には聞いていたが、本当に酷いものだな」
しゃがれた声に、龍田はびっくりして顔を上げる。
天狗面の老人が立っていた。鱗滝左近次だ。炭治郎やラシードのように鼻がいい。鬼殺隊本部に召集されていたのか。そういえば、そんなことを真菰が言っていた。
「ほら、帰るぞ。名は、龍田だったな。手を出すといい」
大きなごつごつした手が差し出される。
恐る恐る手を乗せると、驚くほど優しい具合で握り返してくれた。
手を引かれながら、その背中を見上げる。父親がいたら、こんなだろうか。右京の夫であり、父親。義勇と炭治郎の育手。
「ね、ねえ? 私のこと、怒ってない? ラシードみたいに、会いに行かなかったから」
「怒ることではないな。龍田のしたいようにするべきだ。私自身も困った相手を助けたいとしか思っておらん。人とは、そういうものだ」
鱗滝の言葉を反芻しながら、龍田は肩を落とす。
龍田は、記憶の化け物だから、厳密には人とは言いづらい。
化け物なのに、龍田は人でいたかった。でも、化け物だという力に触れると、好奇心なのかなんなのか、気持ちが昂って妖みたいな態度を取ってしまう時がある。耀哉との対談の時がそれだ。
それが、怖かった。
「妻の右京は頑固者でな。自分は化け物だからと、いつも気を張っていた」
叔母の子供として産まれた右京を、左近次少年は物心ついた時から世話していた。年の近い子供は二人だけだったから、自然なことだった。
ある時鬼に襲われた。鼻の利く左近次は慌てて右京を助けたが、戦う術はなく──鬼化して、同じ歳くらいに成長した右京に、救われた。
家族を失った左近次に、右京は優しい手のまま生きてほしいと言ったのに、自ら志願して彼女の隣に立ち続ける道を選んだ。
すぐ後に桑島慈悟郎と出会い、無二の友となり。ようやく根負けした右京を娶って家族になって。
彼女が弱音を吐いたのは、彼女が死ぬ時だった。
もっと一緒にいたかったと言われた時。匂いでそんなことわかっていたのに、言葉にされたら酷く切なくて苦しいものなのだと初めて知った。
次に生まれてくる時は、絶対に鬼化するなと約束した。寿命を使うな、肺を破るといった無茶をせず、人として生きて死ね。それを守るなら、首を斬ってやると。
まさか自分も彼女自身も──その場で、骨や温もりの残る着物に埋もれて、新しい命として生まれるなんて思っても見なかった。
「娘の右京は、子供たちが過保護に育ててな。本人も照れ臭そうだったが。ちゃんと寿命で死んだ。鬼狩りもしたが、人として死んだ」
龍田の手を引きながら、鱗滝は視界が歪む程溢れかえった涙を、上を向くことで溢さぬように留めていた。
そして、腹に力を込めて、言葉に出す。
「わがままを言え。お前にはそれが許されている。無理をして化け物になる必要はない」
匂いでわかるのだ。死にたくないと。怖いことはしたくないと。
これまで鱗滝が接してきた記憶の化け物たちの中で、龍田は一番人間らしい個性の持ち主だ。
無惨を倒す術を手にするため、その邪魔をしている“血記術”を破棄するために、死ななければならないこと。
鱗滝は、それをラシードから聞いていた。彼が解くつもりであったことを聞いていた老人は、ため息をつく。
寿命で死んだ右京。つまりは、ラシードは他国で家族に囲まれて生まれた命だ。ラシードとしての人生を歩んでもよかった人物だった。
ラシードが鬼の最期のように首を斬られた為に、死産の子供として生まれた龍田とは状況が違う。
──だから、龍田は負い目を感じてしまっているのだろうな。
鱗滝に言えるのは、ここまでだ。
嗚咽を漏らす龍田の手を、ただ引いてやることしか、出来なかった。
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鬼の襲撃が、ぱたりと止んだ。
止んだというには語弊がある。頻度が圧倒的に減った。無差別的にあちこちで発生していた事案が減っただけで、食欲の問題から事件が起きることもあるが。
「下弦の鬼と同等か、それ以上の力を持つと聞きましたが」
「真菰さんが加勢してくださったので、その隊士は一命を取り留めました」
柱稽古が本格的に始まる直前。
改めて招集に応じた柱たちと対面する、当主代理の天音。彼女の視線の先には、最後方に控えている真菰があった。
「多分、共食いしてるんだと思うよ。鬼殺隊が個々の戦力を引き上げようとしているようにね」
「それはそれで厄介な問題じゃねえか。柱全員が稽古に集中するってのもよぉ」
実弥の提案で、柱稽古の最中でも半数の柱は見回りに出るべきなのではないか、と話題が持ち上がりかけたのだが。
それを遮ったのは、次期当主となる輝利哉と、大きな厨子を背負った錆兎だった。
「皆さんには柱稽古に集中して頂きたいのです。鬼の襲撃への対処は、真菰さんと錆兎さんを始め、鹿鳴館の出向人員に補佐して貰います」
「承知しました──が、錆兎のそれはなんだ」
天音の隣に座した輝利哉に従って、厨子を下ろした錆兎に義勇が尋ねる。小柄な蛇柱や無一郎、“しのぶ”あたりなら入り込めるような大きさだ。
さすがに錆兎も中身が何なのかはわからないようで、首を振って答えるばかり。厨子であるからして、仏像あたりが納められているのだろうがこの場に必要なものかといえば、必要はないはず。
「これは、龍田たちがずっと続けてきていた“血記術”の始点と父上から聞いています。小芭内さんは、杏小父さんと一緒に見たことがありますよね」
輝利哉に水を向けられて、小芭内は押し黙った。
柱たちの視線が彼に一瞬集中したが、天音に請われた錆兎が、厨子の閂に手をかける。
「“産屋敷こや”が鬼の特性を得る以前から始まった“血記術”ですが、当時の次期当主の姉でもあった“こや”は“血記術”を内に留めたまま亡くなってしまった」
本来であれば、依代に刻むべきだった。けれど、本部の移動などて慌ただしかった為、“こや”は自身の体に“血記術”を刻んで保持していた。
結果──「皆さんには、見せておくべきだと思ったのです」
──厨子の中には、真っ白な髪の龍田の首と、膝を抱えるような格好で納められた白装束の首の無い肢体。
蜜璃と“しのぶ”が口元を手で覆う。小芭内が腰を浮かせた。
まるで、数ヶ月前──ラシードの首が飛んだ時のような衝撃だ。
「この“血記術”は、ラシードさんに至るまでの、殆どの世代が血を提供することで存続してきたものだと聞いています」
「彼女が鬼化した時の姿と同じなんですね」
無一郎がまじまじと箱の中を見つめる。
死んでいるのに、腐ることなく今も残っている“産屋敷こや”の死体。“血記術”の影響なのか、無惨の血の影響なのか。
腰を浮かしたまま固まっている小芭内に、蜜璃が声をかけた。
「伊黒さん、驚いたわよね! お化け屋敷の演出みたいだわ!」
「……ああ。甘露寺はいい例えを使うな」
鬼殺隊本部を鬼の目から逸らす作用を持っていたこの“血記術”を、龍田の代で終わらせる事が決まった。
これは、耀哉の意向でもあることが柱たちにも伝達される。
これまでは鬼殺隊員たちの努力だけで鬼殺隊本部の情報秘匿などが行われていた──というのが一般的な隊士たちの認識だったが。
仮初の事実が名実ともに事実となるわけだ。
「──義勇、少し時間を貰ってもいいだろうか」
柱稽古の準備を前に、足早に散っていく柱たち。その一人に声をかけた錆兎に、足を止めた義勇は振り返る。
「ようやく仲直りか、全く世話が焼けるなぁ」
そんな二人の様子を遠目で眺めていた真菰は、“こや”を厨子の中に戻す小芭内を一瞥して。
「話、聞こうか?」
「構わん。お前たち鹿鳴館の奴らは俺たちのかわりに見回りだろう」
さっさと行け、と睨まれて、真菰は苦笑いで退室していった。
小芭内は煉獄家に居候していた。
自然、耀哉や杏寿郎と過ごす時間もあった。
誰も居なくなった室内で、小芭内は厨子を閉じながら呟く。
「何故、鬼化した姿に変わった──……?」
龍田はしょんぼりと膝を抱えて蹲っていた。
産屋敷邸に呼び出されたから向かわなければ──と思ったまではいい。気づけば自分が方向音痴であることをすっかり忘れて、よくわからないところまで来てしまった。
普段は善逸か炭治郎が気づいてくれるが、前者はもう柱稽古に参加し、後者は義勇の柱稽古準備のために不在だ。
つまり、詰んだ。
「話には聞いていたが、本当に酷いものだな」
しゃがれた声に、龍田はびっくりして顔を上げる。
天狗面の老人が立っていた。鱗滝左近次だ。炭治郎やラシードのように鼻がいい。鬼殺隊本部に召集されていたのか。そういえば、そんなことを真菰が言っていた。
「ほら、帰るぞ。名は、龍田だったな。手を出すといい」
大きなごつごつした手が差し出される。
恐る恐る手を乗せると、驚くほど優しい具合で握り返してくれた。
手を引かれながら、その背中を見上げる。父親がいたら、こんなだろうか。右京の夫であり、父親。義勇と炭治郎の育手。
「ね、ねえ? 私のこと、怒ってない? ラシードみたいに、会いに行かなかったから」
「怒ることではないな。龍田のしたいようにするべきだ。私自身も困った相手を助けたいとしか思っておらん。人とは、そういうものだ」
鱗滝の言葉を反芻しながら、龍田は肩を落とす。
龍田は、記憶の化け物だから、厳密には人とは言いづらい。
化け物なのに、龍田は人でいたかった。でも、化け物だという力に触れると、好奇心なのかなんなのか、気持ちが昂って妖みたいな態度を取ってしまう時がある。耀哉との対談の時がそれだ。
それが、怖かった。
「妻の右京は頑固者でな。自分は化け物だからと、いつも気を張っていた」
叔母の子供として産まれた右京を、左近次少年は物心ついた時から世話していた。年の近い子供は二人だけだったから、自然なことだった。
ある時鬼に襲われた。鼻の利く左近次は慌てて右京を助けたが、戦う術はなく──鬼化して、同じ歳くらいに成長した右京に、救われた。
家族を失った左近次に、右京は優しい手のまま生きてほしいと言ったのに、自ら志願して彼女の隣に立ち続ける道を選んだ。
すぐ後に桑島慈悟郎と出会い、無二の友となり。ようやく根負けした右京を娶って家族になって。
彼女が弱音を吐いたのは、彼女が死ぬ時だった。
もっと一緒にいたかったと言われた時。匂いでそんなことわかっていたのに、言葉にされたら酷く切なくて苦しいものなのだと初めて知った。
次に生まれてくる時は、絶対に鬼化するなと約束した。寿命を使うな、肺を破るといった無茶をせず、人として生きて死ね。それを守るなら、首を斬ってやると。
まさか自分も彼女自身も──その場で、骨や温もりの残る着物に埋もれて、新しい命として生まれるなんて思っても見なかった。
「娘の右京は、子供たちが過保護に育ててな。本人も照れ臭そうだったが。ちゃんと寿命で死んだ。鬼狩りもしたが、人として死んだ」
龍田の手を引きながら、鱗滝は視界が歪む程溢れかえった涙を、上を向くことで溢さぬように留めていた。
そして、腹に力を込めて、言葉に出す。
「わがままを言え。お前にはそれが許されている。無理をして化け物になる必要はない」
匂いでわかるのだ。死にたくないと。怖いことはしたくないと。
これまで鱗滝が接してきた記憶の化け物たちの中で、龍田は一番人間らしい個性の持ち主だ。
無惨を倒す術を手にするため、その邪魔をしている“血記術”を破棄するために、死ななければならないこと。
鱗滝は、それをラシードから聞いていた。彼が解くつもりであったことを聞いていた老人は、ため息をつく。
寿命で死んだ右京。つまりは、ラシードは他国で家族に囲まれて生まれた命だ。ラシードとしての人生を歩んでもよかった人物だった。
ラシードが鬼の最期のように首を斬られた為に、死産の子供として生まれた龍田とは状況が違う。
──だから、龍田は負い目を感じてしまっているのだろうな。
鱗滝に言えるのは、ここまでだ。
嗚咽を漏らす龍田の手を、ただ引いてやることしか、出来なかった。