第4章 在りし日の夫婦。(全18話)
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第16話 次があったら、また。
——————————————————-
「う、うおこだきさ。これぇ、あげる!」
禰豆子がお茶碗を差し出すと、天狗面を外した鱗滝が礼を言いながら受け取ってくれる。
何やら外が騒がしい。ティアと天元が様子を見に行ったから問題はないだろうが。
「うわしまさ、も!」
「ありがとう、禰豆子ちゃん」
配膳の手伝いをする、太陽を克服したばかりの禰豆子を前に、元柱の老人たちは心穏やかな気持ちで並んでいた。
そこに同席するのは、元炎柱の煉獄槇寿郎と、産屋敷耀哉の妻、天音。そして、次期当主となる女装姿の輝利哉だ。
槇寿郎が、こほん、とひとつ咳払いする。
「お二人には遠路はるばるお越しくださり、御礼申し上げます」
「こちらこそ、声掛けて貰えて光栄だ」
「こんな老いぼれでも役に立てるのならば」
太陽を克服した鬼が現れたとなれば、鬼舞辻無惨に真っ先に狙われるはず。鱗滝左近次、桑島慈悟郎両名は、それぞれの育手から鬼殺隊で知られていないような情報も知っている。
二つ返事でこうして、招集依頼を受けて本部まで足を運んだ二人に対し、天音の隣で輝利哉も頭を垂れた。
義勇とティアによって鱗滝が、善逸と錆兎によって慈悟郎が呼ばれた。
鎹烏を使えばもっと早かったろうが、耀哉からの隊士たちへのご褒美でもあったのだろう。
状況報告なども、愛弟子たちから直接聞いた方が良い。
「てっきり怖がられると思っていた」ラシードの首を斬った時。慈悟郎は禰豆子と初対面だった。散らばった骨と隊服に飛びついて、わんわん泣いていた鬼の娘。
自責の念を口にした慈悟郎に対し、禰豆子はにこにこと笑う。
「いいこ、いいこ、したいって、言ってた、よ!」
誰がそんなことをいうかなど、わかりきっている。
慈悟郎は思わず涙ぐみ、想像して鱗滝が肩を震わせる。
「──いいのか。行かなくて」
少し離れた木の枝から、様子を眺めていた錆兎。それに声をかけたのは赤猫の姿になった杏寿郎だ。
拗ねた無一郎が垣根の前で正座させられている中、労いのひと鳴きだけ残してやってきた。
ぴょんっとその場で高く飛んだ杏寿郎は、もとの姿に戻って、木にもたれる。
「冨岡の師ということは、お前の師匠でもあるのだろう」
「以前に無茶をしてな、制約なんだ。俺と真菰は鱗滝さんには会えない」
もう、消えるだけの存在のはずだった。ティアがいなければ、そもそもこんな奇跡のような状況など。
義勇や鱗滝が悲しむ姿を見たくなかったから。
後悔はしていない。むしろ、自分は恵まれている環境にある。
こうして、狭霧山の外で、元気な鱗滝の姿が見れただけでも、ご褒美だ。
「だが、確か鱗滝さんは鼻が利くだろう。錆兎と真菰の存在には気付いていそうなものだがな」
「そうかもしれない。でも──あの人ならば」
寂しそうな顔で、錆兎は笑った。きっと、解ってくれているはずだ。
自分たちの覚悟を、ちゃんと理解してくれている。
そうでなければ、狭霧山のあの修行場に、毎日美味しかった握り飯が供されるはずがない──。
「──たまー、新居の居心地はどんな?」
鹿鳴館の自室にて、龍田は洋服ダンスをノックする。
すると、向こうからくぐもったような声で返事が。これは無理やり扉を繋げたせいなので、実際珠世が洋服に埋もれているとかいうものではない。
前に突然彼女らの新居に踏み入ったら、愈史郎にえらく怒られたので、先に声をかけるようにしている。
「炭治郎さんの怪我の具合はどう? 禰豆子さんの様子は?」
刀鍛冶の里にて、太陽を克服した禰豆子のことは龍田が即座に彼女に知らせていた。彼女の血や、上限の鬼の血を運ぶ茶々丸に門を使わせてやったりと色々と補助もしていたし。
美味しい紅茶と、持参した自作のショートケーキ改を共につつく。
愈史郎は患者の回診中なので席を外していた。
「それで、頻繁に私のところに出向くのにはどんな意図があるの。鬼から人へ戻す薬はそんなに簡単には出来るはずないのよ?」
「あー、それは過去の俺が成功してたらしい」
珠世が思わずカップを取り落としそうになりつつ、なんとか紅茶をこぼす事は阻止した。
ラシードにかつて、炭治郎はこう言っていた。お前ならばきっと、解決法を知っているならばすぐに教えてくれていたはずだ、と。
鱗滝の羽織の袖口を弄びながら、龍田は非難の視線を横目で受け止める。
「わからなかったんだよ、右京もラシードもさ。いつからかそう細工されてたんだ、ずっと続けていた“血記術”にさ」
現在、その方法を知るのは鬼柱だけだ。龍田自身も“鬼化を解除できた”ことはわかっているが、方法はまだわからない。解決法を取り戻すためには、“血記術”を解除して、一度死ななければならない。
鬼から鬼殺隊本部が見つけられないという副産物を生んだ、千年弱も続く“血記術”の目的は、
記憶のお化けが世代交代することによって、
戦線離脱することを阻止するためだ。
龍田の世代交代の条件は、“満足する知識を得た時”に起こる。例えば、無惨の倒し方、鬼化を解く方法、呼吸の適応法などが該当する。
鬼を倒すことを目的とするならば喉から手が出るほど欲しい情報を手に入れても、龍田たちでは次に繋げることが出来なかった──世代交代したらそれまで得た記憶は、次の世代には引き継がれないからだ。
それを解決するために、遺言状のような機能を“血記術”に組み込み、相続することを次代に了承してもらい続けてきたわけだ。相続放棄するものがいなかったのは、奇跡だろう。
ティアがそのいい例で、恐らくは童磨と初めて接触したのは
“鬼狩りを離れていた当時の龍田が逃してやったティア”だ。
化け物の願いを叶える少女は、人の願いも叶えられる。聖女として祭り上げられて、戦争や権力の道具にされて、力尽きると赤子にまで遡行し、新たな家族に育まれ。その繰り返し。
最後の家族の決死の行動によって、海に逃れた聖女様は日本に流れ着いたようだが。
人の願いを叶える化け物であった、現在は“ただの鬼”となって上弦の席に付いている青年によって、彼女の世代交代の条件を満たしてしまったのだろう。
「“血記術”を解いてしまったら、鬼殺隊の本部は無惨に見つかってしまう。そして、あなたはもう現れないかもしれない、と」
「まあ、本当ならもういないはずなのに、長いことズルしてるだけなんだけど。ああ、たまと会った時は、世代交代前の事だよ。間違いなく最初の私だ」
照れるように笑う龍田に、珠世も「本当に困った子ね」と笑った。
なんとなく、予感があるのだ。この後、そう遠くないうちに事態が一気に急転するのだろうと。
「どうして“血記術”に細工をしてまで人に戻す方法を隠す必要があるのでしょうね。倫理や人道に反するような行いが必要であるとか?」
「そこがもう、見当もつかない。鬼柱が無惨に真っ先に教えに行ってないところを見れば、不利益を被るからなんだろうな、無惨が」
「鬼柱くんも相変わらずなのねぇ」
昔馴染みの様子に、珠世がくすくすと笑う。
無惨に拾われた鬼柱を世話していたのは珠世だし、無惨と彼が衝突した後も気をかけていたのも彼女。無惨のことが大嫌いな珠世と大好きな鬼柱。意見の相違はあれど二人はお互いを同僚として信頼し合っていた。
長居しすぎたな、と龍田は立ち上がる。懐から古びた書物を差し出しながら。
「とりあえず、自分で昔試して実績のあった薬のレシピ持ってきた。使えそうなの見繕ってみたらどうかな。桑島藤吉の時に対策法は仮確したんだけど……今までの努力を無駄にしたくないから、渡しておく」
「そんなことを言わないでちょうだい。私は悲しいわ。炭治郎さんたちだって、きっと」
咎めるような珠世の視線を受け止めながら、隊服のよれを直しつつ、来た道を戻る。
「まあ、あとは龍田が決めることだからな」
次があったら、また──手を振って、龍田は珠世の前から消えた。
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「う、うおこだきさ。これぇ、あげる!」
禰豆子がお茶碗を差し出すと、天狗面を外した鱗滝が礼を言いながら受け取ってくれる。
何やら外が騒がしい。ティアと天元が様子を見に行ったから問題はないだろうが。
「うわしまさ、も!」
「ありがとう、禰豆子ちゃん」
配膳の手伝いをする、太陽を克服したばかりの禰豆子を前に、元柱の老人たちは心穏やかな気持ちで並んでいた。
そこに同席するのは、元炎柱の煉獄槇寿郎と、産屋敷耀哉の妻、天音。そして、次期当主となる女装姿の輝利哉だ。
槇寿郎が、こほん、とひとつ咳払いする。
「お二人には遠路はるばるお越しくださり、御礼申し上げます」
「こちらこそ、声掛けて貰えて光栄だ」
「こんな老いぼれでも役に立てるのならば」
太陽を克服した鬼が現れたとなれば、鬼舞辻無惨に真っ先に狙われるはず。鱗滝左近次、桑島慈悟郎両名は、それぞれの育手から鬼殺隊で知られていないような情報も知っている。
二つ返事でこうして、招集依頼を受けて本部まで足を運んだ二人に対し、天音の隣で輝利哉も頭を垂れた。
義勇とティアによって鱗滝が、善逸と錆兎によって慈悟郎が呼ばれた。
鎹烏を使えばもっと早かったろうが、耀哉からの隊士たちへのご褒美でもあったのだろう。
状況報告なども、愛弟子たちから直接聞いた方が良い。
「てっきり怖がられると思っていた」ラシードの首を斬った時。慈悟郎は禰豆子と初対面だった。散らばった骨と隊服に飛びついて、わんわん泣いていた鬼の娘。
自責の念を口にした慈悟郎に対し、禰豆子はにこにこと笑う。
「いいこ、いいこ、したいって、言ってた、よ!」
誰がそんなことをいうかなど、わかりきっている。
慈悟郎は思わず涙ぐみ、想像して鱗滝が肩を震わせる。
「──いいのか。行かなくて」
少し離れた木の枝から、様子を眺めていた錆兎。それに声をかけたのは赤猫の姿になった杏寿郎だ。
拗ねた無一郎が垣根の前で正座させられている中、労いのひと鳴きだけ残してやってきた。
ぴょんっとその場で高く飛んだ杏寿郎は、もとの姿に戻って、木にもたれる。
「冨岡の師ということは、お前の師匠でもあるのだろう」
「以前に無茶をしてな、制約なんだ。俺と真菰は鱗滝さんには会えない」
もう、消えるだけの存在のはずだった。ティアがいなければ、そもそもこんな奇跡のような状況など。
義勇や鱗滝が悲しむ姿を見たくなかったから。
後悔はしていない。むしろ、自分は恵まれている環境にある。
こうして、狭霧山の外で、元気な鱗滝の姿が見れただけでも、ご褒美だ。
「だが、確か鱗滝さんは鼻が利くだろう。錆兎と真菰の存在には気付いていそうなものだがな」
「そうかもしれない。でも──あの人ならば」
寂しそうな顔で、錆兎は笑った。きっと、解ってくれているはずだ。
自分たちの覚悟を、ちゃんと理解してくれている。
そうでなければ、狭霧山のあの修行場に、毎日美味しかった握り飯が供されるはずがない──。
「──たまー、新居の居心地はどんな?」
鹿鳴館の自室にて、龍田は洋服ダンスをノックする。
すると、向こうからくぐもったような声で返事が。これは無理やり扉を繋げたせいなので、実際珠世が洋服に埋もれているとかいうものではない。
前に突然彼女らの新居に踏み入ったら、愈史郎にえらく怒られたので、先に声をかけるようにしている。
「炭治郎さんの怪我の具合はどう? 禰豆子さんの様子は?」
刀鍛冶の里にて、太陽を克服した禰豆子のことは龍田が即座に彼女に知らせていた。彼女の血や、上限の鬼の血を運ぶ茶々丸に門を使わせてやったりと色々と補助もしていたし。
美味しい紅茶と、持参した自作のショートケーキ改を共につつく。
愈史郎は患者の回診中なので席を外していた。
「それで、頻繁に私のところに出向くのにはどんな意図があるの。鬼から人へ戻す薬はそんなに簡単には出来るはずないのよ?」
「あー、それは過去の俺が成功してたらしい」
珠世が思わずカップを取り落としそうになりつつ、なんとか紅茶をこぼす事は阻止した。
ラシードにかつて、炭治郎はこう言っていた。お前ならばきっと、解決法を知っているならばすぐに教えてくれていたはずだ、と。
鱗滝の羽織の袖口を弄びながら、龍田は非難の視線を横目で受け止める。
「わからなかったんだよ、右京もラシードもさ。いつからかそう細工されてたんだ、ずっと続けていた“血記術”にさ」
現在、その方法を知るのは鬼柱だけだ。龍田自身も“鬼化を解除できた”ことはわかっているが、方法はまだわからない。解決法を取り戻すためには、“血記術”を解除して、一度死ななければならない。
鬼から鬼殺隊本部が見つけられないという副産物を生んだ、千年弱も続く“血記術”の目的は、
記憶のお化けが世代交代することによって、
戦線離脱することを阻止するためだ。
龍田の世代交代の条件は、“満足する知識を得た時”に起こる。例えば、無惨の倒し方、鬼化を解く方法、呼吸の適応法などが該当する。
鬼を倒すことを目的とするならば喉から手が出るほど欲しい情報を手に入れても、龍田たちでは次に繋げることが出来なかった──世代交代したらそれまで得た記憶は、次の世代には引き継がれないからだ。
それを解決するために、遺言状のような機能を“血記術”に組み込み、相続することを次代に了承してもらい続けてきたわけだ。相続放棄するものがいなかったのは、奇跡だろう。
ティアがそのいい例で、恐らくは童磨と初めて接触したのは
“鬼狩りを離れていた当時の龍田が逃してやったティア”だ。
化け物の願いを叶える少女は、人の願いも叶えられる。聖女として祭り上げられて、戦争や権力の道具にされて、力尽きると赤子にまで遡行し、新たな家族に育まれ。その繰り返し。
最後の家族の決死の行動によって、海に逃れた聖女様は日本に流れ着いたようだが。
人の願いを叶える化け物であった、現在は“ただの鬼”となって上弦の席に付いている青年によって、彼女の世代交代の条件を満たしてしまったのだろう。
「“血記術”を解いてしまったら、鬼殺隊の本部は無惨に見つかってしまう。そして、あなたはもう現れないかもしれない、と」
「まあ、本当ならもういないはずなのに、長いことズルしてるだけなんだけど。ああ、たまと会った時は、世代交代前の事だよ。間違いなく最初の私だ」
照れるように笑う龍田に、珠世も「本当に困った子ね」と笑った。
なんとなく、予感があるのだ。この後、そう遠くないうちに事態が一気に急転するのだろうと。
「どうして“血記術”に細工をしてまで人に戻す方法を隠す必要があるのでしょうね。倫理や人道に反するような行いが必要であるとか?」
「そこがもう、見当もつかない。鬼柱が無惨に真っ先に教えに行ってないところを見れば、不利益を被るからなんだろうな、無惨が」
「鬼柱くんも相変わらずなのねぇ」
昔馴染みの様子に、珠世がくすくすと笑う。
無惨に拾われた鬼柱を世話していたのは珠世だし、無惨と彼が衝突した後も気をかけていたのも彼女。無惨のことが大嫌いな珠世と大好きな鬼柱。意見の相違はあれど二人はお互いを同僚として信頼し合っていた。
長居しすぎたな、と龍田は立ち上がる。懐から古びた書物を差し出しながら。
「とりあえず、自分で昔試して実績のあった薬のレシピ持ってきた。使えそうなの見繕ってみたらどうかな。桑島藤吉の時に対策法は仮確したんだけど……今までの努力を無駄にしたくないから、渡しておく」
「そんなことを言わないでちょうだい。私は悲しいわ。炭治郎さんたちだって、きっと」
咎めるような珠世の視線を受け止めながら、隊服のよれを直しつつ、来た道を戻る。
「まあ、あとは龍田が決めることだからな」
次があったら、また──手を振って、龍田は珠世の前から消えた。