第4章 在りし日の夫婦。(全18話)
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第13話 言葉なんて不要なのかも。
——————————————————-
「──義勇くん?」
突然、先導していた青年が行手を阻むように掌をティアの眼前にかざした。
錆兎と善逸の二人と分かれ、用事を終えて鱗滝のもとへ立ち寄る道中のこと。
一歩前を出る足は、ティアを背に庇うように。
義勇は無言のまま、視線を前に向けている。
真昼間だから鬼の心配はないのだろうが、何か良からぬ気配でもあるのだろうか。そういうものにはティア自身も敏感な方なのだが。
「今生の鬼狩りの中には、骨のある者が多いようだ」
木陰から姿を現したのは、直垂姿の鬼柱だった。立烏帽子はさすがに被ってはいないが、普段は仕事の関係で洋装だから新鮮に見える。
何よりも、彼が生者の前に、それも生まれ故郷に堂々現れるなどこれまでなかったはずだ。
あまりの出来事に言葉を発することもできず固まるティア。思わず両手で義勇の袖を握り締めると、彼は安心させるようにもう一方の手で強張る細い手を撫でてくれた。
鬼柱に背を向ける形で、首だけ傾けて彼は口を開く。「ラシードの言っていた地雷とはお前のことか」
ラシードってばそんなこと言ってたのか。失礼すぎる。
「じらい……?」仕事にかまけすぎて現代用語に疎い鬼柱が、乏しい表情のままで首を傾げる。
彼はその長柄刀一つで動くから、重火器や火矢、銃器などに疎いのだ。
鬼殺隊の中で一番ラシードから“ティアたちの仕事”について聞いていたのは義勇だ。
慈悟郎と鱗滝は育手や鬼狩りに重きを置くようになってからは久しく携わっていない。
天元と杏寿郎も少しは関わっていたが、あくまで鍛錬名目だった。本格的な仕事は錆兎と真菰、最近では元鬼化していた死人が手伝うようになったから助かっているけれど。
「太陽を克服した鬼が現れたと聞く。人を喰っていない例の娘だな」
不思議そうな様子で黙り込んだと思ったら、自分にはさして必要ない情報だと自己納得したのか、勝手に自分がここにいる理由を教えてくれる。
それはティアと義勇にも知らせが届いていたけれど、まさかその為に彼が出てくるとは思わなかった。
思わず、ティアは身を乗り出す。
「禰豆子ちゃんを連れて行くのですか?!」
「何故その様なことをしなければならない」
「だ──ぇ、あれ?」
鬼舞辻無惨に禰豆子を食べさせたいんじゃないんだ? 勢いが削がれてティアはまた言葉を失った。
鬼柱は怪訝そうに、そんなことして無惨がお腹でも壊したらどうするんだ、みたいな呆れた眼差しを向けてくる。
あれ。この人、鬼舞辻無惨命なんじゃなかったっけ。無惨の首をかっ切ろうとする鬼狩りは確か彼に尽く食べられたとか聞いていたのだけど。
「では、禰豆子の首を切るつもりか」
義勇が刀に手をかけながら問いただす。
さすがに水柱とはいえ、鬼柱には勝てない。杏寿郎なんて毎回ぼろぼろなのに──なんとか戦闘は止めなければ!
けれど、鬼柱は小さく首を横にする。
「必要ない。だが、お前たちが倒れたらそうせざるを得まい」
「そうか。ならば、お前には禰豆子の護衛を頼みたい」
「構わない」
──行間への補足が、ない。
言葉の足らないもの同士で会話が成立している。義勇と鬼柱が言葉を発するたびに、ティアはあちらへこちらへと首を巡らせるしかない。
義勇は鬼柱が敵対する様子がないことを疑っていないし、鬼柱は鬼舞辻無惨の首を狩ろうとする人間たちに協力しようとしている。
何だこれは。ラシードの求心力? それにしたって鬼柱の立ち位置がぶれまくってはいませんか。
ティアは真っ青になりながら、頼むからもう少しきちんと説明してほしいと二人に訴えた。
義勇は申し訳なさそうに──思えば口数が少ないというよりは、物事の処理速度が早過ぎる事が要因なのか──鬼柱はこれ見よがしに閉口して。
「鬼柱は禰豆子を無惨に食わせる事をよく思っていない。また、自力で太陽を克服するに至った彼女を称賛してくれている。だから、俺たちがしくじらない限りはその存在を尊重してくれるつもりなんだ」
義勇はラシードから鬼柱のことをどう聞いていたのだろう。
まるで前から信頼関係を築いていないとそこまで考えられないのではないか。むしろ義勇の思い込みとかではないのだろうか。
何故初対面なのにそこまで人となりを読めるのに実弥たちとは上手くいかないのだろう。え、本当に、なんで?
「鬼狩りたちがどこまで知っているかは知らないが、無惨は太陽を克服する為に“青い彼岸花”の入手か、進化した鬼を取り込む事を目的としてきた」
ぽかん、となっているティアに説明した義勇。
それに呼応するように、鬼柱は長柄にもたれるようにしながら、自身の目的を告げる。
「無惨の目的は、“今のままで”で太陽を克服する事。だが、華も娘もその大願成就に値しない」
鬼柱は遥か昔に生きた人間だった。けれど、無惨の目的を聞いた時からその方法では悲願を叶えることができないと推測していた。
人の一生では確認する時間が短すぎる。鬼になることがどうしてもできなかった青年は、何度か遭遇していた“記憶の化け物”に素直に助力を請うたのだ。
時間と機会を得る代わりに、無惨から一時的に離反する条件で。
「結果、つい先日憶測が確信に変わった。当時、推測の段階で無惨には伝えたが癇癪を起こされて話にならず、そのまま喧嘩別れだ。故に今は鬼狩りに組し、阻む他はない」
「あのぉ、無茶苦茶だと思うのですが」
「致し方ない。あの方も人の子というわけだ」
煮るなり焼くなり無惨のことは好きにしていいが首は狩らせない──と、いうことらしい。
結局のところ、鬼殺隊の最終難関が鬼柱というのは変わらないわけだ。
ラシードが地雷、と称したのは間違い無いだろう。
「それで、どうして私たちのところへ?」
一先ず現在のところは脅威になり得ないことがわかったので、ティアは肩の力をやっと抜くことができた。疲れた。
金鳴りの音とともに、風が切れ──轟音に耳を塞ぐ。
「ラシードだけでは手が足らないだろう」
義勇が上段で長柄の刃を受け止める。慌てる様子もないから、水柱も状況を受け入れているようだが、ティアはぺたんとその場で腰を抜かしてしまった。
「錆兎から聞いた。御指南、痛み入る!」
そのまま稽古が始まってしまい、置いてけぼりとなったティアは途端に寂しくなった。
なんだろう、言葉少ないもの同士、なにか通じるものでもあるのだろうか。それとも自分がコミュニケーション能力低すぎるのか。
そもそももしかすると、自分や実弥たちよりも別次元の対話が行える人たちなんだろうか。自信がなくなってきた。
──その後、泣きべそをかくティアの匂いに誘われて山を降りてきた鱗滝に怒鳴られるまで、青年同士の仕合は続けられたとか──。
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「──義勇くん?」
突然、先導していた青年が行手を阻むように掌をティアの眼前にかざした。
錆兎と善逸の二人と分かれ、用事を終えて鱗滝のもとへ立ち寄る道中のこと。
一歩前を出る足は、ティアを背に庇うように。
義勇は無言のまま、視線を前に向けている。
真昼間だから鬼の心配はないのだろうが、何か良からぬ気配でもあるのだろうか。そういうものにはティア自身も敏感な方なのだが。
「今生の鬼狩りの中には、骨のある者が多いようだ」
木陰から姿を現したのは、直垂姿の鬼柱だった。立烏帽子はさすがに被ってはいないが、普段は仕事の関係で洋装だから新鮮に見える。
何よりも、彼が生者の前に、それも生まれ故郷に堂々現れるなどこれまでなかったはずだ。
あまりの出来事に言葉を発することもできず固まるティア。思わず両手で義勇の袖を握り締めると、彼は安心させるようにもう一方の手で強張る細い手を撫でてくれた。
鬼柱に背を向ける形で、首だけ傾けて彼は口を開く。「ラシードの言っていた地雷とはお前のことか」
ラシードってばそんなこと言ってたのか。失礼すぎる。
「じらい……?」仕事にかまけすぎて現代用語に疎い鬼柱が、乏しい表情のままで首を傾げる。
彼はその長柄刀一つで動くから、重火器や火矢、銃器などに疎いのだ。
鬼殺隊の中で一番ラシードから“ティアたちの仕事”について聞いていたのは義勇だ。
慈悟郎と鱗滝は育手や鬼狩りに重きを置くようになってからは久しく携わっていない。
天元と杏寿郎も少しは関わっていたが、あくまで鍛錬名目だった。本格的な仕事は錆兎と真菰、最近では元鬼化していた死人が手伝うようになったから助かっているけれど。
「太陽を克服した鬼が現れたと聞く。人を喰っていない例の娘だな」
不思議そうな様子で黙り込んだと思ったら、自分にはさして必要ない情報だと自己納得したのか、勝手に自分がここにいる理由を教えてくれる。
それはティアと義勇にも知らせが届いていたけれど、まさかその為に彼が出てくるとは思わなかった。
思わず、ティアは身を乗り出す。
「禰豆子ちゃんを連れて行くのですか?!」
「何故その様なことをしなければならない」
「だ──ぇ、あれ?」
鬼舞辻無惨に禰豆子を食べさせたいんじゃないんだ? 勢いが削がれてティアはまた言葉を失った。
鬼柱は怪訝そうに、そんなことして無惨がお腹でも壊したらどうするんだ、みたいな呆れた眼差しを向けてくる。
あれ。この人、鬼舞辻無惨命なんじゃなかったっけ。無惨の首をかっ切ろうとする鬼狩りは確か彼に尽く食べられたとか聞いていたのだけど。
「では、禰豆子の首を切るつもりか」
義勇が刀に手をかけながら問いただす。
さすがに水柱とはいえ、鬼柱には勝てない。杏寿郎なんて毎回ぼろぼろなのに──なんとか戦闘は止めなければ!
けれど、鬼柱は小さく首を横にする。
「必要ない。だが、お前たちが倒れたらそうせざるを得まい」
「そうか。ならば、お前には禰豆子の護衛を頼みたい」
「構わない」
──行間への補足が、ない。
言葉の足らないもの同士で会話が成立している。義勇と鬼柱が言葉を発するたびに、ティアはあちらへこちらへと首を巡らせるしかない。
義勇は鬼柱が敵対する様子がないことを疑っていないし、鬼柱は鬼舞辻無惨の首を狩ろうとする人間たちに協力しようとしている。
何だこれは。ラシードの求心力? それにしたって鬼柱の立ち位置がぶれまくってはいませんか。
ティアは真っ青になりながら、頼むからもう少しきちんと説明してほしいと二人に訴えた。
義勇は申し訳なさそうに──思えば口数が少ないというよりは、物事の処理速度が早過ぎる事が要因なのか──鬼柱はこれ見よがしに閉口して。
「鬼柱は禰豆子を無惨に食わせる事をよく思っていない。また、自力で太陽を克服するに至った彼女を称賛してくれている。だから、俺たちがしくじらない限りはその存在を尊重してくれるつもりなんだ」
義勇はラシードから鬼柱のことをどう聞いていたのだろう。
まるで前から信頼関係を築いていないとそこまで考えられないのではないか。むしろ義勇の思い込みとかではないのだろうか。
何故初対面なのにそこまで人となりを読めるのに実弥たちとは上手くいかないのだろう。え、本当に、なんで?
「鬼狩りたちがどこまで知っているかは知らないが、無惨は太陽を克服する為に“青い彼岸花”の入手か、進化した鬼を取り込む事を目的としてきた」
ぽかん、となっているティアに説明した義勇。
それに呼応するように、鬼柱は長柄にもたれるようにしながら、自身の目的を告げる。
「無惨の目的は、“今のままで”で太陽を克服する事。だが、華も娘もその大願成就に値しない」
鬼柱は遥か昔に生きた人間だった。けれど、無惨の目的を聞いた時からその方法では悲願を叶えることができないと推測していた。
人の一生では確認する時間が短すぎる。鬼になることがどうしてもできなかった青年は、何度か遭遇していた“記憶の化け物”に素直に助力を請うたのだ。
時間と機会を得る代わりに、無惨から一時的に離反する条件で。
「結果、つい先日憶測が確信に変わった。当時、推測の段階で無惨には伝えたが癇癪を起こされて話にならず、そのまま喧嘩別れだ。故に今は鬼狩りに組し、阻む他はない」
「あのぉ、無茶苦茶だと思うのですが」
「致し方ない。あの方も人の子というわけだ」
煮るなり焼くなり無惨のことは好きにしていいが首は狩らせない──と、いうことらしい。
結局のところ、鬼殺隊の最終難関が鬼柱というのは変わらないわけだ。
ラシードが地雷、と称したのは間違い無いだろう。
「それで、どうして私たちのところへ?」
一先ず現在のところは脅威になり得ないことがわかったので、ティアは肩の力をやっと抜くことができた。疲れた。
金鳴りの音とともに、風が切れ──轟音に耳を塞ぐ。
「ラシードだけでは手が足らないだろう」
義勇が上段で長柄の刃を受け止める。慌てる様子もないから、水柱も状況を受け入れているようだが、ティアはぺたんとその場で腰を抜かしてしまった。
「錆兎から聞いた。御指南、痛み入る!」
そのまま稽古が始まってしまい、置いてけぼりとなったティアは途端に寂しくなった。
なんだろう、言葉少ないもの同士、なにか通じるものでもあるのだろうか。それとも自分がコミュニケーション能力低すぎるのか。
そもそももしかすると、自分や実弥たちよりも別次元の対話が行える人たちなんだろうか。自信がなくなってきた。
──その後、泣きべそをかくティアの匂いに誘われて山を降りてきた鱗滝に怒鳴られるまで、青年同士の仕合は続けられたとか──。