第4章 在りし日の夫婦。(全18話)
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第12話 後継者。
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真菰は思い切り眉間にシワを寄せたまま、自身の左右に目をやった。
不機嫌そうに肩を怒らせながら風を切る猪頭。
そして、表情は平静を装いながらも今にも舌打ちが聞こえてきそうな首に勾玉をつけた少年──雷の呼吸を扱い、善逸の兄弟子でもある獪岳だ。
たまたま途中でばったり会い、龍田が久しぶりだと声をかけた時。
いく先も同じ方向なのだから一緒に行こう、と真菰は親切心で言ってしまったのだが。
こんなに険悪だなんで思わなかった。何があったのだろう、この二人。
真菰が居心地悪そうにそわそわしている中、龍田はこうなったら仕方ないと腹でも括ったのか、獪岳に話しかけまくっていた。これが伊之助の機嫌を損ねている行為と自覚していない。
「前回の稽古以来だよね。師範は元気にしてる?」
「ええ、鬼殺隊の見回りの目が行き届いていない場所を中心に旅をしながら小旅行中ですが」
義足のために技の精度は落ちようが、ある程度の鬼であれば元鳴柱の桑島慈悟郎でも対処できる。
先日食事を一緒に取ったことを報告する獪岳は、不満そうな顔だ。
「……後継を指名されました。連名で」
なるほど。龍田は一世代前の記憶の引き出しに手を突っ込みながら納得した。
この獪岳という子は、異様に他者との馴れ合いを嫌う。まるで他人のことは信じられない。唯一、絶対的強者であると認めた慈悟郎のことは信じるに値する人物だと本能で悟ったのか懐いているが、“あくまで懐いているだけ”だ。
どこか諦観し、常に疑心暗鬼の少年に、慈悟郎は困っていた。
雷の型は六つあるが、獪岳は壱ノ型だけ会得できない。壱ノ型は龍田のずっと前の世代が編み出したものだ。というより、当時は雷の型などと呼べるようなものではなかったのだけど。
ただ、稲妻の如く──恐れることなく、苦しむことなく送ってあげたいと、願っただけの技だった。それは相手にだけでなく、自分にも。
その為に、全身全霊渾身の一撃で放つのだ。気持ちが一つに纏まらない限りはただの居合だ。水の呼吸にも安息の型があるけれど、あれは雷の型を見た当時の水柱が、何かに心を打たれて編み出した慈愛の御技だった。
「アンタと俺での連名ならまだわかる。だが!」
「嬉しいこと言ってくれるなぁ。まあ、でも、持ち前の体質はどうにも出来ないから」
獪岳には、ラシードは鬼の特性を持つことも、記憶の化け物であることも明かしていなかった。
彼は現実的な世界観を持っている。善逸と違って敵意や嫌悪感を向けてくるだろうし、慈悟郎にも反発する可能性があった。
というより、“獪岳の反応こそが本来は正解”であって、現在龍田の周りの人間たちの方が“異質”なのだが。
普通は得体の知れないものへの恐怖は計り知れないものだ。ましてや、国外においては戦火にさらされもしている。
開国からまだ少ししか経っていない。幕末の時代を知る人間からしてみると、またあの時のような出来事が起きるのではないかという不安があるはずなのだ。
少しの心の綻びで、ヒトと人との関係は瓦解する。勿論構築することはできるけれど、疑心暗鬼に至った人間の心を開くのは、なかなか難しいのだ。
──身を守ることで、精一杯だから。
「ありがとうね、獪岳」
口をへの字にして黙っていた少年が、びっくりしたような顔をして、顔を逸らした。「なんだよ急に」もごもごした口調で文句が続く。
「どうしたって私では後継になってあげられないからさ。連名だろうがなんだろうが、雷の呼吸を引き継いでくれる子がいるのは嬉しいよ」
未熟だろうがなんだろうが。明日までの命かも知れない。何十年も先まで生き続けるかも知れない。獪岳にも善逸にも見えない先がある。
ある程度の寿命が決まっている自分や、慈悟郎には時間はないから。
「十年後。善逸がそれでも使えないやつだと思ったなら、君が正統を名乗ればいいよ。善逸は文句言わないだろうし」
「……っち、言わせねえし」
上昇志向の持ち主同士がぶつかるならば問題だが、殊に善逸は譲る体質だ。もちろん、獪岳が“私利私欲”に走ったならば話は別だろうが。
善逸に名前をつけたのは誰だろう。名前の通り、あいつはいい奴だ。女難の相などは不安な部分はあるけれど、本質的なところで人道を見誤ることはない。
ここぞという時に、真っ直ぐだ。決断力があり、自分のすべきことをしっかりやれる。
獪岳は自分の本質を理解している。
こうありたいという願望はあるのだろうが、彼には“力”が全てなのだ。心ではない。他者から脅かされない絶対的な力。それが備わるまでは、彼は本当の意味でなりたい自分になることはできない。
「俺様だってお前の後継になれるんだぜ!」
ぷんすこしながらどんどん先に行ってしまう獪岳と入れ替わるように、伊之助が龍田に体当たりしてきた。
まるでお気に入りのおもちゃを他人にぶんどられてぷるぷるしていた子供のよう。
「伊之助は完全に我流じゃない。後継なんて──」
「ラシードがいて俺の技は出来たんだ! だから俺は後継だ!」
あの勾玉野郎より俺の方が凄いんだぜ──といわんばかりに胸を張りまくる伊之助に、真菰がとうとう吹き出した。
龍田はだんだん恥ずかしくなってきて、口を真一文字に引結んで黙り込む。
なにこいつ、ホントもう、とんでもない猪だわ。
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真菰は思い切り眉間にシワを寄せたまま、自身の左右に目をやった。
不機嫌そうに肩を怒らせながら風を切る猪頭。
そして、表情は平静を装いながらも今にも舌打ちが聞こえてきそうな首に勾玉をつけた少年──雷の呼吸を扱い、善逸の兄弟子でもある獪岳だ。
たまたま途中でばったり会い、龍田が久しぶりだと声をかけた時。
いく先も同じ方向なのだから一緒に行こう、と真菰は親切心で言ってしまったのだが。
こんなに険悪だなんで思わなかった。何があったのだろう、この二人。
真菰が居心地悪そうにそわそわしている中、龍田はこうなったら仕方ないと腹でも括ったのか、獪岳に話しかけまくっていた。これが伊之助の機嫌を損ねている行為と自覚していない。
「前回の稽古以来だよね。師範は元気にしてる?」
「ええ、鬼殺隊の見回りの目が行き届いていない場所を中心に旅をしながら小旅行中ですが」
義足のために技の精度は落ちようが、ある程度の鬼であれば元鳴柱の桑島慈悟郎でも対処できる。
先日食事を一緒に取ったことを報告する獪岳は、不満そうな顔だ。
「……後継を指名されました。連名で」
なるほど。龍田は一世代前の記憶の引き出しに手を突っ込みながら納得した。
この獪岳という子は、異様に他者との馴れ合いを嫌う。まるで他人のことは信じられない。唯一、絶対的強者であると認めた慈悟郎のことは信じるに値する人物だと本能で悟ったのか懐いているが、“あくまで懐いているだけ”だ。
どこか諦観し、常に疑心暗鬼の少年に、慈悟郎は困っていた。
雷の型は六つあるが、獪岳は壱ノ型だけ会得できない。壱ノ型は龍田のずっと前の世代が編み出したものだ。というより、当時は雷の型などと呼べるようなものではなかったのだけど。
ただ、稲妻の如く──恐れることなく、苦しむことなく送ってあげたいと、願っただけの技だった。それは相手にだけでなく、自分にも。
その為に、全身全霊渾身の一撃で放つのだ。気持ちが一つに纏まらない限りはただの居合だ。水の呼吸にも安息の型があるけれど、あれは雷の型を見た当時の水柱が、何かに心を打たれて編み出した慈愛の御技だった。
「アンタと俺での連名ならまだわかる。だが!」
「嬉しいこと言ってくれるなぁ。まあ、でも、持ち前の体質はどうにも出来ないから」
獪岳には、ラシードは鬼の特性を持つことも、記憶の化け物であることも明かしていなかった。
彼は現実的な世界観を持っている。善逸と違って敵意や嫌悪感を向けてくるだろうし、慈悟郎にも反発する可能性があった。
というより、“獪岳の反応こそが本来は正解”であって、現在龍田の周りの人間たちの方が“異質”なのだが。
普通は得体の知れないものへの恐怖は計り知れないものだ。ましてや、国外においては戦火にさらされもしている。
開国からまだ少ししか経っていない。幕末の時代を知る人間からしてみると、またあの時のような出来事が起きるのではないかという不安があるはずなのだ。
少しの心の綻びで、ヒトと人との関係は瓦解する。勿論構築することはできるけれど、疑心暗鬼に至った人間の心を開くのは、なかなか難しいのだ。
──身を守ることで、精一杯だから。
「ありがとうね、獪岳」
口をへの字にして黙っていた少年が、びっくりしたような顔をして、顔を逸らした。「なんだよ急に」もごもごした口調で文句が続く。
「どうしたって私では後継になってあげられないからさ。連名だろうがなんだろうが、雷の呼吸を引き継いでくれる子がいるのは嬉しいよ」
未熟だろうがなんだろうが。明日までの命かも知れない。何十年も先まで生き続けるかも知れない。獪岳にも善逸にも見えない先がある。
ある程度の寿命が決まっている自分や、慈悟郎には時間はないから。
「十年後。善逸がそれでも使えないやつだと思ったなら、君が正統を名乗ればいいよ。善逸は文句言わないだろうし」
「……っち、言わせねえし」
上昇志向の持ち主同士がぶつかるならば問題だが、殊に善逸は譲る体質だ。もちろん、獪岳が“私利私欲”に走ったならば話は別だろうが。
善逸に名前をつけたのは誰だろう。名前の通り、あいつはいい奴だ。女難の相などは不安な部分はあるけれど、本質的なところで人道を見誤ることはない。
ここぞという時に、真っ直ぐだ。決断力があり、自分のすべきことをしっかりやれる。
獪岳は自分の本質を理解している。
こうありたいという願望はあるのだろうが、彼には“力”が全てなのだ。心ではない。他者から脅かされない絶対的な力。それが備わるまでは、彼は本当の意味でなりたい自分になることはできない。
「俺様だってお前の後継になれるんだぜ!」
ぷんすこしながらどんどん先に行ってしまう獪岳と入れ替わるように、伊之助が龍田に体当たりしてきた。
まるでお気に入りのおもちゃを他人にぶんどられてぷるぷるしていた子供のよう。
「伊之助は完全に我流じゃない。後継なんて──」
「ラシードがいて俺の技は出来たんだ! だから俺は後継だ!」
あの勾玉野郎より俺の方が凄いんだぜ──といわんばかりに胸を張りまくる伊之助に、真菰がとうとう吹き出した。
龍田はだんだん恥ずかしくなってきて、口を真一文字に引結んで黙り込む。
なにこいつ、ホントもう、とんでもない猪だわ。