第4章 在りし日の夫婦。(全18話)
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第10話 弱音。
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炭治郎が縁壱零式に一撃喰らわせることができたらしい。
体力もまだ思うように戻っていなかったろうに。
小鉄に言って、その日はきちんと炭治郎を布団の中で休ませてやる。
そして、人形の側で丸くなっている少年に布団をかけてやった。
ボロボロになった絡繰人形を見上げる。
上背は、龍田が知っている頃よりもずっと高い。
「……鬼の匂いがする」
人形の首に顔を近づける。うん、やっぱりする。今の若い鬼の匂いではない。数百年前、“産屋敷こや”の時の鬼の匂いだ。
縁壱零式は、きっと炭治郎の力になってくれるだろう。龍田が今は力を貸す必要はない。
ふと、袖を引かれる──いつの間にか、禰豆子がそこにいた。
彼女は真っ直ぐに龍田を見上げてくる。
「久しぶりに散歩でもするか、ネズ」
手を繋いで、屋敷の外に出る。というより、門を使った。
がばっと起き上がったのは、善逸だ。
「禰豆子ちゃんの音が聞こえて来た! どうしよう、俺ってばついに恋しさのあまりに幻聴までええええっ」
「落ち着けよ善逸。ちゃんといるよネズ、ほれ」
番をしていた義勇以外も起き上がる中、龍田が禰豆子を掲げた。
錆兎とティアが目を瞬かせる。
「どうしてお前が禰豆子を連れてるんだ?」
「伊之助くんと真菰ちゃんはどうしたんですか?」
みんなそれを聞いてくるな。そんなの龍田に聞いてくれよ。
こほん、と咳払いしながら禰豆子を下ろし、義勇の隣に腰を下ろした。
「無一郎から刀鍛冶の里にあるっていう戦闘用絡繰人形の話聞いてたからさ。着いて行ってみたわけよ。そしたら面影が知り合いでした。もうっもうね、泣きたい!」
「そうか。あまりものだが食え」
うわーん、と抱きつくと、義勇は非常食にしようとしたらしい鹿肉を差し出してくる。ありがとう、と受け取りながらハムハムした。
龍田を義勇と挟み込むような位置に腰を下ろす錆兎。彼はめそめそしている龍田を、覗き込むようにして。
「人形のこと、義勇は知ってたか?」
「強くなる為の秘密の武器がある、という話は聞いている」
けど、それ以上は知らないらしい。義勇から続けられる言葉はない。
あくびを噛み殺しながら、うつらうつらしているティアとそれ支えている禰豆子にかかるように、善逸が羽織をかぶせて目を擦る。
「ふぁあ……どういう知り合いだったんだよ。強かった人なの?」
「色々情報精査すると、始まりの呼吸の発案者になってるらしい」
げえ、めっちゃ重要人物じゃん。そんな人と知り合いだったの?
善逸の疑問は他の二人も同様なのか、目を丸くして黙りこくる。
ひとまず、三人には現時点で分かっていることと、その人物の幼少期に一年ほど居合わせていたことを明かした。
「武術なんてやらせた事ないし、まあ農作業とか天気の読み方とか、そういうのは叩き込んだけどさ。えー、何があったのマジ気になる……」
「お前にもわからないことがあるんだな。当たり前なんだろうが」
全身で項垂れる龍田の背中をよしよしと撫でてやりながらも、義勇は意外そうな顔だ。それに善逸が全力で頷いている。
所詮はその場に居合わせない限り、記憶の化け物とて知り得ないことは多いのだ。まあ、記憶を伝っていくことはできるけど。
禰豆子の食の記憶を一時的に借り受けていた時のような要領だ。
「それで、どうしてまた禰豆子連れで俺たちのところへ?」
「そりゃお前、炭治郎は五日間飲まず食わずの鍛錬付けで疲れ切ってるのにさ、こんな弱音吐けないじゃんかよ」
「は? 何それ。炭治郎生きてんの、死ぬの?」
義勇に抱きついたまま錆兎の疑問に答えたら、善逸と義勇がひゅっと喉を鳴らした。そうだよな、さすがにお前らの育手でもそこまではやらねえわ。してたら尻百叩きしにいってるわ。
何も知らないって凄い。凄いよ、小鉄。
「はあ、すっきりした。いや、お休みのところ悪かったな。お詫びに暫く見張り代わってやるよ、義勇も寝な」
「いや、俺は──「義勇、お言葉に甘えよう」──うん」
錆兎に手招きされて、義勇は龍田に一瞥くれながら、素直に頷いて腰をあげる。
善逸は既に意を汲んでいたようで、あのまま寝入ったティアと、禰豆子を挟み込むようにして肩を寄せ、すぐに寝息を立て始めた。
彼らには変に気を遣わせてしまったな。
本当は一人で考え事がしたかったのだ。でも、その前に誰かに話を聞いてもらいたかった。
ラシードの時は、慈悟郎たちによく話を聞いてもらっていた。
けれど、そろそろ世代は変わっていく。いつまでも彼らに甘えるのは、彼らのためにもならない。
──自分は、現状ではどうあっても、最終的には見送る側なのだ。
「最近、お前は色々ぶれている感じがして危なっかしかった」
眠り込む格好のまま、錆兎が声だけかけてくる。
無一郎にも指摘されたことだ。それには別の原因があるのだけど、ここでは訂正せずにおく。
錆兎の隣で横になりながら、沈黙を保ったまま義勇が顔だけをこちらへ向けて来る。
「そう背負い込むな。俺も義勇も、話くらい聞いてやれる」
片方は生者で。片方は死者だけど。
むふふ、と無言で笑みを見せてから、義勇も事切れるように眠り。錆兎は眠る必要がないので、暫くしたら起き上がって、仲間たちを優しく眺めた。
本当はこんな場所に、こうして存在出来るはずのない錆兎。それは真菰や杏寿郎たちもしっかり自覚している。
たまたま、今回は色々内部事情の関係で鬼殺隊に出向してきているが、本当は鬼狩りには関わらずに済ませる筈だった。
彼らには“鬼舞辻無惨”と“上弦”の首をはねる権限はない。
けれど、隊士たちを守ったり、隊士たちの鍛錬に付き合うことは出来る。
それはやはり、彼らが死んでいる事実との線引きを、どこかでつけなければならない為だ。彼らかそのあり方から脱することが出来ない限り。
「まだまだ若いなあ、錆兎は。もっと“出しゃばれば良い”のに」
「俺とお前たちでは格が違いすぎる。あまり焚きつけないでくれ」
小声でぼやくと、苦笑いで反論される。もちろん、むこうも小声だ。
まあ、善逸には丸聞こえだろうが、確定的な言葉は言っていない。その辺りはお互いに慎重だった。
ありがとうな──心からの謝辞を、ここにいるすべての存在に。
そして、謝罪は心のうちに秘めて──。
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炭治郎が縁壱零式に一撃喰らわせることができたらしい。
体力もまだ思うように戻っていなかったろうに。
小鉄に言って、その日はきちんと炭治郎を布団の中で休ませてやる。
そして、人形の側で丸くなっている少年に布団をかけてやった。
ボロボロになった絡繰人形を見上げる。
上背は、龍田が知っている頃よりもずっと高い。
「……鬼の匂いがする」
人形の首に顔を近づける。うん、やっぱりする。今の若い鬼の匂いではない。数百年前、“産屋敷こや”の時の鬼の匂いだ。
縁壱零式は、きっと炭治郎の力になってくれるだろう。龍田が今は力を貸す必要はない。
ふと、袖を引かれる──いつの間にか、禰豆子がそこにいた。
彼女は真っ直ぐに龍田を見上げてくる。
「久しぶりに散歩でもするか、ネズ」
手を繋いで、屋敷の外に出る。というより、門を使った。
がばっと起き上がったのは、善逸だ。
「禰豆子ちゃんの音が聞こえて来た! どうしよう、俺ってばついに恋しさのあまりに幻聴までええええっ」
「落ち着けよ善逸。ちゃんといるよネズ、ほれ」
番をしていた義勇以外も起き上がる中、龍田が禰豆子を掲げた。
錆兎とティアが目を瞬かせる。
「どうしてお前が禰豆子を連れてるんだ?」
「伊之助くんと真菰ちゃんはどうしたんですか?」
みんなそれを聞いてくるな。そんなの龍田に聞いてくれよ。
こほん、と咳払いしながら禰豆子を下ろし、義勇の隣に腰を下ろした。
「無一郎から刀鍛冶の里にあるっていう戦闘用絡繰人形の話聞いてたからさ。着いて行ってみたわけよ。そしたら面影が知り合いでした。もうっもうね、泣きたい!」
「そうか。あまりものだが食え」
うわーん、と抱きつくと、義勇は非常食にしようとしたらしい鹿肉を差し出してくる。ありがとう、と受け取りながらハムハムした。
龍田を義勇と挟み込むような位置に腰を下ろす錆兎。彼はめそめそしている龍田を、覗き込むようにして。
「人形のこと、義勇は知ってたか?」
「強くなる為の秘密の武器がある、という話は聞いている」
けど、それ以上は知らないらしい。義勇から続けられる言葉はない。
あくびを噛み殺しながら、うつらうつらしているティアとそれ支えている禰豆子にかかるように、善逸が羽織をかぶせて目を擦る。
「ふぁあ……どういう知り合いだったんだよ。強かった人なの?」
「色々情報精査すると、始まりの呼吸の発案者になってるらしい」
げえ、めっちゃ重要人物じゃん。そんな人と知り合いだったの?
善逸の疑問は他の二人も同様なのか、目を丸くして黙りこくる。
ひとまず、三人には現時点で分かっていることと、その人物の幼少期に一年ほど居合わせていたことを明かした。
「武術なんてやらせた事ないし、まあ農作業とか天気の読み方とか、そういうのは叩き込んだけどさ。えー、何があったのマジ気になる……」
「お前にもわからないことがあるんだな。当たり前なんだろうが」
全身で項垂れる龍田の背中をよしよしと撫でてやりながらも、義勇は意外そうな顔だ。それに善逸が全力で頷いている。
所詮はその場に居合わせない限り、記憶の化け物とて知り得ないことは多いのだ。まあ、記憶を伝っていくことはできるけど。
禰豆子の食の記憶を一時的に借り受けていた時のような要領だ。
「それで、どうしてまた禰豆子連れで俺たちのところへ?」
「そりゃお前、炭治郎は五日間飲まず食わずの鍛錬付けで疲れ切ってるのにさ、こんな弱音吐けないじゃんかよ」
「は? 何それ。炭治郎生きてんの、死ぬの?」
義勇に抱きついたまま錆兎の疑問に答えたら、善逸と義勇がひゅっと喉を鳴らした。そうだよな、さすがにお前らの育手でもそこまではやらねえわ。してたら尻百叩きしにいってるわ。
何も知らないって凄い。凄いよ、小鉄。
「はあ、すっきりした。いや、お休みのところ悪かったな。お詫びに暫く見張り代わってやるよ、義勇も寝な」
「いや、俺は──「義勇、お言葉に甘えよう」──うん」
錆兎に手招きされて、義勇は龍田に一瞥くれながら、素直に頷いて腰をあげる。
善逸は既に意を汲んでいたようで、あのまま寝入ったティアと、禰豆子を挟み込むようにして肩を寄せ、すぐに寝息を立て始めた。
彼らには変に気を遣わせてしまったな。
本当は一人で考え事がしたかったのだ。でも、その前に誰かに話を聞いてもらいたかった。
ラシードの時は、慈悟郎たちによく話を聞いてもらっていた。
けれど、そろそろ世代は変わっていく。いつまでも彼らに甘えるのは、彼らのためにもならない。
──自分は、現状ではどうあっても、最終的には見送る側なのだ。
「最近、お前は色々ぶれている感じがして危なっかしかった」
眠り込む格好のまま、錆兎が声だけかけてくる。
無一郎にも指摘されたことだ。それには別の原因があるのだけど、ここでは訂正せずにおく。
錆兎の隣で横になりながら、沈黙を保ったまま義勇が顔だけをこちらへ向けて来る。
「そう背負い込むな。俺も義勇も、話くらい聞いてやれる」
片方は生者で。片方は死者だけど。
むふふ、と無言で笑みを見せてから、義勇も事切れるように眠り。錆兎は眠る必要がないので、暫くしたら起き上がって、仲間たちを優しく眺めた。
本当はこんな場所に、こうして存在出来るはずのない錆兎。それは真菰や杏寿郎たちもしっかり自覚している。
たまたま、今回は色々内部事情の関係で鬼殺隊に出向してきているが、本当は鬼狩りには関わらずに済ませる筈だった。
彼らには“鬼舞辻無惨”と“上弦”の首をはねる権限はない。
けれど、隊士たちを守ったり、隊士たちの鍛錬に付き合うことは出来る。
それはやはり、彼らが死んでいる事実との線引きを、どこかでつけなければならない為だ。彼らかそのあり方から脱することが出来ない限り。
「まだまだ若いなあ、錆兎は。もっと“出しゃばれば良い”のに」
「俺とお前たちでは格が違いすぎる。あまり焚きつけないでくれ」
小声でぼやくと、苦笑いで反論される。もちろん、むこうも小声だ。
まあ、善逸には丸聞こえだろうが、確定的な言葉は言っていない。その辺りはお互いに慎重だった。
ありがとうな──心からの謝辞を、ここにいるすべての存在に。
そして、謝罪は心のうちに秘めて──。