第4章 在りし日の夫婦。(全18話)
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第9話 父へ、娘へ、望んだ事。
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「──久しいな、左近次」
荒屋の前に立つ背中に声をかけたのは、元鳴柱の桑島慈悟郎だった。
少しだけ年上の相手に声をかけられ、鱗滝は振り返る。
「二年ぶりか。我妻くんには、うちの弟子が世話になっている」
「こちらこそ竈門くんには感謝している。うちの善逸は色々と面倒な奴だろうに、辛抱強く付き合ってくれて」
互いの弟子から話は聞いているのだろう。大事な友として背中を預け合えていること、それはとても恵まれていることだ。
二人もそうだった。まあ、最初は元父親と幼なじみの件で険悪ではあったのだが。
ふう、と桑島は息をついた。「殴り返してくれていいんだぞ」
「お前が右京を斬った時のことだ。忘れたとは言わせんぞ」
「随分懐かしい話だな。むしろ、殴ってもらえたことは感謝していたんだが──斬ってくれたそうだな。無理をさせた」
荒屋の前、老人二人が横に並んで腰を下ろす。
ここは、ティアを匿うことになった時に住んでいた場所だ。右京──記憶の化け物が日本で育手として活動する時に使っていたらしい。
年季は入っているが、隠れ家としては申し分なかった。
桑島が足を失って鳴柱を引退した時。
ティアが自我を持って、独り立ちすると決めた時以来、誰も立ち寄らなかった。右京は狭霧山で死んでから、ラシード、龍田となった今も、ここを訪れていないようだ。
「左近次は、龍田とやらには会ったか?」
「いや。右京からは、次は育手に徹すると聞いていたからな。我々の元へ来る必要はない──なんだ?」
苦虫を噛み潰したような顔をしている桑島に気づき、鱗滝が言葉を止めた。不機嫌そうな、不快そうな匂い。
変なことを言った心当たりはない鱗滝にとっては、とっても不本意。
「左近次、お前な……ほんと、そういうところだぞ!」
「なんの話だ」
「お前ほど人間が出来てないからな、儂は正直、寂しい!」
目の前で鬼に食い殺された父親を思いながら、鬼殺隊には拘らずに父の形見の日輪刀で鬼狩りを始めた桑島が、鱗滝とばったり遭遇したのは結構早い段階だった。
その傍らに、右京として生まれていた“父親だった存在”を見つけた時、いろいろな感情が爆発して──まあ、なんだかんだあって。
共闘するようになって。右京を右京として捉えられるようになって。でも時々、父親のようにも接してくれる右京を頼りにもしていた。
鬼殺隊に入ってからも、鱗滝と右京が夫婦になっても、三人の関係はあまり変わらなくて。右京の首を鱗滝がはねた時は一時的に険悪な関係に戻ったけど。
「はっはっは! お前は相変わらずだなぁ、慈悟郎!」
「うるさい、黙れ! そもそもお前昔っからジジイくさかったんだ!」
きいぃぃぃっと激怒する桑島も、そのうち一緒になって笑い出す。
もう、ここに来ることはないだろう。
二人も、遅ればせながら──独り立ちしなければならない。
「うわっ」「はい、俺の勝ちー」
ぺたん、とその場に尻をつく無一郎を前に、龍田はケタケタと笑う。
今のは記憶を打ち込んだりとか不意打ちではない。彼の癖をついた、正真正銘年季の入りまくった育手の真骨頂。
いつまでも軟弱だと思うなよ小童が。
「びっくりした。龍田ってちゃんと強かったんだ」
「なんか嬉しくない」
縁壱零式を半壊させておいてよく言うよ、このお子ちゃまは。
まあ、実はまだ完全には壊れていなくて、炭治郎の特訓に酷使されている状況だけど、それは教えないでおこう。
自業自得だからな。龍田さんで我慢しておきなさい。
縁壱が鬼殺隊に関わっていたこと、龍田は知らなかった。
この数百年、鬼殺隊への直接的な接触を避けて来たけど、内情を知ることなんてわけなかったのに。思えばおかしいことではあったのだ、誰が“呼吸”を広めるきっかけになったのか、龍田は知らないのだから。
これまでは、鬼柱のことを知る“敵対していた勢力側の柱”が、さすがに名ばかりではまずいと思ったのか見様見真似で始めたことがきっかけかとも思った。
実力がなかったわけではないし、柱を名乗るだけの力量があったからまた厄介だったけれど。
煉獄槇寿郎との会話で、どうやら“産屋敷こや”が抜けた直後になんらかの革新的な何かが起きていたことだけはわかってはいたが。
ここまで“日の呼吸”やら“縁壱”の存在が希薄になっているのには原因でもあったのだろう。
さすがに、寿命を削ることまでちゃんと気づいたのか。
遡ろうと思えば、煉獄家の血に刻まれた記憶を遡れるが時間がかかるし相手のことも拘束する。その間に柱たちを鍛えなければいけないのに。
本当は柱以下の隊士たちの戦力の底上げが重要なのだろうが、上弦を倒した事実は思いの外大きい。
無惨のことだから、確実に戦力を削ぐことに目的を切り替えているはずだ。となれば、武器破壊と柱をへし折ることに専念してくるはず。
「龍田、変わった?」
ずいっと顔を寄せてくる無一郎に気づいて、龍田は目を丸くした。鼻先がくっつきそうな距離。
「俺が変わった? 特になんもしてないけど」
「そうかな。なんか、ちゃんとここにいる感じがする」
「……あー、そういう」
自分で言いながら、本人も理解できていないのだろう。
けれども、無一郎の指摘を聞いて、龍田は納得した。
要領のいい人間というのは、その時その時で自分が何をすべきなのかを的確に行動で示せる。やる事は多いのに仕事が早い。片付けるのも無駄がない。
けれども、これまで龍田はそれが出来なかった。原因は“生まれるにあたってズルをした”せいではあるのだけど、それだけではない。
方針を、決めかねていたのだ。終わりにするか、続けるかで。
「続けようよ、龍田。今の君となら僕は時間を有意義に使える」
「勿論ですとも。次は背中に泥つけてやるよ」
呼吸を使わずとも鍛錬に付き合うことができるのが“血記術”だ。貧血になるけれども肺を潰したり寿命を削ぐ原因にもならない。予め必要な技のパターンを依代に記録して起動させる──映写機のような機能に実体が伴っていると思えばいい。
無一郎が防ぐのに失敗した時に機能を停止させるだけでいいのだから。
「お前たち次第でオヤジ達の願いを叶えるかどうか決まるんだ、存分に気張ってくれないと──私たちも困るんだよ」
ずっと昔から続く、“いつかへの希望”はまだ、叶えられていない──。
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「──久しいな、左近次」
荒屋の前に立つ背中に声をかけたのは、元鳴柱の桑島慈悟郎だった。
少しだけ年上の相手に声をかけられ、鱗滝は振り返る。
「二年ぶりか。我妻くんには、うちの弟子が世話になっている」
「こちらこそ竈門くんには感謝している。うちの善逸は色々と面倒な奴だろうに、辛抱強く付き合ってくれて」
互いの弟子から話は聞いているのだろう。大事な友として背中を預け合えていること、それはとても恵まれていることだ。
二人もそうだった。まあ、最初は元父親と幼なじみの件で険悪ではあったのだが。
ふう、と桑島は息をついた。「殴り返してくれていいんだぞ」
「お前が右京を斬った時のことだ。忘れたとは言わせんぞ」
「随分懐かしい話だな。むしろ、殴ってもらえたことは感謝していたんだが──斬ってくれたそうだな。無理をさせた」
荒屋の前、老人二人が横に並んで腰を下ろす。
ここは、ティアを匿うことになった時に住んでいた場所だ。右京──記憶の化け物が日本で育手として活動する時に使っていたらしい。
年季は入っているが、隠れ家としては申し分なかった。
桑島が足を失って鳴柱を引退した時。
ティアが自我を持って、独り立ちすると決めた時以来、誰も立ち寄らなかった。右京は狭霧山で死んでから、ラシード、龍田となった今も、ここを訪れていないようだ。
「左近次は、龍田とやらには会ったか?」
「いや。右京からは、次は育手に徹すると聞いていたからな。我々の元へ来る必要はない──なんだ?」
苦虫を噛み潰したような顔をしている桑島に気づき、鱗滝が言葉を止めた。不機嫌そうな、不快そうな匂い。
変なことを言った心当たりはない鱗滝にとっては、とっても不本意。
「左近次、お前な……ほんと、そういうところだぞ!」
「なんの話だ」
「お前ほど人間が出来てないからな、儂は正直、寂しい!」
目の前で鬼に食い殺された父親を思いながら、鬼殺隊には拘らずに父の形見の日輪刀で鬼狩りを始めた桑島が、鱗滝とばったり遭遇したのは結構早い段階だった。
その傍らに、右京として生まれていた“父親だった存在”を見つけた時、いろいろな感情が爆発して──まあ、なんだかんだあって。
共闘するようになって。右京を右京として捉えられるようになって。でも時々、父親のようにも接してくれる右京を頼りにもしていた。
鬼殺隊に入ってからも、鱗滝と右京が夫婦になっても、三人の関係はあまり変わらなくて。右京の首を鱗滝がはねた時は一時的に険悪な関係に戻ったけど。
「はっはっは! お前は相変わらずだなぁ、慈悟郎!」
「うるさい、黙れ! そもそもお前昔っからジジイくさかったんだ!」
きいぃぃぃっと激怒する桑島も、そのうち一緒になって笑い出す。
もう、ここに来ることはないだろう。
二人も、遅ればせながら──独り立ちしなければならない。
「うわっ」「はい、俺の勝ちー」
ぺたん、とその場に尻をつく無一郎を前に、龍田はケタケタと笑う。
今のは記憶を打ち込んだりとか不意打ちではない。彼の癖をついた、正真正銘年季の入りまくった育手の真骨頂。
いつまでも軟弱だと思うなよ小童が。
「びっくりした。龍田ってちゃんと強かったんだ」
「なんか嬉しくない」
縁壱零式を半壊させておいてよく言うよ、このお子ちゃまは。
まあ、実はまだ完全には壊れていなくて、炭治郎の特訓に酷使されている状況だけど、それは教えないでおこう。
自業自得だからな。龍田さんで我慢しておきなさい。
縁壱が鬼殺隊に関わっていたこと、龍田は知らなかった。
この数百年、鬼殺隊への直接的な接触を避けて来たけど、内情を知ることなんてわけなかったのに。思えばおかしいことではあったのだ、誰が“呼吸”を広めるきっかけになったのか、龍田は知らないのだから。
これまでは、鬼柱のことを知る“敵対していた勢力側の柱”が、さすがに名ばかりではまずいと思ったのか見様見真似で始めたことがきっかけかとも思った。
実力がなかったわけではないし、柱を名乗るだけの力量があったからまた厄介だったけれど。
煉獄槇寿郎との会話で、どうやら“産屋敷こや”が抜けた直後になんらかの革新的な何かが起きていたことだけはわかってはいたが。
ここまで“日の呼吸”やら“縁壱”の存在が希薄になっているのには原因でもあったのだろう。
さすがに、寿命を削ることまでちゃんと気づいたのか。
遡ろうと思えば、煉獄家の血に刻まれた記憶を遡れるが時間がかかるし相手のことも拘束する。その間に柱たちを鍛えなければいけないのに。
本当は柱以下の隊士たちの戦力の底上げが重要なのだろうが、上弦を倒した事実は思いの外大きい。
無惨のことだから、確実に戦力を削ぐことに目的を切り替えているはずだ。となれば、武器破壊と柱をへし折ることに専念してくるはず。
「龍田、変わった?」
ずいっと顔を寄せてくる無一郎に気づいて、龍田は目を丸くした。鼻先がくっつきそうな距離。
「俺が変わった? 特になんもしてないけど」
「そうかな。なんか、ちゃんとここにいる感じがする」
「……あー、そういう」
自分で言いながら、本人も理解できていないのだろう。
けれども、無一郎の指摘を聞いて、龍田は納得した。
要領のいい人間というのは、その時その時で自分が何をすべきなのかを的確に行動で示せる。やる事は多いのに仕事が早い。片付けるのも無駄がない。
けれども、これまで龍田はそれが出来なかった。原因は“生まれるにあたってズルをした”せいではあるのだけど、それだけではない。
方針を、決めかねていたのだ。終わりにするか、続けるかで。
「続けようよ、龍田。今の君となら僕は時間を有意義に使える」
「勿論ですとも。次は背中に泥つけてやるよ」
呼吸を使わずとも鍛錬に付き合うことができるのが“血記術”だ。貧血になるけれども肺を潰したり寿命を削ぐ原因にもならない。予め必要な技のパターンを依代に記録して起動させる──映写機のような機能に実体が伴っていると思えばいい。
無一郎が防ぐのに失敗した時に機能を停止させるだけでいいのだから。
「お前たち次第でオヤジ達の願いを叶えるかどうか決まるんだ、存分に気張ってくれないと──私たちも困るんだよ」
ずっと昔から続く、“いつかへの希望”はまだ、叶えられていない──。