第4章 在りし日の夫婦。(全18話)
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第5話 過去の化物と現在の少年。
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「あれ?」白髪の龍田の刀を受け止めた無一郎が、びっくりしたような顔でその場にぺたんと座り込んだ。
ぽろりと刀がその手から溢れる。これが鍛錬ではなく実戦であったらひとたまりも無かったろうが。
「おー、さすがだな。普通そのまま仰向けに大の字で倒れるのに」
「どういうこと、これ。何したの?」
少しでも気を抜いたら、龍田のいうように背中が地面に着くだろう。そうなったら二度と起き上がれなくなるのではないかという不安感。
両手を見てみる。特段麻痺しているとか、そういうようには見えない。
荒療治だよ──ぽきんと角を折って鬼化を解いた龍田は、それを無一郎に持たせた。
「強いやつと手合わせをする。それは、経験として人の中で蓄積され、以降も力になる。まあ、それを応用できるかどうかは個々の問題だが」
「俺にそんなことを求められても」
「言ったろ、荒療治って。俺は記憶の化物だぞ、“俺の経験”を一撃ごとに込めて撃ち込むなんてわけないんだよ」
記憶障害のある無一郎には、今ここで起きたこと、話したことは明日には忘れているかもしれない。反復して覚えた体技などは、体に染み付いているし“必要なこと”だからか、覚えているようだけど。
むう、と黙り込む少年の頭を撫でた。
「難しく考えなくていいよ。ただ、俺と戦ってればこれまでの鍛錬より数倍速で伸びてるんだ──って思えばいいからさ」
「あの人形みたいなものってこと?」
言われている意味がイマイチわからず首を傾げる無一郎に、龍田はからから笑う。けれども内心、目玉が飛び出そうなほど動揺していた。
え、何ソレ。そんな人形あんの。どういうカラクリなの。記憶のお化けの存在意義を全否定された気分なんですが。口にも表情にも頑張って出さないけど──善逸と炭治郎が居なくて良かった。
「あの人形は確かに強いけど、龍田と違って壊れる時は壊れる。確かにどれだけ刻んでもすぐに再生する君の方が、脅威には感じないけど対戦相手としては間違いないのかも」
「どうしよう、素直に喜べない俺がいる」
自分で落とし所を見つけて納得した様子の無一郎。それを見下ろしながら、龍田は苦笑いした。
本当に、バカ正直な奴。裏表がなくて好きだけどな。
「ティアから言われてるから付き合っているけど、もう少し強くなれないの? 肺が潰れるから無理なんだっけ? 軟弱だなぁ」
「刺さる。すげえ刺さるわ言葉の刃」
無一郎の中での評価がとても低いことを自覚しながら、龍田は腕を組んだ。とっておきの“血記術”を使えば無一郎の希望にそえだろうが、それをしてしまったら長年築いてきた術式が無駄になる可能性がある。
さすがに可愛い後輩のわがままに応えるために危ない橋を渡る段階ではないだろう。
うん、却下。
「その人形、まだ壊れてないのか?」
「うん。近々また鍛錬に行こうと思ってた。次で壊れるかも」
「なら俺も行くわ」
え、なんで? 邪魔なんだけど。
無一郎からの直球の拒否にもへこたれず、龍田は決めた。恐らく、その人形を見るのは最初で最後だろう。場合によっては修理できるかもしれないが、その為にも“原型”と“事実”、“歴史”を固定しなければ。
絡繰人形と言われると、元岩柱──数百年前の話だ──が引退した時に手先の器用さを活かして色々と鍛錬道具の開発をしていたのを思い出す。
当時は本当に造りは簡単だったが、浄瑠璃などの人形技術がある今、絡繰もやりようによっては凄まじい発展をしたはずだ。
残念ながら、龍田はその方面への努力には手をつけられていないので、専門外だ。刀よりも射撃や体術の方が本当は得意だし──得物は扱い方を覚えるのに苦労する。
「龍田はさあ、僕のこと気持ち悪い?」
「いんや。なんで??」
ふと、やっと立ち上がった無一郎が尋ねてきた。
意味を図りかねて逆に問い返すと、少しばかり物怖じする様子で「だって、僕は君とは真逆だから」と縮こまる。
記憶のおばけの龍田と、記憶障害のある無一郎。
過去の権化と現在しかない少年。確かに指摘していることは正しい。
自分が何者かわからないことはとても不安なのだろう。
龍田はその気持ちがよくわかる。
自分がそういう化物だというのを知るまでは、自分だけ知らない現実を繰り返し見せられているのではないかとか、色々考えたものだ。
「無一郎は、俺のこと気持ち悪いのか?」
「いいなあって思う。なんか、忘れると申し訳ないし」
自分はそういうものなのだと、諦めている無一郎。だから、個々人との関わり合いは極力、無意識に避けているのだろう。自分を守る為に。
けれど、記憶の化け物である龍田には素直だった。ティアから聞いては居たが、本当は好奇心旺盛なのだろうな。年頃の男の子だ。
龍田は、少しだけ背の高い自分の背丈に上げた手元を、無一郎の頭の上に並行に移動させる。
「俺の背丈はここで止まる。もう決定してることだ。無一郎は?」
意味がわからない、という顔で顔を顰められる。
無一郎はまだ十四歳。成長期はこれからだ。もう少しくらいは伸びるだろう。確実に龍田は抜かれるのだ。
そう、明日はもう少し、背が伸びているかもしれない。
──無一郎とて、歴史はあって、存在という過去がある。
人は忘れるものなんだよ。覚えられないことだってあるんだよ。
でもある瞬間に、そういえばあんなことあったなって思ったりする。
思い出そうと思っても思い出すことが難しいことだってある。
無一郎の場合はそれが常なのだ。思い出せない。忘れたことすらわからない。刀を握る意味は、本当に自分の意思なのかも危うい。
怖いだろう。
「お前は俺よりチビだけど、いつ頃追い抜くんだろうな。俺はそっちのが怖えよ。俺が一番チビじゃねえか」
ティアだってもう少し伸びるかもしれない。
あ、“しのぶ”がいるか。一番チビにはならないや。よかったよかった。
「言ってることよく分からないんだけど」
「分かってたまるか。分からないように言ったんだから。俺が消えるまでに分かったら何でもお願い聞いてやるよ」
面白くなさそうに、むう、と睨んでくる。
仕返しとしてはこれくらいでいいだろうか。散々言葉で刺してきやがってざまあみろ。泣け、お前も泣け!
さて、もう一踏ん張り刀合わせてから帰ろうか。
大人しく肯く無一郎との鍛錬は、熾烈を極めた。首を狙ってくるから龍田は本当に必死だった。八つ当たり。ひどい。やめてって言っても聞いてくれない。殺られる。
結局、この後風柱に怒鳴られるまで続いたのであった──。
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「あれ?」白髪の龍田の刀を受け止めた無一郎が、びっくりしたような顔でその場にぺたんと座り込んだ。
ぽろりと刀がその手から溢れる。これが鍛錬ではなく実戦であったらひとたまりも無かったろうが。
「おー、さすがだな。普通そのまま仰向けに大の字で倒れるのに」
「どういうこと、これ。何したの?」
少しでも気を抜いたら、龍田のいうように背中が地面に着くだろう。そうなったら二度と起き上がれなくなるのではないかという不安感。
両手を見てみる。特段麻痺しているとか、そういうようには見えない。
荒療治だよ──ぽきんと角を折って鬼化を解いた龍田は、それを無一郎に持たせた。
「強いやつと手合わせをする。それは、経験として人の中で蓄積され、以降も力になる。まあ、それを応用できるかどうかは個々の問題だが」
「俺にそんなことを求められても」
「言ったろ、荒療治って。俺は記憶の化物だぞ、“俺の経験”を一撃ごとに込めて撃ち込むなんてわけないんだよ」
記憶障害のある無一郎には、今ここで起きたこと、話したことは明日には忘れているかもしれない。反復して覚えた体技などは、体に染み付いているし“必要なこと”だからか、覚えているようだけど。
むう、と黙り込む少年の頭を撫でた。
「難しく考えなくていいよ。ただ、俺と戦ってればこれまでの鍛錬より数倍速で伸びてるんだ──って思えばいいからさ」
「あの人形みたいなものってこと?」
言われている意味がイマイチわからず首を傾げる無一郎に、龍田はからから笑う。けれども内心、目玉が飛び出そうなほど動揺していた。
え、何ソレ。そんな人形あんの。どういうカラクリなの。記憶のお化けの存在意義を全否定された気分なんですが。口にも表情にも頑張って出さないけど──善逸と炭治郎が居なくて良かった。
「あの人形は確かに強いけど、龍田と違って壊れる時は壊れる。確かにどれだけ刻んでもすぐに再生する君の方が、脅威には感じないけど対戦相手としては間違いないのかも」
「どうしよう、素直に喜べない俺がいる」
自分で落とし所を見つけて納得した様子の無一郎。それを見下ろしながら、龍田は苦笑いした。
本当に、バカ正直な奴。裏表がなくて好きだけどな。
「ティアから言われてるから付き合っているけど、もう少し強くなれないの? 肺が潰れるから無理なんだっけ? 軟弱だなぁ」
「刺さる。すげえ刺さるわ言葉の刃」
無一郎の中での評価がとても低いことを自覚しながら、龍田は腕を組んだ。とっておきの“血記術”を使えば無一郎の希望にそえだろうが、それをしてしまったら長年築いてきた術式が無駄になる可能性がある。
さすがに可愛い後輩のわがままに応えるために危ない橋を渡る段階ではないだろう。
うん、却下。
「その人形、まだ壊れてないのか?」
「うん。近々また鍛錬に行こうと思ってた。次で壊れるかも」
「なら俺も行くわ」
え、なんで? 邪魔なんだけど。
無一郎からの直球の拒否にもへこたれず、龍田は決めた。恐らく、その人形を見るのは最初で最後だろう。場合によっては修理できるかもしれないが、その為にも“原型”と“事実”、“歴史”を固定しなければ。
絡繰人形と言われると、元岩柱──数百年前の話だ──が引退した時に手先の器用さを活かして色々と鍛錬道具の開発をしていたのを思い出す。
当時は本当に造りは簡単だったが、浄瑠璃などの人形技術がある今、絡繰もやりようによっては凄まじい発展をしたはずだ。
残念ながら、龍田はその方面への努力には手をつけられていないので、専門外だ。刀よりも射撃や体術の方が本当は得意だし──得物は扱い方を覚えるのに苦労する。
「龍田はさあ、僕のこと気持ち悪い?」
「いんや。なんで??」
ふと、やっと立ち上がった無一郎が尋ねてきた。
意味を図りかねて逆に問い返すと、少しばかり物怖じする様子で「だって、僕は君とは真逆だから」と縮こまる。
記憶のおばけの龍田と、記憶障害のある無一郎。
過去の権化と現在しかない少年。確かに指摘していることは正しい。
自分が何者かわからないことはとても不安なのだろう。
龍田はその気持ちがよくわかる。
自分がそういう化物だというのを知るまでは、自分だけ知らない現実を繰り返し見せられているのではないかとか、色々考えたものだ。
「無一郎は、俺のこと気持ち悪いのか?」
「いいなあって思う。なんか、忘れると申し訳ないし」
自分はそういうものなのだと、諦めている無一郎。だから、個々人との関わり合いは極力、無意識に避けているのだろう。自分を守る為に。
けれど、記憶の化け物である龍田には素直だった。ティアから聞いては居たが、本当は好奇心旺盛なのだろうな。年頃の男の子だ。
龍田は、少しだけ背の高い自分の背丈に上げた手元を、無一郎の頭の上に並行に移動させる。
「俺の背丈はここで止まる。もう決定してることだ。無一郎は?」
意味がわからない、という顔で顔を顰められる。
無一郎はまだ十四歳。成長期はこれからだ。もう少しくらいは伸びるだろう。確実に龍田は抜かれるのだ。
そう、明日はもう少し、背が伸びているかもしれない。
──無一郎とて、歴史はあって、存在という過去がある。
人は忘れるものなんだよ。覚えられないことだってあるんだよ。
でもある瞬間に、そういえばあんなことあったなって思ったりする。
思い出そうと思っても思い出すことが難しいことだってある。
無一郎の場合はそれが常なのだ。思い出せない。忘れたことすらわからない。刀を握る意味は、本当に自分の意思なのかも危うい。
怖いだろう。
「お前は俺よりチビだけど、いつ頃追い抜くんだろうな。俺はそっちのが怖えよ。俺が一番チビじゃねえか」
ティアだってもう少し伸びるかもしれない。
あ、“しのぶ”がいるか。一番チビにはならないや。よかったよかった。
「言ってることよく分からないんだけど」
「分かってたまるか。分からないように言ったんだから。俺が消えるまでに分かったら何でもお願い聞いてやるよ」
面白くなさそうに、むう、と睨んでくる。
仕返しとしてはこれくらいでいいだろうか。散々言葉で刺してきやがってざまあみろ。泣け、お前も泣け!
さて、もう一踏ん張り刀合わせてから帰ろうか。
大人しく肯く無一郎との鍛錬は、熾烈を極めた。首を狙ってくるから龍田は本当に必死だった。八つ当たり。ひどい。やめてって言っても聞いてくれない。殺られる。
結局、この後風柱に怒鳴られるまで続いたのであった──。