第4章 在りし日の夫婦。(全18話)
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第2話 記憶の化け物。
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自分の人生が短いことは、親にはっきりと告げられる前には納得していたように思う。
次代を担う為の子供を育てる──それしか、自分にできないことも。
その為だけに、嫁いでくる女性には申し訳ないと思っていた。
確実に介護はさせるし、不自由な生活を強いることになる。鬼狩りを昔から知る家系の家の出とはいえ、人生を諦めさせることに他ならない。
自分の代で最後にさせたい。
多くの産屋敷の当主はそう思ってきただろう。
もちろん、耀哉とて、その一人──。
「私の中には、貴女の血も少し流れているのですか」
側にいるのが天音ではないことを、何となく感じた耀哉は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
時柱の──唯一産屋敷家系にありながら刀を握り、鬼舞辻無惨を追い詰めるのに一役買った人物のことを知った時から。
その後は、鬼の特性を持って、生まれては生まれては、戻ってきて鬼狩りに寄り添ってくれた存在のこと。
「“こや”は産屋敷の子供として生まれたから少し違うかな。“こや”は十六で死んでしまったし。その前に嫁いでた時のならば、まあ確かに私の血筋っちゃそうなるけど」
「そうなると血筋とは違いますかね。心のあり方、でしょうか」
枕元に座る気配。耀哉は、自分の気持ちを汲んでくれた龍田に礼を言った。もう柱合会議には顔を出すことは出来ないだろう。
それ程に、自分の体は限界だった。
「こんなことを言うのも何ですが、輝利哉のこと、よろしくお願いします」
「本当にお前らは察しがいいよ。俺がどうして戻ったのか、わかってるみたいだし」
不機嫌そうな声。自分よりも幼い声だ。
この人物は知っているだろうか。耀哉の父を含め、多くの当主がこの人物が戻ってくるのをどれだけ待ち望んでいたのか。
鬼舞辻無惨を倒す術を持って戻るだろう存在。
それだけでなく、後世たちを救う術を、携えている筈の存在を。
「私の父がよく言っていました。桑島様や鱗滝様が、鬼殺隊の加勢に関わってくださった時、お爺さまはあなたの存在をすぐに察して、泣いていたそうです」
元鳴柱と元水柱は、鬼殺隊を介すことなく活動していた時期があった。
二人は鬼殺隊の存在を知っていたが、“育手”の存在を隠したかった。自分たちの実力が他の隊士たちよりも群を抜いていることを正しく把握していたのだ。
その時、右京として存在していた“育手”がそうしろと言ったわけではない。ただ、自分は鬼殺隊にはまだ関われないという指針の彼女を建てていた。
かといって鬼狩りは続けていたから、当然産屋敷の耳にも入る。
時の当主が自ら二人を訪ねて、頭を下げた。“育手の存在は隠す”から、力を貸して欲しいと。
「あの時は悪いことしたなぁ。俺、三人目だったんだけど難産でさ。その後は体調落ち着くまで結構かかって、結局その間にお前の爺さん往生しちゃってたんだよな」
「ちゃんと把握していたそうですよ。会いたいと思ってもらえていただけで満足だと、父はもう耳タコだったと」
「私のこと泣かしにかかってない? 辞めてもうほんとムリ」
難産だった分、その長男は現在も元気に仕事してます。
ごめんねえ、と涙ぐむ龍田の元へお茶を出してきたのは、輝利哉だ。
「時々、父はちょっと意地悪を言うので、龍田も気を付けて下さいね」
「あ、それ産屋敷の家訓みたいなもんだと把握してるから大丈夫。輝利哉はその家訓ぶっ壊してくれ、チョー期待してる」
くすくすと笑いながら部屋を出て行く輝利哉の気配。それが去って行くのを確認してから、耀哉は大きく息をついた。
なんだ。自分は、昔彼女に──恐らく右京だろうか。会っていたのだ。
鱗滝に付いて来た、継子として紹介された娘だ。
そういえば、この人物は記憶の概念。改竄というよりは、認識をずらせる能力でもあるのか。嫌な能力を使われていたものだ。
「どうか、私の子供にはその力は使わないで頂きたい」
「堂々と会いに来て、正体も明かしてるんだからそもそも必要ないさ。それより、私は世間話をしに来たわけじゃないよ──お前の生き様を、きちんとお前の口から聞いときたくて来たんだ」
ああ、この人も確かに、産屋敷の血筋なのだ。
耀哉は途端に色々納得して、笑い出した。
そんなことをしたら臓器や気管に負担がかかるのに、痛みはない。きっとティアが力を貸してくれているのだろう──耀哉と龍田が、きちんと話ができるようにと。
目を開けると、まるで子供の頃のように全てが新鮮に見えた。体もよく動く、自分で起き上がれる。
「さあ、話してごらん。私は──龍田は、お前の手足になってやるか判断する為にここにいるんだから」
桑島と鱗滝から、聞いたことがある。
右京は、人として生きる為に、極力鬼の力を使わずに人生を終える事を望んでいた。たまたま年の離れた幼なじみである鱗滝の育手にはなったが、寿命が尽きる直前も鬼の力は使わなかった。
桑島の父であった時の事は、右京は口をつぐんでいた。
彼は清から渡ってきたということ以外を忘れてしまった少年だった。滅法強かった少年を村人は留めおいて、慈悟郎が生まれたという。
この時の目的は清で達成しており、日本で死ぬ為だった。
記憶のお化けと言っても、次に生まれるモノの人生は、それぞれが何に執着して生きるか決めるものである。
「ラシードはティアを日本に連れて帰ってやることを第一目標にして、残りは気の向くままに過ごしていた。そして私は、この局面において──産屋敷耀哉がどんな風に足掻くのか気になった」
好奇心旺盛な様子で、艶やかに笑む龍田は妖のそれだった。
ラシードの方が、ずっと人間味があったように思う。
あくまで、記憶の化け物である彼や彼女たち。
一歩でも間違えれば、人に害をなす存在だ。
「成る程。だから──貴女はまだ、歴代の“あなた”が続けてきた“血記術”に血を注いでいないわけか」
「絶対注がなきゃならないわけじゃないからね。私の前にも数人は無視した“私”がいたんだよ」
数代続いたら破綻するだろうけど、一人くらいやらなくたって維持出来る。
そう言いはするが、恐らく“血記術”が無駄になっても彼女にとっては好奇心のむく事なのだ。ラシードたちと違い、人の次元における倫理観がない。
これまでうまく回っていた“産屋敷こや”から始まった計画が、後世に破壊される可能性。自分の答えが、龍田をどちらに転ばせるのかにかかっている重大性。
耀哉はただ、静かに──息をつくのだった。
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自分の人生が短いことは、親にはっきりと告げられる前には納得していたように思う。
次代を担う為の子供を育てる──それしか、自分にできないことも。
その為だけに、嫁いでくる女性には申し訳ないと思っていた。
確実に介護はさせるし、不自由な生活を強いることになる。鬼狩りを昔から知る家系の家の出とはいえ、人生を諦めさせることに他ならない。
自分の代で最後にさせたい。
多くの産屋敷の当主はそう思ってきただろう。
もちろん、耀哉とて、その一人──。
「私の中には、貴女の血も少し流れているのですか」
側にいるのが天音ではないことを、何となく感じた耀哉は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
時柱の──唯一産屋敷家系にありながら刀を握り、鬼舞辻無惨を追い詰めるのに一役買った人物のことを知った時から。
その後は、鬼の特性を持って、生まれては生まれては、戻ってきて鬼狩りに寄り添ってくれた存在のこと。
「“こや”は産屋敷の子供として生まれたから少し違うかな。“こや”は十六で死んでしまったし。その前に嫁いでた時のならば、まあ確かに私の血筋っちゃそうなるけど」
「そうなると血筋とは違いますかね。心のあり方、でしょうか」
枕元に座る気配。耀哉は、自分の気持ちを汲んでくれた龍田に礼を言った。もう柱合会議には顔を出すことは出来ないだろう。
それ程に、自分の体は限界だった。
「こんなことを言うのも何ですが、輝利哉のこと、よろしくお願いします」
「本当にお前らは察しがいいよ。俺がどうして戻ったのか、わかってるみたいだし」
不機嫌そうな声。自分よりも幼い声だ。
この人物は知っているだろうか。耀哉の父を含め、多くの当主がこの人物が戻ってくるのをどれだけ待ち望んでいたのか。
鬼舞辻無惨を倒す術を持って戻るだろう存在。
それだけでなく、後世たちを救う術を、携えている筈の存在を。
「私の父がよく言っていました。桑島様や鱗滝様が、鬼殺隊の加勢に関わってくださった時、お爺さまはあなたの存在をすぐに察して、泣いていたそうです」
元鳴柱と元水柱は、鬼殺隊を介すことなく活動していた時期があった。
二人は鬼殺隊の存在を知っていたが、“育手”の存在を隠したかった。自分たちの実力が他の隊士たちよりも群を抜いていることを正しく把握していたのだ。
その時、右京として存在していた“育手”がそうしろと言ったわけではない。ただ、自分は鬼殺隊にはまだ関われないという指針の彼女を建てていた。
かといって鬼狩りは続けていたから、当然産屋敷の耳にも入る。
時の当主が自ら二人を訪ねて、頭を下げた。“育手の存在は隠す”から、力を貸して欲しいと。
「あの時は悪いことしたなぁ。俺、三人目だったんだけど難産でさ。その後は体調落ち着くまで結構かかって、結局その間にお前の爺さん往生しちゃってたんだよな」
「ちゃんと把握していたそうですよ。会いたいと思ってもらえていただけで満足だと、父はもう耳タコだったと」
「私のこと泣かしにかかってない? 辞めてもうほんとムリ」
難産だった分、その長男は現在も元気に仕事してます。
ごめんねえ、と涙ぐむ龍田の元へお茶を出してきたのは、輝利哉だ。
「時々、父はちょっと意地悪を言うので、龍田も気を付けて下さいね」
「あ、それ産屋敷の家訓みたいなもんだと把握してるから大丈夫。輝利哉はその家訓ぶっ壊してくれ、チョー期待してる」
くすくすと笑いながら部屋を出て行く輝利哉の気配。それが去って行くのを確認してから、耀哉は大きく息をついた。
なんだ。自分は、昔彼女に──恐らく右京だろうか。会っていたのだ。
鱗滝に付いて来た、継子として紹介された娘だ。
そういえば、この人物は記憶の概念。改竄というよりは、認識をずらせる能力でもあるのか。嫌な能力を使われていたものだ。
「どうか、私の子供にはその力は使わないで頂きたい」
「堂々と会いに来て、正体も明かしてるんだからそもそも必要ないさ。それより、私は世間話をしに来たわけじゃないよ──お前の生き様を、きちんとお前の口から聞いときたくて来たんだ」
ああ、この人も確かに、産屋敷の血筋なのだ。
耀哉は途端に色々納得して、笑い出した。
そんなことをしたら臓器や気管に負担がかかるのに、痛みはない。きっとティアが力を貸してくれているのだろう──耀哉と龍田が、きちんと話ができるようにと。
目を開けると、まるで子供の頃のように全てが新鮮に見えた。体もよく動く、自分で起き上がれる。
「さあ、話してごらん。私は──龍田は、お前の手足になってやるか判断する為にここにいるんだから」
桑島と鱗滝から、聞いたことがある。
右京は、人として生きる為に、極力鬼の力を使わずに人生を終える事を望んでいた。たまたま年の離れた幼なじみである鱗滝の育手にはなったが、寿命が尽きる直前も鬼の力は使わなかった。
桑島の父であった時の事は、右京は口をつぐんでいた。
彼は清から渡ってきたということ以外を忘れてしまった少年だった。滅法強かった少年を村人は留めおいて、慈悟郎が生まれたという。
この時の目的は清で達成しており、日本で死ぬ為だった。
記憶のお化けと言っても、次に生まれるモノの人生は、それぞれが何に執着して生きるか決めるものである。
「ラシードはティアを日本に連れて帰ってやることを第一目標にして、残りは気の向くままに過ごしていた。そして私は、この局面において──産屋敷耀哉がどんな風に足掻くのか気になった」
好奇心旺盛な様子で、艶やかに笑む龍田は妖のそれだった。
ラシードの方が、ずっと人間味があったように思う。
あくまで、記憶の化け物である彼や彼女たち。
一歩でも間違えれば、人に害をなす存在だ。
「成る程。だから──貴女はまだ、歴代の“あなた”が続けてきた“血記術”に血を注いでいないわけか」
「絶対注がなきゃならないわけじゃないからね。私の前にも数人は無視した“私”がいたんだよ」
数代続いたら破綻するだろうけど、一人くらいやらなくたって維持出来る。
そう言いはするが、恐らく“血記術”が無駄になっても彼女にとっては好奇心のむく事なのだ。ラシードたちと違い、人の次元における倫理観がない。
これまでうまく回っていた“産屋敷こや”から始まった計画が、後世に破壊される可能性。自分の答えが、龍田をどちらに転ばせるのかにかかっている重大性。
耀哉はただ、静かに──息をつくのだった。