第4章 在りし日の夫婦。(全18話)
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第1話 雷の型
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むすっとした様子の善逸を背負いながら、厠に到着する。
ここで待つよう言付けられ、龍田はその場でしゃがんで動かない。天元の鼠や鎹烏、善逸の雀がいない状態で一歩踏み出したら最後──迷う。
龍田は後頭部を壁に思い切り叩きつけた。「アアアアア方向音痴不便っ不便すぎるううううっ」
「夜中なんだから声潜めなさいよ! 迷惑だろがっ」
「あ。待って、私も小便したい」
「そしてそろそろ慎みを持ってお願いだから!」
ガラッと出てきた善逸が、龍田を入れ替わりに中に放り込む。
遊郭から帰ってきた一行は、みな蝶屋敷にて静養中だった。天元は柱と言うこともあって個室で、嫁たちが付きっきりで看病している。
自力で立ってここまで来たのだから、まあ誰よりも早く退院だろう。
善逸は翌日には目を覚ましたが、一日丸々昏睡していた。戦闘中も殆ど眠っていたことが大きく関係していたのだろう。
炭治郎と伊之助は、いまだに目を覚まさない。
さすがに一週間も経つと、周囲も不安になってくる。
「遊郭では私が一緒に風呂に入ってやって切り抜けたのによく言うよ」
「いや、まあアレはアレでいい思いさせて貰ったとは思うけどさ。なんて言うか、ラシードじゃん? 反応に困るよね」
「贅沢言うなよ小童が」
一晩だけの話だけどな。
未だに足がガタガタしている善逸を、龍田は再び背負って──「ちょっと相談事があんだけどさ」
そわそわしていた善逸が、ようやく訴えてくる。
病室へは戻らず、屋根の上に登った。
「鹿鳴館での鍛錬で、自分が眠ってる間にどんなことしてるのかとか、見せて貰ったりしたけどさ。いまいち受け入れられなかったわけだよ」
だって、俺は弱いからさ。
自分のことを信用できない善逸に、龍田は鍛錬中の記憶を見せてやったことがある──らしい。
先日の上弦の陸との戦いで整理したから覚えていないが、まあ出来るとしたら自分だけだ。見せてやったんだろう。うん。
「必要な感覚だけが確実に反応して自動対応してた。多分、耳の良さがうまく帳尻合わせてるんだろうな。嘘の記憶見せられてるとは思ってないんだ」
目を覚ました時の、自分の感覚と辻褄があっているからと。
夢遊病のようなものと括ってしまえばいいのかもしれない。けれど、善逸はそんなところに焦点を当てているわけで無い。
彼は真っ青な顔で、呻く。「目を覚ました時」
「炭治郎と伊之助がいなくなってる時ってくるのかな」
眠っている間の自分はそれなりに強い。それは、認める。ずっと眠っていた方がいいのかもしれない。それが必要ならば、それでもいい。
けど、目を覚ました時に共に戦っていた仲間が消えていたら。
人伝にその最後知るのか。自分はその場にいただろうに。
「最近なんてさ、カナヲちゃんなんかさぁ、任務がなければ炭治郎のこと様子見に来てるんだぜ。アオイちゃんたちも伊之助のこと心配そうに見ててさあ。もしも、この先だよ? オレが二人を守れなくてさあ……それを、オレが覚えてなかったらさ」
彼女たちに顛末を語らせるのか──最低じゃないか、そんなの。
今回は、二人とも生きてる。目を覚まさないけど、二人の力強い心臓の音を聞き取れる善逸は心配をしていなかった。
時間はかかるかもしれないけど、二人は大丈夫だ。ティアだってついているのだから。
薄寒い気持ちを抱くのは、自分のこれから犯すかもしれない過ちだ。
起きていたら弱くて、寝ていてもそれなりの強さしかないのに。
善逸が恐れているのは、自分のせいで誰かに誰かの死を言葉にさせなければならないこと。表明させなければならないこと。
善逸の意識がはっきりしていれば、必要のないこと。
「せめて二人が居なくなるのは、オレの後になって欲しい。それくらいは出来る力を付けなきゃって──って、龍田、聞いてる?」
真っ青になって頭を抱えていた善逸が、隣り合う少女をじとりと睨んだ。ぷるぷると笑いを堪えていたのに気付かれてしまい、龍田は声を堪えながらも笑い出す。
「善逸はさ、私のこと強いと思う?」
「なんだよそのさも褒めてくれたまえみたいな顔は。いやまあ、実際凄いと思うよ? ラシードも龍田も自分が日記帳だからって自分のこと過小評価してるけど、結局努力して全呼吸を扱える様にしたのはお前ら自身なんだから」
一息に浴びせられた言葉に、思わず龍田は頭を抱えた。
待て待て待て。まだ生まれて一年も経っていないんだ、龍田としての感情や経験は乏しい。どうしよう、めっちゃ照れる。恥ずかしい。こいつ恥ずかしい‼︎
「出てるよ心の声」思いがけず、兄または姉弟子──先代師範でもあるが──の意外な一面を見て、してやったりといった顔でにまにまする善逸。
ちくしょう、このガキ。
「考えてみれば、龍田はオレの先輩か。死んで生まれるまでの間に訃報を聞くことだってあったよな。見送った人たちもずっと多いよな。あーごめん、情けない話して」
眠っている間と、生死の間と。
確かにそれは、龍田からしてみると似ている。
一気に意気消沈して項垂れる善逸の背中に、龍田は覆いかぶさるように背後から抱きついた。
「もっと胸を張りな。少なくとも今は、お前は二人より先に死ぬよ。一人生き残ることなんてまず無いから」
「何を根拠に」
「いや解るだろ、お前も大概頑固だからな?」
不思議そうに首を傾けてくる黄金色の目。間近で見つめ合いながら、龍田は彼の両肩に肘を乗せて。
初めて刀を持った時。龍田ではなく、ラシードより前、右京や──“こや”よりも前──まだ呼吸などなくて。
“血記術”など、剣術や体術にはまったく手を出さずにいることに限界を感じて、当時の水柱に刀を握らせて貰った。
「俺さー、運動音痴だったんだよな。気質が?」
「嘘でしょ⁈ でも嘘ついてる音してない⁉︎」
「眠ってる間も死んでる間も俺にとっては同じでさ。削ぎ落とすんだよな、必要なこと以外。人生限られてるからさ。全部は持てないだろ」
その頃なんて、無惨に見つかっては捕まって色々やられてから殺されている。恐らく人が想像する色々ほとんどやり尽くしたと思う。暇つぶしにでも付き合わされていた気分だ。
ぶっちゃけ出来ればもう会いたくない。
「話が脱線したけど、ようは──」
「脱線した内容の方が気になるんだけど」
「俺が数百年もかけてやってきた事を、眠っている間にやってるんだ。俺が凄いなら、同じことしてるお前もそれなりだろ? それにさ、」
龍田はふふふと笑って、神妙な顔をしている善逸の頬に自分のそれを押し付ける。
「私が初めて自分で編み出した技しか使えない子だなんて、ほんと鍛え甲斐があるってもんだよ〜」
覚悟してろよ、少年。
やがて、きょとん、と目を丸くさせていた少年の絶叫が響き渡り、蟲柱に首根っこを掴まれるまで。
この間、数秒のことであった──。
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むすっとした様子の善逸を背負いながら、厠に到着する。
ここで待つよう言付けられ、龍田はその場でしゃがんで動かない。天元の鼠や鎹烏、善逸の雀がいない状態で一歩踏み出したら最後──迷う。
龍田は後頭部を壁に思い切り叩きつけた。「アアアアア方向音痴不便っ不便すぎるううううっ」
「夜中なんだから声潜めなさいよ! 迷惑だろがっ」
「あ。待って、私も小便したい」
「そしてそろそろ慎みを持ってお願いだから!」
ガラッと出てきた善逸が、龍田を入れ替わりに中に放り込む。
遊郭から帰ってきた一行は、みな蝶屋敷にて静養中だった。天元は柱と言うこともあって個室で、嫁たちが付きっきりで看病している。
自力で立ってここまで来たのだから、まあ誰よりも早く退院だろう。
善逸は翌日には目を覚ましたが、一日丸々昏睡していた。戦闘中も殆ど眠っていたことが大きく関係していたのだろう。
炭治郎と伊之助は、いまだに目を覚まさない。
さすがに一週間も経つと、周囲も不安になってくる。
「遊郭では私が一緒に風呂に入ってやって切り抜けたのによく言うよ」
「いや、まあアレはアレでいい思いさせて貰ったとは思うけどさ。なんて言うか、ラシードじゃん? 反応に困るよね」
「贅沢言うなよ小童が」
一晩だけの話だけどな。
未だに足がガタガタしている善逸を、龍田は再び背負って──「ちょっと相談事があんだけどさ」
そわそわしていた善逸が、ようやく訴えてくる。
病室へは戻らず、屋根の上に登った。
「鹿鳴館での鍛錬で、自分が眠ってる間にどんなことしてるのかとか、見せて貰ったりしたけどさ。いまいち受け入れられなかったわけだよ」
だって、俺は弱いからさ。
自分のことを信用できない善逸に、龍田は鍛錬中の記憶を見せてやったことがある──らしい。
先日の上弦の陸との戦いで整理したから覚えていないが、まあ出来るとしたら自分だけだ。見せてやったんだろう。うん。
「必要な感覚だけが確実に反応して自動対応してた。多分、耳の良さがうまく帳尻合わせてるんだろうな。嘘の記憶見せられてるとは思ってないんだ」
目を覚ました時の、自分の感覚と辻褄があっているからと。
夢遊病のようなものと括ってしまえばいいのかもしれない。けれど、善逸はそんなところに焦点を当てているわけで無い。
彼は真っ青な顔で、呻く。「目を覚ました時」
「炭治郎と伊之助がいなくなってる時ってくるのかな」
眠っている間の自分はそれなりに強い。それは、認める。ずっと眠っていた方がいいのかもしれない。それが必要ならば、それでもいい。
けど、目を覚ました時に共に戦っていた仲間が消えていたら。
人伝にその最後知るのか。自分はその場にいただろうに。
「最近なんてさ、カナヲちゃんなんかさぁ、任務がなければ炭治郎のこと様子見に来てるんだぜ。アオイちゃんたちも伊之助のこと心配そうに見ててさあ。もしも、この先だよ? オレが二人を守れなくてさあ……それを、オレが覚えてなかったらさ」
彼女たちに顛末を語らせるのか──最低じゃないか、そんなの。
今回は、二人とも生きてる。目を覚まさないけど、二人の力強い心臓の音を聞き取れる善逸は心配をしていなかった。
時間はかかるかもしれないけど、二人は大丈夫だ。ティアだってついているのだから。
薄寒い気持ちを抱くのは、自分のこれから犯すかもしれない過ちだ。
起きていたら弱くて、寝ていてもそれなりの強さしかないのに。
善逸が恐れているのは、自分のせいで誰かに誰かの死を言葉にさせなければならないこと。表明させなければならないこと。
善逸の意識がはっきりしていれば、必要のないこと。
「せめて二人が居なくなるのは、オレの後になって欲しい。それくらいは出来る力を付けなきゃって──って、龍田、聞いてる?」
真っ青になって頭を抱えていた善逸が、隣り合う少女をじとりと睨んだ。ぷるぷると笑いを堪えていたのに気付かれてしまい、龍田は声を堪えながらも笑い出す。
「善逸はさ、私のこと強いと思う?」
「なんだよそのさも褒めてくれたまえみたいな顔は。いやまあ、実際凄いと思うよ? ラシードも龍田も自分が日記帳だからって自分のこと過小評価してるけど、結局努力して全呼吸を扱える様にしたのはお前ら自身なんだから」
一息に浴びせられた言葉に、思わず龍田は頭を抱えた。
待て待て待て。まだ生まれて一年も経っていないんだ、龍田としての感情や経験は乏しい。どうしよう、めっちゃ照れる。恥ずかしい。こいつ恥ずかしい‼︎
「出てるよ心の声」思いがけず、兄または姉弟子──先代師範でもあるが──の意外な一面を見て、してやったりといった顔でにまにまする善逸。
ちくしょう、このガキ。
「考えてみれば、龍田はオレの先輩か。死んで生まれるまでの間に訃報を聞くことだってあったよな。見送った人たちもずっと多いよな。あーごめん、情けない話して」
眠っている間と、生死の間と。
確かにそれは、龍田からしてみると似ている。
一気に意気消沈して項垂れる善逸の背中に、龍田は覆いかぶさるように背後から抱きついた。
「もっと胸を張りな。少なくとも今は、お前は二人より先に死ぬよ。一人生き残ることなんてまず無いから」
「何を根拠に」
「いや解るだろ、お前も大概頑固だからな?」
不思議そうに首を傾けてくる黄金色の目。間近で見つめ合いながら、龍田は彼の両肩に肘を乗せて。
初めて刀を持った時。龍田ではなく、ラシードより前、右京や──“こや”よりも前──まだ呼吸などなくて。
“血記術”など、剣術や体術にはまったく手を出さずにいることに限界を感じて、当時の水柱に刀を握らせて貰った。
「俺さー、運動音痴だったんだよな。気質が?」
「嘘でしょ⁈ でも嘘ついてる音してない⁉︎」
「眠ってる間も死んでる間も俺にとっては同じでさ。削ぎ落とすんだよな、必要なこと以外。人生限られてるからさ。全部は持てないだろ」
その頃なんて、無惨に見つかっては捕まって色々やられてから殺されている。恐らく人が想像する色々ほとんどやり尽くしたと思う。暇つぶしにでも付き合わされていた気分だ。
ぶっちゃけ出来ればもう会いたくない。
「話が脱線したけど、ようは──」
「脱線した内容の方が気になるんだけど」
「俺が数百年もかけてやってきた事を、眠っている間にやってるんだ。俺が凄いなら、同じことしてるお前もそれなりだろ? それにさ、」
龍田はふふふと笑って、神妙な顔をしている善逸の頬に自分のそれを押し付ける。
「私が初めて自分で編み出した技しか使えない子だなんて、ほんと鍛え甲斐があるってもんだよ〜」
覚悟してろよ、少年。
やがて、きょとん、と目を丸くさせていた少年の絶叫が響き渡り、蟲柱に首根っこを掴まれるまで。
この間、数秒のことであった──。