第3章 炎を絶やすことなかれ。(全22話)
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第22話 それぞれの歩み方。
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「──すごい技を身につけたなぁ、禰豆子!」
隠たちが大慌てで炭治郎たち三人の手当てに勤しむ中、龍田は血鬼術で鬼の毒を消し去った禰豆子を高く掲げた。
嬉しそうににこにこする幼女を抱え直し、錆兎が差し出してくる箱の中に彼女を納めて。
吉原の街並みは、最後の鬼の攻撃で倒壊したものはティアの力で元の通りに戻している。他の箇所は残念ながら、避難の際に目撃された場所だ。直すことは出来ない。
「錆兎と真菰、お前らは一旦“あいつ”回収して鹿鳴館に戻れ。後で鬼狩りに携われるよう異動書類申請するから。鬼柱に会ったら助言くれってダメ元で聞いて、なんなら殺られてこい」
「はい、人ごとだよね。絶対いや!」
真っ青になって言い返してくる真菰の肩を押さえて、錆兎たちは退散していった。隠たちの中には二人のことを知っている人間もいたかもしれない。
そうでなくても、二人が死人であることは伏せている。堂々と霧散するなんてことは間違ってもしてはならない。
「すみません、先輩! 遅くなりました。伊之助くんも運んでください」
「お前それまた、髪ぐっちゃぐっちゃじゃねえか」
隠の後藤が、ティアの髪で傷口を塞がれた状態の伊之助を抱え上げる。まるで髪の毛が血を吸ったかのように真っ赤にそまりながらも、ピタリと出血は収まっていた。
乱暴でも受けて髪の毛もぐちゃぐちゃに切り上げられたような状態になっているティアに、ぼふんと布を被せたのは天元の妻のひとり、“まきを”だ。
「あんたはほんっとに、ああもうほんっとイライラする!」
「ティアちゃんの髪に櫛を通すの“まきを”さん大好きですもんねぇ」
布でティアの頭部を丁寧に覆ってやった女性は、ほわほわと笑んでいる須磨に飛び蹴りを喰らわせた。暴力被害者と加害者の間に、慌てて雛鶴が割って入る。
割と過激だが、よく見る光景だ。ティアがほっと息をつくと、気が抜けたのかがくんと膝から力が抜けて、それを天元が支えてくれた。
彼自身もボロボロなのに。
「頑張ったな、ティア。よくやった! 今回はちゃんと復元も出来たじゃねえか、偉いぞぉ!」
ぐぅの音も出ない。一度でもやらかしたことのあるティアは両手で顔を覆った。もう勘弁してください、
「後は蛇柱に任せて私らは戻ろう。耀哉に助っ人の話しなけりゃならねぇし。ティアもあの話するんだろ?」
「あの話? 煉獄のことか?」
駆けつけてくれた蛇柱からのお小言も頂戴し終えた龍田が、ぴょんとティアに寄り添って天元の代わりに支えてやった。
よっこいせ、とその場に腰を下ろした音柱が疑問符を浮かべるも、それを否定する。
「上弦の陸であったあの兄妹。恐らく鬼舞辻無惨に直接血を分けられていません。これから改めて確認はしますが……恐らく、別の鬼から仲介される形で鬼になったんだと思います」
「直接、鬼の頭領から血を貰わなくても鬼化は可能ってことかい」
知ってたのか、と天元が龍田を見上げてくる。
可能性としてはあり得ると思った。珠世が愈史郎を鬼にしているのだから。龍田は本人の血を傷口に受けてしまったから直接感染なのだけど。
仲介者の存在を出された天元が、どうしてその話がいま、重要性を帯びるのかと確信に迫る。
「その仲介した鬼は、人の願望を叶える化け物であった可能性があるんです」
ティアは、化物の願望を叶える化物だ。負荷を受けるが人間の願いだって叶えられるけれど──もともと人間の願望を叶える化物だっている。
どちらかというとティアは後発の存在で、先発の化物の置かれた環境を憂いた人々による“自分にはどうやっても助けてあげられないから、どうか神様仏様、助けてやってくれ”という切実な願望から生まれている。
例えば“こや”、ラシード、龍田──彼らは記憶を繋いでいく化物。それを知った人間の中には、慈悟郎のように一つの生に縛られずに新しい道を歩んでほしいと願う。化物の幸せを願うのだ。
化物の存在は、化物の方が気付きやすい。特にティアはその辺りが過敏だ。
けれども、血鬼術に混じっていることには、気づくのが遅かった。まさか、化け物が別の化け物に変質するなど──いや、龍田という前例がすぐ側にいるのに当たり前すぎて錯覚していたのだ。
「ってことはなんだ? 鬼舞辻無惨もやりたい放題ってことか?」
「いいえ。鬼舞辻無惨は“人の次元を超えられない”ように別の化物の力が作用しているのであり得ないです。けれど、後発の鬼には時々その作用が発現しているのではないかなと」
自分には効かない血鬼術があること。
上弦の陸の二人の鬼に絶対的な敵意を向けられることがなかったこと。
気まぐれにしてはおかしいことが続いた。
確証を得るには早い気もするが、ティアは鬼舞辻無惨に近しかった鬼柱の言葉に疑いをかける気にはなれなかった。
はあ、と大きなため息をついた天元は、少し元気のない様子でティアの頭を撫でる。
「引退する俺には、悩みを聞いてやることしか出来なくなったな」
「うーん、そう音柱に落ち込まれると調子狂うな? そんならうちの会社手伝ってなよ。私──じゃなかった、ラシードの首切ったの誰だか忘れた?」
片足を失った男が、脚力が命の雷の呼吸でラシードの首を一閃した。
天元の健在な方の腕を両手で掴んだティアは、ぶんぶんと首を振る。
「育手に専念してくれていいんですよ」
本当は腕だって治してあげられる。目だって。
ティアはまた若返ってしまうかもしれない。人間を直すのと化け物を治すのでは負荷が違って、天元を治したら普通に歳を重ねないと成長できないけど。
足を失った時、慈悟郎には拒否された。けれど、いま天元が本気で望むなら、ティアは望みを叶えてあげられる。
「もちろん、ガキの育成もするに決まってんだろ! だが、俺自身も神を名乗る上で其れなりに鍛錬しねえと舐められるだけだからなあ」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられる。
見上げた先の青年の顔には、達成感があった──彼もまた、ありのままであり続けることを選んだのだ。
それは、鬼殺隊を去ることを選んだ炎柱と余りにも似ていて。
泣き出したティアのことを、天元たちの妻が取り囲んで。
いわれのない罪で説教される彼女らの旦那と龍田の笑い声が、覗く朝日の静けさの中に、響き渡った──。
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「──すごい技を身につけたなぁ、禰豆子!」
隠たちが大慌てで炭治郎たち三人の手当てに勤しむ中、龍田は血鬼術で鬼の毒を消し去った禰豆子を高く掲げた。
嬉しそうににこにこする幼女を抱え直し、錆兎が差し出してくる箱の中に彼女を納めて。
吉原の街並みは、最後の鬼の攻撃で倒壊したものはティアの力で元の通りに戻している。他の箇所は残念ながら、避難の際に目撃された場所だ。直すことは出来ない。
「錆兎と真菰、お前らは一旦“あいつ”回収して鹿鳴館に戻れ。後で鬼狩りに携われるよう異動書類申請するから。鬼柱に会ったら助言くれってダメ元で聞いて、なんなら殺られてこい」
「はい、人ごとだよね。絶対いや!」
真っ青になって言い返してくる真菰の肩を押さえて、錆兎たちは退散していった。隠たちの中には二人のことを知っている人間もいたかもしれない。
そうでなくても、二人が死人であることは伏せている。堂々と霧散するなんてことは間違ってもしてはならない。
「すみません、先輩! 遅くなりました。伊之助くんも運んでください」
「お前それまた、髪ぐっちゃぐっちゃじゃねえか」
隠の後藤が、ティアの髪で傷口を塞がれた状態の伊之助を抱え上げる。まるで髪の毛が血を吸ったかのように真っ赤にそまりながらも、ピタリと出血は収まっていた。
乱暴でも受けて髪の毛もぐちゃぐちゃに切り上げられたような状態になっているティアに、ぼふんと布を被せたのは天元の妻のひとり、“まきを”だ。
「あんたはほんっとに、ああもうほんっとイライラする!」
「ティアちゃんの髪に櫛を通すの“まきを”さん大好きですもんねぇ」
布でティアの頭部を丁寧に覆ってやった女性は、ほわほわと笑んでいる須磨に飛び蹴りを喰らわせた。暴力被害者と加害者の間に、慌てて雛鶴が割って入る。
割と過激だが、よく見る光景だ。ティアがほっと息をつくと、気が抜けたのかがくんと膝から力が抜けて、それを天元が支えてくれた。
彼自身もボロボロなのに。
「頑張ったな、ティア。よくやった! 今回はちゃんと復元も出来たじゃねえか、偉いぞぉ!」
ぐぅの音も出ない。一度でもやらかしたことのあるティアは両手で顔を覆った。もう勘弁してください、
「後は蛇柱に任せて私らは戻ろう。耀哉に助っ人の話しなけりゃならねぇし。ティアもあの話するんだろ?」
「あの話? 煉獄のことか?」
駆けつけてくれた蛇柱からのお小言も頂戴し終えた龍田が、ぴょんとティアに寄り添って天元の代わりに支えてやった。
よっこいせ、とその場に腰を下ろした音柱が疑問符を浮かべるも、それを否定する。
「上弦の陸であったあの兄妹。恐らく鬼舞辻無惨に直接血を分けられていません。これから改めて確認はしますが……恐らく、別の鬼から仲介される形で鬼になったんだと思います」
「直接、鬼の頭領から血を貰わなくても鬼化は可能ってことかい」
知ってたのか、と天元が龍田を見上げてくる。
可能性としてはあり得ると思った。珠世が愈史郎を鬼にしているのだから。龍田は本人の血を傷口に受けてしまったから直接感染なのだけど。
仲介者の存在を出された天元が、どうしてその話がいま、重要性を帯びるのかと確信に迫る。
「その仲介した鬼は、人の願望を叶える化け物であった可能性があるんです」
ティアは、化物の願望を叶える化物だ。負荷を受けるが人間の願いだって叶えられるけれど──もともと人間の願望を叶える化物だっている。
どちらかというとティアは後発の存在で、先発の化物の置かれた環境を憂いた人々による“自分にはどうやっても助けてあげられないから、どうか神様仏様、助けてやってくれ”という切実な願望から生まれている。
例えば“こや”、ラシード、龍田──彼らは記憶を繋いでいく化物。それを知った人間の中には、慈悟郎のように一つの生に縛られずに新しい道を歩んでほしいと願う。化物の幸せを願うのだ。
化物の存在は、化物の方が気付きやすい。特にティアはその辺りが過敏だ。
けれども、血鬼術に混じっていることには、気づくのが遅かった。まさか、化け物が別の化け物に変質するなど──いや、龍田という前例がすぐ側にいるのに当たり前すぎて錯覚していたのだ。
「ってことはなんだ? 鬼舞辻無惨もやりたい放題ってことか?」
「いいえ。鬼舞辻無惨は“人の次元を超えられない”ように別の化物の力が作用しているのであり得ないです。けれど、後発の鬼には時々その作用が発現しているのではないかなと」
自分には効かない血鬼術があること。
上弦の陸の二人の鬼に絶対的な敵意を向けられることがなかったこと。
気まぐれにしてはおかしいことが続いた。
確証を得るには早い気もするが、ティアは鬼舞辻無惨に近しかった鬼柱の言葉に疑いをかける気にはなれなかった。
はあ、と大きなため息をついた天元は、少し元気のない様子でティアの頭を撫でる。
「引退する俺には、悩みを聞いてやることしか出来なくなったな」
「うーん、そう音柱に落ち込まれると調子狂うな? そんならうちの会社手伝ってなよ。私──じゃなかった、ラシードの首切ったの誰だか忘れた?」
片足を失った男が、脚力が命の雷の呼吸でラシードの首を一閃した。
天元の健在な方の腕を両手で掴んだティアは、ぶんぶんと首を振る。
「育手に専念してくれていいんですよ」
本当は腕だって治してあげられる。目だって。
ティアはまた若返ってしまうかもしれない。人間を直すのと化け物を治すのでは負荷が違って、天元を治したら普通に歳を重ねないと成長できないけど。
足を失った時、慈悟郎には拒否された。けれど、いま天元が本気で望むなら、ティアは望みを叶えてあげられる。
「もちろん、ガキの育成もするに決まってんだろ! だが、俺自身も神を名乗る上で其れなりに鍛錬しねえと舐められるだけだからなあ」
ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でられる。
見上げた先の青年の顔には、達成感があった──彼もまた、ありのままであり続けることを選んだのだ。
それは、鬼殺隊を去ることを選んだ炎柱と余りにも似ていて。
泣き出したティアのことを、天元たちの妻が取り囲んで。
いわれのない罪で説教される彼女らの旦那と龍田の笑い声が、覗く朝日の静けさの中に、響き渡った──。