第3章 炎を絶やすことなかれ。(全22話)
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第20話 真っ赤な記憶。
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「──だいぶ落ち着いてきたわ、ありがとうティアちゃん」
お前の嫌な予感はよく当たる──色んな人にそう言われてきたティアは、その勘をここぞというときには大事にしてきた。
龍田と別れた後、真っ直ぐに切見世に向かい、監視から解放された雛鶴を発見した。ぼろぼろの体で、花街の中心部へ向かおうとしていた彼女に肩を貸して。
「あとは一人でもやれるわ。私も天元様の妻ですもの、必ずやり遂げて見せる。それより貴女、また無茶をしているんじゃない?」
指定された場所まできて、逃げ惑う人々をやり過ごしながら影に潜む女性が、心配そうにティアを撫でた。
着ていた着物は成長した体には窮屈だ。移動する際に着替えを龍田に担がされていたからよかった。
今の花街は“ティアにとっては”最高の環境にあった。皮肉なことに、人の不幸や絶望は彼女にとっては餌でもある。剥き出しの感情や願いは善悪の見境なく。
「気を抜いたら不味い状況なので、調子がちょっと。お言葉に甘えて、私は私の仕事に戻ります」
「貴女に影響されて“神様たちが活発になったら大変”だものね。懐かしいわ」
「忘れてください思い出さないでください!」
初対面の頃のことを思い出したのか、雛鶴が頬を紅潮させてくすくすと笑い出すものだから、ティアは真っ赤になって喚いた。
さすがに心得ていたはずなのに、流行病の村を通りかかった際に力をほんのちょっぴり暴走させかけたティアは、鱗滝や天元たちを巻き込んでちょっとした騒動を起こしたのだ。
笑い話で終わったから良いものの、潔癖でお堅い人が聞いたら蔑まれるかもしれない。口の硬い連中ばかりでよかった。
「なになに、なんの話? 気になっちゃう!」
「真菰ちゃんやめて、話が進まない!」
「あーん、ティアのいけずー」
途中で付き従ってくれた真菰が唇を尖らせる。
けれど、彼女はそれ以上は追求してこず、無言で手を振ってくれた。
二人に背を向けて、ティアは真っ直ぐに剣撃の音の方へ向かう。
「あれ、これ──」
「ティア!」
途中、崩壊した店の瓦礫の中に転がっていた見覚えのある箱を見つけ、それを拾い上げたところ。
血だらけの炭治郎が眠った禰豆子を抱えて駆け寄ってきた。
「炭治郎くん、その傷……」
「すまない、すぐに戻らなければならないんだ。禰豆子を頼む!」
とりあえず応急処置を──と手を伸ばすも、禰豆子を押し付けられてそそくさと少年は行ってしまった。行き場のない手にずしりと重みのある暖かな鬼子。
泣き疲れた子供のように、目元に涙を残した禰豆子を、ティアはぎゅっと抱きかかえる。
「産屋敷邸のように、吉原の街並みを直すことは無理なのか」
「みんなが眠ったりしていればそれも簡単でしたが、夜の街ですから難しいですね。人目につきすぎました」
箱を開け放つ錆兎に答えながら、ティアは禰豆子を箱に納め、閉じる。
ティアに力の容量などは存在しないけれど、もとより“願いを叶える化け物”だから“貯め過ぎると悪影響が出る”時がある。
例えば、新たなる妖の発生だ。
鬼を目にした連中が、作り出す概念──怪異。
恐らく龍田が手を打っているだろうが、人の利になるか害となるかは人が決めることだった。
「杏寿郎はどうしました? 姿が見えないようですが」
「彼は怪我人を運んでいる。龍田の“血記術”のお陰で運搬に便利なんでな」
「便利? ──って、龍田のことは置いておいて、錆兎くん! 禰豆子ちゃん背負って人々の避難誘導お願いします」
錆兎の言葉に疑問を抱きながら、鱗滝の拵えた箱を手渡した。
それをひょいと背負った錆兎が離れていくのを見送りながら、ティアは炭治郎が消えていった方向へ走る。
蕨姫花魁は、ティアにとっては友達だった。癇癪を起こすと手をつけられないけれど、最後には仕方ないなと折れてくれたし。
鬼だとわかっていても──ティアは彼女に言わなければならないことがある。だから、必死で手を伸ばした。
「炭治郎くん!」「うわあ!」
二の腕を掴んだと思ったら、思い切り炭治郎の背中に突っ込んでしまい二人揃って転んでしまう。
ティアが空間を飛んだところで誰に迷惑をかけるわけではない。炭治郎のことは下敷きにしてしまったけれど。
「止血! あと腕に力入ってないでしょう! 戦いを続けたいんなら大人しく手当てされなさい、出なきゃ退いてあげません!」
「ったた……俺も大概だけどティアも相当だよな」
「褒め言葉として受け取ります。さ、急ぎましょう」
苦笑いで手当てを受け入れる炭治郎に、ラシード仕込みの医療技術でティアはテキパキ手当てした。胴の傷は深い為、ティアは髪をばさっと切って幹部に薬と共に巻きつける。
「また善逸に叱られるぞ、そんな髪の切り方をして」
「明日の朝になればバレません。それと、これはズル技です。あなたは本格的な治療が始まったら、何かしらの負荷を受けるでしょう。文句は起きた後に聞いてあげます」
「滅茶苦茶だなあ!」
しばしきょとん、としていた炭治郎が、内容を反芻したのか途端に破顔した。笑ったせいで激痛をよく感じたのか、すぐに呻いたけれど。
手当てが済んだら彼はすぐに走っていったので、ティアは置いてけぼりにされたが。
本当は“負荷なんて存在しない”のだ。ズル技を使っても、言わなければ人は奇跡と言う言葉で片付ける。けれど、“奇跡という別次元にくくられたら”天変地異などの天災”で彼らは脅威にさらされる。
そうならないために、わざと“彼らの業”として括らせる。それが、今のティアにできる最大の一手だった。
随分前に天元たちにも“使ったことがある”。
今この場で得た力は、ティアの髪を通して分散できるはずだ。
『──決めた! 君を僕の にしよう!』
突然、真っ赤な視界に声が響いた。
身体中がゾワゾワしてティアはその場に膝をつく。痛くはないのに激痛を感じた気がした。
心臓がどくどく早く動いて。
まるでこれは、鬼殺隊に──桑島慈悟郎と鱗滝左近次に助けられた時のよう。
『決めたぞ! “かつら”──お前は今日から私の妹分だ、ありがたく思いな!』
初めて京極屋に入った時──蕨姫が癇癪を起こして人を傷つける現場に止めに入ったティアは、その時に髪を掴まれてバッサリと切られてしまった。
けれども、翌日には髪は戻る現実から動じない彼女に、鬼は目を丸くして。
『──……お前、名前は?』
答えた時、冬空の元で花が開くように、笑った鬼の顔。
でも、さっき一瞬見えた“誰かの笑顔”はそんなものではなかった。
これは、“いつ見た”ものだろう。
ティアは酷い不安感に、耳を塞いだ。
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「──だいぶ落ち着いてきたわ、ありがとうティアちゃん」
お前の嫌な予感はよく当たる──色んな人にそう言われてきたティアは、その勘をここぞというときには大事にしてきた。
龍田と別れた後、真っ直ぐに切見世に向かい、監視から解放された雛鶴を発見した。ぼろぼろの体で、花街の中心部へ向かおうとしていた彼女に肩を貸して。
「あとは一人でもやれるわ。私も天元様の妻ですもの、必ずやり遂げて見せる。それより貴女、また無茶をしているんじゃない?」
指定された場所まできて、逃げ惑う人々をやり過ごしながら影に潜む女性が、心配そうにティアを撫でた。
着ていた着物は成長した体には窮屈だ。移動する際に着替えを龍田に担がされていたからよかった。
今の花街は“ティアにとっては”最高の環境にあった。皮肉なことに、人の不幸や絶望は彼女にとっては餌でもある。剥き出しの感情や願いは善悪の見境なく。
「気を抜いたら不味い状況なので、調子がちょっと。お言葉に甘えて、私は私の仕事に戻ります」
「貴女に影響されて“神様たちが活発になったら大変”だものね。懐かしいわ」
「忘れてください思い出さないでください!」
初対面の頃のことを思い出したのか、雛鶴が頬を紅潮させてくすくすと笑い出すものだから、ティアは真っ赤になって喚いた。
さすがに心得ていたはずなのに、流行病の村を通りかかった際に力をほんのちょっぴり暴走させかけたティアは、鱗滝や天元たちを巻き込んでちょっとした騒動を起こしたのだ。
笑い話で終わったから良いものの、潔癖でお堅い人が聞いたら蔑まれるかもしれない。口の硬い連中ばかりでよかった。
「なになに、なんの話? 気になっちゃう!」
「真菰ちゃんやめて、話が進まない!」
「あーん、ティアのいけずー」
途中で付き従ってくれた真菰が唇を尖らせる。
けれど、彼女はそれ以上は追求してこず、無言で手を振ってくれた。
二人に背を向けて、ティアは真っ直ぐに剣撃の音の方へ向かう。
「あれ、これ──」
「ティア!」
途中、崩壊した店の瓦礫の中に転がっていた見覚えのある箱を見つけ、それを拾い上げたところ。
血だらけの炭治郎が眠った禰豆子を抱えて駆け寄ってきた。
「炭治郎くん、その傷……」
「すまない、すぐに戻らなければならないんだ。禰豆子を頼む!」
とりあえず応急処置を──と手を伸ばすも、禰豆子を押し付けられてそそくさと少年は行ってしまった。行き場のない手にずしりと重みのある暖かな鬼子。
泣き疲れた子供のように、目元に涙を残した禰豆子を、ティアはぎゅっと抱きかかえる。
「産屋敷邸のように、吉原の街並みを直すことは無理なのか」
「みんなが眠ったりしていればそれも簡単でしたが、夜の街ですから難しいですね。人目につきすぎました」
箱を開け放つ錆兎に答えながら、ティアは禰豆子を箱に納め、閉じる。
ティアに力の容量などは存在しないけれど、もとより“願いを叶える化け物”だから“貯め過ぎると悪影響が出る”時がある。
例えば、新たなる妖の発生だ。
鬼を目にした連中が、作り出す概念──怪異。
恐らく龍田が手を打っているだろうが、人の利になるか害となるかは人が決めることだった。
「杏寿郎はどうしました? 姿が見えないようですが」
「彼は怪我人を運んでいる。龍田の“血記術”のお陰で運搬に便利なんでな」
「便利? ──って、龍田のことは置いておいて、錆兎くん! 禰豆子ちゃん背負って人々の避難誘導お願いします」
錆兎の言葉に疑問を抱きながら、鱗滝の拵えた箱を手渡した。
それをひょいと背負った錆兎が離れていくのを見送りながら、ティアは炭治郎が消えていった方向へ走る。
蕨姫花魁は、ティアにとっては友達だった。癇癪を起こすと手をつけられないけれど、最後には仕方ないなと折れてくれたし。
鬼だとわかっていても──ティアは彼女に言わなければならないことがある。だから、必死で手を伸ばした。
「炭治郎くん!」「うわあ!」
二の腕を掴んだと思ったら、思い切り炭治郎の背中に突っ込んでしまい二人揃って転んでしまう。
ティアが空間を飛んだところで誰に迷惑をかけるわけではない。炭治郎のことは下敷きにしてしまったけれど。
「止血! あと腕に力入ってないでしょう! 戦いを続けたいんなら大人しく手当てされなさい、出なきゃ退いてあげません!」
「ったた……俺も大概だけどティアも相当だよな」
「褒め言葉として受け取ります。さ、急ぎましょう」
苦笑いで手当てを受け入れる炭治郎に、ラシード仕込みの医療技術でティアはテキパキ手当てした。胴の傷は深い為、ティアは髪をばさっと切って幹部に薬と共に巻きつける。
「また善逸に叱られるぞ、そんな髪の切り方をして」
「明日の朝になればバレません。それと、これはズル技です。あなたは本格的な治療が始まったら、何かしらの負荷を受けるでしょう。文句は起きた後に聞いてあげます」
「滅茶苦茶だなあ!」
しばしきょとん、としていた炭治郎が、内容を反芻したのか途端に破顔した。笑ったせいで激痛をよく感じたのか、すぐに呻いたけれど。
手当てが済んだら彼はすぐに走っていったので、ティアは置いてけぼりにされたが。
本当は“負荷なんて存在しない”のだ。ズル技を使っても、言わなければ人は奇跡と言う言葉で片付ける。けれど、“奇跡という別次元にくくられたら”天変地異などの天災”で彼らは脅威にさらされる。
そうならないために、わざと“彼らの業”として括らせる。それが、今のティアにできる最大の一手だった。
随分前に天元たちにも“使ったことがある”。
今この場で得た力は、ティアの髪を通して分散できるはずだ。
『──決めた! 君を僕の にしよう!』
突然、真っ赤な視界に声が響いた。
身体中がゾワゾワしてティアはその場に膝をつく。痛くはないのに激痛を感じた気がした。
心臓がどくどく早く動いて。
まるでこれは、鬼殺隊に──桑島慈悟郎と鱗滝左近次に助けられた時のよう。
『決めたぞ! “かつら”──お前は今日から私の妹分だ、ありがたく思いな!』
初めて京極屋に入った時──蕨姫が癇癪を起こして人を傷つける現場に止めに入ったティアは、その時に髪を掴まれてバッサリと切られてしまった。
けれども、翌日には髪は戻る現実から動じない彼女に、鬼は目を丸くして。
『──……お前、名前は?』
答えた時、冬空の元で花が開くように、笑った鬼の顔。
でも、さっき一瞬見えた“誰かの笑顔”はそんなものではなかった。
これは、“いつ見た”ものだろう。
ティアは酷い不安感に、耳を塞いだ。