第3章 炎を絶やすことなかれ。(全22話)
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第16話 潜入調査。
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──襟首を掴まれて、壁に叩きつけられたラシードは息を詰まらせた。
相当立腹な様子で、音柱が凄んでくる。
予想していたとはいえ、思いの外早かった。
「……てめぇ、余計なことしやがって」
「余計、ねぇ」
途端に、ラシードの着ていた着物が燃え始めた。
天元が距離を取る頃には、炎が消えて肩口のみ肌があらわ状態のままで日輪刀を構える。
上半身は晒しを巻いているから胸元がぽろりとすることはないけれど、やはり男の時の方が気を使わなくて済んだなぁ。
「この着物、オヤジから右京へのはじめての贈り物だったのにな。ちょっと悲しい」
「今の炎は噂の“血記術”ってやつかい。俺の機嫌が良い時にカラクリを教えてくれよ」
青筋を浮かべて怒り狂っている天元を前に、ラシードは水の呼吸で応戦する。
こうして思いがけず──音柱の稽古が始まった──。
「──“かつら”、お前にこのお菓子をあげよう」
着物を畳んでいたティアは、潜入時にラシードにつけられた名を呼ぶ花魁と着物を慌てて見比べた。仕事中だけど呼ばれた。どうしよう。
困っているのを察した京極屋で一番の花魁である蕨姫は、いいんだよ、と続ける。
「そんなもの、私の仕事をしている間にでも片せばいい。ほら、さっさと食べちまいな」
「そんなに新人を甘やかしていいんですか?」
「虐められるようなことがあるものかい。そんな奴は私が仕置きしてやるよ」
鼻で笑う蕨姫に、仕方ない人ですね、とぼやきながらティアは側に寄って、差し出されたお菓子を遠慮なく口に放り込んだ。
美味しい。久しぶりのチョコレートだ。
「お前は美味しそうに食べるから見ていて飽きないよ」
「だって本当に美味しいんですから! 懐かしいですし」
日本人と異国人の間に生まれた孤児という体で、ただ同然で京極屋にほっぽられたティアだったが、何故か蕨姫に気に入られたことから追い出されることなく好きにするよう置かれている。
だいたいは雑談したり、座敷遊びなどで時間を潰し、夕餉の時間になる頃にティアはその場を辞して夕餉を執りに部屋を出る。
そして、その途中で自分よりも早くに京極屋へ潜入していた雛鶴の部屋を見舞うのが日課だ。
「雛鶴姉さん、具合は如何ですか?」
「“かつら”ちゃん、きてくれたの」
炎柱の離脱から数えてふた月ほどは、炭治郎たちの鍛錬の手伝いに専念しつつ、鬼の動向を探る天元たちの手伝いをしていた。
遊郭において、行方不明者が横行している──行方不明者が出ることは喜ばしい場合もあるのだが──疑いがあるということで、それを調べていたのだが。
そのうち外部の人間として探ることに限界を感じた天元は、遊郭の女郎としての立場から情報収集する方針に切り替えた。これは雛鶴たちから提案したことでもある。
そこに、ティアも便乗する事になったのは──実は天元の意向ではない。
顔色の悪い雛鶴を介助しながら起こし、体を拭いてやる。
ラシードが調合した毒により、日に日に遊女としての仕事に出ることが出来なくなった雛鶴を外へ逃すのに、そう時間はかからないだろう。
問題は彼女をすぐに助けることができない点だ。
ラシードの見立て通り、雛鶴は潜入してすぐに“鬼”に目をつけられ、身動きが取れなくなっていた。
二日遅れて京極屋へやってきたティアは、新人同士ということで雛鶴とすぐに接触することができ、“夢の中で”毒を彼女に飲ませ、今に至る。
「貴女に病が移るといけない。もうお行きなさい」
「お粥、作って置きにきます。ちゃんと食べて下さいね」
死なない程度に、じわじわと、かつ周囲のものに不安を煽るような絶妙な速度で弱っていく雛鶴が切見世へ送られるのは近々のことだろう。
それさえ終わればティアもここを出なければなのだが、鬼である蕨姫を放っておくのも問題だし、何よりティアが来てから自殺者が減ったとかで大変重宝されている。
──これは、別の意味で抜け出すのが難しそうだ。
「鬼柱さんは、蕨姫のことご存知ですか?」
「今の無惨に侍っている鬼は皆若い……──当代炎柱のことだが、あれは何故死んだ?」
現在の鬼の構成員とは面識がないということか。では、ラシードならどうだろうか──と疑問を抱いたティアは、珍しく続けられた寡黙な人物の言葉に足を止める。
側から見れば突然廊下で立ち止まったようにしか見えないだろうが、実際、鬼柱は壁のそばで姿勢良く直立している。滅多に手放さない長柄を手にしたまま。
「あの男──かつての炎柱に似て威勢の良い真っ直ぐで愚直な奴だ、死に急ぐ行動でも取ったのだろう。だが、刃を合わせてみて、死した事そのものが奇妙に思った」
「それでは、やはり?」
“しのぶ”に以前問い詰められた時は、ごめんなさいと、頭を下げて口にすることはできなかったけれど。
やはり、いるのだ。
「血鬼術に、化け物の存在が混じっている」
ティアに効かない血鬼術がある。
直近で例えれば──鼓の鬼の血鬼術。善逸たちが触れた時、窓なのに別の部屋に通じてしまっていた。けれど、ティア自身はその“規則性”を回避している。
それと同じようなことは、何度もこれまであったのだ。その度に、ティアは概念に干渉できる能力があるからだ、という規格外の存在性で理由が説明出来たけれど。
鬼舞辻無惨とティアたちは、“同類”ではない。
鬼はまだ人間と同じ次元の存在だ。ティアは彼らに対しては無力だった。無力でないと思われる要素があるとしたら、それはティアを守ろうとしてくれる“自然”や“神様”といった存在おかげだった。
ティアに血鬼術は、本来は全て通じるべきなのだ。
「鬼狩りは目障りなだけだ。彼らはこちらの対処に回らせろ」
うっすらと存在を消していく鬼柱に、ティアは尋ねた。
「いいんですか。無惨さんを斬るかもしれませんよ」
「今の程度では無理な話だ」
きっぱりと言い切って、青年は消えた。
かつて鬼殺隊と敵対していた人物が、どうして鬼舞辻無惨を倒そうとするラシードに協力しているのかティアにはさっぱりわからない。
鹿鳴館内で最古参に入る鬼柱が強権を発動したわけだから、天元が以前提案してきた錆兎と真菰の鬼殺隊への出向手続きについての理由づけは簡単になった。
確か、つい先日、杏寿郎を伴って長期任務に入ってしまったばかりだから、それが終わってから話をして手を貸してもらおう。
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──襟首を掴まれて、壁に叩きつけられたラシードは息を詰まらせた。
相当立腹な様子で、音柱が凄んでくる。
予想していたとはいえ、思いの外早かった。
「……てめぇ、余計なことしやがって」
「余計、ねぇ」
途端に、ラシードの着ていた着物が燃え始めた。
天元が距離を取る頃には、炎が消えて肩口のみ肌があらわ状態のままで日輪刀を構える。
上半身は晒しを巻いているから胸元がぽろりとすることはないけれど、やはり男の時の方が気を使わなくて済んだなぁ。
「この着物、オヤジから右京へのはじめての贈り物だったのにな。ちょっと悲しい」
「今の炎は噂の“血記術”ってやつかい。俺の機嫌が良い時にカラクリを教えてくれよ」
青筋を浮かべて怒り狂っている天元を前に、ラシードは水の呼吸で応戦する。
こうして思いがけず──音柱の稽古が始まった──。
「──“かつら”、お前にこのお菓子をあげよう」
着物を畳んでいたティアは、潜入時にラシードにつけられた名を呼ぶ花魁と着物を慌てて見比べた。仕事中だけど呼ばれた。どうしよう。
困っているのを察した京極屋で一番の花魁である蕨姫は、いいんだよ、と続ける。
「そんなもの、私の仕事をしている間にでも片せばいい。ほら、さっさと食べちまいな」
「そんなに新人を甘やかしていいんですか?」
「虐められるようなことがあるものかい。そんな奴は私が仕置きしてやるよ」
鼻で笑う蕨姫に、仕方ない人ですね、とぼやきながらティアは側に寄って、差し出されたお菓子を遠慮なく口に放り込んだ。
美味しい。久しぶりのチョコレートだ。
「お前は美味しそうに食べるから見ていて飽きないよ」
「だって本当に美味しいんですから! 懐かしいですし」
日本人と異国人の間に生まれた孤児という体で、ただ同然で京極屋にほっぽられたティアだったが、何故か蕨姫に気に入られたことから追い出されることなく好きにするよう置かれている。
だいたいは雑談したり、座敷遊びなどで時間を潰し、夕餉の時間になる頃にティアはその場を辞して夕餉を執りに部屋を出る。
そして、その途中で自分よりも早くに京極屋へ潜入していた雛鶴の部屋を見舞うのが日課だ。
「雛鶴姉さん、具合は如何ですか?」
「“かつら”ちゃん、きてくれたの」
炎柱の離脱から数えてふた月ほどは、炭治郎たちの鍛錬の手伝いに専念しつつ、鬼の動向を探る天元たちの手伝いをしていた。
遊郭において、行方不明者が横行している──行方不明者が出ることは喜ばしい場合もあるのだが──疑いがあるということで、それを調べていたのだが。
そのうち外部の人間として探ることに限界を感じた天元は、遊郭の女郎としての立場から情報収集する方針に切り替えた。これは雛鶴たちから提案したことでもある。
そこに、ティアも便乗する事になったのは──実は天元の意向ではない。
顔色の悪い雛鶴を介助しながら起こし、体を拭いてやる。
ラシードが調合した毒により、日に日に遊女としての仕事に出ることが出来なくなった雛鶴を外へ逃すのに、そう時間はかからないだろう。
問題は彼女をすぐに助けることができない点だ。
ラシードの見立て通り、雛鶴は潜入してすぐに“鬼”に目をつけられ、身動きが取れなくなっていた。
二日遅れて京極屋へやってきたティアは、新人同士ということで雛鶴とすぐに接触することができ、“夢の中で”毒を彼女に飲ませ、今に至る。
「貴女に病が移るといけない。もうお行きなさい」
「お粥、作って置きにきます。ちゃんと食べて下さいね」
死なない程度に、じわじわと、かつ周囲のものに不安を煽るような絶妙な速度で弱っていく雛鶴が切見世へ送られるのは近々のことだろう。
それさえ終わればティアもここを出なければなのだが、鬼である蕨姫を放っておくのも問題だし、何よりティアが来てから自殺者が減ったとかで大変重宝されている。
──これは、別の意味で抜け出すのが難しそうだ。
「鬼柱さんは、蕨姫のことご存知ですか?」
「今の無惨に侍っている鬼は皆若い……──当代炎柱のことだが、あれは何故死んだ?」
現在の鬼の構成員とは面識がないということか。では、ラシードならどうだろうか──と疑問を抱いたティアは、珍しく続けられた寡黙な人物の言葉に足を止める。
側から見れば突然廊下で立ち止まったようにしか見えないだろうが、実際、鬼柱は壁のそばで姿勢良く直立している。滅多に手放さない長柄を手にしたまま。
「あの男──かつての炎柱に似て威勢の良い真っ直ぐで愚直な奴だ、死に急ぐ行動でも取ったのだろう。だが、刃を合わせてみて、死した事そのものが奇妙に思った」
「それでは、やはり?」
“しのぶ”に以前問い詰められた時は、ごめんなさいと、頭を下げて口にすることはできなかったけれど。
やはり、いるのだ。
「血鬼術に、化け物の存在が混じっている」
ティアに効かない血鬼術がある。
直近で例えれば──鼓の鬼の血鬼術。善逸たちが触れた時、窓なのに別の部屋に通じてしまっていた。けれど、ティア自身はその“規則性”を回避している。
それと同じようなことは、何度もこれまであったのだ。その度に、ティアは概念に干渉できる能力があるからだ、という規格外の存在性で理由が説明出来たけれど。
鬼舞辻無惨とティアたちは、“同類”ではない。
鬼はまだ人間と同じ次元の存在だ。ティアは彼らに対しては無力だった。無力でないと思われる要素があるとしたら、それはティアを守ろうとしてくれる“自然”や“神様”といった存在おかげだった。
ティアに血鬼術は、本来は全て通じるべきなのだ。
「鬼狩りは目障りなだけだ。彼らはこちらの対処に回らせろ」
うっすらと存在を消していく鬼柱に、ティアは尋ねた。
「いいんですか。無惨さんを斬るかもしれませんよ」
「今の程度では無理な話だ」
きっぱりと言い切って、青年は消えた。
かつて鬼殺隊と敵対していた人物が、どうして鬼舞辻無惨を倒そうとするラシードに協力しているのかティアにはさっぱりわからない。
鹿鳴館内で最古参に入る鬼柱が強権を発動したわけだから、天元が以前提案してきた錆兎と真菰の鬼殺隊への出向手続きについての理由づけは簡単になった。
確か、つい先日、杏寿郎を伴って長期任務に入ってしまったばかりだから、それが終わってから話をして手を貸してもらおう。