第3章 炎を絶やすことなかれ。(全22話)
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第14話 伝えられなかった呼吸法。
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烏の羽がひらひらと落ちてくる。
酒を片手に路地を歩く男の足が、止まった。
行手を塞ぐ影を睨んだ後、驚愕した様子で固まったからだ。
あれからまた少し体を成長させたラシードは、髪を高い位置で一つに縛り、蜜璃に貰った着物に袴を履いていた。
こんな格好でうろつくのは随分久しぶりだ。確か、目の前の男──当時は少年だったが──との初対面もこんな感じだった。
「久しぶりだね、槇寿郎。この度はご愁傷様」
「う……右京さん? いや、まさか……」
顔を青くする男を前に、あ、と手を打った。そうだ、名前どうしよう。
さすがにラシードは死んだのだから、その辺りを考えなければ。“こや”でもよさそうだが、鬼の情報網にかかると迷惑をかけそうだし。
「待って待って、考えてなかった! 誰も名前のこと指摘しなかったからさ。どうしよう何にしようか? そうだお前子供二人なんだから私の名前もつけてよ!」
「そんなに簡単につけられるか! 相変わらずアンタいい加減すぎるんだよ!」
ぎゃんぎゃん喚いていたら、近所から人が出て来た。互いにいかんと思って場所を変える。変えると言っても煉獄家の裏口から入っただけなのだが。
仕方ない、名前はこの際、槇寿郎の前では右京のままで行こう。
「君さあ、あんな八つ当たりはみっともないよ」
「覗き見かよ、悪趣味だな」
裏口に置いてあった大甕の蓋にどっかり腰掛け、槇寿郎は酒を煽った。
昔はあんなに生真面目で可愛かったのになぁ。
横目でそれを見据えながら、足元にあった小枝を手に取り、土を弄る。
「始まりの呼吸の存在を遺したのは、多分息子か孫辺りだな。私も先日耀哉くんに聞かれて知ったんだ。日の呼吸? ってやつさ」
「……先祖云々ってのは本当だったのか。子供だからと馬鹿にされているのかと」
鱗滝が柱を退く少し前。
当時の炎柱の継子であった槇寿郎と、会った事がある。
もう寿命が近づいていた頃合いというのもあって、次世代を担うだろう槇寿郎に、言ったのだ。
あまり呼吸にばかり頼りすぎては自滅する──と。
怪訝そうな顔をする少年に、自分は昔の記憶を持っているから、わかるのだと。冗談に受け取られてもいい。そう思いながら。
「あんな損にしかならないような呼吸、劣化くらいが丁度いいんだよ」
「右京さんは知っていたのか? 知っていて何故それを伝えなかった! それさえあれば、俺たちは──」
「多くの子を早死させるような呼吸なんて誰が伝えようとするものか」
怒りに任せて声を張り上げかけた男が、息を飲んだ。決して大きな声ではない少女の姿の人物の、凄みに負けたのだ。
枝で大地に記すのは、当時の旦那や仲間たちの名前だ。
ある取引の元、無惨の元から離反した鬼柱の呼吸法。
もちろん、当時の“正統派”の柱たちで共有した。会得だってした。
それがもしかすると日の呼吸と言われるものなのかもしれない。
けれども──ある時、奇妙なアザのような、紋様が浮き出て来て──当時一番年上の柱が死んだ。
けれどそれは、そうなる可能性があるとわかっていて会得したものだったから──みな、確信しただけだった。
そして、次世代には“今は”伝えないことを、決めたのだ。
鬼柱の見ている世界はあまりにも違いすぎたし、つまりはそうでない人間に同じような能力が備わるということは“過負荷”状態が続くことと同じだ。
つまりは、寿命を縮める。
なんの損もなく、次世代を活かすためには更なる研究が必須だった。
それを、託されたのが“こや”だ。
また、それとは別の方法を確立すること。その密命を受けて、鬼殺隊から逃されたのだから。
「先が短いこともあって旦那たちは、次世代を担う子供たちを私と一緒に逃した。槇寿郎が読んだのは、その後の世代が遺した記録。たしかに劣化版といえばそうなる」
立ち上がりざまに、仲間たちの名前を足先で掻き消した。
彼らの顛末は酷いものだったけど、それは明かす必要はない。
息子たちにも本当のことは話していなかったし、産屋敷の記録にもないだろう。
「君の望む当時の呼吸法を知りたいと言うならば教えてもいい。私は旦那たちのお願い通り、教えずにいたいんだけどね」
呆然とした様子の槇寿郎を置いて、玄関先に向かう。
知りたければ向こうから接触してくるだろう。その時は、もちろん応じてやろうと思っている。
「──兄の日輪刀の鍔です」
杏寿郎によく似た少年が、炭治郎に形見を手渡しているのが見えた。
どうやら、千寿郎も前を向くきっかけを得たようだ。
杏寿郎がどのようにラシードのことを説明しているのか把握していなかったので、下手に出て行くわけにもいかず、とりあえず門の上に飛び上がる。
すると、炭治郎がすぐに気付いてくれて、千寿郎が居なくなった頃合いに戻って来てくれる──超絶方向音痴の被害者として彼は善逸に次ぐ順位──ことになった。
「炭治郎はさあ、好きな名前とかない?」
「名前? 好きな? 何でだ?」
戻って来てくれた炭治郎と蝶屋敷に戻る道中、唐突に尋ねたら質問返しをくらう。
何でだ? と聞かれると困る。必要ないといえばないからだ。
「いや、そんなことよりお前顔色悪すぎ。とりあえず、オヤジんとこいた時の、最初に教えた呼吸覚えてる? 使い分けの癖をつけな」
「懐かしいな……ああ、うん。たしかに、楽になった!」
ありがとう──ぱっと笑顔を見せる炭治郎に、思わず苦笑した。
これから“しのぶ”たちに叱られるだろう少年の行く末を、少しでも軽いものにしてやろうと烏の案内の元、用意して来たみたらし団子。
それを一つ食べさせてやろうと話をしていたところで、とてつも無い殺気に気づく。
その殺気の元が、炭治郎の日輪刀を担当する刀鍛冶の鋼鐡塚だと気づいき──みたらし団子が大いに役に立つのは、もう少し後の話──。
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烏の羽がひらひらと落ちてくる。
酒を片手に路地を歩く男の足が、止まった。
行手を塞ぐ影を睨んだ後、驚愕した様子で固まったからだ。
あれからまた少し体を成長させたラシードは、髪を高い位置で一つに縛り、蜜璃に貰った着物に袴を履いていた。
こんな格好でうろつくのは随分久しぶりだ。確か、目の前の男──当時は少年だったが──との初対面もこんな感じだった。
「久しぶりだね、槇寿郎。この度はご愁傷様」
「う……右京さん? いや、まさか……」
顔を青くする男を前に、あ、と手を打った。そうだ、名前どうしよう。
さすがにラシードは死んだのだから、その辺りを考えなければ。“こや”でもよさそうだが、鬼の情報網にかかると迷惑をかけそうだし。
「待って待って、考えてなかった! 誰も名前のこと指摘しなかったからさ。どうしよう何にしようか? そうだお前子供二人なんだから私の名前もつけてよ!」
「そんなに簡単につけられるか! 相変わらずアンタいい加減すぎるんだよ!」
ぎゃんぎゃん喚いていたら、近所から人が出て来た。互いにいかんと思って場所を変える。変えると言っても煉獄家の裏口から入っただけなのだが。
仕方ない、名前はこの際、槇寿郎の前では右京のままで行こう。
「君さあ、あんな八つ当たりはみっともないよ」
「覗き見かよ、悪趣味だな」
裏口に置いてあった大甕の蓋にどっかり腰掛け、槇寿郎は酒を煽った。
昔はあんなに生真面目で可愛かったのになぁ。
横目でそれを見据えながら、足元にあった小枝を手に取り、土を弄る。
「始まりの呼吸の存在を遺したのは、多分息子か孫辺りだな。私も先日耀哉くんに聞かれて知ったんだ。日の呼吸? ってやつさ」
「……先祖云々ってのは本当だったのか。子供だからと馬鹿にされているのかと」
鱗滝が柱を退く少し前。
当時の炎柱の継子であった槇寿郎と、会った事がある。
もう寿命が近づいていた頃合いというのもあって、次世代を担うだろう槇寿郎に、言ったのだ。
あまり呼吸にばかり頼りすぎては自滅する──と。
怪訝そうな顔をする少年に、自分は昔の記憶を持っているから、わかるのだと。冗談に受け取られてもいい。そう思いながら。
「あんな損にしかならないような呼吸、劣化くらいが丁度いいんだよ」
「右京さんは知っていたのか? 知っていて何故それを伝えなかった! それさえあれば、俺たちは──」
「多くの子を早死させるような呼吸なんて誰が伝えようとするものか」
怒りに任せて声を張り上げかけた男が、息を飲んだ。決して大きな声ではない少女の姿の人物の、凄みに負けたのだ。
枝で大地に記すのは、当時の旦那や仲間たちの名前だ。
ある取引の元、無惨の元から離反した鬼柱の呼吸法。
もちろん、当時の“正統派”の柱たちで共有した。会得だってした。
それがもしかすると日の呼吸と言われるものなのかもしれない。
けれども──ある時、奇妙なアザのような、紋様が浮き出て来て──当時一番年上の柱が死んだ。
けれどそれは、そうなる可能性があるとわかっていて会得したものだったから──みな、確信しただけだった。
そして、次世代には“今は”伝えないことを、決めたのだ。
鬼柱の見ている世界はあまりにも違いすぎたし、つまりはそうでない人間に同じような能力が備わるということは“過負荷”状態が続くことと同じだ。
つまりは、寿命を縮める。
なんの損もなく、次世代を活かすためには更なる研究が必須だった。
それを、託されたのが“こや”だ。
また、それとは別の方法を確立すること。その密命を受けて、鬼殺隊から逃されたのだから。
「先が短いこともあって旦那たちは、次世代を担う子供たちを私と一緒に逃した。槇寿郎が読んだのは、その後の世代が遺した記録。たしかに劣化版といえばそうなる」
立ち上がりざまに、仲間たちの名前を足先で掻き消した。
彼らの顛末は酷いものだったけど、それは明かす必要はない。
息子たちにも本当のことは話していなかったし、産屋敷の記録にもないだろう。
「君の望む当時の呼吸法を知りたいと言うならば教えてもいい。私は旦那たちのお願い通り、教えずにいたいんだけどね」
呆然とした様子の槇寿郎を置いて、玄関先に向かう。
知りたければ向こうから接触してくるだろう。その時は、もちろん応じてやろうと思っている。
「──兄の日輪刀の鍔です」
杏寿郎によく似た少年が、炭治郎に形見を手渡しているのが見えた。
どうやら、千寿郎も前を向くきっかけを得たようだ。
杏寿郎がどのようにラシードのことを説明しているのか把握していなかったので、下手に出て行くわけにもいかず、とりあえず門の上に飛び上がる。
すると、炭治郎がすぐに気付いてくれて、千寿郎が居なくなった頃合いに戻って来てくれる──超絶方向音痴の被害者として彼は善逸に次ぐ順位──ことになった。
「炭治郎はさあ、好きな名前とかない?」
「名前? 好きな? 何でだ?」
戻って来てくれた炭治郎と蝶屋敷に戻る道中、唐突に尋ねたら質問返しをくらう。
何でだ? と聞かれると困る。必要ないといえばないからだ。
「いや、そんなことよりお前顔色悪すぎ。とりあえず、オヤジんとこいた時の、最初に教えた呼吸覚えてる? 使い分けの癖をつけな」
「懐かしいな……ああ、うん。たしかに、楽になった!」
ありがとう──ぱっと笑顔を見せる炭治郎に、思わず苦笑した。
これから“しのぶ”たちに叱られるだろう少年の行く末を、少しでも軽いものにしてやろうと烏の案内の元、用意して来たみたらし団子。
それを一つ食べさせてやろうと話をしていたところで、とてつも無い殺気に気づく。
その殺気の元が、炭治郎の日輪刀を担当する刀鍛冶の鋼鐡塚だと気づいき──みたらし団子が大いに役に立つのは、もう少し後の話──。