第3章 炎を絶やすことなかれ。(全22話)
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第13話 炎柱の選択。
—————————————————-
「──待ってください」
“しのぶ”の呼びかけに応じたラシードは足を止める。
彼女はどこかムッとしたような様子だ。後から蜜璃も慌てて飛び出してきて。
「あの、ねえ? 違っていたら申し訳ないんだけど、その、あなた女の子、よね?」
おずおずと尋ねられて、ラシードはハッとなった。
慌てていたからまったくその辺りを気にしていなかったが、飢餓で死んだ母体の家らしき場所で着れるものを見繕って着ているだけ。
性別なんて気にしてなかった。とりあえず行動しやすい程度まで成長したから、まあ二次成長が出るか出ないかあたりに留めていたし。
この後限界まで一気に成長してしまうかは寿命とのやり取りが関わるからだ。
ペンペンと両手で胸元と股間を叩く。
「──お前たちすごいな、なんで分かった? どっか見えた?」
「自覚がないとは思いますが、所々女性の仕草ですよ」
「私は声かしらね。初めて会った時より高く感じたから」
口調が女なのは、長く“こや”を続けた結果だ。
鬼狩りに関わらずに、無惨を無力化する手段を探す為にさまざまな場所で生まれるようになってから、男に生まれてもだいたい最初のうちは口調が女で、そのうち自覚して矯正していた。
だから、昔馴染みにあったりすると口調が戻ってしまったりする。
もとより、おっさんに見られる年齢まで成長できない自分には、気味悪がられるようなものでもないけれど。
「とりあえず、女体であることが判明した以上、そのところどころ破れた着物で彷徨かれるのは迷惑です」
「今日は実家に帰るつもりでいたから、妹に買った着物があるの。しばらく帰るのは難しそうだから貰ってくれると嬉しいわ!」
「ありがと。というか、蟲柱はその様子だと最初から気付いてたな」
だからあんなに見てきたのかと感心するラシードに、“しのぶ”は得意げに笑っていた。
そして、大人しく“しのぶ”たちの後に続く背中を見送ったティアが、そっと襖を締めると──天元が盛大に吹き出して。
「マジかよあいつ、今度は女か! ほんっとに外見は一緒なんだな〜」
「先日死んだ奴だって女だったかもしれないだろう」
接点がない小芭内の指摘に、天元は否定するようにブンブンと手を振って。
「アイツと風呂入ったことあるからよ、間違いなく男だったぜ。色事の話でもたいそう盛り上がったし」
「ホォ……それが女んなって出てきたってのはどういう気分ダァ?」
「あ?──ああ……うん」
実弥の指摘で、天元が真顔で黙った。
聞いていたティアはもう赤面ものだ。多分、ラシード本人はこの場にいたとしても気にしないだろうけど。
「みんな、炎柱の訃報に動揺はあるだろうけれど。この隙に鬼が仕掛けてくる可能性もある。気を引き締めて欲しい」
耀哉の号令で、緊急柱合会議は終わった。
退出する間際、耀哉は思い出したようにティアを振り返る。
「“こや様”が生まれる日は決まっていたはずだが、これほど早く現出できたのは、君のその若返りが関わっていたのかな」
「……どうせならば、もっと頑張るべきでしたよね」
そうしたら、杏寿郎は死なずに済んだかもしれない。
「それは煉獄に失礼だろ」
ぼろぼろ溢れてしまった涙は、背後から伸ばされた天元の大きな両手に目元ごと覆われてしまう。
「すまなかったね、そう言うつもりではなかったんだ。君たちの助力には感謝している。もうあんな無茶はしないと誓ってくれた君の言葉を私も信じているよ──杏寿郎も、そう思っていただろうから」
自分を責めるものではないよ──耀哉からの労いに、悔しくて涙が溢れた。
あの時もう少しだけ、赤子まで戻ってしまうかもしれない恐怖心を我慢できれば。
もうやってはいけないことならば。
そう思ってしまうのだ。
それは、望まれていないことだと分かっていても。
救えたかもしれない存在があった。
「ちったあマシな心構えになってから煉獄んとこに手ぇ合わせにいくんだナァ」
「俺はこれからすぐに向かう。少なくとも明日以降にしろ。めそめそされては目障りだ」
目元が隠されてわからないが声だけで判別はできる。
そのうち数珠の音と共に大きな手が、ティアの頭を無言で撫でて、消えていった。
「宇髄さん、これから任務だよね。俺もなんだけど、頼みがあって」
「何だ珍しいな、時任。ド派手に言ってみろ、この俺が聞いてやる」
葬儀って何するのかわかんないんだ、とぼやく少年に、ぽんと手を打った天元は親指を自身に向けた。まかせろ、のポーズだ。
二人は任務を終えたら時期を合わせて煉獄家に向かうことになった。
天元がティアの腰紐をよいしょして、ポツンと残っていた義勇に持たせる。
「んじゃ、俺らはここまでだ。任せたぞ、冨岡!」
「ティア、またね」
やがて集会場にはめもめそしたままとティアと、義勇だけが取り残される。義勇は終始何も言わずに、幼馴染みの少女を抱えたままだ。
「帰るぞ」
一言。ティアの同意も得ず、義勇はてちてちと産屋敷邸を出て、真っ直ぐに水柱の屋敷に戻る。
その間、お姫様抱っこ状態でティアは運ばれたのだが、義勇の移動速度も早いから、誰にも気づかれず、邪魔もされず。
「煉獄杏寿郎──彼らしい選択だと、俺は思う」
屋敷の前で、ぽつりと義勇が言った。
その意味がわかるから、ティアは動けなかった。
会議中には口にできなかったが、義勇は錆兎たちのことを知っているから、杏寿郎が“ここにいない意味”と“決意”に気づいたのだろう。
杏寿郎は、凄い人だ。
ちゃんと遺した相手のことを、信じている。
彼は選んだのだ。
鬼狩りの責務は、仲間たちに託したのだと。
「だから、お前が責任を感じる必要はない」
「ごめんなさ……無理れす」
「彼自身がそうと決めたなら、尊重すべきだ」
炎柱、煉獄杏寿郎。
二百人もの汽車の乗客から一人の死者も出さず。
上弦の参との死闘の末に、死亡──。
その事実を伏せておけば、ティアの力でみんなの前に戻ることができたのに。
それを、拒んだのは彼自身だった。
自分には、別にやることがある。
そう言って彼は、鬼殺隊に戻ることを、選ばなかった。
「俺は……そこの池に飛び込みたくなってきた」
「っひぐ……まって。義勇くんがそんな事したら私すごく泣くと思うのでもう少しだけ待ってください」
既にえぐえぐ泣き出しながら、ぐわしと両手で力一杯抱きつけば、仕方ないなぁと肩を竦めるように青年の体から力が抜かれた。
もう少しだけ付き合ってくれるらしい。
ぽかぽかとした、スッキリした晴れの日差し。
蝶屋敷に運ばれていった、三人の少年たちを。
共に肩を並べた仲間への惜別を。
訃報を聞いた家族の慟哭を。
──みんなの悲しみを癒すように、陽光は降り注いだ。
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「──待ってください」
“しのぶ”の呼びかけに応じたラシードは足を止める。
彼女はどこかムッとしたような様子だ。後から蜜璃も慌てて飛び出してきて。
「あの、ねえ? 違っていたら申し訳ないんだけど、その、あなた女の子、よね?」
おずおずと尋ねられて、ラシードはハッとなった。
慌てていたからまったくその辺りを気にしていなかったが、飢餓で死んだ母体の家らしき場所で着れるものを見繕って着ているだけ。
性別なんて気にしてなかった。とりあえず行動しやすい程度まで成長したから、まあ二次成長が出るか出ないかあたりに留めていたし。
この後限界まで一気に成長してしまうかは寿命とのやり取りが関わるからだ。
ペンペンと両手で胸元と股間を叩く。
「──お前たちすごいな、なんで分かった? どっか見えた?」
「自覚がないとは思いますが、所々女性の仕草ですよ」
「私は声かしらね。初めて会った時より高く感じたから」
口調が女なのは、長く“こや”を続けた結果だ。
鬼狩りに関わらずに、無惨を無力化する手段を探す為にさまざまな場所で生まれるようになってから、男に生まれてもだいたい最初のうちは口調が女で、そのうち自覚して矯正していた。
だから、昔馴染みにあったりすると口調が戻ってしまったりする。
もとより、おっさんに見られる年齢まで成長できない自分には、気味悪がられるようなものでもないけれど。
「とりあえず、女体であることが判明した以上、そのところどころ破れた着物で彷徨かれるのは迷惑です」
「今日は実家に帰るつもりでいたから、妹に買った着物があるの。しばらく帰るのは難しそうだから貰ってくれると嬉しいわ!」
「ありがと。というか、蟲柱はその様子だと最初から気付いてたな」
だからあんなに見てきたのかと感心するラシードに、“しのぶ”は得意げに笑っていた。
そして、大人しく“しのぶ”たちの後に続く背中を見送ったティアが、そっと襖を締めると──天元が盛大に吹き出して。
「マジかよあいつ、今度は女か! ほんっとに外見は一緒なんだな〜」
「先日死んだ奴だって女だったかもしれないだろう」
接点がない小芭内の指摘に、天元は否定するようにブンブンと手を振って。
「アイツと風呂入ったことあるからよ、間違いなく男だったぜ。色事の話でもたいそう盛り上がったし」
「ホォ……それが女んなって出てきたってのはどういう気分ダァ?」
「あ?──ああ……うん」
実弥の指摘で、天元が真顔で黙った。
聞いていたティアはもう赤面ものだ。多分、ラシード本人はこの場にいたとしても気にしないだろうけど。
「みんな、炎柱の訃報に動揺はあるだろうけれど。この隙に鬼が仕掛けてくる可能性もある。気を引き締めて欲しい」
耀哉の号令で、緊急柱合会議は終わった。
退出する間際、耀哉は思い出したようにティアを振り返る。
「“こや様”が生まれる日は決まっていたはずだが、これほど早く現出できたのは、君のその若返りが関わっていたのかな」
「……どうせならば、もっと頑張るべきでしたよね」
そうしたら、杏寿郎は死なずに済んだかもしれない。
「それは煉獄に失礼だろ」
ぼろぼろ溢れてしまった涙は、背後から伸ばされた天元の大きな両手に目元ごと覆われてしまう。
「すまなかったね、そう言うつもりではなかったんだ。君たちの助力には感謝している。もうあんな無茶はしないと誓ってくれた君の言葉を私も信じているよ──杏寿郎も、そう思っていただろうから」
自分を責めるものではないよ──耀哉からの労いに、悔しくて涙が溢れた。
あの時もう少しだけ、赤子まで戻ってしまうかもしれない恐怖心を我慢できれば。
もうやってはいけないことならば。
そう思ってしまうのだ。
それは、望まれていないことだと分かっていても。
救えたかもしれない存在があった。
「ちったあマシな心構えになってから煉獄んとこに手ぇ合わせにいくんだナァ」
「俺はこれからすぐに向かう。少なくとも明日以降にしろ。めそめそされては目障りだ」
目元が隠されてわからないが声だけで判別はできる。
そのうち数珠の音と共に大きな手が、ティアの頭を無言で撫でて、消えていった。
「宇髄さん、これから任務だよね。俺もなんだけど、頼みがあって」
「何だ珍しいな、時任。ド派手に言ってみろ、この俺が聞いてやる」
葬儀って何するのかわかんないんだ、とぼやく少年に、ぽんと手を打った天元は親指を自身に向けた。まかせろ、のポーズだ。
二人は任務を終えたら時期を合わせて煉獄家に向かうことになった。
天元がティアの腰紐をよいしょして、ポツンと残っていた義勇に持たせる。
「んじゃ、俺らはここまでだ。任せたぞ、冨岡!」
「ティア、またね」
やがて集会場にはめもめそしたままとティアと、義勇だけが取り残される。義勇は終始何も言わずに、幼馴染みの少女を抱えたままだ。
「帰るぞ」
一言。ティアの同意も得ず、義勇はてちてちと産屋敷邸を出て、真っ直ぐに水柱の屋敷に戻る。
その間、お姫様抱っこ状態でティアは運ばれたのだが、義勇の移動速度も早いから、誰にも気づかれず、邪魔もされず。
「煉獄杏寿郎──彼らしい選択だと、俺は思う」
屋敷の前で、ぽつりと義勇が言った。
その意味がわかるから、ティアは動けなかった。
会議中には口にできなかったが、義勇は錆兎たちのことを知っているから、杏寿郎が“ここにいない意味”と“決意”に気づいたのだろう。
杏寿郎は、凄い人だ。
ちゃんと遺した相手のことを、信じている。
彼は選んだのだ。
鬼狩りの責務は、仲間たちに託したのだと。
「だから、お前が責任を感じる必要はない」
「ごめんなさ……無理れす」
「彼自身がそうと決めたなら、尊重すべきだ」
炎柱、煉獄杏寿郎。
二百人もの汽車の乗客から一人の死者も出さず。
上弦の参との死闘の末に、死亡──。
その事実を伏せておけば、ティアの力でみんなの前に戻ることができたのに。
それを、拒んだのは彼自身だった。
自分には、別にやることがある。
そう言って彼は、鬼殺隊に戻ることを、選ばなかった。
「俺は……そこの池に飛び込みたくなってきた」
「っひぐ……まって。義勇くんがそんな事したら私すごく泣くと思うのでもう少しだけ待ってください」
既にえぐえぐ泣き出しながら、ぐわしと両手で力一杯抱きつけば、仕方ないなぁと肩を竦めるように青年の体から力が抜かれた。
もう少しだけ付き合ってくれるらしい。
ぽかぽかとした、スッキリした晴れの日差し。
蝶屋敷に運ばれていった、三人の少年たちを。
共に肩を並べた仲間への惜別を。
訃報を聞いた家族の慟哭を。
──みんなの悲しみを癒すように、陽光は降り注いだ。