第3章 炎を絶やすことなかれ。(全22話)
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第9話 葛藤。
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──炭治郎が布団叩きで殴られる音がする。
蝶屋敷で過ごすようになって二週間。そろそろ彼の努力も報われてくる頃合いだろうか。
「伊之助は無意識に全集中の呼吸を通常生活で使っているから、徹底させればわけもないかもしれないな」
刀──日輪刀ではない──の手入れ作業を止めて、宍色の髪の青年は真菰に促す。
彼の視線を受け、真菰は頭に乗せていた花輪を両手で丁寧に持って、笑顔になった。
「善逸くんは単独行動の時は出来てるね。人と一緒になるとそっちが気になっちゃってるみたい」
機能回復訓練で目に見えて成果を得られないことから、やる気を失ってしまった伊之助と善逸のお目付役を任されていたこの二人。
錆兎と真菰から報告を受けて、ティアはふむ、と首を傾げた。
炭治郎は今までやっていなかったようだけど、二人はできるのか。もしかして、ラシードが教えようとしていたのは全集中・常中だったのかもしれない。
「ところで、その呼吸法──、お二人はできるんですか?」
「うん。ティアに助けてもらった後、鬼柱に教えてもらったよ」
「消えるはずだったこの命だ。礼を尽くさなければ」
律儀だなぁ、と苦笑いしてしまう。
狭霧山でティアは、悪く言えば二人に利用された。もちろんそれは、彼ら自身に返っていく。
わがままを終えた彼らは、手順を踏まずにティアの力を借りた結果、生きている人間に半年もの長期間にわたって接触──その存在は、何にも転じられる事なく“留められる”ところだった。
──のだけれど、ティアが二人に後出しで鹿鳴館非常勤推薦及び臨時採用、給料先払いの扱いにする事で“未来への断絶”を回避したのだ。
そうでもしなければ、この二人は生まれ変わることすら出来ず、狭霧山でただ、ただ、見ているだけの存在になってしまっていた。
「鬼柱さんは人間嫌いなのに。よっぽどお二人の行動力に心打たれたんでしょうね」
「鍛錬は想像を絶する鬼行法だったがな。真菰なんて泣くたびに仕置きされて」
視界の端で真菰が両耳を塞いで膝を抱えている。思い出したくないらしい。錆兎も錆兎で、顔色が悪い。
まあ、炭治郎が最終選別を終えた頃から柱合会議の間での出来事だ。幼かった二人の体型も義勇と同じ頃にまで成長していたのにはティアも驚いた。
それほど、彼らは“自分の存在”を鍛えたのだ。
義勇も驚いた事だろう。まさか助っ人が親友だとは思っていなかっただろうし、姿形も成長しているのだから。
二人の顛末については話をしていたが、その頃から義勇は任務続きで鹿鳴館に鍛錬に来ていなかった。
「鬼柱のお仕置きえげつなさ過ぎ……人間の尊厳なんて無だよ……」
「無いだろうな。俺たちはもう妖だぞ」
「えーと。それで、お二人ともどうします?」
どんよりした空気を纏う真菰に錆兎が苦笑い。
話題を変えようと、ティアは当初の話に戻した。機能回復訓練をオサボリ中の二人の扱いについての話し合いだ。
どうせならば、全集中・常中は会得すべきだろう。
お目付役である二人にその指南をお願いしてしまって良いのかどうか、ティアは意向を確認する。
二人は同時に、首を振った。
「善逸くんも伊之助くんも、私たちじゃ難しいと思うよ。炭治郎ならまだしも、何たって私たちは、体で覚えろ! 属性だから」
真菰がにっこり笑う。
それは、説明が下手、という事でしょうか。
ティアは言葉を失った。
「伊之助も感覚で捉える人間だが、あれは過程などを必要としない種の天賦の才の持ち主だ。ラシードは育手としての長年の経験則で上手くいったんだろう」
野生児だから粗野な部分が目立つが、確かに伊之助は理屈とは無縁なように見えて、理屈を飛び越えて本質を理解する力に長けている。
善逸はその聴覚のおかげで知識が豊富な分──悪く言えば強制的な耳年増の副産物──体育会系鍛錬では不十分ということか。
「そういうわけで、炭治郎に早く成果を出させて二人を煽ろうと思う。俺と真菰が交替で炭治郎の鍛錬に付き合うから、ティアにはその間目付け役を変わってほしい」
錆兎からの提案で、早速その日から二人が炭治郎の個人鍛錬に付き合うようになった。
──そして、炭治郎が見事に機能回復訓練及び全集中・常中を使いこなせるようになって、善逸と伊之助も訓練に対して真面目に取り組むようになり──“しのぶ”の協力もあって三人揃って卒業を迎えた。
「おい、ハナモ! 今日こそはお前のこと捕まえるからな!」
「錆兎さんはさぁ、踏み込みの時に出しちゃいけない方の足も踏み出しかけるじゃない。あれ怖くないの? 俺無理なんだけど」
最後の夕飯を囲みながら、会話が弾む。
錆兎は厳しい物言いをすることもあるが面倒見がとてもいいし、真菰も世話を焼くことを苦とも思わない性格だ。
米粒を口元にくっつけたままの伊之助から、ひょいと指先で取り除いてやりながら錆兎が善逸に答える。
真菰は“しのぶ”と並んで何やら楽しそうに雑談中だ。伊之助がそんな彼女の皿から天ぷらをくすねようと伸ばした手は、ぐわしっと掴まれて阻まれる。二人は視線を彼に向けないのに伊之助が怯えていた。
「──いいのかな」
ぽつりと、炭治郎が小さく声漏らした。
隣にいるティアに向けての問いかけだ。
真菰も、錆兎も、もう死んでしまっている。
隊士になる前に死んだ二人のことを、ここにいる生者は知らない。だからティアの力でまるで生きている人のように振る舞えている。
けれど、炭治郎や例えば鱗滝、そして二人の死を知っている人間が現れて口にしてしまったら。
二人は死んでいる事実が明かされたら、こんな“訪れていたかもしれない光景”は霧散する。
死の事実は受け入れがたいけれど、大事なことだ。
黙っていることは、果たして良いことなのだろうか──。
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──炭治郎が布団叩きで殴られる音がする。
蝶屋敷で過ごすようになって二週間。そろそろ彼の努力も報われてくる頃合いだろうか。
「伊之助は無意識に全集中の呼吸を通常生活で使っているから、徹底させればわけもないかもしれないな」
刀──日輪刀ではない──の手入れ作業を止めて、宍色の髪の青年は真菰に促す。
彼の視線を受け、真菰は頭に乗せていた花輪を両手で丁寧に持って、笑顔になった。
「善逸くんは単独行動の時は出来てるね。人と一緒になるとそっちが気になっちゃってるみたい」
機能回復訓練で目に見えて成果を得られないことから、やる気を失ってしまった伊之助と善逸のお目付役を任されていたこの二人。
錆兎と真菰から報告を受けて、ティアはふむ、と首を傾げた。
炭治郎は今までやっていなかったようだけど、二人はできるのか。もしかして、ラシードが教えようとしていたのは全集中・常中だったのかもしれない。
「ところで、その呼吸法──、お二人はできるんですか?」
「うん。ティアに助けてもらった後、鬼柱に教えてもらったよ」
「消えるはずだったこの命だ。礼を尽くさなければ」
律儀だなぁ、と苦笑いしてしまう。
狭霧山でティアは、悪く言えば二人に利用された。もちろんそれは、彼ら自身に返っていく。
わがままを終えた彼らは、手順を踏まずにティアの力を借りた結果、生きている人間に半年もの長期間にわたって接触──その存在は、何にも転じられる事なく“留められる”ところだった。
──のだけれど、ティアが二人に後出しで鹿鳴館非常勤推薦及び臨時採用、給料先払いの扱いにする事で“未来への断絶”を回避したのだ。
そうでもしなければ、この二人は生まれ変わることすら出来ず、狭霧山でただ、ただ、見ているだけの存在になってしまっていた。
「鬼柱さんは人間嫌いなのに。よっぽどお二人の行動力に心打たれたんでしょうね」
「鍛錬は想像を絶する鬼行法だったがな。真菰なんて泣くたびに仕置きされて」
視界の端で真菰が両耳を塞いで膝を抱えている。思い出したくないらしい。錆兎も錆兎で、顔色が悪い。
まあ、炭治郎が最終選別を終えた頃から柱合会議の間での出来事だ。幼かった二人の体型も義勇と同じ頃にまで成長していたのにはティアも驚いた。
それほど、彼らは“自分の存在”を鍛えたのだ。
義勇も驚いた事だろう。まさか助っ人が親友だとは思っていなかっただろうし、姿形も成長しているのだから。
二人の顛末については話をしていたが、その頃から義勇は任務続きで鹿鳴館に鍛錬に来ていなかった。
「鬼柱のお仕置きえげつなさ過ぎ……人間の尊厳なんて無だよ……」
「無いだろうな。俺たちはもう妖だぞ」
「えーと。それで、お二人ともどうします?」
どんよりした空気を纏う真菰に錆兎が苦笑い。
話題を変えようと、ティアは当初の話に戻した。機能回復訓練をオサボリ中の二人の扱いについての話し合いだ。
どうせならば、全集中・常中は会得すべきだろう。
お目付役である二人にその指南をお願いしてしまって良いのかどうか、ティアは意向を確認する。
二人は同時に、首を振った。
「善逸くんも伊之助くんも、私たちじゃ難しいと思うよ。炭治郎ならまだしも、何たって私たちは、体で覚えろ! 属性だから」
真菰がにっこり笑う。
それは、説明が下手、という事でしょうか。
ティアは言葉を失った。
「伊之助も感覚で捉える人間だが、あれは過程などを必要としない種の天賦の才の持ち主だ。ラシードは育手としての長年の経験則で上手くいったんだろう」
野生児だから粗野な部分が目立つが、確かに伊之助は理屈とは無縁なように見えて、理屈を飛び越えて本質を理解する力に長けている。
善逸はその聴覚のおかげで知識が豊富な分──悪く言えば強制的な耳年増の副産物──体育会系鍛錬では不十分ということか。
「そういうわけで、炭治郎に早く成果を出させて二人を煽ろうと思う。俺と真菰が交替で炭治郎の鍛錬に付き合うから、ティアにはその間目付け役を変わってほしい」
錆兎からの提案で、早速その日から二人が炭治郎の個人鍛錬に付き合うようになった。
──そして、炭治郎が見事に機能回復訓練及び全集中・常中を使いこなせるようになって、善逸と伊之助も訓練に対して真面目に取り組むようになり──“しのぶ”の協力もあって三人揃って卒業を迎えた。
「おい、ハナモ! 今日こそはお前のこと捕まえるからな!」
「錆兎さんはさぁ、踏み込みの時に出しちゃいけない方の足も踏み出しかけるじゃない。あれ怖くないの? 俺無理なんだけど」
最後の夕飯を囲みながら、会話が弾む。
錆兎は厳しい物言いをすることもあるが面倒見がとてもいいし、真菰も世話を焼くことを苦とも思わない性格だ。
米粒を口元にくっつけたままの伊之助から、ひょいと指先で取り除いてやりながら錆兎が善逸に答える。
真菰は“しのぶ”と並んで何やら楽しそうに雑談中だ。伊之助がそんな彼女の皿から天ぷらをくすねようと伸ばした手は、ぐわしっと掴まれて阻まれる。二人は視線を彼に向けないのに伊之助が怯えていた。
「──いいのかな」
ぽつりと、炭治郎が小さく声漏らした。
隣にいるティアに向けての問いかけだ。
真菰も、錆兎も、もう死んでしまっている。
隊士になる前に死んだ二人のことを、ここにいる生者は知らない。だからティアの力でまるで生きている人のように振る舞えている。
けれど、炭治郎や例えば鱗滝、そして二人の死を知っている人間が現れて口にしてしまったら。
二人は死んでいる事実が明かされたら、こんな“訪れていたかもしれない光景”は霧散する。
死の事実は受け入れがたいけれど、大事なことだ。
黙っていることは、果たして良いことなのだろうか──。