第3章 炎を絶やすことなかれ。(全22話)
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第8話 炎柱と恋柱。
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「師は──煉獄さんと任務だなんて、久し振りです!」
元継子である蜜璃の嬉しそうな様子に、杏寿郎もにこりと笑う。
師弟揃って柱として並べあえる。彼女が柱に任命された時、一晩ご褒美と言って食事処を梯子した記憶は新しい。
「ティアも一緒なのよね! でも、大丈夫なの? ちっちゃくなっちゃっているけれど」
「痛いとか調子悪いとかはありませんので。お二人とも、よろしくお願いします」
蜜璃がしゃがみこんで笑いかければ、ティアははにかむ様に笑って答えた。その光景に、炎柱も笑みを零す。
「任務の概要をいま一度おさらいしよう! 列車を利用した人の一部にだが、稀に意識を失い昏睡状態に陥っていると報告があった」
「食べられているわけではないって言うから、ティアにもついて来てもらうことになったんですよね」
うむ、と頷いた杏寿郎も、片膝をついてティアとの目線を近くする。
炎柱と恋柱とは、柱合会議でずっと顔を合わせていたけれど。
聴取される側としての立ち位置だったから、ティアとしては友人として接してくれる二人の眼差しがとても懐かしく思えた。
「そんな顔をしなくていい! 音柱がよく叱ってくれたはずだから俺たちはもう何も言わない! ただ、ティアを信じるだけだ!」
「そうよ〜ちっちゃくなっちゃっても、温泉だってご飯だって遊びにだっていけるんだから! ね?」
いつの間にかぽろぽろ流れていたらしい涙を、杏寿郎が指先で拭ってくれて、泣き笑いで蜜璃が抱きついてくる。
いい友達を持った。二人とも大好きだ。
めそめそしているティアを抱えた蜜璃とともに、“しのぶ”に挨拶をして、道場で四苦八苦している炭治郎に声をかけて。
今日も相変わらずオサボリをしているらしい二人の元に“お目付役”を配して、ティアは産屋敷邸から出てきた杏寿郎と合流した。
そして、昏睡状態にある人間の家を訪ねる。列車に直接向かうのもいいが、毎度被害者が出ているわけではない。意識を失っている相手から当たろうとティアがお願いした為だ。
「現時点で共通しているのは、巳年の人ってことくらいよね」
甘味処で休憩しながら、蜜璃がまとめた。
これは鬼ではなくて妖の仕業なのは濃厚だ。
被害者が近場に集中していたことも幸いだが、柱の走る速さが尋常でないのも早期の情報収集の強みだろう。抱えられているティアには真似できないことだ。
「列車を通す為に切り開いた場所もある。神域を侵し、許しを得ていなかったか」
「その場合はもっと大事になりますよ。山そのものを崩したりする神もいますから」
蜜璃が悲鳴を上げる。杏寿郎も苦笑いで茶を啜った。
山神の怒りは怖いのだ。まあ、滅多にそこまで怒ることはないから──元より神はひとところに留まらない性質もある──こそ、天変地異とは怖いのだが。
ティアの結論は、二人とは違った。「鬼の仕業ですね」
目を丸くする二人の前で、ティアは隠が作ってくれた地図を広げた。
「自分に特別な力が手に入ったらどうやって使おうか、表現や演出をしようとする鬼だっているかもしれません」
被害にあった日から順になぞる。コの字から、ちょうど長方形に。まだ尋ねていない被害者は、最後の直線上に住んでいる。
「もしかして、巳の字?」
「もう一人被害者が出るのか」
「そしたら同時に食べるんでしょうね」
意識を失った人間は血鬼術にやられている。聞けば何故列車に乗ったかなど家族もわかっていなかった。鬼の描いた筋書き通りに行動し、条件を満たした瞬間に血鬼術が各所で連鎖反応を起こす。
被害者だけで済むのか。周りの家族も巻き込まれるのか。巳の字を形作る沿線上の人間も危険であるかもしれない。
何よりこれはもしかすると、以前からもっと、小さく目立たない形で存在したかもしれない鬼が見せた油断だ。
「……なんだか、みすてりぃ小説みたいね」
「駅で張っていた方が良さそうだな。甘露寺、俺は先に行く」
念の為、もう一人の被害者宅に確認しに行って欲しい──杏寿郎の指示の元、ティアと蜜璃で残る被害者のもとへ向かい、確証を得た。
隠に次第を話し、二人も目ぼしい地域を当たる。
すると、家族に止められている老人の姿が飛び込んできて。
列車に乗ると聞かない老人は真っ青で、生気がなく。家族は泣きながら止めていた。
もういつ死んでもおかしくないような老人は、巳年だった。狂ったかのようにただただ列車に乗ることを渇望する姿は、悲壮だ。
「あんなお爺さんを食べる相手に選ぶだなんて」
「条件に当てはまる該当者が他にいなかったんでしょう。でも、あの様子ではもう持ちませんね」
列車に乗せられたとしても死んで帰ってくるほど弱った老人だ。
これは、鬼からして見ても誤算なのではないか。痺れを切らせて今夜あたりに出てくるかもしれない。
念のために、駅にいる杏寿郎に烏を飛ばす。
鬼の根気が続けば解決まで少し延びるだろうが、これは我慢比べだ。
「俺か甘露寺の方が良くはないか?」
「私もそう言ったんですけど、食べ頃なのは一番最初の被害者だからと」
老人のところに一人残るティアに、不安そうな様子で出て行く二人。
見送ったティアは、老人の手を掴んで放さなかった。
老人は列車のことなどすっかり忘れたように、家族と穏やかに過ごしていた。中には泣き出すものもいて、どんどん人が集まってくる。
ここ最近はずっと寝たきりで、このまま死んでしまうのではないかと皆で話しており、遠くにいた親族も戻ってきていたのだと言う。
まさか話せるとは思わなかった。ひ孫を見せることが出来るなんて。
温かい家族の温もりは、ティアが手を離せば血鬼術のせいで失われてしまう。
何度か試して家族の同意も得られたから、ティアもその場にいることを許されたのだが、老人は耄碌していて、まるで自分のひ孫かのように抱え込んで放さなかった。
「いなくて大正解だっだわよ! 意地汚くて最低な鬼だったもの!」
怒り心頭といった様子で帰ってきた蜜璃の口からは、鬼に対する文句の嵐がダダ漏れた。
どうやら作家志望の人間が鬼になったようで、自分の描いた作品通りに血鬼術で人を操り、オチとしてそして彼らはいなくなった──食べる──という展開に固執していたらしい。
今回は老人のせいで上手くいかず、一人一人被害者を順に食べる展開に変えたようだが。巳の文字が完成しないのにいいんだ──と思わず突っ込んでしまった杏寿郎たちは罵詈雑言を浴びせられたようで。
「その通りだ! もしあの場にティアがいたらと考えただけで頭が痛くなる!」
「ええ……かえって気になるのですが」
杏寿郎におんぶされながら、青筋を浮かべた友人たちを眺めた。
二人とも、元気なようでよかった。
「時に、ティアが少しばかり大きくなったように思うのは気のせいだろうか」
「気のせいではないですよ。たくさんの温かいものに触れさせていただきましたので」
“しのぶ”から貰った服ではきつくなってしまったので、老人の家で使わなくなった着物を借りてきた。やっとこの国に戻ってきた時──天元と初対面の頃くらいか。
死ぬ間際の人間は、ティアにとっては栄養源だった。生死の境にある人間は、未練にすがるし、希望を祈る。そんな人を前にした人間たちの抱く感情も、良くも悪くも綺麗だ。
そこにはなんの不純物もないから、人の欲望を叶えるティアのような存在にとっては力になる。
「それなら、宇髄さんのところに寄りましょうよ師範! きっと奥方様たちも喜んでくれますよ〜」
「うむ! ここのところ機嫌が悪かったからな!」
二人は細かいことを気にしない。そのことに、ティアがどれだけ感謝しているか知らないだろうし、言っても首を傾げられたのは記憶に新しい。
側にいてもいいんだよ、と彼らという存在そのもので肯定してくれていることに、涙が出そうになるのに。
だがその前に腹ごしらえだ──師弟の元気な掛け声に、思わずティアは声を上げて笑った。
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「師は──煉獄さんと任務だなんて、久し振りです!」
元継子である蜜璃の嬉しそうな様子に、杏寿郎もにこりと笑う。
師弟揃って柱として並べあえる。彼女が柱に任命された時、一晩ご褒美と言って食事処を梯子した記憶は新しい。
「ティアも一緒なのよね! でも、大丈夫なの? ちっちゃくなっちゃっているけれど」
「痛いとか調子悪いとかはありませんので。お二人とも、よろしくお願いします」
蜜璃がしゃがみこんで笑いかければ、ティアははにかむ様に笑って答えた。その光景に、炎柱も笑みを零す。
「任務の概要をいま一度おさらいしよう! 列車を利用した人の一部にだが、稀に意識を失い昏睡状態に陥っていると報告があった」
「食べられているわけではないって言うから、ティアにもついて来てもらうことになったんですよね」
うむ、と頷いた杏寿郎も、片膝をついてティアとの目線を近くする。
炎柱と恋柱とは、柱合会議でずっと顔を合わせていたけれど。
聴取される側としての立ち位置だったから、ティアとしては友人として接してくれる二人の眼差しがとても懐かしく思えた。
「そんな顔をしなくていい! 音柱がよく叱ってくれたはずだから俺たちはもう何も言わない! ただ、ティアを信じるだけだ!」
「そうよ〜ちっちゃくなっちゃっても、温泉だってご飯だって遊びにだっていけるんだから! ね?」
いつの間にかぽろぽろ流れていたらしい涙を、杏寿郎が指先で拭ってくれて、泣き笑いで蜜璃が抱きついてくる。
いい友達を持った。二人とも大好きだ。
めそめそしているティアを抱えた蜜璃とともに、“しのぶ”に挨拶をして、道場で四苦八苦している炭治郎に声をかけて。
今日も相変わらずオサボリをしているらしい二人の元に“お目付役”を配して、ティアは産屋敷邸から出てきた杏寿郎と合流した。
そして、昏睡状態にある人間の家を訪ねる。列車に直接向かうのもいいが、毎度被害者が出ているわけではない。意識を失っている相手から当たろうとティアがお願いした為だ。
「現時点で共通しているのは、巳年の人ってことくらいよね」
甘味処で休憩しながら、蜜璃がまとめた。
これは鬼ではなくて妖の仕業なのは濃厚だ。
被害者が近場に集中していたことも幸いだが、柱の走る速さが尋常でないのも早期の情報収集の強みだろう。抱えられているティアには真似できないことだ。
「列車を通す為に切り開いた場所もある。神域を侵し、許しを得ていなかったか」
「その場合はもっと大事になりますよ。山そのものを崩したりする神もいますから」
蜜璃が悲鳴を上げる。杏寿郎も苦笑いで茶を啜った。
山神の怒りは怖いのだ。まあ、滅多にそこまで怒ることはないから──元より神はひとところに留まらない性質もある──こそ、天変地異とは怖いのだが。
ティアの結論は、二人とは違った。「鬼の仕業ですね」
目を丸くする二人の前で、ティアは隠が作ってくれた地図を広げた。
「自分に特別な力が手に入ったらどうやって使おうか、表現や演出をしようとする鬼だっているかもしれません」
被害にあった日から順になぞる。コの字から、ちょうど長方形に。まだ尋ねていない被害者は、最後の直線上に住んでいる。
「もしかして、巳の字?」
「もう一人被害者が出るのか」
「そしたら同時に食べるんでしょうね」
意識を失った人間は血鬼術にやられている。聞けば何故列車に乗ったかなど家族もわかっていなかった。鬼の描いた筋書き通りに行動し、条件を満たした瞬間に血鬼術が各所で連鎖反応を起こす。
被害者だけで済むのか。周りの家族も巻き込まれるのか。巳の字を形作る沿線上の人間も危険であるかもしれない。
何よりこれはもしかすると、以前からもっと、小さく目立たない形で存在したかもしれない鬼が見せた油断だ。
「……なんだか、みすてりぃ小説みたいね」
「駅で張っていた方が良さそうだな。甘露寺、俺は先に行く」
念の為、もう一人の被害者宅に確認しに行って欲しい──杏寿郎の指示の元、ティアと蜜璃で残る被害者のもとへ向かい、確証を得た。
隠に次第を話し、二人も目ぼしい地域を当たる。
すると、家族に止められている老人の姿が飛び込んできて。
列車に乗ると聞かない老人は真っ青で、生気がなく。家族は泣きながら止めていた。
もういつ死んでもおかしくないような老人は、巳年だった。狂ったかのようにただただ列車に乗ることを渇望する姿は、悲壮だ。
「あんなお爺さんを食べる相手に選ぶだなんて」
「条件に当てはまる該当者が他にいなかったんでしょう。でも、あの様子ではもう持ちませんね」
列車に乗せられたとしても死んで帰ってくるほど弱った老人だ。
これは、鬼からして見ても誤算なのではないか。痺れを切らせて今夜あたりに出てくるかもしれない。
念のために、駅にいる杏寿郎に烏を飛ばす。
鬼の根気が続けば解決まで少し延びるだろうが、これは我慢比べだ。
「俺か甘露寺の方が良くはないか?」
「私もそう言ったんですけど、食べ頃なのは一番最初の被害者だからと」
老人のところに一人残るティアに、不安そうな様子で出て行く二人。
見送ったティアは、老人の手を掴んで放さなかった。
老人は列車のことなどすっかり忘れたように、家族と穏やかに過ごしていた。中には泣き出すものもいて、どんどん人が集まってくる。
ここ最近はずっと寝たきりで、このまま死んでしまうのではないかと皆で話しており、遠くにいた親族も戻ってきていたのだと言う。
まさか話せるとは思わなかった。ひ孫を見せることが出来るなんて。
温かい家族の温もりは、ティアが手を離せば血鬼術のせいで失われてしまう。
何度か試して家族の同意も得られたから、ティアもその場にいることを許されたのだが、老人は耄碌していて、まるで自分のひ孫かのように抱え込んで放さなかった。
「いなくて大正解だっだわよ! 意地汚くて最低な鬼だったもの!」
怒り心頭といった様子で帰ってきた蜜璃の口からは、鬼に対する文句の嵐がダダ漏れた。
どうやら作家志望の人間が鬼になったようで、自分の描いた作品通りに血鬼術で人を操り、オチとしてそして彼らはいなくなった──食べる──という展開に固執していたらしい。
今回は老人のせいで上手くいかず、一人一人被害者を順に食べる展開に変えたようだが。巳の文字が完成しないのにいいんだ──と思わず突っ込んでしまった杏寿郎たちは罵詈雑言を浴びせられたようで。
「その通りだ! もしあの場にティアがいたらと考えただけで頭が痛くなる!」
「ええ……かえって気になるのですが」
杏寿郎におんぶされながら、青筋を浮かべた友人たちを眺めた。
二人とも、元気なようでよかった。
「時に、ティアが少しばかり大きくなったように思うのは気のせいだろうか」
「気のせいではないですよ。たくさんの温かいものに触れさせていただきましたので」
“しのぶ”から貰った服ではきつくなってしまったので、老人の家で使わなくなった着物を借りてきた。やっとこの国に戻ってきた時──天元と初対面の頃くらいか。
死ぬ間際の人間は、ティアにとっては栄養源だった。生死の境にある人間は、未練にすがるし、希望を祈る。そんな人を前にした人間たちの抱く感情も、良くも悪くも綺麗だ。
そこにはなんの不純物もないから、人の欲望を叶えるティアのような存在にとっては力になる。
「それなら、宇髄さんのところに寄りましょうよ師範! きっと奥方様たちも喜んでくれますよ〜」
「うむ! ここのところ機嫌が悪かったからな!」
二人は細かいことを気にしない。そのことに、ティアがどれだけ感謝しているか知らないだろうし、言っても首を傾げられたのは記憶に新しい。
側にいてもいいんだよ、と彼らという存在そのもので肯定してくれていることに、涙が出そうになるのに。
だがその前に腹ごしらえだ──師弟の元気な掛け声に、思わずティアは声を上げて笑った。