第3章 炎を絶やすことなかれ。(全22話)
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第7話 初恋のような。
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“しのぶ”の厚意で貸して貰った服は、今のティアには丁度いい大きさだった。
蝶屋敷で働く女の子たちの予備の制服らしい。久々にスカートだから、足下が落ち着かないが、先ほどまでは産屋敷から貸し出された子供たちの着物だったし、動きやすさは断然こちらだ。
「ありがとうございます、“しのぶ”さん。助かります!」
「いいえ。私にはこれくらいしか力になれそうにないので」
ぺこりと頭を下げれば、いつものにこやかな笑顔で返してくれる。
平生そこで会話は終了して、互いに挨拶を交わすのだが。
“しのぶ”は困ったように眉尻を下げて、ティアの目線の高さに合わせてしゃがんだ。
「私の姉が食われずにすんで、私が最期を看取ることが出来たのは、ラシードさんのおかげなんでしょうか」
昨日の柱合会議の場で、どの柱が既にラシードと面識があったのかも情報交換された。“しのぶ”は、花柱であった姉の胡蝶カナエが亡くなる直前であること報告している。
「彼は覚えていないと言いましたが」
「ラシードは、来世でもきっとまた会える、会いたい──という人の願いが具現化した存在だと思ってください」
死ぬ直前に、希望を囁くような切なる願い。それがラシードという存在の原点だった。
だから、記憶をずっと所持している。彼は知識の宝庫でもある。記録という単語、日記という名詞が体現したものだ。
「だから、覚えていないはずはないのですが──あの人は寿命を削らずにいられる方法も、長い年月の中で会得しています」
あったはずの記憶の消滅は、その間の生きていた記録が失われること。
ラシードの寿命は決まっているそうで、そこから差し引けばその分長く生きることが出来るという。
「あの人は眠る必要がない人物ですが、眠る時は記憶の整理をする時です。そこで、自分の寿命を調整します。特に、既に亡くなった方に関する記憶は削除要因としては……」
「寿命が十年もないとなれば、そうなりますかね」
生まれて直ぐに成長すれば寿命は半分に減り、普通は死んでしまうような、治らないような傷を癒せばさらに減る。強力な技を出せば、同じ事。
鬼殺の剣士としてあろうとすればする程、ラシードという人物は寿命を削る。
「腹の底が冷えて仕方ありませんよ。私と同じくらいの背丈だったはずなのに、あの遺骨は十歳程度の子供のものです」
元鳴柱によって首を落とされたラシードからは、血飛沫はあがらなかった。代わりに布が落ちる音と、玉砂利に弾かれて、からからと鳴った人骨の散らばる音。
鬼であれば塵となって消えるのに。
鬼の特性を得たためなのか、骨だけが遺された。
とてつも無く、壮絶な光景だった。
「お館様や桑島さんのお話を伺い、事情は飲み込めました。けれど、どうにももやもやした気持ちは消えません。鬼舞辻無惨を倒すことに、それ程費やせるものでしょうか」
鬼の存在をなんとかしたい気持ちはある。けれども、それを何年も、何世代も、殺され続けながら、折れずに続けることが出来るだろうか。
“しのぶ”は年頃の女の子のような、困惑した顔でティアを覗き込んでくる。
「使命感ですか? 仲間との約束だから? 恨みの為? そんな、私如きが想像できるような理由で、ラシードさんは戦っているんでしょうか」
“しのぶ”の芯が、揺らいでいた。
彼女は自分を必死で奮い立たせてきただろうに、それを圧倒するようなことをしているラシードの存在を知って動揺していた。
彼女が身体的特徴など問題を抱えながら、一つ一つそれらを彼女なりのやり方で解決して、柱に上り詰めたことは聞いている。
だからなんとなく、理解できたのだろう。
ラシードが同じようにして、これまで鬼殺隊と関わってきたこと。鬼に対抗するための術を考案したり、誰にでも扱えるような道具を考えたりして。
「初恋のようなものだと言っていました」
少しだけ迷って口にすれば、怪訝そうな顔をした“しのぶ”が眉頭を寄せた。眉間にシワが寄っている。
ティアは慌てて付け加えた。
成り立ちは、来世での再会の約束や、死しても来世で達成しようとした野望──みたいなものだとしても、そういう存在として生まれる人物自身が“願ったことでは無い”。
死んだのに生まれたら前のことを覚えていて、錯乱する。忘れてしまいたいことも覚えていたら、もう絶望しかない。
ラシードのような力を持つ化け物の世代交代がどうすればできるのかティアにはわからないが、ラシードはある時、出会ったのだ。
「鬼舞辻無惨に喰われた時、初めて“これだ”と、己の存在に自覚を持ったそうでして」
自分の持ってしまった力を活用できる場。それに初めて出逢ったからこそ、ラシードはその力に向き合って生きることが出来るようになった。
人間を食べる妖など他にもたくさんいるのに。
「……あはは。なるほど、それで初恋ね。これは、想像以上だわ……」
「そこに至るまでにも自分の存在意義で悩んでたようなので、そこは多めに見てあげてくださいね……」
「まあ、そんな力持っていない私には、本当の意味では理解できない話なのでしょうが。でも……はっ初恋って……」
それから、“しのぶ”はひとしきり腹を抱えて笑った。つられてティアも笑ってしまう。
眉尻の涙を拭った“しのぶ”が、ああもうひどい理由だわ、と一息つく。
「本人に会ったらからかってやろうっと。頬でも赤らめてくれれば私の気も晴れるでしょうしね」
「お手柔らかにお願いします」
「それで、ティアはどうなの?」
すっかり口調が変わってしまっている“しのぶ”が、問い詰めるようにずいっと真顔で覗き込んできた。
思わずのけぞるティアの両肩が掴まれる。
「昔やらかしたことの尻拭いっていうのはわかったわ。でも、違うわよね、それだけじゃないでしょう。貴女はこの国に来る前は他国で同じことをしていたはず──なぜ、“ここ”なの?」
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“しのぶ”の厚意で貸して貰った服は、今のティアには丁度いい大きさだった。
蝶屋敷で働く女の子たちの予備の制服らしい。久々にスカートだから、足下が落ち着かないが、先ほどまでは産屋敷から貸し出された子供たちの着物だったし、動きやすさは断然こちらだ。
「ありがとうございます、“しのぶ”さん。助かります!」
「いいえ。私にはこれくらいしか力になれそうにないので」
ぺこりと頭を下げれば、いつものにこやかな笑顔で返してくれる。
平生そこで会話は終了して、互いに挨拶を交わすのだが。
“しのぶ”は困ったように眉尻を下げて、ティアの目線の高さに合わせてしゃがんだ。
「私の姉が食われずにすんで、私が最期を看取ることが出来たのは、ラシードさんのおかげなんでしょうか」
昨日の柱合会議の場で、どの柱が既にラシードと面識があったのかも情報交換された。“しのぶ”は、花柱であった姉の胡蝶カナエが亡くなる直前であること報告している。
「彼は覚えていないと言いましたが」
「ラシードは、来世でもきっとまた会える、会いたい──という人の願いが具現化した存在だと思ってください」
死ぬ直前に、希望を囁くような切なる願い。それがラシードという存在の原点だった。
だから、記憶をずっと所持している。彼は知識の宝庫でもある。記録という単語、日記という名詞が体現したものだ。
「だから、覚えていないはずはないのですが──あの人は寿命を削らずにいられる方法も、長い年月の中で会得しています」
あったはずの記憶の消滅は、その間の生きていた記録が失われること。
ラシードの寿命は決まっているそうで、そこから差し引けばその分長く生きることが出来るという。
「あの人は眠る必要がない人物ですが、眠る時は記憶の整理をする時です。そこで、自分の寿命を調整します。特に、既に亡くなった方に関する記憶は削除要因としては……」
「寿命が十年もないとなれば、そうなりますかね」
生まれて直ぐに成長すれば寿命は半分に減り、普通は死んでしまうような、治らないような傷を癒せばさらに減る。強力な技を出せば、同じ事。
鬼殺の剣士としてあろうとすればする程、ラシードという人物は寿命を削る。
「腹の底が冷えて仕方ありませんよ。私と同じくらいの背丈だったはずなのに、あの遺骨は十歳程度の子供のものです」
元鳴柱によって首を落とされたラシードからは、血飛沫はあがらなかった。代わりに布が落ちる音と、玉砂利に弾かれて、からからと鳴った人骨の散らばる音。
鬼であれば塵となって消えるのに。
鬼の特性を得たためなのか、骨だけが遺された。
とてつも無く、壮絶な光景だった。
「お館様や桑島さんのお話を伺い、事情は飲み込めました。けれど、どうにももやもやした気持ちは消えません。鬼舞辻無惨を倒すことに、それ程費やせるものでしょうか」
鬼の存在をなんとかしたい気持ちはある。けれども、それを何年も、何世代も、殺され続けながら、折れずに続けることが出来るだろうか。
“しのぶ”は年頃の女の子のような、困惑した顔でティアを覗き込んでくる。
「使命感ですか? 仲間との約束だから? 恨みの為? そんな、私如きが想像できるような理由で、ラシードさんは戦っているんでしょうか」
“しのぶ”の芯が、揺らいでいた。
彼女は自分を必死で奮い立たせてきただろうに、それを圧倒するようなことをしているラシードの存在を知って動揺していた。
彼女が身体的特徴など問題を抱えながら、一つ一つそれらを彼女なりのやり方で解決して、柱に上り詰めたことは聞いている。
だからなんとなく、理解できたのだろう。
ラシードが同じようにして、これまで鬼殺隊と関わってきたこと。鬼に対抗するための術を考案したり、誰にでも扱えるような道具を考えたりして。
「初恋のようなものだと言っていました」
少しだけ迷って口にすれば、怪訝そうな顔をした“しのぶ”が眉頭を寄せた。眉間にシワが寄っている。
ティアは慌てて付け加えた。
成り立ちは、来世での再会の約束や、死しても来世で達成しようとした野望──みたいなものだとしても、そういう存在として生まれる人物自身が“願ったことでは無い”。
死んだのに生まれたら前のことを覚えていて、錯乱する。忘れてしまいたいことも覚えていたら、もう絶望しかない。
ラシードのような力を持つ化け物の世代交代がどうすればできるのかティアにはわからないが、ラシードはある時、出会ったのだ。
「鬼舞辻無惨に喰われた時、初めて“これだ”と、己の存在に自覚を持ったそうでして」
自分の持ってしまった力を活用できる場。それに初めて出逢ったからこそ、ラシードはその力に向き合って生きることが出来るようになった。
人間を食べる妖など他にもたくさんいるのに。
「……あはは。なるほど、それで初恋ね。これは、想像以上だわ……」
「そこに至るまでにも自分の存在意義で悩んでたようなので、そこは多めに見てあげてくださいね……」
「まあ、そんな力持っていない私には、本当の意味では理解できない話なのでしょうが。でも……はっ初恋って……」
それから、“しのぶ”はひとしきり腹を抱えて笑った。つられてティアも笑ってしまう。
眉尻の涙を拭った“しのぶ”が、ああもうひどい理由だわ、と一息つく。
「本人に会ったらからかってやろうっと。頬でも赤らめてくれれば私の気も晴れるでしょうしね」
「お手柔らかにお願いします」
「それで、ティアはどうなの?」
すっかり口調が変わってしまっている“しのぶ”が、問い詰めるようにずいっと真顔で覗き込んできた。
思わずのけぞるティアの両肩が掴まれる。
「昔やらかしたことの尻拭いっていうのはわかったわ。でも、違うわよね、それだけじゃないでしょう。貴女はこの国に来る前は他国で同じことをしていたはず──なぜ、“ここ”なの?」