第3章 炎を絶やすことなかれ。(全22話)

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風柱が投げやりにつけてくれた名前

第4話 狐面の二人組。
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頭から出た角を、ラシードはぽきんと折った。

間髪入れずにあちこちから呼吸と技が迫ってくる。
とりあえずティアを禰豆子の方に放り出して刀と角を構え──気付いたら表情の乏しい少年が彼女をキャッチしてる──「獣の呼吸」



「伍の牙 狂い裂き」



さまざまな呼吸技と爆発的な技のぶつかり合いで、建物が半壊した。
産屋敷たちは隠や義勇、天元によって庭の奥まで退避させられており、建物以外に被害はない。

いや──「ラシードっそんな呼吸を使ったら!」

筋肉が不可に耐えきれずにあちこちでちぎれ、肺も破裂したから、吐き出す血のせいで呼吸が出来ない。びしゃびしゃと音を立てて溢れる鮮血に屈み込んでむせ返るのを、駆け寄ってきた炭治郎が支えてくれた。
珠世たちと再会した時以上の痛みだ。こんなに痛いのは鬼殺隊にいた頃以来だ。知ってたはずだけど本当に痛い。

ラシードとしては不慣れなのだから、仕方ないのだろうが。それとも、覚えていては本気が出せないと使ってしまったか。

再生するまでに時間がかかる。支えてもらっていなければ、窒息の苦しみも味わったかもしれない。ただでさえ呼吸もうまくできないのに。

「おい、煉獄、宇髄よお! こいつ鬼じゃねえか!」
「よもや……思い至る材料など無かったが」
「正直動揺するぜ、太陽を克服してる鬼なんて聞いたことねえぞ」

思い切り吹っ飛ばされたはずの柱たちが体勢を立て直す気配。
さすがに次を切り抜けるのは無理だ。まだ時間がかかる。
それは、ティアもわかっているはずだ。



だから、ラシードは耀哉に付いている義勇を見た。



「うまく潜入したようだがそれもここまでだ。甘露寺に取り入ろうとした罪、許しがたし。今すぐ死ね」
「南無」

蛇を連れた男と巨軀の男が迫る。その後方には、煉獄たち。桜色の頭の少女に子供たちを任せた天元も。

「やめて下さい、ラシードは昔から人を守って──」
「今は無駄だ、炭治郎。言葉だけでは通じ合えない時もある」

突然の介入者に、炭治郎は息を飲んだ。
そりゃあそうだろう。彼からしてみれば、目を見張るような光景のはずだ。

「立ち塞がるというのならば容赦はせぬ! 岩の呼吸、弍の型 天面砕き!」
「蛇の呼吸、弍の型 狭頭の毒牙!」

鉄球と刃が迫る中、介入者たちは炭治郎には聞き慣れた呼吸を扱う。「水の呼吸 拾壱ノ型」



宍色の髪の、狐面の男が刀を振り抜いて。



落ち着きのある花柄の着物が、舞う。






「堰崩し」
水分みくまり






勢いのある一撃毎に重みの増す連撃によって鎖が切れ、制御を失った鉄球をも庭先まで吹っ飛ばし。襲い来る蛇のように迫る刃は、しなやかで正確な斬撃によって弾かれた。

「みんな、もう辞めるんだ。仲間同士で死闘など無意味だよ」
「本部が知られたのだ。止めないで頂きたい!」

耀哉に反論した煉獄が、技を繰り出そうと刀に手をかけた。



「その本部が鬼の襲撃を受けないのはね。ほとんどはその方の“血記術”のお陰なんだから」



今度こそ、全員が動きを止めた。

義勇はラシードの意向を汲み取って動かず。蜜璃は刀を手にしてはいたが戸惑ったまま。
“しのぶ”は何か思うことがあったのか、義勇同様刀を抜くこともなく参戦するそぶりもなかった。

緊迫感はあれど脅威は去ったと判断し、早々に刀を納めた宍色の髪の青年は大きく息をついて。

「まだ手が痺れている。これが柱の力か」

面を外した──錆兎は、好敵手に巡り合ったような、冷や汗を浮かべながらも気持ちのいい顔で笑った。

「続いていたらやられていたな。もう少し行けると思ったんだが」
「普段身を置いている場所が違うんだもん、仕方ないよ」

私も背中嫌な汗びっちょり、と笑う真菰が、お面を頭に引っ掛けてポカンとなっている炭治郎の側にしゃがんだ。
そして、人差し指をたてて、唇の前に。言っちゃダメ、の仕草だ。

「っけほ……ティアが呼んだ。こいつらが存在しない奴らだって知ってんのはこの場では少数だ。言ったら消えるし大問題だ。黙ってろよ」
「わっ、わかった!」

少し咳き込みながらラシードが注意すると、炭治郎は少し顔を青くさせたまま頷く。小さな影が炭治郎とラシードに飛びついたのはその時だ。
炭治郎がギョッと目を剥いた。

「禰豆子! なんで──っ」

影を作っていたはずの屋根が半ば吹っ飛んだ為、日の光に晒されてしまっている禰豆子だ。何やら薄絹を被っており、手足に日が当たっているのに、何事もない。



「この子も太陽浴びても平気なの?」



鬼の禰豆子が被っている布をちょこんと摘んで首を傾げたのは、ティアを受け止めてから彼女に請われて参戦しなかった無一郎だった。
問われたティアが、達成感に満ちた顔で頷く。

「藤襲山で鬼に襲われて怪我した時の私の髪を加工して作ってもらったものです。昨日納品されたものでぶっつけでしたが、上手くいってよかった!」

危うく最終選別を台無しに仕掛けた、という話だけは聞いていたラシードはその意味を把握して、乾いた笑みを浮かべる。
そりゃあ中にいる鬼たち全滅させかねない状況だったろう。彼女の血の匂いもまた鬼には好物で、あそこにいる程度の鬼であれば無力化してしまう。

「ただ、万能ではありません。あくまで試作。安全性が保証されるまでは最低でも一週間は月光下で干して下さい。使うのも必ずその後一回」
「ありがとう、ティア! よかったな禰豆子、お日様見るの久しぶりだろう」

泣き笑いの炭治郎になでこなでこされた禰豆子は、嬉しそうに両手を広げてティアに飛びついた。
真菰も、よかったねえ、とあやしてくれる。

「呑気なものだな。柱たちが置いてけぼりだ」
「元はと言えばお前が拾った兄妹のことだろうに──いい弟弟子が出来て嬉しいよ。良くやったな、義勇!」

様子を伺う外野の視線が注目する中、てちてちと寄ってきた義勇を錆兎が笑いしながら迎える。彼が構えた拳に、少し頬を緩ませた水柱の拳がこつんとぶつかった。

「ねえ、君も鬼なんだよね?」

様々なものが真新しく感じられるのか、無一郎がラシードの角が生えていた場所をぺたぺたと無遠慮に触ってくる。

されるがままにされながら、違うのだけど今更否定する材料の方が提示しづらくてラシードは口をつぐんだ。

自分で角を折れば鬼に変化した姿も戻る。まあ、髪は長いままだけど。
折れた角は日輪刀に変わる。これで二振り目が出来てしまった。二刀流の伊之助にでもあげようかな。

ラシードは鬼の特性を持ってるだけで、鬼じゃないんだよ」
「そうなの? だから、その傷は治らないの?」

炭治郎が代わりに否定し、無一郎に指摘された場所を見て固まった。
まじまじと赤みがかった瞳に見つめられている場所は、頰か。

そういえば、落ちてきた瓦礫で切ったかもしれない。日輪刀の傷はラシードには通じないから傷なんてつかないのだ。

さあっと、炭治郎の顔から血の気がひいていく。「ラシード
やっぱり、そんな顔をさせてしまったか。だから順を追うか、知らせずにいたかったのだけど。



「気にすんな、寿命だ。日が落ちたら死ぬ。その兆候だ」



少しまだむせ返るのは、もう治らないからだ。破裂した肺だけでも治ってくれて助かった。さすがにあの状態で過ごすとか辛すぎる。
口を覆っていた片腕の掌が赤い。そのまま頬を拭えば、塞がらない場所からの血がついた。

「そんな……っ何か、なんとか出来ないのか?」
「切り傷適度で何そんな慌ててるんだよ。こんなの人間なら普通だろ」

声を震わせて、泣き出しそうな顔。
困ったやつだなあ、と汚れていない方の手で頭を撫でてやると、理解できたのか禰豆子も泣きながらひっついて来た。

ぬっと日が陰ったと思えば、馴染みの柱が覗き込んでいて。

ラシード……結局のところ、お前は何者なのだ」
「死ぬってんなら、逝く前に説明してもらいてえな。同じ釜の飯を食った仲としてはよ」

杏寿郎と、しゃがみこんでいる天元も、神妙そうな顔だ。
そんな二人には申し訳ないと思いながら、ラシードは相棒を振り返る。

ティアは口を真一文字に結んで待ち構えていて。

「時間が惜しい。悪いけど後は頼んだ」
「……後でたくさん、鱗滝さんに叱られればいいです」

泣くのを我慢しながら恨み言を放つティアをよしよしと抱きしめてやってから、慌てて庭先にぴょんと降りていくラシードを掴もうとした天元と杏寿郎を、ティアがぼろぼろ泣きながら引き止める。

「悪いが、身内話はまた今度な」
「不出来なこの身が恨めしい限りです」
「言いっこなしだろ。お互い様なんだから」

数名の柱たちに守られた産屋敷と挨拶を交わし、ラシードは弟弟子たちを振り返った。「炭治郎」



「善逸と伊之助に伝えといてくれ。またな──って」



後悔することは今生、この瞬間はない。
きっと晴れやかな笑顔を浮かべられているはずだ。

飛び出してこようとする炭治郎と禰豆子の姿が、鬼に喰われていた自分を見つけた時の子供の姿に重なる。



そう思った時──晴天に、稲妻が走った。


 
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