第3章 炎を絶やすことなかれ。(全22話)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第1話 遠くて、近い場所。
_____________________________
やっと大人しくなった善逸が安心して寝息を立て始めた。
起こさないよう注意しながら背負い直せば、待っていてくれていた美女が困った顔になる。
「隠の方に運んでもらえるのに、あなたも頑なな方ですね」
「連れて帰ってやるって約束したからな。手当てできるところまで責任持って運ぶよ」
同じように足を止めていた義勇が、すっとラシードの腰から二人分の日輪刀を引っこ抜く。邪魔なものがなくなったから、体勢が安定した。
「あなたには一緒に本部に来て頂きたいので、本部につき次第その背中の子は預かりますからね」
にっこり笑う蟲柱──胡蝶しのぶの、涼やかな声音とは別の圧力に普通ならば口答えはしないのだろうが。
「やだよ。こういう時は寝かせるまでが勤めだぞ。それだけは弟子や子供に欠かしたことないんだ!」
「確かに。起きたら布団の中だったことは、よくあった」
ハッとした様子で衝撃を受けている義勇に“しのぶ”が笑みを深くしながら「冨岡さんは黙っていてください」と言った。彼女は人差し指をたてて、いいですか、と続ける。
「今回の那田蜘蛛山の任務、あなたは指令を受けていません。それ以前に、この界隈に派遣されている隊士にあなたの名前はない」
稀に指令を受けずに、たまたま近くで難儀な事案が発生していることに気づいた隊士が、独断で加勢することはあり得ること。そこは問題にはならないのだが。
鬼殺隊に入っていないラシードがひょこっと現れたことへの違和感はしっかり拾われてしまっているよう。これは、未入隊であることも今頃本部では把握済みかな。
すました顔を心がけながら──内心、めちゃくちゃ動揺している──うんうんと頷くと、“しのぶ”が鼻先がくっつきそうな距離までずいっと距離を詰めてきた。
本来なら仰け反ったりすべきなのだろうが、そんなことしたら善逸が起きてしまう。
「──前に、会ったことありますか?」
じっと見つめられて、ラシードは思わず首を傾げる。「それは俺も思った」
こう、彼女を見たことがある気がする。いや、鬼殺隊の本部などふらっと勝手に──何度も言うがラシードは未入隊なので不法侵入──立ち寄ったりしているから、蝶屋敷などで見かけたりしたのかもしれない。
けれど、胡蝶しのぶと会った──というよりは「その羽織りと髪飾りは特徴的なんだけど」としっくりこない。
何より、それではラシードを見たことがありそうな、“しのぶ”との話が噛み合わない。恐らく彼女はラシードを以前目撃しているのだろう。
つまりは、ラシードはその時の記憶を使ってしまった可能性がある。
そうなると思い出すことなど出来ない。既にないのだから。
「うーん。俺には無理かも。でも多分、お前の方が正しいな」
「要領を得ない回答ですね。そういうの嫌いです」
怒った様子はないが、匂いはイラッとしたものだ。この年でポーカーフェイスを身につけるとかどれだけの覚悟を持っているのか。
“しのぶ”には嫌われたが、ラシードは好感を抱く。
「悪いな。多分、忘れるべきじゃない何かがあったんだろうが、緊急事態で残せなかったんだと思う」
「ラシードが記憶を忘れることは滅多にない。あるとしたら、よほど強い鬼と遭遇して戦ったりした時だろう」
言い訳がましいが、悪気があったわけではないことだけ伝えたかった。
それを、黙って聞いていた義勇が繋いでくれる。けど、彼の目が笑っていないのでスィーッと視線を逸らした。
そこで蟲柱の継子である栗花落カナヲと目があう。にこにこと表情を変えない彼女も彼女で難儀な出立だな。
「後ほど、何があったのか話してもらおうか。そちらは覚えているだろう。そういうものだとお前が言っていた」
「ぺらぺら喋ったことをここまで後悔する日が来るとは思わなかった」
鱗滝や桑島だったら話を合わせてくれるのに。そうだよ、こいつ空気読めないし言葉足りないし正直で素直なやつだったよ。
無言の圧力を放ってくる柱二人から顔を背け、ラシードはとっとこ進んだ。ずいぶん先に進んでしまったが、炭治郎と禰豆子を抱えた隠たちから意識は離さない。
今頃ティアは産屋敷に捕まって質問攻めかな。
まあ、想定していたことだから言うこともちゃんとわかっているし、どちらにしろ死ぬ前に一度顔を見せていくつもりだったから構わないのだが。
「あ、カナヲってお前が育ててんだよな。伝えてはおいたんだけど音柱にも稽古つけて貰いなよ」
「え──まあ、どうしてわかったのですか?」
“しのぶ”としても、カナヲの良いところを伸ばすのに必要だと思っていたのだろう。それを他人から指摘されて驚いたようだ。
共に任務に当たる機会でもあれば、ほかの柱も助言をすることはできるだろうが。
経験の差かなぁ、とぼやき返しながら、カナヲを振り返る。
「くノ一たちに話しつけとけば何とでもなるさ。現状嬢ちゃんは忍にありがちな情緒欠落がある。だから、煩わしいとか思わず、うまく付き合ってくれるよ」
愛も変わらずにこにこにこにこと笑みを絶やさずについてくるカナヲ。それを振り返る“しのぶ”からの返事はなかった。
追究も止んだようだし、ラシードはふうと息をついて。
鬼殺隊の本部は、ラシードが所属していた時代とはまったく違う場所にある。時代の移り変わりの中、移動を余儀なくされることなど幾度もあっただろう。
けれども、どこにあっても場所を把握できるのは、彼らがきちんと先代からの言伝を守っていたからだ。
愚かな後世もいたけれど、守るべきことは守ってくれた。
それは、微笑ましいこと。
「──懐かしいな」
ぽつりと呟くと、そうか、と隣から返ってくる。
何気ないその反応に、ラシードはとても、泣きたくなった。
_____________________________
やっと大人しくなった善逸が安心して寝息を立て始めた。
起こさないよう注意しながら背負い直せば、待っていてくれていた美女が困った顔になる。
「隠の方に運んでもらえるのに、あなたも頑なな方ですね」
「連れて帰ってやるって約束したからな。手当てできるところまで責任持って運ぶよ」
同じように足を止めていた義勇が、すっとラシードの腰から二人分の日輪刀を引っこ抜く。邪魔なものがなくなったから、体勢が安定した。
「あなたには一緒に本部に来て頂きたいので、本部につき次第その背中の子は預かりますからね」
にっこり笑う蟲柱──胡蝶しのぶの、涼やかな声音とは別の圧力に普通ならば口答えはしないのだろうが。
「やだよ。こういう時は寝かせるまでが勤めだぞ。それだけは弟子や子供に欠かしたことないんだ!」
「確かに。起きたら布団の中だったことは、よくあった」
ハッとした様子で衝撃を受けている義勇に“しのぶ”が笑みを深くしながら「冨岡さんは黙っていてください」と言った。彼女は人差し指をたてて、いいですか、と続ける。
「今回の那田蜘蛛山の任務、あなたは指令を受けていません。それ以前に、この界隈に派遣されている隊士にあなたの名前はない」
稀に指令を受けずに、たまたま近くで難儀な事案が発生していることに気づいた隊士が、独断で加勢することはあり得ること。そこは問題にはならないのだが。
鬼殺隊に入っていないラシードがひょこっと現れたことへの違和感はしっかり拾われてしまっているよう。これは、未入隊であることも今頃本部では把握済みかな。
すました顔を心がけながら──内心、めちゃくちゃ動揺している──うんうんと頷くと、“しのぶ”が鼻先がくっつきそうな距離までずいっと距離を詰めてきた。
本来なら仰け反ったりすべきなのだろうが、そんなことしたら善逸が起きてしまう。
「──前に、会ったことありますか?」
じっと見つめられて、ラシードは思わず首を傾げる。「それは俺も思った」
こう、彼女を見たことがある気がする。いや、鬼殺隊の本部などふらっと勝手に──何度も言うがラシードは未入隊なので不法侵入──立ち寄ったりしているから、蝶屋敷などで見かけたりしたのかもしれない。
けれど、胡蝶しのぶと会った──というよりは「その羽織りと髪飾りは特徴的なんだけど」としっくりこない。
何より、それではラシードを見たことがありそうな、“しのぶ”との話が噛み合わない。恐らく彼女はラシードを以前目撃しているのだろう。
つまりは、ラシードはその時の記憶を使ってしまった可能性がある。
そうなると思い出すことなど出来ない。既にないのだから。
「うーん。俺には無理かも。でも多分、お前の方が正しいな」
「要領を得ない回答ですね。そういうの嫌いです」
怒った様子はないが、匂いはイラッとしたものだ。この年でポーカーフェイスを身につけるとかどれだけの覚悟を持っているのか。
“しのぶ”には嫌われたが、ラシードは好感を抱く。
「悪いな。多分、忘れるべきじゃない何かがあったんだろうが、緊急事態で残せなかったんだと思う」
「ラシードが記憶を忘れることは滅多にない。あるとしたら、よほど強い鬼と遭遇して戦ったりした時だろう」
言い訳がましいが、悪気があったわけではないことだけ伝えたかった。
それを、黙って聞いていた義勇が繋いでくれる。けど、彼の目が笑っていないのでスィーッと視線を逸らした。
そこで蟲柱の継子である栗花落カナヲと目があう。にこにこと表情を変えない彼女も彼女で難儀な出立だな。
「後ほど、何があったのか話してもらおうか。そちらは覚えているだろう。そういうものだとお前が言っていた」
「ぺらぺら喋ったことをここまで後悔する日が来るとは思わなかった」
鱗滝や桑島だったら話を合わせてくれるのに。そうだよ、こいつ空気読めないし言葉足りないし正直で素直なやつだったよ。
無言の圧力を放ってくる柱二人から顔を背け、ラシードはとっとこ進んだ。ずいぶん先に進んでしまったが、炭治郎と禰豆子を抱えた隠たちから意識は離さない。
今頃ティアは産屋敷に捕まって質問攻めかな。
まあ、想定していたことだから言うこともちゃんとわかっているし、どちらにしろ死ぬ前に一度顔を見せていくつもりだったから構わないのだが。
「あ、カナヲってお前が育ててんだよな。伝えてはおいたんだけど音柱にも稽古つけて貰いなよ」
「え──まあ、どうしてわかったのですか?」
“しのぶ”としても、カナヲの良いところを伸ばすのに必要だと思っていたのだろう。それを他人から指摘されて驚いたようだ。
共に任務に当たる機会でもあれば、ほかの柱も助言をすることはできるだろうが。
経験の差かなぁ、とぼやき返しながら、カナヲを振り返る。
「くノ一たちに話しつけとけば何とでもなるさ。現状嬢ちゃんは忍にありがちな情緒欠落がある。だから、煩わしいとか思わず、うまく付き合ってくれるよ」
愛も変わらずにこにこにこにこと笑みを絶やさずについてくるカナヲ。それを振り返る“しのぶ”からの返事はなかった。
追究も止んだようだし、ラシードはふうと息をついて。
鬼殺隊の本部は、ラシードが所属していた時代とはまったく違う場所にある。時代の移り変わりの中、移動を余儀なくされることなど幾度もあっただろう。
けれども、どこにあっても場所を把握できるのは、彼らがきちんと先代からの言伝を守っていたからだ。
愚かな後世もいたけれど、守るべきことは守ってくれた。
それは、微笑ましいこと。
「──懐かしいな」
ぽつりと呟くと、そうか、と隣から返ってくる。
何気ないその反応に、ラシードはとても、泣きたくなった。