第2章 逃れもののオニ。(全19話)
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「──ティア、どこに行っていたんだ?」
藤の紋の家に滞在して三日目。
朝食を終えて体の負担がかからない程度の鍛錬を始めようと準備していた炭治郎に挨拶すると、不思議そうに問いかけられる。
骨を折ってしまっている三人に比べて、翌朝には全快していたティアは本来この地を離れるべきだったのだが、ラシードが麹町に戻って仕事をしてくれていると知らせてくれたので、そのまま三人と過ごすことになって。
その際に炭治郎にはきちんと話をしていないことを改めて聞いていたので、昨晩のうちにきちんと間に入る形で対処して。
落ち込んでいた炭治郎も、何かつっかえていたものが取れた様子で、元気になってくれた。
「ここは、私が迷惑をかけたお家の一つなんです。まだ後遺症のようなものが残っているので、ちょうどいい機会と思い少々仕事を」
「いまいちティアの仕事がわからないんだが、つまりは御祓みたいなものなんだよな。俺の家の神楽と同じようなものか?」
炭を扱う炭治郎の家は、厄払いの為雪の降り積もる中で神楽を舞い、家業の無事を祈ってきたという。
へえ、と感心したティアは、うんと頷いた。
「火を扱うお仕事は儀礼的にも神話性を伴うものです。なる程、炭治郎くんのお家は、そのような形で様々なものを継承してきたのですね」
「昨日までぐるぐる考えてた時、なんかストンってなったよ。ラシードはこれを一世代でやってるんだなってさ」
そうやって笑った後、炭治郎はそのヒノカミ神楽と言われる家伝の舞を見せてくれた。丸二年ほどすっかり触っていなかったから、上手くいかないところがあって本人は不満そうだったが。
「俺、舞は女の子たちが花を持ってやるもんだと思ってたよ。男が舞うのなんか想像したこともなかった。なんか呼吸法が変わってんのな」
「なんか面白そうだな! 俺にも教えろ!」
いつの間にか集まっていた一同を前に、炭治郎は照れたように笑って、伊之助に舞い方を教え始める。
善逸は炭治郎がすっかり元気になったことが嬉しいようで、ティアと顔を見合わせて笑う。
彼は炭治郎のことを甘やかすわけでもなく、特別に扱うわけでもなく、まっすぐ素直に向き合うことを徹底してくれた。
炭治郎の人柄を音で聞き分け、彼の人となりを信じたからこそ出来たことだと思う。
自分のことになると徹底して後ろ向きなのに、人のことになると本当にガムシャラなのが、善逸の美点だ。
「ああ、そうだ。私、この後仕事で数日ほど戻らないので、三人はちゃんと、安静にしていてくださいね」
「一人で大丈夫なの? 荷物持ちくらい手伝えるよ、戦えないけど」
善逸が心配そうに尋ねてくる。炭治郎も寄ってきて、遠慮ならいらないぞ、と言ってくれた。
戦ったりすることはない仕事なのだが、確かに人手があればすぐに終わる。お言葉に甘えるべきだろうか。
「お前の仕事ってラシードと一緒か? それって、この山の向こうの変な気配のことじゃねえだろうな」
「伊之助くん、分かるんですか?」
正確な場所を言い当てた伊之助に素直に驚くと、伊之助は綺麗な顔でにやりと笑って胸を張る。
聞けば、ラシードの仕事を何度か手伝っていたようだ。善逸もノウハウは理解しているし、助力を願ってもよさそう。
「俺だけ触った事がないんだな。ラシードに甘やかされていたのを実感する……」
「君たちの場合は二つの山が望んだ結果ですから。あなたは概念を切ってるんです、凄い事なんですよ?」
不甲斐なし! と肩を落とす炭治郎。けれど、雲取山の主の意を受けた狭霧山の主が課した彼への試練は、どちらかというとティアたち側に縁の近いものだ。
炭治郎は思っているよりも多くのものを得ている。それを目に見えてわかってもらう為にも、連れて行くのがよさそうだ。
というより、善逸はティアとの旅で“好かれた”ようだし、伊之助だってよく見れば“庇護持ち”だし。何だかんだでこちら側に半身を突っ込んでいる状態だ。
逸れないように手繰っておいた方がいいのかもしれない。
「それでは、ひささんにその旨伝えてきます。皆さんは簡単に身支度を整えていてください」
「わかった。よろしくお願いします!」
どこか楽しそうな様子で見送ってくる炭治郎に手を振り返し、ティアはひさのものへ向かう。この時間、彼女はまだ仏壇の前だろう。
案の定、静かに手を合わせている老婆の姿を見つけて、ティアは仕事に行くことを告げた。
「左様でございますか……お手を煩わせるわけにはいかないと黙っていても、わかってしまうものなのですね」
「お孫さんの墓を荒らしてしまうことになります。申し訳ありません」
「良いのですよ。これは、私とあの子が、背負うべきものですから」
良いのですよ、と撫でてくれる小さな手が震えているのを、ティアは見逃さなかった。
ティアもひさも、考えるのは同じこと。相手に対する申し訳なさ。同情。寂しさだ。
ティアは昔、死にかけた少年を救った事がある。
そして、日本に戻ってきて最初に対処した仕事が、その人物を死なせてやる事だった。