第2章 逃れもののオニ。(全19話)
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第15話 都合のいい存在。
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ティアもラシードも、“都合のいい化け物”として生まれた。
都合のいい化け物というのは各国各地にいて、人が作った概念が人の形をとって存在している。それが害をなすものか、利になるものか、人々にとってはその程度の判断基準でしかない。
二人はどちらかといえば、人々にとって利になる化け物だ。
ラシードは、その化け物染みた能力に付随して、鬼の特性を得てしまった。これは、世界的にみてもそう例のない事で、珍しい事象だと仲間内では有名だ──寿命が短いことだけが難点だが。
「ほとんど死ぬ間際に鬼の血が混じったことは、ラシードにとって幸運だったと思います。太陽の光を浴びたら死ぬとか、生まれた先から死ぬようなものですからね」
「そうだよな。まさか灰になって消えちゃうなんて親だって思わないし、なんてもの産んじゃったんだろうって問題になるかもしれないもんな」
ただでさえ、普通から飛び抜けた能力を持つだけで気味悪がられることだってあるのだから。
善逸は自分の聴覚のせいで、そういったことに覚えがあるから、どこかしみじみとした含みのある言動だった。ティアは、そっと手を伸ばして頭を撫でてやる。
「本当に、髪の色変わっちゃったんですね……ふふ、なんか親近感」
「そうそう! 死ぬかと思ったんだよ、雷! ティアと一緒にいたお陰だよきっと!」
ありがとねえ! と泣き笑いする善逸をよしよしと慰めて、彼に連れられて彼らに当てがわれた部屋へお邪魔する。
迎え入れた炭治郎は快く応じてくれたが──ふと、表情を曇らせた。
「おい、女! お前、足に歯形空いてたくせに何で普通に歩けてんだ? お前も鬼か?」
「ちょっと! うちの姉弟子になんてこと言ってくれちゃってんの⁉︎」
素顔の伊之助──額にひどいタンコブが目立つ──からの指摘で合点がいったティアは、入り口を開けっぱなしにすることを詫びつつ、月明かりを浴びれる場所でその場に正座する。
普通ならば、脹脛の肉を噛みちぎられていてできる体勢ではない。つまりは、ティアの傷は現時点でだいたい治ってしまっている。
「ティアはね、翌朝になれば傷は治るんだよ! 月の光浴びまくらなきゃいけないけどね!」
「夜に活動する鬼と何が違わねえんだよ」
「ち、が、う、だ、ろ、う、があ!」
善逸が説明してくれたのでいう事がなくなってしまったが、ティアは難しい顔の炭治郎に尋ねた。もしかして、ラシードが怪我をしたのを見てしまったのか、と。
あの人物は痛いのが大嫌いなので──もちろんティアも嫌だが──いつも怪我をしないように細心の注意を払って、鬼の再生能力に頼らないようにしているのに。
怪我をしたということは、炭治郎たちを守ったからだろう。
「……悔しいよ。俺がもっと強ければ、肺が破裂するような技を使ったりする必要も無かったろう。痛い思いをしないですんだはずなのに」
「ああん? 権八郎、あいつにそんな気回してる暇あんなら鍛錬した方がいいぜ」
悔恨の念に苛まれる炭治郎が、えっと顔をあげる。伊之助が面白くなさそうに頬杖をついて、吐き捨てるように続けた。
「あいつの胴とか真っ二つにしたりしてたけどよ、違うそうじゃない! もっと刀の特性極めろよオタンコナス! てよく吊るされたぜ」
「とんでもないこと言ったよコイツ! うちの先代師範真っ二つにするんじゃないよ猪!」
炭治郎と善逸が騒然となる横で、ティアは思わず吹き出した。鬼の特性をフルに活用して後進の育成に励む事ができるのはラシードだけだ。
最近は寿命の関係で思っているほど体が動かなくなってきているから、炭治郎には悔いを残してしまったようだが。
この流れで、伊之助は本能的に理解しているようだが、まだきちんと理解していない二人に訂正を入れる。
「日輪刀で受けたあらゆる傷は、首を落とす行為以外、彼にとっては寿命に関わる問題ではありません。恐らく、日輪刀で斬られて鬼の血が混じった──という過程で得た、限定的な特質かと」
「何その鬼殺の剣士の鍛錬に都合のいい体質!」
「ちょっと待ってくれないか! さっき、なんて言ったんだ善逸!」
驚愕する善逸の向こうで、伊之助は飽きたのか寝こけ始めていた。一方、炭治郎は真っ青になって善逸の両肩を掴む。
目を丸くして顔を見合わせたティアと善逸に、炭治郎は声を震わせて詰め寄ってきた。
「先代師範って、言ったよな? それは、ラシードのことなのか」
「え、そうだよ? ずーっと前からの前世の記憶持ってるから、色んな呼吸の技も使えるじゃない。爺ちゃんと世代の被る前の水柱に技を伝えたのもラシードだって聞いてるよ」
あいつ凄いんだぜ──まるで自分のことのように照れている善逸から手を離しながら、炭治郎は元の場所に戻って押し黙った。
目に見えて動揺しているし、善逸も音で炭治郎の異変に気づいている。
これは、記憶の話は知らなかったのではないか。成り行きで鬼の特性については話していた。すごく中途半端な説明でやり過ごしたのでは。
「ああ、ラシードの言ってた、守ってやらなきゃってなっ思ってる弟弟子って、炭治郎のことだったんだな」
納得した顔をしている善逸。びっくりしたように固まっている炭治郎に笑いかけた彼は、両足を投げ出して続ける。「誰も聞かないから俺が聞くけどさ」
鬼を連れていることについて尋ねる善逸に、炭治郎から戸惑いが消え、心からの親愛の念を宿した目で居住まいを正した。
「俺は鼻が利くんだ。最初からわかってたよ、善逸が優しいのも、強いのも」
「いや、強くねえよふざけんなよ。お前が正一くんを連れてくの邪魔したのは許してねえぞ」
いい雰囲気だったのに、真顔で応じた後ろ向きな善逸の発言。困惑する炭治郎の様子を見て、堪えていたティアはその場で笑い出してしまった。その向こうでは伊之助が寝落ちしそうだし。
この子たちはよくバランスが取れているように思う。
「炭治郎には、丁寧に接したかったんだろうな、あいつ。最後まで時間かけて、じっくりさ」
「俺が知人に無理を言ってラシードを休ませて貰ってるんだ。本人は不本意そうだったから、まあ……そうだったんだろうな」
禰豆子を抱えたティアの隣で、善逸が炭治郎と並んで夜空を見上げる。
先程炭治郎が動揺していたことを捨ておかず、かといって大きく取り上げるわけでもなく触れる程度。善逸のこういった時の距離感は割りと絶妙で、お節介にもならないし、薄情にもならない。
少し落ち着きを取り戻しつつも、どこか蕭然としている炭治郎を、禰豆子は心配そうに見つめていたが。ふと、ティアの袖を引いて見上げてくる。
これは炭治郎が最終選別に行っていた時に何度かされたことがあった。目線の先にいた相手を元気にしてあげて、というお願いだ。
あの時は鱗滝のことで、炭治郎の無事を不安とともに過ごしていた老人を禰豆子は心配してくれていた。
こう期待の眼差しを向けられると、頑張らなければと思ってしまうものである。
なんにしても今日はもう遅い。なので──。
「炭治郎くん、明日改めてお話ししましょう。ちゃんとラシードが言いそびれたこともご説明しますので」
だからちゃんと休まないとダメですからね、め! と釘を刺し、禰豆子に後を頼んで部屋に戻る。
善逸もあとは任せて、と手を振ってくれたし。大丈夫だろう。
縁側に座って、柱にもたれて月光浴に励む。
鬼と何が違うのか、と伊之助に言われたが。
多分、人を食べるか食べないかと。
──人を嫌いか、好きかの違いかもしれない。
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ティアもラシードも、“都合のいい化け物”として生まれた。
都合のいい化け物というのは各国各地にいて、人が作った概念が人の形をとって存在している。それが害をなすものか、利になるものか、人々にとってはその程度の判断基準でしかない。
二人はどちらかといえば、人々にとって利になる化け物だ。
ラシードは、その化け物染みた能力に付随して、鬼の特性を得てしまった。これは、世界的にみてもそう例のない事で、珍しい事象だと仲間内では有名だ──寿命が短いことだけが難点だが。
「ほとんど死ぬ間際に鬼の血が混じったことは、ラシードにとって幸運だったと思います。太陽の光を浴びたら死ぬとか、生まれた先から死ぬようなものですからね」
「そうだよな。まさか灰になって消えちゃうなんて親だって思わないし、なんてもの産んじゃったんだろうって問題になるかもしれないもんな」
ただでさえ、普通から飛び抜けた能力を持つだけで気味悪がられることだってあるのだから。
善逸は自分の聴覚のせいで、そういったことに覚えがあるから、どこかしみじみとした含みのある言動だった。ティアは、そっと手を伸ばして頭を撫でてやる。
「本当に、髪の色変わっちゃったんですね……ふふ、なんか親近感」
「そうそう! 死ぬかと思ったんだよ、雷! ティアと一緒にいたお陰だよきっと!」
ありがとねえ! と泣き笑いする善逸をよしよしと慰めて、彼に連れられて彼らに当てがわれた部屋へお邪魔する。
迎え入れた炭治郎は快く応じてくれたが──ふと、表情を曇らせた。
「おい、女! お前、足に歯形空いてたくせに何で普通に歩けてんだ? お前も鬼か?」
「ちょっと! うちの姉弟子になんてこと言ってくれちゃってんの⁉︎」
素顔の伊之助──額にひどいタンコブが目立つ──からの指摘で合点がいったティアは、入り口を開けっぱなしにすることを詫びつつ、月明かりを浴びれる場所でその場に正座する。
普通ならば、脹脛の肉を噛みちぎられていてできる体勢ではない。つまりは、ティアの傷は現時点でだいたい治ってしまっている。
「ティアはね、翌朝になれば傷は治るんだよ! 月の光浴びまくらなきゃいけないけどね!」
「夜に活動する鬼と何が違わねえんだよ」
「ち、が、う、だ、ろ、う、があ!」
善逸が説明してくれたのでいう事がなくなってしまったが、ティアは難しい顔の炭治郎に尋ねた。もしかして、ラシードが怪我をしたのを見てしまったのか、と。
あの人物は痛いのが大嫌いなので──もちろんティアも嫌だが──いつも怪我をしないように細心の注意を払って、鬼の再生能力に頼らないようにしているのに。
怪我をしたということは、炭治郎たちを守ったからだろう。
「……悔しいよ。俺がもっと強ければ、肺が破裂するような技を使ったりする必要も無かったろう。痛い思いをしないですんだはずなのに」
「ああん? 権八郎、あいつにそんな気回してる暇あんなら鍛錬した方がいいぜ」
悔恨の念に苛まれる炭治郎が、えっと顔をあげる。伊之助が面白くなさそうに頬杖をついて、吐き捨てるように続けた。
「あいつの胴とか真っ二つにしたりしてたけどよ、違うそうじゃない! もっと刀の特性極めろよオタンコナス! てよく吊るされたぜ」
「とんでもないこと言ったよコイツ! うちの先代師範真っ二つにするんじゃないよ猪!」
炭治郎と善逸が騒然となる横で、ティアは思わず吹き出した。鬼の特性をフルに活用して後進の育成に励む事ができるのはラシードだけだ。
最近は寿命の関係で思っているほど体が動かなくなってきているから、炭治郎には悔いを残してしまったようだが。
この流れで、伊之助は本能的に理解しているようだが、まだきちんと理解していない二人に訂正を入れる。
「日輪刀で受けたあらゆる傷は、首を落とす行為以外、彼にとっては寿命に関わる問題ではありません。恐らく、日輪刀で斬られて鬼の血が混じった──という過程で得た、限定的な特質かと」
「何その鬼殺の剣士の鍛錬に都合のいい体質!」
「ちょっと待ってくれないか! さっき、なんて言ったんだ善逸!」
驚愕する善逸の向こうで、伊之助は飽きたのか寝こけ始めていた。一方、炭治郎は真っ青になって善逸の両肩を掴む。
目を丸くして顔を見合わせたティアと善逸に、炭治郎は声を震わせて詰め寄ってきた。
「先代師範って、言ったよな? それは、ラシードのことなのか」
「え、そうだよ? ずーっと前からの前世の記憶持ってるから、色んな呼吸の技も使えるじゃない。爺ちゃんと世代の被る前の水柱に技を伝えたのもラシードだって聞いてるよ」
あいつ凄いんだぜ──まるで自分のことのように照れている善逸から手を離しながら、炭治郎は元の場所に戻って押し黙った。
目に見えて動揺しているし、善逸も音で炭治郎の異変に気づいている。
これは、記憶の話は知らなかったのではないか。成り行きで鬼の特性については話していた。すごく中途半端な説明でやり過ごしたのでは。
「ああ、ラシードの言ってた、守ってやらなきゃってなっ思ってる弟弟子って、炭治郎のことだったんだな」
納得した顔をしている善逸。びっくりしたように固まっている炭治郎に笑いかけた彼は、両足を投げ出して続ける。「誰も聞かないから俺が聞くけどさ」
鬼を連れていることについて尋ねる善逸に、炭治郎から戸惑いが消え、心からの親愛の念を宿した目で居住まいを正した。
「俺は鼻が利くんだ。最初からわかってたよ、善逸が優しいのも、強いのも」
「いや、強くねえよふざけんなよ。お前が正一くんを連れてくの邪魔したのは許してねえぞ」
いい雰囲気だったのに、真顔で応じた後ろ向きな善逸の発言。困惑する炭治郎の様子を見て、堪えていたティアはその場で笑い出してしまった。その向こうでは伊之助が寝落ちしそうだし。
この子たちはよくバランスが取れているように思う。
「炭治郎には、丁寧に接したかったんだろうな、あいつ。最後まで時間かけて、じっくりさ」
「俺が知人に無理を言ってラシードを休ませて貰ってるんだ。本人は不本意そうだったから、まあ……そうだったんだろうな」
禰豆子を抱えたティアの隣で、善逸が炭治郎と並んで夜空を見上げる。
先程炭治郎が動揺していたことを捨ておかず、かといって大きく取り上げるわけでもなく触れる程度。善逸のこういった時の距離感は割りと絶妙で、お節介にもならないし、薄情にもならない。
少し落ち着きを取り戻しつつも、どこか蕭然としている炭治郎を、禰豆子は心配そうに見つめていたが。ふと、ティアの袖を引いて見上げてくる。
これは炭治郎が最終選別に行っていた時に何度かされたことがあった。目線の先にいた相手を元気にしてあげて、というお願いだ。
あの時は鱗滝のことで、炭治郎の無事を不安とともに過ごしていた老人を禰豆子は心配してくれていた。
こう期待の眼差しを向けられると、頑張らなければと思ってしまうものである。
なんにしても今日はもう遅い。なので──。
「炭治郎くん、明日改めてお話ししましょう。ちゃんとラシードが言いそびれたこともご説明しますので」
だからちゃんと休まないとダメですからね、め! と釘を刺し、禰豆子に後を頼んで部屋に戻る。
善逸もあとは任せて、と手を振ってくれたし。大丈夫だろう。
縁側に座って、柱にもたれて月光浴に励む。
鬼と何が違うのか、と伊之助に言われたが。
多分、人を食べるか食べないかと。
──人を嫌いか、好きかの違いかもしれない。