第2章 逃れもののオニ。(全19話)
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第10話 束の間の休息。
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雨戸を開けて、木漏れ日が部屋の中をそよそよと流れる。
冷えた空気を吸い込めば、目覚めを実感した。
ティアは肩越しにまだ寝こけている家主を振り返り、思わず口元を綻ばせる。寝顔は素直なくせに、起きるとどうしてあんなに風になるのだろう。不思議だ。
朝食の準備をあらかた整えてから、家主の布団を思い切りよくひっぺがす。「起きてください、義勇くん」
「朝ですよー、報告に行かなきゃいけないんでしょう? ご飯と支度、そろそろ始めましょう」
「…………もう一刻」
「寝る前の君はいつも間違いないです。わたしに助力を願いに来るのですから」
ティアがいない時は誰が起こしに来てくれるのだろう。蝶屋敷の子たちだろうか。やっぱりしのぶとか、カナヲかな。
前から気になっていたことだが、しのぶもカナヲも笑って済ませて真相がわからないから、曖昧にありがとうと言って切り上げるのだけど。
しのぶとは、業務的な関係しか築けていないのもあるが。
「はい、顔拭きますからこっち向いてください」
清潔な手拭いをお湯で温めて、身支度をこつこつ勧めていく。九割がた眠っている義勇は指示には従ってくれるから着替えさせるなど楽だ。
着付けも完璧。後は食事を済ませるだけ。時間にも余裕があるからまったく問題ない。
今日はトラブルにならなくてよかった。
「もう半刻」
「そのくらいならいいですよ。戻ってからまた休めるでしょうし、布団はこのままにしておきますね」
使用済みの手拭いやら歯磨きなどの道具をまとめながら答えると、義勇はぼんやりした様子で四つん這いになって身を寄せてきて、そのままティアの膝に頭を乗せて目を閉じてしまう。
頻度のあるトラブルのひとつ、膝を封じられる──である。
義勇と初めて会ったのは、最終選別から傷だらけで帰ってきた彼をラシードが何処かへ拉致して半年近く経った頃のこと。
更にボロボロになった義勇に鱗滝と騒然となっていたら、そのまま膝枕で爆睡された。当時はまだ隊服を着ていなくてスカートだったし、初対面の男の子にそんなことされてとても恥ずかしかった。
けれど、本当に健やかな寝顔をされて、無碍にできず。
そのまま今日まで、ささやかな甘やかしは続いている。
「錆兎くんがね、君の背中を押してくれましたよ」
「……狭霧山にいたんだったな」
布団を、当時よりもずっと大きくなった青年にかけてやる。間を置いて反応があったが、まだ義勇は半分眠っている。
ティアが死んだ人間と会話できたりすることを義勇は知っていた。
「俺は鬼しか、斬ってなかったはずなんだが」
「あの子、君の期待に応えてくれましたよ」
顔が向こうを向いてしまっているから、ティアには義勇の表情がわからないが。
最終選別から帰ってきた炭治郎を迎えてやることはティアには出来なかったけど、ラシードと一緒にはじめての任務に向かっていることは把握していた。
禰豆子も訓練が功を成したのか、鱗滝の暗示が効いているのか、連れ出しても問題ないようだし。
「そうか。倒してくれたのか」
「ええ。あなたも、負けていられませんね」
癖っ毛の頭をよしよしと撫でてやっていると、「そうだな」と小さく応じて、まだ半刻には早いのに青年が起き上がる。
そのまま二人で並んでぼんやり朝日を浴びていると、ひょこっと庭の垣根の向こうから天元が顔を出して来た。
「なんだよ、今日は日向ぼっこかよ。つまんねえな、地味すぎる!」
「天元様、逆です。あの年頃で日向ぼっこは年季が入ってます!」
音柱の嫁の一人、須磨がその背中から顔を出す。背丈が足りないから天元がおぶってやっているのだろう。
ティアは二人に手を振った。
「おはようございます! お二人とも、お散歩ですか?」
「冨岡が朝方に任務帰りの時はいつもお前が起こしてやってるだろ。どんな美味しい目にあってやがるのか毎度楽しみにしてんだよ」
「不純な動機ってやつですよ!」
悪気のない夫婦からの返答に、さすがにティアも返す言葉がない。
義勇はといえば、平生の様に何を考えているのかわからないぼんやりとした表情。
「そうか。俺はこれから御館様の元へ行く」
「相変わらず話を聞いちゃいねえなオイ」
よっこいしょ、と立ち上がって奥に引っ込む義勇。ティアは時間が差し迫っていることに気付いて慌ててその後を追った。
もちろん、二人にも朝食を勧めてから。
「抱き枕から次の段階は何なのか期待してるんだがなぁ。あれで冨岡に恋情が皆無っぽいところが派手すぎて笑える!」
「これからどう化けるのか楽しみですね、天元様!」
垣根をぴょんと飛び越えて庭に降りた天元と須磨は、縁側から屋敷内にお呼ばれし、思いがけず四人で朝食をとり、義勇が屋敷を出たあとは屋敷の掃除を手伝ってくれた。
隠も普段からやってくれているのだが、高いところなどは背の高い天元がいるとやりやすい。家中の埃はティアが風でさらって仕舞えば終わるので、せっせと拭き掃除に精を出す。
「そういえば、ティアはもうすぐ麹町に戻ってしまうのよね?」
「はい。残っている仕事を片付けないと。繰り越してしまうとこちらのお手伝いに間に合わなくなる可能性もありますし」
須磨に尋ねられて応えると、「おー、それそれ」と天元が思い出した様に寄ってきて。
「今度機能制限を試してみたくてな。都合のつく日時知らせて欲しいって頼んでおいてくれねえか」
了承したところで義勇も戻ってきて、お昼には掃除も終わってしまったので、また昼食を四人で取った。のんびりとした時間だ。
そこで、味噌汁を一口飲んだ義勇が不思議そうに問う。
「音柱たちは何でいるんだ?」
「お前はな、地味な遠慮をやめて派手を勉強しろやコラ」
その日、何故か音柱夫婦に引き摺られ、義勇だけでなくティアも街で遊びに付き合わされたのだった。
「──ああ、どうしよう。暗くなってきちゃった……」
支度する時間が思いの外かかってしまい──あの日、音柱夫婦に絡まれて深夜まで義勇と付き合わされたのも痛手──出発の時間が遅れたのもある。
ティアは、はやる気持ちを抑えながら道を駆けていた。
この辺りは確か鬼が出ると噂があって、近々誰か派遣されると鎹烏が言っていた。間違いなくいるのがわかっているのに、野宿確定だ。
せめてもう少し進んでおきたい。鬼に遭遇したくない。怖い。
風は背中を押してくれているが、ティアは大荷物だった。麹町に戻る前に、隠の手伝いで各地の育手へ届ける荷物だったり、頼まれていたお使いの品が大半。
只でさえ重力を軽くしているところで、風圧が強すぎると吹き飛ばされてしまうし、体に負担だってかかる。それもこれも、ティアがあんまりにも常識外の介助はやめて欲しいとお願いしている為の弊害だ。
以前に色々やらかして、一緒に生活していた鱗滝たちを困らせたから。
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雨戸を開けて、木漏れ日が部屋の中をそよそよと流れる。
冷えた空気を吸い込めば、目覚めを実感した。
ティアは肩越しにまだ寝こけている家主を振り返り、思わず口元を綻ばせる。寝顔は素直なくせに、起きるとどうしてあんなに風になるのだろう。不思議だ。
朝食の準備をあらかた整えてから、家主の布団を思い切りよくひっぺがす。「起きてください、義勇くん」
「朝ですよー、報告に行かなきゃいけないんでしょう? ご飯と支度、そろそろ始めましょう」
「…………もう一刻」
「寝る前の君はいつも間違いないです。わたしに助力を願いに来るのですから」
ティアがいない時は誰が起こしに来てくれるのだろう。蝶屋敷の子たちだろうか。やっぱりしのぶとか、カナヲかな。
前から気になっていたことだが、しのぶもカナヲも笑って済ませて真相がわからないから、曖昧にありがとうと言って切り上げるのだけど。
しのぶとは、業務的な関係しか築けていないのもあるが。
「はい、顔拭きますからこっち向いてください」
清潔な手拭いをお湯で温めて、身支度をこつこつ勧めていく。九割がた眠っている義勇は指示には従ってくれるから着替えさせるなど楽だ。
着付けも完璧。後は食事を済ませるだけ。時間にも余裕があるからまったく問題ない。
今日はトラブルにならなくてよかった。
「もう半刻」
「そのくらいならいいですよ。戻ってからまた休めるでしょうし、布団はこのままにしておきますね」
使用済みの手拭いやら歯磨きなどの道具をまとめながら答えると、義勇はぼんやりした様子で四つん這いになって身を寄せてきて、そのままティアの膝に頭を乗せて目を閉じてしまう。
頻度のあるトラブルのひとつ、膝を封じられる──である。
義勇と初めて会ったのは、最終選別から傷だらけで帰ってきた彼をラシードが何処かへ拉致して半年近く経った頃のこと。
更にボロボロになった義勇に鱗滝と騒然となっていたら、そのまま膝枕で爆睡された。当時はまだ隊服を着ていなくてスカートだったし、初対面の男の子にそんなことされてとても恥ずかしかった。
けれど、本当に健やかな寝顔をされて、無碍にできず。
そのまま今日まで、ささやかな甘やかしは続いている。
「錆兎くんがね、君の背中を押してくれましたよ」
「……狭霧山にいたんだったな」
布団を、当時よりもずっと大きくなった青年にかけてやる。間を置いて反応があったが、まだ義勇は半分眠っている。
ティアが死んだ人間と会話できたりすることを義勇は知っていた。
「俺は鬼しか、斬ってなかったはずなんだが」
「あの子、君の期待に応えてくれましたよ」
顔が向こうを向いてしまっているから、ティアには義勇の表情がわからないが。
最終選別から帰ってきた炭治郎を迎えてやることはティアには出来なかったけど、ラシードと一緒にはじめての任務に向かっていることは把握していた。
禰豆子も訓練が功を成したのか、鱗滝の暗示が効いているのか、連れ出しても問題ないようだし。
「そうか。倒してくれたのか」
「ええ。あなたも、負けていられませんね」
癖っ毛の頭をよしよしと撫でてやっていると、「そうだな」と小さく応じて、まだ半刻には早いのに青年が起き上がる。
そのまま二人で並んでぼんやり朝日を浴びていると、ひょこっと庭の垣根の向こうから天元が顔を出して来た。
「なんだよ、今日は日向ぼっこかよ。つまんねえな、地味すぎる!」
「天元様、逆です。あの年頃で日向ぼっこは年季が入ってます!」
音柱の嫁の一人、須磨がその背中から顔を出す。背丈が足りないから天元がおぶってやっているのだろう。
ティアは二人に手を振った。
「おはようございます! お二人とも、お散歩ですか?」
「冨岡が朝方に任務帰りの時はいつもお前が起こしてやってるだろ。どんな美味しい目にあってやがるのか毎度楽しみにしてんだよ」
「不純な動機ってやつですよ!」
悪気のない夫婦からの返答に、さすがにティアも返す言葉がない。
義勇はといえば、平生の様に何を考えているのかわからないぼんやりとした表情。
「そうか。俺はこれから御館様の元へ行く」
「相変わらず話を聞いちゃいねえなオイ」
よっこいしょ、と立ち上がって奥に引っ込む義勇。ティアは時間が差し迫っていることに気付いて慌ててその後を追った。
もちろん、二人にも朝食を勧めてから。
「抱き枕から次の段階は何なのか期待してるんだがなぁ。あれで冨岡に恋情が皆無っぽいところが派手すぎて笑える!」
「これからどう化けるのか楽しみですね、天元様!」
垣根をぴょんと飛び越えて庭に降りた天元と須磨は、縁側から屋敷内にお呼ばれし、思いがけず四人で朝食をとり、義勇が屋敷を出たあとは屋敷の掃除を手伝ってくれた。
隠も普段からやってくれているのだが、高いところなどは背の高い天元がいるとやりやすい。家中の埃はティアが風でさらって仕舞えば終わるので、せっせと拭き掃除に精を出す。
「そういえば、ティアはもうすぐ麹町に戻ってしまうのよね?」
「はい。残っている仕事を片付けないと。繰り越してしまうとこちらのお手伝いに間に合わなくなる可能性もありますし」
須磨に尋ねられて応えると、「おー、それそれ」と天元が思い出した様に寄ってきて。
「今度機能制限を試してみたくてな。都合のつく日時知らせて欲しいって頼んでおいてくれねえか」
了承したところで義勇も戻ってきて、お昼には掃除も終わってしまったので、また昼食を四人で取った。のんびりとした時間だ。
そこで、味噌汁を一口飲んだ義勇が不思議そうに問う。
「音柱たちは何でいるんだ?」
「お前はな、地味な遠慮をやめて派手を勉強しろやコラ」
その日、何故か音柱夫婦に引き摺られ、義勇だけでなくティアも街で遊びに付き合わされたのだった。
「──ああ、どうしよう。暗くなってきちゃった……」
支度する時間が思いの外かかってしまい──あの日、音柱夫婦に絡まれて深夜まで義勇と付き合わされたのも痛手──出発の時間が遅れたのもある。
ティアは、はやる気持ちを抑えながら道を駆けていた。
この辺りは確か鬼が出ると噂があって、近々誰か派遣されると鎹烏が言っていた。間違いなくいるのがわかっているのに、野宿確定だ。
せめてもう少し進んでおきたい。鬼に遭遇したくない。怖い。
風は背中を押してくれているが、ティアは大荷物だった。麹町に戻る前に、隠の手伝いで各地の育手へ届ける荷物だったり、頼まれていたお使いの品が大半。
只でさえ重力を軽くしているところで、風圧が強すぎると吹き飛ばされてしまうし、体に負担だってかかる。それもこれも、ティアがあんまりにも常識外の介助はやめて欲しいとお願いしている為の弊害だ。
以前に色々やらかして、一緒に生活していた鱗滝たちを困らせたから。