第2章 逃れもののオニ。(全19話)
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第4話 理不尽な人。
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けれども、どうしようもないことが一つ。
記憶障害だけは、直しようがなくて。
「西かあ……俺が住んでた山も西の方だったんだっけ? あれ、東だっけか」
無一郎は、昔の記憶が曖昧だった。近頃の記憶だって曖昧。
ティアのことだって全部を覚えているわけではない。狭霧山に半年近くいた話だって、もう何度目だろう。
けれど、ティアはあんまり気にしていなかった。
ずっと記憶を所持しているラシードという存在がいるし、病気や老化でそういう状態になる人間は少なくない。
元気ならいいのだ。生きててくれたならいい。
ラシードならば記憶を戻すなんて簡単なのだろうが、彼は成り行きに任せるべきだと手を出さない気がして、相談すらしなかった。
けれど──今でも少し、ほんの少しだけ悩んでいる。
「ねえ、あの鳥なんて名前だっけ?」
「あれはメジロですね。目の周りが白いから」
指差す先の小鳥の名前を大事そうに呟く少年を、ティアはまじまじと見つめてしまった。
彼は、ほんの数ヶ月で鬼殺の剣士となり、霞柱となった。その修行に入る直前まで共に過ごしていたティアは驚いたものだ。
天元や杏寿郎だって、無一郎の実力を目にして舌を巻いたという。血筋以前に、彼の修行へ向かうその姿勢は一種の執着だとも。
「あ。そうだ、任務に行かなきゃいけないんだ。ティア、もう動ける? それとも吐く?」
「吐きません、動けます」
彼の鎹烏がやってきて、無一郎が任務のことを思い出す。
任務のことを忘れたのに何故ティアが甘味処で苦しんでいたのは覚えているのか問いただしたい。
それをぐっと我慢しながら、立ち上がった。
「でも、私は無一郎くんのように早く走れないですよ。足手まといにしかならないのに連れて行くんですか?」
「だから背負っていくんだよ。鍛錬になるもの」
それは私が重いということでしょうか。ティアは肩を落とす。
はい、とその場に背を向けてしゃがんだ無一郎に、観念して大人しく背負われた。
「あーあ、これじゃダメだよティア、もっと太りなよ。こんなんじゃちっとも鍛錬にならない」
「それなら天元あたりを背負ってくださいよ?!」
「あの人じゃ僕が背負えないよ、体格差ありすぎるもの」
え、太ったら同じことじゃない──衝撃的すぎて言葉を失うティアのことなど御構い無しに、無一郎は不満そうな顔で立ち上がって、走り出した。
──振り落とされないように必死でしがみつきながら、こんなことしてたら太りたくても難しいんじゃあ、とどうでもいいことを考えるティアだった。
そして、無一郎自身が言っていたように任務もすぐに終わってしまい、一緒にのんびりと寝静まった宿並びを歩いた。
藤の紋の家の人間が早期に鬼の存在に気づいてくれたから、被害も最小限。それでも数名の人間が食われてしまっていた。
後の処理は隠たちがやってくれるだろうからと、こうして見回りも兼ねて別行動を取っている。
鬼は群れない為本来は必要ないのだが、無一郎は本日鬼の首を二つ切った。ナワバリ争いだったのか、共闘の誓いでも立てていたのかは定かではない。
ただ、あまりにも展開が早すぎて、よくわからないうちに気づいたら終わっていた。
そんなわけで、他にも鬼がいるかもしれないからと、こうして周辺を探っているのだ。
「あんまり離れちゃダメだよ」
鬼が飛び出してきたらどうしよう──とびくびくしながら辺りを見回していたティアの手首を、無一郎がむんずと掴んでくる。
離れていたというような間隔も空いていなかったはずなのだが。
ほんの少し眉根を寄せて不満そうにしている少年は、掴んだティアの手首をじっと凝視する。
「安心なんかできないよ。手を伸ばして届く距離も、遠いんだから」
どっしりと重たい言葉。無一郎は時々、こんな風に言霊を使う。それはきっと、彼の経験した事柄からくる感情の塊なのだろう。
不安にさせるようなことをしてしまった。おろおろするのではなくて、ティアはここで、はっきりと鬼への恐怖心を伝えておかねばならなかったのに。
「ごめんなさい。実は今もとても怖いので、そうして掴んでてもらっていいですか?」
「ティアが弱いの知ってるから謝らなくていいよ。足手まといなのに連れてきたのは俺だし」
いつものようなぼんやりとした顔に戻った少年は、持ち手を変えてティアの手首をまた掴み、歩き出した。
掴み所がない無一郎が、手を差し伸べることはそんなにない。
他のことに興味がないから──というよりは、根本的な部分は忘れてしまうことが怖いのだと思う。
「ティアは、しばらく本部にいるんだよね?」
「来週、友人の手伝いをしに麹町へ行くことが決まってますが」
それまでは居ますよ──と答えると、ふうん、と無一郎から反応が返ってきてしばらく後──ハッとした顔で飛びかかるようにティアを振り返った。
「え、居なくなっちゃうの? どのくらい?」
オタオタした様子で尋ねてくる。こういう反応も、時々この少年は見せることがあった。妙に人間味があって、仕事に行く親に駄々をこねるような。
「早ければ数日、長いと一月程度かかるかもしれません。あ、でも二週間に一度は戻る予定ですから」
「どこか拠点があるなら、僕も顔を出したりしたら迷惑?」
「そんな! むしろ歓迎しますよ〜!」
無一郎ならば、恐らくお手伝いだって出来る。人手は多くて困らない。
ティアの返事に、無一郎はぼんやりした表情ながらホッとしたような様子だ。
近くで様子を伺っている彼の鎹烏に、麹町の拠点の場所を伝えておく。産屋敷や杏寿郎たちも知っているから、無一郎が忘れたとしても問題はないはずだ。
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けれども、どうしようもないことが一つ。
記憶障害だけは、直しようがなくて。
「西かあ……俺が住んでた山も西の方だったんだっけ? あれ、東だっけか」
無一郎は、昔の記憶が曖昧だった。近頃の記憶だって曖昧。
ティアのことだって全部を覚えているわけではない。狭霧山に半年近くいた話だって、もう何度目だろう。
けれど、ティアはあんまり気にしていなかった。
ずっと記憶を所持しているラシードという存在がいるし、病気や老化でそういう状態になる人間は少なくない。
元気ならいいのだ。生きててくれたならいい。
ラシードならば記憶を戻すなんて簡単なのだろうが、彼は成り行きに任せるべきだと手を出さない気がして、相談すらしなかった。
けれど──今でも少し、ほんの少しだけ悩んでいる。
「ねえ、あの鳥なんて名前だっけ?」
「あれはメジロですね。目の周りが白いから」
指差す先の小鳥の名前を大事そうに呟く少年を、ティアはまじまじと見つめてしまった。
彼は、ほんの数ヶ月で鬼殺の剣士となり、霞柱となった。その修行に入る直前まで共に過ごしていたティアは驚いたものだ。
天元や杏寿郎だって、無一郎の実力を目にして舌を巻いたという。血筋以前に、彼の修行へ向かうその姿勢は一種の執着だとも。
「あ。そうだ、任務に行かなきゃいけないんだ。ティア、もう動ける? それとも吐く?」
「吐きません、動けます」
彼の鎹烏がやってきて、無一郎が任務のことを思い出す。
任務のことを忘れたのに何故ティアが甘味処で苦しんでいたのは覚えているのか問いただしたい。
それをぐっと我慢しながら、立ち上がった。
「でも、私は無一郎くんのように早く走れないですよ。足手まといにしかならないのに連れて行くんですか?」
「だから背負っていくんだよ。鍛錬になるもの」
それは私が重いということでしょうか。ティアは肩を落とす。
はい、とその場に背を向けてしゃがんだ無一郎に、観念して大人しく背負われた。
「あーあ、これじゃダメだよティア、もっと太りなよ。こんなんじゃちっとも鍛錬にならない」
「それなら天元あたりを背負ってくださいよ?!」
「あの人じゃ僕が背負えないよ、体格差ありすぎるもの」
え、太ったら同じことじゃない──衝撃的すぎて言葉を失うティアのことなど御構い無しに、無一郎は不満そうな顔で立ち上がって、走り出した。
──振り落とされないように必死でしがみつきながら、こんなことしてたら太りたくても難しいんじゃあ、とどうでもいいことを考えるティアだった。
そして、無一郎自身が言っていたように任務もすぐに終わってしまい、一緒にのんびりと寝静まった宿並びを歩いた。
藤の紋の家の人間が早期に鬼の存在に気づいてくれたから、被害も最小限。それでも数名の人間が食われてしまっていた。
後の処理は隠たちがやってくれるだろうからと、こうして見回りも兼ねて別行動を取っている。
鬼は群れない為本来は必要ないのだが、無一郎は本日鬼の首を二つ切った。ナワバリ争いだったのか、共闘の誓いでも立てていたのかは定かではない。
ただ、あまりにも展開が早すぎて、よくわからないうちに気づいたら終わっていた。
そんなわけで、他にも鬼がいるかもしれないからと、こうして周辺を探っているのだ。
「あんまり離れちゃダメだよ」
鬼が飛び出してきたらどうしよう──とびくびくしながら辺りを見回していたティアの手首を、無一郎がむんずと掴んでくる。
離れていたというような間隔も空いていなかったはずなのだが。
ほんの少し眉根を寄せて不満そうにしている少年は、掴んだティアの手首をじっと凝視する。
「安心なんかできないよ。手を伸ばして届く距離も、遠いんだから」
どっしりと重たい言葉。無一郎は時々、こんな風に言霊を使う。それはきっと、彼の経験した事柄からくる感情の塊なのだろう。
不安にさせるようなことをしてしまった。おろおろするのではなくて、ティアはここで、はっきりと鬼への恐怖心を伝えておかねばならなかったのに。
「ごめんなさい。実は今もとても怖いので、そうして掴んでてもらっていいですか?」
「ティアが弱いの知ってるから謝らなくていいよ。足手まといなのに連れてきたのは俺だし」
いつものようなぼんやりとした顔に戻った少年は、持ち手を変えてティアの手首をまた掴み、歩き出した。
掴み所がない無一郎が、手を差し伸べることはそんなにない。
他のことに興味がないから──というよりは、根本的な部分は忘れてしまうことが怖いのだと思う。
「ティアは、しばらく本部にいるんだよね?」
「来週、友人の手伝いをしに麹町へ行くことが決まってますが」
それまでは居ますよ──と答えると、ふうん、と無一郎から反応が返ってきてしばらく後──ハッとした顔で飛びかかるようにティアを振り返った。
「え、居なくなっちゃうの? どのくらい?」
オタオタした様子で尋ねてくる。こういう反応も、時々この少年は見せることがあった。妙に人間味があって、仕事に行く親に駄々をこねるような。
「早ければ数日、長いと一月程度かかるかもしれません。あ、でも二週間に一度は戻る予定ですから」
「どこか拠点があるなら、僕も顔を出したりしたら迷惑?」
「そんな! むしろ歓迎しますよ〜!」
無一郎ならば、恐らくお手伝いだって出来る。人手は多くて困らない。
ティアの返事に、無一郎はぼんやりした表情ながらホッとしたような様子だ。
近くで様子を伺っている彼の鎹烏に、麹町の拠点の場所を伝えておく。産屋敷や杏寿郎たちも知っているから、無一郎が忘れたとしても問題はないはずだ。