第2章 逃れもののオニ。(全19話)
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第1話 兄妹の訓練。
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最終選別から炭治郎が帰還して三日が経った頃。
ラシードは少年と連れ立って狭霧山の中を体をほぐすために散策していた。
とは言っても、足を踏み外せば死ぬような岩肌を命綱無しに進む手厳しい道だが。
「ラシードは凄いな、全然呼吸が乱れないんだから」
山頂の空気は薄い。乱れた呼吸を、肺が焦らないように宥めながら整えている炭治郎に比べてラシードは平生そのものだった。
「そりゃあ、年季が違うからな。生まれた時からやり方知ってる分、出だしの遅い奴らよりはできること多いよ」
「鬼殺隊に家族の誰かが所属してたってこと?」
前の人生の記憶をずっと所持している──ことを、ラシードは伝えるべきか少し悩んで、辞めた。善逸の場合は問題ないと思ったから伝えたけれど、炭治郎にはまだ伝えるべきではないと判断する。
「鬼殺の剣士は、お前のような家族を殺された者だけでなく、家業として続けているものも少なくないからな」
「鬼は昔からいるんだもんな、そういう立ち場の人がいるのも当たり前か」
炭治郎の呼吸が落ち着いたところで、今度は下山を開始した。来た道ではなく、迂回して帰宅に時間がかかる分、難易度が下がる道だ。
「水の呼吸、参の型──流りゅ」
「漆の型、雫波紋突き」
炭治郎の技を間髪入れずにラシードは崩す。炭治郎は呼吸が整ってから次々に技を打ち出したり、ラシードの技を受け流したり、とにかく技を繰り出しながらの下山だ。
もちろん、全集中の呼吸をし続けるのは炭治郎にはまだ難しく、途中で何度も休憩を挟むのだが。
「俺は今日、何度死んだことになるんだろう」
「反省できるとは殊勝なこった。もっと落ち込むもんだと思ってたが」
「こう見えても結構泣きそうだよ」
あんまり肺を酷使しすぎても不味いので、ラシードの号令で本日の稽古は御開きとなる。
肩を並べて下山している途中、真っ二つに割れた岩の前で、炭治郎ががっくりと肩を落とした。
「錆兎や真菰、呆れてるんだろうなぁ」
「あんま卑下すんなよ。オヤジに言われなかった? お前はすごいやつだーって」
最終選別で一緒に勝ち残った子供達の名前だろうか。聞きなれない名前に首を傾げながら、ラシードはぺちぺちと岩を叩く。
話だけは聞いていた。御神体の岩を炭治郎にけしかけたら見事にやられた、と鱗滝が笑っていたのを思い出す。
この岩は、切れるものではないはずだった。
「ティアの体質の話は聞いてるんだろ。こいつは、そっち側の存在だったんだよ。概念として、決して退けられない存在。それが──これだ」
岩は切るものではない。砕く──ことは、やろうと思えば可能だろう。
しかも、ここは岩場ではない。この岩がこのような形でここにあったことそのものが謎でもある。
炭治郎がやったのは、概念を斬りふせることでもあった。岩は切れない──彼の何が“神性を持つような物体”を切れたのか、それはラシードにはわからなかった。
「俺でもこんなことは無理だな。どうやったんだコレ」
「いや、勝つことしか考えてなかったからどうやったと言われても」
思い込み?
お互い首を傾げて悩んだが、どうやら炭治郎は感覚で生きているようだから、記憶を引き継いでいる為に割と理屈で物事を捉えているラシードとは脳の回路が噛み合わない。
一生懸命説明してくれたのだが、ラシードはそっか、わかった! と笑顔で聞き入れて話を終わりにした。さっぱり意味わからん。
陽が完全に落ちる頃に家にたどり着き、鱗滝が用意しておいてくれた夕餉を平らげる。その頃には禰豆子も起きてきて、つまならそうにしていたから外でかくれんぼをして遊んでやった。
片付けを終えた炭治郎も途中で参戦し、鱗滝に窘められるまで遊びが続く。
「炭治郎はもう休め。──右京、頼んだぞ」
「あいよ。ネズ、ちょっと俺と散歩行こうな!」
毎晩、ラシードは禰豆子を連れて山の麓を歩いていた。
陽が昇る前には、戻るようにしている。
寝静まった集落の中を歩く。人間の匂いがする。
鬼は人間を食う。禰豆子は鬼だった。
禰豆子は、食欲を感じると歩みが遅くなる。
ご馳走を前に、空腹状態でお預けを食らっているようなものだった。
「キツイよなぁ。でも、この感覚は少しずつ慣らさないと」
目を血走らせながら、ぐっと拳を握りこんで歩く少女の頭を、元気づけるように撫でる。
初対面のあの時──禰豆子が眠り続ける直前。ラシードは彼女から“食に関する記憶を取り上げて”いた。
ティアと違って他者に影響を及ぼすような大それたことのできないラシードだが、触れた相手の記憶には触れることができる。一時的に、それを取り上げることくらいなら“制約”はあるが可能だった。
彼女が寝ている最中に人に襲いかかることを懸念したわけではない。その食欲をラシードが代わりに預かることで、無惨の居場所を把握する為だった。
本来であれば血という細胞を介して把握するところなのだが、鬼の特徴は大きく食欲を始めとした“欲”に触れることが一番辿りやすいというのは、長い歴史の中で自分が把握してきたことだったから。
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最終選別から炭治郎が帰還して三日が経った頃。
ラシードは少年と連れ立って狭霧山の中を体をほぐすために散策していた。
とは言っても、足を踏み外せば死ぬような岩肌を命綱無しに進む手厳しい道だが。
「ラシードは凄いな、全然呼吸が乱れないんだから」
山頂の空気は薄い。乱れた呼吸を、肺が焦らないように宥めながら整えている炭治郎に比べてラシードは平生そのものだった。
「そりゃあ、年季が違うからな。生まれた時からやり方知ってる分、出だしの遅い奴らよりはできること多いよ」
「鬼殺隊に家族の誰かが所属してたってこと?」
前の人生の記憶をずっと所持している──ことを、ラシードは伝えるべきか少し悩んで、辞めた。善逸の場合は問題ないと思ったから伝えたけれど、炭治郎にはまだ伝えるべきではないと判断する。
「鬼殺の剣士は、お前のような家族を殺された者だけでなく、家業として続けているものも少なくないからな」
「鬼は昔からいるんだもんな、そういう立ち場の人がいるのも当たり前か」
炭治郎の呼吸が落ち着いたところで、今度は下山を開始した。来た道ではなく、迂回して帰宅に時間がかかる分、難易度が下がる道だ。
「水の呼吸、参の型──流りゅ」
「漆の型、雫波紋突き」
炭治郎の技を間髪入れずにラシードは崩す。炭治郎は呼吸が整ってから次々に技を打ち出したり、ラシードの技を受け流したり、とにかく技を繰り出しながらの下山だ。
もちろん、全集中の呼吸をし続けるのは炭治郎にはまだ難しく、途中で何度も休憩を挟むのだが。
「俺は今日、何度死んだことになるんだろう」
「反省できるとは殊勝なこった。もっと落ち込むもんだと思ってたが」
「こう見えても結構泣きそうだよ」
あんまり肺を酷使しすぎても不味いので、ラシードの号令で本日の稽古は御開きとなる。
肩を並べて下山している途中、真っ二つに割れた岩の前で、炭治郎ががっくりと肩を落とした。
「錆兎や真菰、呆れてるんだろうなぁ」
「あんま卑下すんなよ。オヤジに言われなかった? お前はすごいやつだーって」
最終選別で一緒に勝ち残った子供達の名前だろうか。聞きなれない名前に首を傾げながら、ラシードはぺちぺちと岩を叩く。
話だけは聞いていた。御神体の岩を炭治郎にけしかけたら見事にやられた、と鱗滝が笑っていたのを思い出す。
この岩は、切れるものではないはずだった。
「ティアの体質の話は聞いてるんだろ。こいつは、そっち側の存在だったんだよ。概念として、決して退けられない存在。それが──これだ」
岩は切るものではない。砕く──ことは、やろうと思えば可能だろう。
しかも、ここは岩場ではない。この岩がこのような形でここにあったことそのものが謎でもある。
炭治郎がやったのは、概念を斬りふせることでもあった。岩は切れない──彼の何が“神性を持つような物体”を切れたのか、それはラシードにはわからなかった。
「俺でもこんなことは無理だな。どうやったんだコレ」
「いや、勝つことしか考えてなかったからどうやったと言われても」
思い込み?
お互い首を傾げて悩んだが、どうやら炭治郎は感覚で生きているようだから、記憶を引き継いでいる為に割と理屈で物事を捉えているラシードとは脳の回路が噛み合わない。
一生懸命説明してくれたのだが、ラシードはそっか、わかった! と笑顔で聞き入れて話を終わりにした。さっぱり意味わからん。
陽が完全に落ちる頃に家にたどり着き、鱗滝が用意しておいてくれた夕餉を平らげる。その頃には禰豆子も起きてきて、つまならそうにしていたから外でかくれんぼをして遊んでやった。
片付けを終えた炭治郎も途中で参戦し、鱗滝に窘められるまで遊びが続く。
「炭治郎はもう休め。──右京、頼んだぞ」
「あいよ。ネズ、ちょっと俺と散歩行こうな!」
毎晩、ラシードは禰豆子を連れて山の麓を歩いていた。
陽が昇る前には、戻るようにしている。
寝静まった集落の中を歩く。人間の匂いがする。
鬼は人間を食う。禰豆子は鬼だった。
禰豆子は、食欲を感じると歩みが遅くなる。
ご馳走を前に、空腹状態でお預けを食らっているようなものだった。
「キツイよなぁ。でも、この感覚は少しずつ慣らさないと」
目を血走らせながら、ぐっと拳を握りこんで歩く少女の頭を、元気づけるように撫でる。
初対面のあの時──禰豆子が眠り続ける直前。ラシードは彼女から“食に関する記憶を取り上げて”いた。
ティアと違って他者に影響を及ぼすような大それたことのできないラシードだが、触れた相手の記憶には触れることができる。一時的に、それを取り上げることくらいなら“制約”はあるが可能だった。
彼女が寝ている最中に人に襲いかかることを懸念したわけではない。その食欲をラシードが代わりに預かることで、無惨の居場所を把握する為だった。
本来であれば血という細胞を介して把握するところなのだが、鬼の特徴は大きく食欲を始めとした“欲”に触れることが一番辿りやすいというのは、長い歴史の中で自分が把握してきたことだったから。