世間はバレンタイン企画で盛り上がる中ホラーネタを繰り出す
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「──またか?! またなのかパトリック!」
ザフトの黒軍服を着たラシードが驚愕に喘ぐ。
撮影スタッフを従えるパトリック・ザラが、いつぞやのように台本を丸め、今まさにバンと机を打った。「今度こそ間違いなく復活権だ‼︎」
以前のハロウィン当日に起きた事件のせいで有耶無耶になったご褒美。それを反故にされた勢はパトリックの気合いの演説に歓喜の声を上げる一方、圧倒されて萎縮する勢もいたり──その中には、映画でも主役のキラとシンがいた。
二人とも引っ付いて怯えている。
「うそ……こっち、こんな盛り上がってたの……」
「クルーゼさんと全くの真逆じゃん……」
コンパスの制服姿でカタカタ震える二人に対し、ステラの弟でもあるリオンは不思議そうにしながら、黙ってドン引きしているカガリの服の袖を引く。
「復活権ってなんの話?」
今では成長を経て身長も伸び、優良子役は立派な少年俳優へと成長していた。この劇的な外見の変化がなければ、運命編でのザフト入隊なんて難しかったかもしれない。
当時はハロウィン事件のことがあまりにも印象的過ぎて、すっかりそんな話があったことを覚えていなかったリオンは、ちょっとやる気を出した。ステラとまた共演できるなら頑張る価値はある。
「僕も頑張る!」
「リオンまで何でだよ?!」
パトリックを囲んでわっしょいしている一団へ向かって駆け出すリオンを、シンが慌てて行手を阻み、カガリがその腕に引っ付いて止めた。頑張ってもいいからあの変な一団に混ざらないで。
バンバンと台本をデスクに打ち付けながら、パトリックは声高らかに説く。
「たったの2時間、されど劇場版だ! 一時だけでも参加さえして終えば目的は達することができる! ──みな、覚悟はあろう⁈」
「ジェネシスぶっ放す時の名言使うじゃねえよ! 思わず胸が熱くなっちゃっただろ!」
ぎゃんぎゃん喚くラシードに、必死な様子でひっついたのはミゲルだった。彼は歌い手専門での出演は決まっているけど、あくまで声だけだから不完全燃焼なのである。
「止めてくれるなラシード! 劇場版でオレはなんちゃって生きてました説を流布しヴォルトと今度こそ添い遂げる!」
「はあ? 何言ってんだよ、あんたは!」
それを聞いて、自分の教官が取られると思ったのか、シンが愕然とした様子で振り返った。ミゲルが生きていて、ヴォルトとハッピーエンドとかになってしまったらアカデミーの教官話はなかったことになるのでは?
設定資料集でもシンには反抗されながらも尊敬されているとか書かれている性別不詳の超美少年or美少女なヴォルトに、相手役が確定してしまう。
「そう言うノリは、種作品で歌ランキング上位を占める中、ブレ○バーンで食い込んだオレに対する切り込みくらいにしてくださいよ!」
某SNSでのやり取りを引き合い(現実的に起きた)に、もはやミゲル生存ネタはif世界または並行世界のものであると対抗するシン。
ミゲルも負けじと、ゲームではやろうと思えば実現できそうなルートがあるんだよ! と健闘し出す始末。
「みんな怖い……クルーゼさんとティアの方に逃げたい!」
「何言ってるんだよ、キラ。尺の関係でカットされる可能性があるとはいえ、私たちの収録が残ってるだろ」
荒ぶる生存欲闘争の現場にあって、人々の欲に泣きそうなキラ。それを、すっかり呆れて冷めた眼差しのカガリがあやしている。
陣頭指揮が板についているカガリと違い、人を使うのに慣れていないキラへのアドバイス的なシーンの撮影があるのだ。ラシードとカガリによってお知りぺんぺんされる部分。
「キラさんったら、泣き顔が可愛いとかおかしいわよ! かっこよくて可愛いなんて反則じゃない? これはやっぱり妥協できない!」
「アグネスは可愛いものが好きだもんね」
ツインテールの劇場版新キャラ、アグネスが蕩けるような表情でキラに熱い眼差し。作中の彼女と素の彼女は相手への見方が極端に違う。可愛いものに目がないのだ。それは性別をも超える。
「やだ、リオンったら妬きもち? 大丈夫よ、アンタのことも私が養ってあげたいくらい好きなのは変わらないから!」
上昇志向もあいまって、独占欲も強い。それなりに自分を磨いて成果も出しているから油断していると週刊誌にネタを提供して俳優生命に大打撃を与えられそう。
色々カオスな状況になってしまい、ラシードはこめかみを抑えた。何でこう言う時にいつもティアもクルーゼもいないんだろう。今回はアスランもいないし。
誰か助け舟を出してくれる仲間はいないのか。
カガリは今、キラをあやすのにいっぱいいっぱいだし、リオンもアグネスに詰め寄られてジリジリ後退している──スキャンダル量産娘に対する対抗手段はあっている──。シンはミゲルと不毛な争い中だし。
このままでは前回のようにパトリックに押し切られてしまう──!!
「なんだ、まだ撮影は始まっていなかったのか?」
「おかしいですね。私の計算では既にラシードがカガリを押し倒している場面あたりかと思っていたのですが」
他の番組収録で遅れてきたイザークと、アルバート・ハインラインが到着した。後者の発言箇所は決して良い子のみんなにお見せできないようなシーンではないことを公言しておく。そうじゃなくて──ラシードは泣きながらイザークに抱きついた。
「いつぞやのハロウィンな状況なんだよおおおお」
「はあ、またか」
当時はすっかりしてやられたという記憶があるのか、銀髪おかっぱが舌打ち。今回の収録が種作品初参加のアルバートは興味津々と言った顔だ。
だが、二人が到着するのはあまりにも遅過ぎた。
パトリックと周りには、種や運命で死ねたフラグをへし折れなかったキャラたちが、崇めるように平伏している。その中にはアズラエルやジブリールの姿も。
「我らは、決して諦めない! 今こそ掴むのだ、復活権を!!」
雄叫びを上げる賛同者たちの陰で、「もう、どうすればいいかわかんない」とついにキラが泣き出したため、ラシードもつられた。
「この収録も佳境という時期に、ですか?」
別会場にて、話を聞き終えたティアが、困惑したような様子で尋ねる。
役者とスタッフの視線を受けているのは、今回助監督を勤めているギルバート・デュランダルだ。
劇場版の総監督はパトリックとなっている。運命編の収録時、ハロウィンで引き起こした事件のせいだとは言うまでもないだろうが。
「いや、当時の復活権というネタを、パトリック氏は諦めてくださらなくてね」
「元はと言えばお前の好奇心のせいだろうが」
クルーゼのツッコミに、デュランダルはてへぺろ、と可愛いポーズをとった。そのせいか、ラクスが舌打ちしたものだから、アスランとオルフェがびくっとなった。
「つまり、あちらは今回も乗り気だと言うことですのね」
ラクスが居住まいを正しながら、端末をこんこんと叩く。画面に表示された企画は、冬にやるには季節外れだ。
ティアは隣のアスランの袖を引いた。
「何気にパトリックさんも熱が入ると見境ないですよね」
「前回、父上は企画に乗ってチャンスを掴もうとされていた側だからな。単なる企画で終わらせようとした君の義兄たちには随分とお怒りだったから」
面白い企画したい病でハイになっていたデュランダルを筆頭に、アズラエルとジブリールのやらかしが、たまたまマジな事件に発展してティアは死にかけた。
それも、パトリックが引き下がらない理由な気もする。
ティアもアスランは、ため息をついた。劇場版なので、一瞬でもどこかに場面を差し込めれば気が済むだろうが。
「オルフェさん、シュラさんはスケジュール的に大丈夫です?」
台本はあるが、基本的には自分の言い回しに変えて良かったりとアバウトな立ち回りが許されているガンダムSEED収録への初参加勢に声をかける。
オルフェはこの映画の収録以外にも出演作が多いし、鬼を倒す某作品の放送だって迫っている。シュラだって僧侶アゴヒゲとか幕末の人斬りの師匠とか、室町時代を舞台にした作品放送も控えていたはず。
尋ねられた二人は顔を見合わせて。
「構わないですよ。他の作品とかでも無茶振りはよくあるし、汚い高音でとか、歌ってる最中に猿に襲撃されたりとかに比べたら」(注 ドッキリグランプリ)
「企画の破天荒さに置いてはそこは○魂も負けちゃいなかったんで」(注 某ジャンプ作品)
ティアはアスランを見上げた。彼は双方の作品に携わっているはず。
彼は思い切り台本に目を落として知らぬ存ぜぬを貫いている。
「今回はキラたちが人質に取られているような物ですわ。のるしかありませんわね」
「仕方がないがね。対抗戦ということだし」
ラクスが肩をすくめながら企画への参加を表明する。前回はグループごとの対応で済んだが、今回は化かし合いの対抗戦。クルーゼもそれなりに乗り気な様子だ。
ティアは端末に表示されている突発企画を改めて見下ろした。キラがこの手の話題を苦手と知っているから不憫にしか思えないのだが。
復活権をかけた対抗戦
➖お化け屋敷対決➖
泣かせた人数が多い方が勝ち!
※劇場版で死亡フラグを回避できる絶対的な権利を約束します※
楔班は、ラシード、キラ、シン、カガリ、リオン、アグネス、イザーク、ミゲル、ハインライン。
うち、キラはホラー作品で泣かなかった試しがない。シンも苦手だと言っていたはず。確実に一名は泣かせる計算である。
対して、ティアの班は、アスラン、ラクス、オルフェ、シュラ、クルーゼ、後からホーク姉妹とヴォルトが合流予定。こちらはホラー作品への耐性がどれほどなのか不明である。
ティア自身は、どういうカラクリでお化けが出現するのか気になる体質なので、割と耐性はあると思っているのだが。
「ちなみに、各自挑戦者は3名を選出することになっている。うち一名は各班からの指名が可能だ」
デュランダルの発言に、ティアは泣きそうになった。確実にキラが指名されてしまうに違いない。アスランも同じように思ったのか、青い顔。
「また、本日中に限り、3名までのメンバーの入れ替えが可能だ。ただし、入れ替えられたメンバーは挑戦者へ指名できない」
今後のスケジュールとしては、明日から三日間は撮影をしながら構想と方向性を決め、貸し切った墓場と学校を使用して準備に入り、1週間後に対決となる。
墓場と学校の場所取りに関しては、明日の朝にくじ引きで決まる。
仕掛けに関しては墓場はジブリール、学校はアズラエルが元締めとなり、役者たちが考えた企画構想に合うようカスタマイズ、場合によっては一般公開も視野に展開することになるらしい。
ガンダムSEED劇場版スタッフによるお化け屋敷とか、まったく作品内容とかぶっていないのにいいんだろうか。
デュランダルからの説明が終わった後、ティアたちはパイプ椅子を円形に配置し直して、入れ替えメンバーについて話し合う。ここで要点となるのは“ホラーが苦手な人間”を把握することだ。
「あ、メイリンさんはホラーがダメだそうです。キラと入れ替えてあげられますね!」
こちらへ向かっている頃合いと思い、ホーク姉妹に連絡したところ、涙目の顔文字付きでメイリンが音を上げてくれる。アスランと共にホッとしたのだが、ラクスはちょっと唇を尖らせて、「キラの怖がるお顔は可愛いのに」と言った。
オルフェとシュラがびくうっと硬直したから、ラクスの気迫に圧倒されてしまったのかも。
「他に二人、指名を避けられるようだが。ティアは心配していないが、他は皆、平気なのかな?」
この場で最年長であるクルーゼが一同を見回す。新参のオルフェとシュラも問題ないらしい。
それでは、とクルーゼが足を組む。
「残り2名は戦略の入れ替え要員だ。私はハインラインを押さえたい」
確かにお化け屋敷でもケロッとしていそう。ティア属性だ。
挑戦者を泣かせなければならないのだから、泣かない人間を挑戦者に当てがわれてはいけない。
オルフェも顎に手をやって唸る。
「互いに入れ替えるのに指名する相手は三名まで。現時点で我々はキラさんとハインラインさんを指名することを決めている」
それに対し、あちらは誰との入れ替えを受け入れるだろう。
それに関してはアスランが人差し指を立てる。
「ラシードのことだから、キラの指名は必ずあると踏んでいるはずだ。俺は、ラクスとの入れ替えになると考えている」
「ラクスとキラをですか?」
ティアは目を丸くした。どうしてそんなことするんだろう。
不思議に思うティアそっちのけで、クルーゼも頷いて。
「ラクス嬢は得点にはならないだろうからな」
「あら、わたくし、そんなに強心臓ではありませんわ」
ぽやんと、困った顔でラクスが笑った。アスランとクルーゼは何も言わない。ただ、オルフェとシュラが震えているのだけはわかる。
「ハインラインを指名した場合、誰が指名されるかわからんな」
「わたくしは、ヴォルトさんだと思います」
理由は簡単。ミゲルがヴォルトと仕事をしたいから。妙な納得感に、自由組の二人を除いた一同はぐうの音もあげられない。
そんなわけで、残りの一名は保留にしたまま、制限時間になり、リモートで会議が開かれる。画面の向こうのパトリックが、カッと目を見開いた。
《楔チームからの入れ替え指名は、ラクス嬢だ》
楔からはまず一人目。対して、こちらはハインラインを指名する。
これで、この二人は挑戦者から外れる。
「戦火チームからは、キラ・ヤマトを」
デュランダルからの指名に、キラが嬉しさのあまり泣き出した。楔チームはみんな送り出す準備万端だったのか、よかったなキラ! とカガリも涙ぐんでいる始末。
思わずティアも涙が出てしまい、アスランがハンカチを差し出してくれた。ありがとうございます。
《それじゃあ、ヴォルトをくれ!》キラと引き換えの指名を、ミゲルが。わかってはいたがこの時点できってくるのは間違っている。
だが、ミゲルは譲らず、ラシードと、泣きながらキラも推している。なんでだろう。
《そいつ、プライド高いから申告してないだけだぞ》
ラシードからの指摘に、一同先ほど合流したばなりのヴォルトを振り返る。両手で顔を覆っているが、耳が真っ赤。図星らしい。
《ラシードが絡むお化け屋敷とか怖いに決まってるよ。絶対後悔する》
ぐすぐすと涙声で説得するキラに、そのままの体勢でヴォルトが大きく頷く。見落としていた大穴に、救われた形の戦火チームはホッと胸を撫で下ろした。
とうとう三人目となった。それぞれ二名ずつ、希望の通りである。
だが、入れ替えメンバーは三人と決まっている。次の指名、特にこちらは相手を決めていないがメイリンは助けてやりたい。互いに挑戦者になってほしくないもの、挑戦者から外してやりたいものの交換を終えた形だ。
《さて、こちらは特に指名する相手がいないのだが──》
《監督、私からよろしいでしょうか》
そこで、イザークが手を挙げた。その隣でシンが必死の様子でこくこくと頷いている。彼はメイリンがホラーが苦手なのを知っているのだろう。
案の定、メイリンを指名してくれた。目に見えて彼女の顔色が悪かったのも皆わかっていたのか、文句を言う相手はいない。
ところで、こちらはどうしよう。
楔班から指名する相手について、改めて顔ぶれを審議。
「では、イザーク。よろしくお願いします」
ティアからの申し出に、仕方ないだろうな、と相手も苦笑いだ。
こうしてお化け屋敷企画の携わる人員として、
楔班の人員は、
挑戦者 ラシード、シン、カガリ、リオン、アグネス、ミゲル
およびラクス、ヴォルト、メイリン
戦火班の人員は、
挑戦者 ティア、アスラン、オルフェ、シュラ、クルーゼ、ルナ
およびキラ、ハインライン、イザーク
に決定した。
リモート会議を終えて、ティアは今晩少し残っている撮影の準備をしなければと支度のため、足早に控え室へ向かう。「ティア、すまないのだが」
呼び止めたクルーゼに、何かと振り返って。
「私は実況を任されてしまった関係で挑戦者から外れることになった」
「まあ。もしかして、あちらも?」
楔班ではミゲルが外れるらしい。これはメンツを考える上で頭を捻る必要がありそうだ。
ヴォルトからの助言で、ミゲルを指名予定だったのに──はた、とティアは思い至る。やられた。パトリックの策だ。
クルーゼもそれがわかっているから、むっつりとしている。
「だが、あちらからしてみると最初から難しい人選だろうよ。こちらのメンツは簡単に泣き出しはしない連中ばかりだ」
確かに、アスランもオルフェもそう簡単には泣かなそう。ルナマリアとシュラなんて、驚きのあまり相手をぶん殴りそうな気もする。
そう考えると、ティアたちの方はなかなか有利な状況か。
かくして、バレンタインを控えた時期だと言うのに、夏の定番ネタで盛り上がろうとしているガンダムSEED自由劇場版撮影現場。
復活権の行方やいかに──。
《続く(たぶん)》
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