幻紅葉


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「…お前、それ何?」

2人部屋の寮室のど真ん中、ルームメイトの少年・ブルーが黙々と床に広げた布に魔法陣を書き上げていく様子を眺めながら、グランツはゆっくりと首を傾げた。

自分のベッドに腰かけながら魔法陣に書かれた意味を読み解こうとするが、魔術学科のブルーと武芸学科のグランツでは習っているものが違うために何と書いてあるのかわからない。

「これ?これはなぁ…」

んっふっふと奇妙な自信を含ませた笑い声を響かせながら、ブルーはとりあえず最後まで書き上げてから顔をグランツに向けて。

「召喚術の応用さ!」

「…は?」

「今日さぁ、学科の奴等と“宇宙人はいるのか”って話しになったんだよ」

「なんだそりゃ」

なろうと思えばとりあえず入学は誰でも可能な武芸学科と違い、魔術学科は選りすぐりの能力者しか入学できない。そんなエリートであるブルーの会話はまさしくグランツには訳のわからないもので、

「だいたいウチュージンって何だよ」

根本がわからず首をかしげれば、ブルーはやれやれと肩をすくめながら立ち上がり、一冊の本をグランツに見せてくれた。

「宇宙人。他の星に住む知的種族の事だよ。召喚術は異次元世界から呼び出すんだけど、もしかしたら別にわざわさ異世界から呼ばなくても、こんなに宇宙は広いんだから、どこかに僕達みたいな知的種族が暮らす星があるかも知れないだろ?」

「…おう、何言ってるのかさっぱりわかんねぇ」

「…つまり、異次元世界じゃない、僕達の住むこの世界に、別の種族がいるのかいないのかっていう討論があったんだよ」

ブルーは懸命に本を開いて説明をくれるが、グランツの耳の右から入って左に流れていくばかりだった。

「…おう、で、この魔法陣か」

自分から聞いておいて面倒になったのでとっとと切り上げようと魔法陣の理由を訊ねれば、「そうだ!」とブルーは強く拳を握り締めた。

「僕は宇宙人肯定派なんだけどね、周りのほとんどは否定派なんだ。そもそも宇宙人がいるなら異世界から召喚する必要無いとか、すでに過去の魔術師達が調べ尽くして存在しないと発覚したんだからいるわけないとか、知的生命体は1つの宇宙の中で1つの星にしか生まれない理があるとか」

「おう、おう。いいから。な、とっとと召喚しちまえよ」

「最後まで聞けよ。でだな、この魔法陣は異次元に通じるわけじゃなくて、遥か遠い宇宙の先の生命に反応するんだ。もし宇宙人がいたなら、召喚と移動魔法陣の応用でここに連れてきてくれるというオマケ付きでね!」

やばい、地雷を踏んだか。

饒舌になり始めたブルーに呆れながら、グランツはため息をつきつつ早く終われと胸中で念じた。そこへ、

「グランツ、ブルー、いるー?」

ノックもなく部屋に入ってきたのは、グランツと同じ武芸学科の少女、ノイエだった。

「あ、いたいたー」

「お前なぁ、俺らがフルチンだったらどうすんだよ。せめてノックしろって」

「女の子じゃあるまいにぃー…」

男子部屋に我が物顔で入ってきたノイエにもため息を聞かせながら、グランツはベッドに項垂れるように横たわる。ブルーはノイエに魔法陣を汚されないようガードしていた。

「女の子達でお菓子焼いたんだけどさー、作りすぎちゃったから男の子達に配ってんの。いるでしょー?」

「「いる!」」

グランツとブルーの挙手は同時だった。

「はーい、あげるー」

本当にただ作りすぎただけらしく適当な紙に巻かれた焼き菓子を放られて、グランツは余裕で、ブルーは少し慌てながらキャッチする。

ブルーの隙をつくように魔法陣に近付こうとしたノイエはベッドに寝転がったグランツに止められ、悔しそうに睨みつけてきた。

「で、ブルーは何やってんのー?」

「これかい?これは」

「あ、説明とかいいからとりあえず何か出すんでしょ。見せて見せてー」

「…うん」

またも長く始まろうとする説明をいとも簡単に止めて、ノイエはグランツの隣に腰を下ろした。

「何でこっち来んだよ。ブルーのベッド行けよ」

「いーじゃん。女の子の匂いつけたげる」

「どうせ屁だろ」

「サイッテー!!」

「痛ってぇっ!!」

ノイエから怒りの一撃を脳天に食らい、グランツは目前に火花が散る思いを味わった。

「静かにしてて。今から術式に入るから」

ぷりぷり怒るノイエと頭を抱えているグランツに冷めた目を向けながら、ブルーは表情を変えて。

「はーい…」

「…友達なら心配しろって」

やがて静まり返る室内で、ブルーは精神を研ぎ澄ませて己の魔力を両の手に集めた。

ゆっくりと集まり始める魔力に反応するように魔法陣は輝き、やがてブルーが片膝をついて魔力で生み出した光の玉を魔法陣の中央に置いた。

「西日の彼方であなたを思いましょう。あなたの世界が楽園でないのなら、どうか私に手助けをさせてください」

魔力のこもる詠唱を口にして、魔法陣の中央に置いた魔力の玉が静かに飲み込まれて消えていく。

「…ここは楽園です。あなたの苦しむ心はこの楽園でのみ清らかに癒されるでしょう」

完全に魔力の玉が消え去れば、魔法陣の輝きも消滅して。

「……」

「…ん?」

「…何も出てこないねー」

それだけだった。

「失敗したか?」

「そんなはず無い!魔力の玉が宇宙人を迎えに行ったはずなんだ!」

「じゃあ宇宙人いなくて迷子になってるんじゃないの?」

どうやら上手くいかなかった様子で、ブルーが魔法陣の上に両手をついた。

「う…宇宙人はいるはずなんだ!」

「ってかブルー、宇宙人なんか信じてるんだ?宇宙人はいないって、偉大な魔術師達が立証したのって何百年も前だよ?」

「宇宙人はいるんだーっ!!」

ブルーが叫んだ瞬間に、突然扉がぶち破られる勢いで開かれた。

「--ブルーっ!!お前勝手に魔術使っただろう!!学生のうちは教師の監視下以外では使うなって何回言わせんだ!!」

仁王立ちでぶちギレながら登場したのは魔術学科の男性教諭であるキールドで、

「罰としてお前ら3人今から武器庫の掃除してこい!!」

「俺も!?」

「あたしも!?」

「止めなかった時点で連帯責任だ!!」

「あ、あたし止めましたー!!」

「おま、ウソつくな!早く見せろっつったのお前だろうが!!」

「覚えてなーいーっ!!」

「いいからとっとと掃除に行ってこい!監視魔法付けてあるからサボったらすぐわかるからな!」

ブルーは諦めているが嫌だ嫌だとグランツとノイエは騒ぐも、怒り心頭のキールドには聞き入れてはもらえなかった。

仕方なくダラダラと部屋を出て掃除に向かおうとしたところで、

「--おい、ブルー!」

最後に部屋を出たキールドに呼び止められて、3人は振り返った。

「何すか?先生」

「お前…何を召喚した!?」

「…え?」

廊下で3人が振り返った時、キールドは着ていたはずの上着をどこかにやっており、変わるように慌てた表情を浮かべていた。

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