幻紅葉


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ブルーが黒髪の少女を召喚してしまってから3日が経った。

初日に学園長に話しに行った際は武芸学科出身の格闘系学園長にこっぴどく怒られ、ブルーが試行錯誤の末に作り出した魔法陣も調査の為に持っていかれてしまった。

ブルーがどこかの国の少女を間違えて召喚したという話はすでに学園中に広まっており、どこに行っても冷やかしの対象にされて。

絶対に宇宙人だと思ったのに。

あらゆる教諭からも顔を見せる度に絞られて拗ねていた矢先に、授業中だというのにキールドが教室に顔を出してきた。

「--ブルー、今すぐ来い」

「…今授業中っすけど?」

「見たらわかる。他の生徒の邪魔になるから早く来い」

キールドは担当の教諭と会釈だけを交わしてブルーを退出させる。

仕方なくダラダラとキールドの後をついていけば、彼はこちらを見ることもせずに真面目な言葉をブルーにぶつけてきた。

曰く、

「あの子が目覚めた」

「…え」

「起きたらしい。だがややこしい事になった」

重苦しい口調で、まるで言うべきか隠すべきか吟味するように。

しかし呼び出した時点で話すだろうことは決まっていて。

「どこの国の子かわかったんですか?」

「…まだ確信ではないが…お前の言う通りかもしれない」

「…と言いますと?」

「…いいか、調子には乗るなよ」

念を押すように低い声で威嚇してからキールドは立ち止まり、ブルーに顔を向けてきて。

「…まだ可能性の段階だが、あの子は本当に宇宙人かもしれん」

「---」

告げられた言葉に、思考が停止した。

「いいか、グランツとノイエには俺から言うが、誰にも口外するな」

「え、え!?何でですか!!宇--」

思わず大声を上げそうになるが、武芸学科の教諭ではないのかと問いたくなるほどの強い力で口元を押さえられてしまった。

「口外するなと言ったところだろう!」

「っ、何でですか!?もし本当なら凄いことなのに!!」

「馬鹿野郎!お前はあんな小さな女の子を実験動物にするつもりか!」

「なっ!?」

思いきり頭を叩かれたような衝撃。実際に叩かれたわけではない。だが実験動物という言葉に強く反応してしまった。

「…どういうことですか」

「仮にあの子が宇宙人だったとしたら…。確かに世紀の大発見だ。歴史が覆る。異次元世界と同次元世界だと訳が違うからな。…あの子が宇宙人だとしたら、あの子は産まれた星を調べる為に捕らえられる」

「…そんな、だって異世界から召喚した獣達は」

「あれだって最初は解体されて調べられているんだ。今でも新たな異世界への扉が開かれたら、その世界の獣を数体捕らえて調査から始まる。我々に害があってはいけないからな」

「!?」

あまりの事実に、完全に言葉を無くした。

解体されていた?そんなこと、今まで知らなかった。

「お前はあの子を分解したいのか?」

問われて呆然としたが、すぐに首を横に振った。

宇宙人がもしいたら。

互いに交流して、行き来し合って。

そんな夢を想像していたのに。

「…わかったなら口を閉じていろ」

「…はい」

ようやく声が戻るが、まるで自分ではないほど弱々しい声になってしまっていた。

「わかったならいい」

「…今からあの子の所に?」

「違う。お前にはもう一度、今度は詳しく魔法陣について聞かせてもらう。詠唱は覚えているか?」

「…はい。…一応」

「完全に思い出しとけ。あの子が帰れなくなる」

「は、はい」

強く命じられて、ブルーは記憶をひっくり返して思い出すことに勤める。

大切な詠唱、その言葉は--

--大丈夫だ。覚えている。

「…あの、あの子は…」

そして不安から少女の安否を訊ねれば、少しだけキールドの雰囲気が和らいだ気がした。

「名はモミジというらしい。困惑はしているが意識もはっきりとしている。安心しろ」

「…モミジ、ちゃん」

会えるのかどうかはわからないが、意識がしっかりあるなら大丈夫なのだろう。

「ぐずぐずするな。早く来い」

「はい!」

どのみち自分がしでかしたことに変わりはないのだ。ブルーは決意を固めると、強い足取りでキールドの後について歩いた。

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不思議な部屋で目覚めてから2日が経った。

紅葉は今まで静かに検査と称する質問の数々に答えてきだが、そろそろ限界だった。

限界とは、わからない、という意味での。

恐らく熱射病になって意識を失ったからこの病院のような学園に連れてこられたのだろう。今まで大きな怪我や病気をしたことがないのでこれが検査なんだと不安な頭で考えていたが、国から星から惑星から。

どうしてそんなこと聞くんですか?

一度訊ねた問への回答は、紅葉の脳に異常が無いかを調べる為というもので。

それなら精密機械を使えばよいのではないかと思ったが、そこまでは口にできなかった。

紅葉の生きる日本の歴史や文化を訊ねられ、紅葉の通う学校の知識枠を訊ねられ、これ以上は紅葉にだってわからない。

中学の授業など、まんべんないものであって専門的なものはほとんど存在しないのだから。

「…お母さん」

いつ合わせてくれるのだろう。

もう2日経ってしまったのだ。きっと心配している。

隣に住む老婆だって、紅葉を孫のように可愛がってくれていたのだ。きっと。

「モミジちゃん、起きてる?」

会えない母を思い項垂れたところで、部屋の扉を開いてシェイリーが入ってきた。

紅葉の使うベッドを囲むカーテンは取り払われているので、今は部屋の中なら見渡せる。

「はい。起きてます」

「よかった。会わせたい子がいるのよ」

シェイリーは優しく微笑むと、紅葉の薄着の肩に彼女のものであろう上着をかけて、前をとめてくれる。

「…シェイリー先生?」

「ごめんなさいね。熱いかもしれないけど我慢してね。会わせたい子、男の子なのよ」

「…男の子?」

「そう。…あと、少し混乱するかも知れないけど…とりあえず全部聞いてくれたら嬉しいな」

不思議な言い回しには気付いていたが、質問に対する混乱ならば最初からだ。素直に頷けば、いい子ね、なんて子供扱いをされてしまった。

もう14歳なのに。そうは思うがシェイリーは最初、紅葉を10歳前後の子供だと思っていたのだから仕方無いのだろう。

「じゃあ、呼んでくるわね」

「は…はい」

シェイリーはまた笑顔を見せた後で扉を開けに向かい、その後で紅葉のベッドのすぐ近くにある机につく。

「…失礼します」

恐る恐るといったていで入ってくるのは大学生くらいの若い男の人で、決して男の子ではなかった。

そしてその後ろから、紅葉の検査に立ち合ったキールド先生も共に。

「さっさと入れ」

「痛って!申し訳なさでいっぱいいっぱいの生徒を蹴るか普通?」

どうやら後ろから背中を蹴られたらしく、彼は不満を垂れながらキールドを睨み付けている。

生徒ということは、やはりここは病院ではないのか。

だが彼が生徒ならば、大学病院ということも有り得る。

紅葉はその辺りはよくわからなかったが、大学病院ならば大学生がいるのだろうと単純に考えて、姿勢を正して2人を待った。

「モミジちゃん。体はどうだ?」

「はい。もう平気です」

だからお母さんに会わせて。

言葉の裏に隠した思いは、見事にキールドには届かなかった。

「うおぉ、護衛玉じゃん。初めて見た…これ先生の術式?今度教えて」

「お前なぁ…こんな小さな子がしっかりしてんだから、お前もしゃんとしろ」

紅葉の隣に来る彼は、紅葉の周りをふわりと浮かぶ色と大きさの異なる球体を物珍しそうに眺めている。

その後ろからキールドが彼の頭を叩くが、

「あら、キールド先生には伝えませんでしたか?彼女、14歳ですよ?」

シェイリーの言葉に2人が唖然と口を開いて紅葉を凝視した。

「…冗談だろ?」

「ウソだろ?」

14歳でもまだ子供の分類だろうが、お子さま扱いは消え去る年代だ。

2人の反応は少し嫌だったが、紅葉は俯くだけで我慢した。

「…あ、と…じゃあ、自己紹介だよな!」

紅葉が膨れたことに気付いたように、彼が少しばかり慌てる。キールドはシェイリーの傍に立ち、会わせたい子とは彼だけなのだと悟った。

「僕はブルー。アンジュール学園魔術学科3年の17歳だ」

さらりと簡単な自己紹介。17歳だとは思わなかった。

だが、聞き慣れない単語に首をかしげた。

「魔術…学科?」

困惑するように問いかければ、ブルーは困り顔を後ろのキールドに向けてしまう。

キールドは静かに頷いただけで、ブルーはすぐに紅葉に視線を戻したが。

やや睨み付けるような目線を紅葉に向けてくるキールドとは違い、シェイリーは静かに何かを書き記していた。

恐らく、紅葉とブルーの会話をだろう。

「あの…魔術学科って?」

そんなカルトな名前、聞いたこともない。あるとすれば物語の中だけで、実在するなんて。

「…モミジちゃん、宇宙人って信じてる?」

「え?」

唐突に訊ねられて、思わず首を横に振った。

宇宙人を信じていない訳ではなくて、ただわからないという意味でだ。しかしブルーは信じていないという意味で取ったらしく、目に見えて項垂れていく。

「ブルー、役割を忘れるな」

「わかってますって…」

後ろからキールドの注意が入り、すぐに背筋を戻したが。

「…少しだけ聞いて。僕は宇宙人を信じててね、1人でけっこう色々調べて、召喚魔法陣とテレポートの応用で、異世界じゃなく同世界の遠くにいる生命体を呼び出せる魔法陣を作ったんだ。宇宙人がいるなら反応してくれて、出てきてくれるはずだったから」

聞いていてと言われたので耳を傾けた説明は、何ひとつ紅葉には飲み込めなかった。

単純に固まっただけなのだが、それを静かに聞いてくれていると思い込んだらしいブルーが次第に饒舌になっていく。

「それで5日前に完成した魔法陣を使って宇宙人を呼び出したらなんと君が出てきてね!最初は間違えてどこかの国の子供を瞬間移動させちゃったんだって思ったんだけど、2日前に目覚めた君から色々話を聞いたら、どうやら本当に宇宙人っぽいってことになって、僕はもう嬉しくってさあ!!」

「ブルー!」

「あ、やべ…でね…まあ、何て言うか…君をここに連れてきちゃったの、僕なんだ」

ごめんね、と謝罪するブルーの言葉の意味はやはりわからない。

宇宙人やら、瞬間移動やら。

そんな言葉、紅葉にはわからない。

ただ理解できたのは。

「…私、ここに来てから5日経ってるんですか?」

5日前に完成した魔法陣から紅葉を呼び出した。

ブルーはそう言った。

紅葉がここに来てから2日経ったのではなくて“目覚めてから2日”という真実だ。

「…家」

「いえ?」

「家!お母さん!5日もなんて無理だよ!早く帰らせて!!」

母は病弱なのだ。

通院は週に1度ある。紅葉は母が途中で倒れないようにいつも学校が終わった後で通院に付き添っていたのだ。

毎週月曜日の夕方が通院の曜日で、紅葉が倒れたのが金曜日で、もう5日も経つなら今日は。

「私とお母さん2人暮らしなんです!お母さん、体弱いんです!私がいなかったら、お母さんを助けてくれる人がいないんです!!もう元気だから家に帰らせてください!!」

「え、待っ」

「落ち着いて、モミジちゃん」

立ち上がろうとした紅葉を押さえたのはシェイリーだった。

「落ち着いて。…話を聞いてほしいの」

「俺が代わる」

ここで交代だと言わんばかりにキールドがシェイリーとブルーの肩を叩いて離れさせ、紅葉に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

「…君はまだ家には帰れない。…というより、まだ帰せないんだ」

「…?」

「ブルー、彼が作った魔法陣で君はここに来た。恐らくここは君が生活していた星じゃない。君は自分が住む星をチキュウ…タイヨウ系惑星のひとつだと言ったが、ここはスェルディー・スェイド。ロッカ28惑星のひとつだ」

まるで呪文みたい。

思考が働きにくくなっている中で、紅葉が考えられたのはそれだけだった。

「ブルーの作った魔法陣には穴があった。…一方通行なんだ。試しにいくつかの物質を呼び出してみたが…返すことが出来なかった」

つまりは、家に帰れない、と。

ザァ、と血の気が引く音を聞いた気がした。

難しいことは勝手に脳内が取っ払った。今わかることは、帰れないと言われた事だけだ。

「…家に帰して」

ポロリと涙がこぼれる。

しかしキールドもブルーも、シェイリーでさえ黙り込んだままで。

「帰して!!お父さんもういないの!!私までいなくなったら、お母さんどうなるの!?早く帰して!!」

2人で助け合って生きていこうねと約束したのだ。

学校は地獄だったが、家は温かな天国だった。

それを。

「…それならモミジちゃんのお母さんもこっちに呼んじゃえば!」

「馬鹿野郎!ギリギリ上手くいったのは彼女だけだ!後は全部壊れて出てきただろうが!彼女だって、下手したら死んでたんだぞ!」

紅葉のわからない言葉で、キールドはブルーを強く注意する。

「でも生命体なら?詠唱は生命体に反応するようになっているんです。本や変な物体を呼ぶから壊れて出てきただけで、生命体なら上手く行くかも!もう一度生命体で試させてください!」

「ふざけるなよ!!それで“失敗”したらどうする!お前は人間が真っ二つに分かれて出てくる所を見たいのか!?」

「先生やめてください!!」

議論を白熱させるキールドとブルーの間に入って、シェイリーが物騒な発言をしたキールドを非難する。

人間が真っ二つなんて。

もしそれが、お母さんだったら。

「---っ」

「モミジちゃん!!」

考えてしまった瞬間に、吐きまかした。

少し前に食べた昼食が酸っぱいえぐみと共に口内を蹂躙してさらに気持ち悪くなる。

背中をさすられて、慌てる足音が聞こえてきて。

意識を保てたのは、そこまでだった。


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学園の屋上に上がって、風を全身に受ける。

いつもは気分転換が出来るはずの場所なのに、今日のブルーを癒してはくれなかった。

宇宙人かも知れない女の子。

モミジちゃん。

仲良くなれたら、なんて単純に考えていた頭は見事に打ちのめされた。

モミジが目覚めたと聞いてから今日会わせてもらえるようになるまで、ブルーはいくつかの授業を返上して教諭達と共に魔法陣の解析に当たった。

魔法陣はやはりどこの異次元世界の扉も開けてはおらず、ブルー達が生きるこの同世界、同宇宙に果てしなく長い距離の移動魔法陣となったのだとわかった。

何度か試しに魔法陣を使ってみれば、モミジのいた星と繋がったらしく、よくわからないが高度な技術を持つ物体を呼び出すことが出来た。だが生物体では試させてくれない。

理由は物体がいずれも破壊されて出てきたからだ。

それこそキールドが口にしたように真っ二つに。

だがそもそも生命体用に考え付いた魔法陣だから、ただの物体に通用しないのは当然で。なのに教諭達はわかってくれなかった。

お前は考えが浅はか過ぎるんだ、モミジも死にかけで召喚されたんだぞ、と。

モミジだってそうだ。

もしブルーが宇宙人達のいる世界に呼び出されたら、きっといろんな対話を行うのに。

「…なんだよ」

家に帰して、と彼女は泣いた。

世紀の発見だったのに。

ブルーだったら、知識交換をして、互いの星の利益になる関係を望むのに。

「……」

しかしその前に。

もしモミジが完全に宇宙人だと証明されてしまったら。

彼女は解体される可能性が高いとも聞かされた。

「……」

それは果たして、友好的な関係を結ぶ為に必要か。

「…なら、向こうから死体もらうとかでいいじゃん」

唇を尖らせても、誰も聞いてくれる人はいないのだが。

「やっぱここか」

「…グランツ」

ふと背後から耳に馴染んだ声が聞こえてきて、ルームメイトが隣に訪れた。

「説明、失敗したらしいな」

「失敗も何も無い。“お前の口から現状を話せ”って言われただけだ」

結局キールドがモミジに説明をしたが、モミジが理解できたかどうかはわからない。

家に帰して、と。

彼女の願いはそれだけだった。

「…家に帰して、かぁ」

「何だよ」

「あの子に言われたんだよな。家に帰してって。でも魔法陣、今のところ一方通行でさぁ…」

「うわ…えげつねぇ」

「……」

まるでブルーを否定するような台詞に、カチンと軽く腹が立った。

「宇宙人と遭遇したんだぜ?もっとこう、色々知りたいとか思わねえ?」

「そんなもん、人によるだろ」

俺とお前は違うんだから。

そう返されて、わずかに言葉に詰まった。

「…でもよ」

「お前はいいじゃねえか。呼び出した側なんだから。でもあの子はお前に勝手に呼び出された挙げ句に帰れないんだろ?帰りたがってるなら酷い話じゃねえか」

「……」

ブルーとグランツは違う人間であるように、モミジも。

わかっているさ。

だけど。

「…帰りたがってる宇宙人、かぁ」

今はまだ学園で隠してはいるが。

モミジが宇宙人なら。

先のことなんて、ブルーには単純な理想しか想像できなかった。

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