第84話


第84話

 ラムタル王家が憩う為の美しい庭園を、ガイアは静かに歩いていた。
 後ろをついて来るのは、深い怒りを溢れ出しているロードだ。
 その怒りは幼少期からずっと恐ろしいものだったのに、今はさらりと受け流すことが出来る。
 少し歩きましょう、と伝えたのはガイアの方だ。
 ルクレスティードは庭師に任せて、広い庭園をゆっくりと歩く。
 怒る彼の前を歩くなど初めてのことだというのに、足は少しも怯えていなかった。
「…ガイア」
 呼び止められた場所は、ロードの弱さを初めて知った東屋。
 足を止めて、ゆっくりと振り返る。
 冷たい眼差しから逃げはしなかった。
 ガイアの身体に宿ったクリスタルの魂が、母としての強さを与えてくれたから。
「……あなたを愛してるわ」
 伝えてから、ロードの元に向かい、その冷たい頬に両手を優しく添えて。
「…でも…一生、あなたのことは許さない」
 思いきり強くつねり上げた。
「ーーーー!?」
 突然の出来事に両手は強く振り払われて、ロードは驚いた表情でガイアを凝視してくる。
 それもそうだろう。ファントムとなってからどころか、エル・フェアリア王族であった幼い頃から、彼の頬をつねり上げたものなどいないはずだ。
「私はね……あなたと家族になりたかった。子供の頃からずっとよ!」
 驚いたまま固まるロードに、ガイアの今までの怒りをぶつける。
「あなたのことを父と呼んだこともあるけど、それだってあなたと家族だと思いたかったからよ。自分が産んだ子供が大事なのも、あなたとの子供だから!!」
 ずっとそうだった。大事なのは子供だけじゃない。ガイアにとっては、子供達もロードも、必要な存在だったのだ。
「私が産んだニコルもコウェルズ王子も奪った挙げ句、私が病んだから記憶を消した?ふざけるんじゃないわよ!!あなたは私に寄り添うべきだった!!あなたがするべきことは、記憶を消すなんて事じゃなかったのよ!!いつもいつも、そんな簡単な方法に逃げないで!!」
 涙が浮かんで、感情的になっていく。
 怒りが爆発したせいで言葉が普段のように浮かばない中で、それでもガイアは懸命に叫んだ。
 ロードはただ静かに聞いている。
 その無表情を読み取ることは難しかったが、ロードの怒りは消えている様子だった。
「私はね……私は…本当にあなたが好きなの!!」
 声が枯れるほど強く叫んで訴えて、涙が一気に溢れて視界を白く歪ませる。
「あなたが好きだから、子供達のことも愛してるの!!家族になりたかったの!!なのに…“女”の私だけを求めないで!!子供扱いもしないで!!ちゃんと私を見て!!」
 今まで言えなかった、伝えたかった言葉を。怒りでどうにかなりそうなほど、ガイアはロードを愛していた。
「……子供扱いなどしたことがないだろう…それにお前も…何も言わなかったじゃないか」
「言わせなかったのはあなたでしょう!?私が何か言おうとしたらすぐに不機嫌になって、すぐに鞭を取り出してたわ!!」
 ようやく反論が聞けて、それにもすぐさま反論で返して。
 もっと冷静に伝えたかったのに、涙は止まらない。もっと段階を踏んで伝えたかったのに、言葉を選べない。
 ガイアの中にある本音が、それほどまで激しく膨らんでいたから。
 言うことを聞かせる為に振われ続けた鞭など、幼い頃から味わい続けたガイアからすれば子供扱いと何ら変わらない。
 ようやく少しだけ冷静になれて、動揺してなお見つめてくれるロードの瞳を、じっと見つめ返した。
 それすら今まで出来なかったことだ。
 彼の顔色を伺って、不機嫌にさせないように生きてきた。
 でももう、そんな都合の良い存在でいたくない。
「わたしはっ……ちゃんと、あなたの妻になりたい…」
 泣きすぎて裏返る声が、切実に伝える。
 二人で子供達を育てたかった。
 優しい愛情を与えてほしかった。同じくらい与えたかった。
 困惑するロードがしばらく間を置いてから、抱きしめる為に手を伸ばしてくれる。
 その手を強く振り払い。
「今そんなのいらない!!誤魔化さないで!!」
 また涙が溢れる。
「……私はあなたの何なの?」
 態度で曖昧に示されても、不安と不満が胸に溜まるばかりなのだ。
「ちゃんと愛して…私のこと、気持ち…蔑ろにしないでっ…」
 過呼吸寸前にまで呼吸が乱れて、何とか自力で息を整えようとして。
 また伸ばされた手を、今度は振り払わなかった。
 乱れたガイアの呼吸を整えてやるように、大きな手が優しく背中を撫でてくれる。
 今まで何度も味わってきた優しさではある。
 それを思い出して、またぼろぼろと涙が溢れ流れた。
「ガイア…私を見ろ」
 声に導かれるように、すぐそばにいるロードを見上げる。
 涙で滲むから、表情の細部まではわからない。それでも、今もまだ困惑したままであることはわかった。
「…すまない…何を話せばいいか……言葉が浮かばない」
 ロードの視線が一瞬だけ地に向いて、すぐにまたガイアに向けられて。
 少し掠れた声が、どれほど彼が動揺しているかを示した。
 一拍置いてから、彼の口からこぼれた謝罪の言葉が耳に満ちる。
「…お前の望む家族が何なのか、私にはわからない。それが必要なものとも…思えない」
 悲しくなるほど痛ましい声。
 ふと思い出す、ロードを傷付け続けてきた彼の家族達。
 実の父に最愛の人を無理矢理奪われ、存在すら許せない弟が産まれた。
 ロードの中に宿る家族の形と、ガイアが望む家族の形が一致しない。
 彼にとって家族とは絶望でしかなかったのか。
 なら、それこそ、
「…私はあなたの何なの?」
 ガイアは、いったいどんな存在なのだ。
 夫婦という定義に、家族という枠に入らないというなら。
 ガイアは、ニコルは、ルクレスティードは、リーンは、コウェルズは、
 ロードにとってどんな存在なのだ。
「…あなたは私に、王妃の座をくれると言ったけど…私にはそれこそいらない。あなたが望むなら王座を奪えばいい…でも私は…あなたの妻でいられたらそれで充分なの」
 全身を苛む呪いすら、ガイアにはどうでもいいのだ。
 ロードが望むから手を貸していただけ。
 ロードが喜ぶから。
 それだけ。
 その見返りを与えてくれるというなら、大きな世界ではなくていい。
 小さくていい、温かな家族の居場所がほしかった。
 だがそれこそ、ロードには想像もつかないのだろう。
 広すぎる世界を見続けすぎたが故に、ガイアの望む世界はあまりにも小さすぎて彼の目には映っていない。
 言葉もなく俯いたロードの両頬を再び手のひらで包む。今度こそ、優しく。
「……話しをしましょう?あなたの望むもの、私の望むものの話しを。…私達は今まで、会話が少なすぎたのよ」
 否定を許さなかったロード。臆病すぎたガイア。
 最初から歪すぎたのだ。
 きっと会話は、途方もなく長い時間を費やすだろう。
「ロード…私を見て」
 先ほどロードがガイアに言った言葉を、今度はガイアが口にする。
「…あなたを愛してるわ。私は……あなたと、子供達と、家族になりたいの」
 何度だって伝えられる。もうガイアの中に恐怖心は無いから。
「……家族に何の意味がある」
「それを話すの。…お願い…もう私の言葉を斬り捨てるなんてしないでしょう?……お願い…二人で話しましょう?私の言葉も、あなたの言葉も。たくさん話しましょう」
 クリスタルの魂のおかげだったとしても、ガイアは自分の口でロードの不条理な怒りを消してみせた。
 きっと今までも、萎縮することなく会話が出来ていたなら、ここまで捻れることはなかったはずだ。
 ロードが怒りを見せるからガイアは怯えた。ガイアが怯えて言葉を無くすから、ロードはガイアを理解する手段を失った。
 今までずっと、理不尽な怒りに反発しなかったから。
 でもこれからは違う。
 何度も泣くだろう。子供達を奪われた過去を思い返しては何度も恨むだろう。
 それでも、彼のそばにいたい。一生許さない。同時に、彼だけを一生愛せる。
「…お前は……いずれ私の元から離れるつもりなのか?」
「…飛躍しすぎよ」
 感情の言葉数が少なすぎて、彼がなぜそんな考えに至ったか、わからなくて少し笑ってしまう。
 でも言葉が少なすぎたのはガイアも同じなのだ。
「離れないわ。約束する。…あなたを愛してるから」
 胸に溢れる愛情を伝えれば、吸い寄せられるようにロードの唇が近付くから。
「あなたは?」
 指先でそっと止めて、行動でなく言葉にして、と暗に伝えて。
「……お前は私のものだ」
 縋るように抱きしめられて、彼らしい言葉で。
 その言葉に不満は少しだけ浮かぶ。それでも今は充分だと、ロードの背中に手を回した。
 ロードの意にそぐわない行動だったはずなのに、もう鞭は現れない。恐怖と魔力で支配もされない。
 本音をぶつけた結果である今が、充分すぎるほど嬉しかった。

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