第82話
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「ーーテューラ、仕事だ」
遊女として男達に肌を晒す必要が無くなり自室にいたテューラは、普段は朗らかな楼主が表情も少なく呼びにきたことに、一瞬で肝を冷やした。
他の遊女達に羨ましがられながらも得た時間は雑用や遊郭内の事務作業を請け負うつもりでいたのに、どういうことなのかと眉を顰めれば。
「…唯一のお客様がいらしたぞ」
楼主が呼びにきた理由は、ニコルが来たことを伝える為だった。
「え……昨日の今日で?」
「驚いたふりをする割に嬉しそうだな」
客がニコルだとわかり、頬は自然と緩んでしまう。
楼主はまだニコルを信用してはいない様子で不満顔を隠しはしなかったが、すぐ部屋に通すから準備をしていろと伝えてさっさと行ってしまった。
まさかすぐ来てくれるなど思わず急いで準備を進めれば、ノックもせずに扉は再び開かれて。
「平民騎士が来たんだってね。嬉しそうねぇ?」
現れたのはテューラを毛嫌いしている遊女仲間で、準備に動く様子を鼻で笑ってくる。
「私だったらいくら騎士様でも平民騎士なんて絶対に相手しないわぁ。楼主の信用も無いのに一年後に一緒になるとか最悪。あんたも早まったわねぇ……まさか弱みでも握られたのぉ?」
好き勝手話してくる理由は、王城から訪れる騎士達のニコルの誹謗中傷を鵜呑みにしている証拠だろう。
ただでさえニコルは遊郭でも有名だというのに、顔を知る者はほぼいないのだ。会ったこともないのだから騎士達の悪口を鵜呑みにするのは仕方ないだろうが。
「そこまで言うなら見てきなさいよ。下品で人相の悪い平民騎士様がどれほどなのかね」
鼻で笑い返しながら、邪魔な女になど目も向けなかった。
髪を少量の香油で艶やかにし、香水もふわりとかぶる。衣装支度は準備部屋に置いているので、鏡の前で最後に唇を潤わせた。
「…ふん。マリオンを心配もしないで、呑気なものね」
「あの子は無事よ。この国で最も安全な場所にいるんだから」
「……なにそれ。ま、いいわ。あんたの醜い相手を拝んできてあげるわぁ」
去っていく嫌味な仲間など放っておいて、鏡の前で最後の確認をする。
万が一を考えて化粧をしておいてよかったと安心しながら、少し慌てて部屋を出て。
準備用の小部屋へ繋がる向かいの扉を開けようとしたところで、先ほどとは違う別の遊女が自室に戻るところに出くわした。
「ちょっとテューラ!平民騎士様があんなに格好良いとか聞いてない!ずるい反則よー!!」
「はいはい、後でねー!」
まだ仲の良い方である彼女からの抗議の声には手を振って、扉の先の階段を降りて。
準備部屋に置いている衣装から選ぼうとして手を止め、少し考えてから選んだのはお気に入りの私服のドレスだった。
ニコルは恐らく露出の高い服よりも清楚なものを好むだろうと思ったから。後は、客と遊女という関係よりも恋人でいたかったから。
総レース作りの繊細なワンピースドレスはお気に入りの一着だ。ニコルはどんな反応を見せてくれるだろうか。
少しワクワクしながら着ようとして、一瞬浮かんだ疑念に手を止める。
しばらく考えてから、やはり仕事着を選んだ。
昨日の会話からしても、ニコルはあまり服に頓着していない。総レース作りなど、破られる可能性の方が高い。
仕事着の中でも清楚さを意識した淡い緑のドレスに選び直し、着替えが済めば早足でさらに下へ続く階段を降りて行った。
仕事部屋に続く扉を開ければ、まだニコルは到着していなくて。
何の準備もしていないからと少し慌てながら用意をしていると、コンコン、と扉を叩かれた。
「…どうぞ」
返事をすれば、入室してくるのは楼主とニコルだ。
準備の手を止めて静かに待っていれば、ニコルは少し落ち着かない様子でテューラに目を向けてきた。
「それでは“お客様”…どうぞごゆっくりお過ごしください」
爽やかに笑いながらもわざとお客様という言葉を強調する辺りに、ニコルも苦笑いを浮かべて。
数秒続く緊張感の後に退出していく楼主を見送る。
扉が閉められて、二人きりになった途端に二人同時にゆっくりと安堵のため息をついてしまった。
「…ちょっと待ってて。急だったから何の準備もできてないの」
照れ隠しの為に少し慌てた様子を見せながら準備を再開すれば、ニコルはすぐに近付いてきて、テューラを背後から抱きしめた。
「急で悪い…明日城に戻れって命令が来たんだ…だから……会いに来た」
抱きしめる腕の力は強いのに、言葉は弱々しい。
「…そうなんだ。でも会いに来てくれて嬉しい」
どうも離しそうにない様子にそのまま準備を続けて、お茶とお菓子を用意する。
「……あの楼主、何回も俺のこと“客、客”って連呼しやがった…」
「それは仕方ないわ。一年間は一応お客様の立場なんだから」
不満を口にするのが少し可愛いが、こればかりは仕方がない。ニコルが楼主の信用を得るまでは。
「あとこれ…忘れてった服、持ってきたぞ」
「ありがと。その辺に置いといて」
手に何か持っているなとは思っていたが、容赦なく丸めたテューラの服だったらしい。この辺りのガサツさは、騎士達の噂通りだと少し笑ってしまった。
「ここに来る間に女の子達に出くわした?」
「…ああ、ちら見しに来てるのが何人かいたな。楼主が叱り飛ばしてたぞ」
「ほんとは顔出しちゃダメだからね。でも私とあなたのことを知って、気になってるのよ。噂の平民騎士様はどんな人なのかって」
「……俺そんな噂されてたのか?」
「当然でしょ!お城で唯一の平民騎士なのに、一度も遊郭遊びをしたことがないのよ?」
遊郭内の事情を知らないニコルのことだ。不思議そうな顔でもしているのだろうと思いながら。
「そろそろ離してよ。まずはお茶でも飲みましょう?」
抱きしめられるのは嬉しいが、このままずっとはいられない。
ニコルは素直に離れると、テューラが用意したテーブルの席についた。
「あらかじめ伝えてくれてたら外出もできたんだけど、今日はこの部屋で勘弁してね」
「……お前は俺のこと、客だなんて思ってないよな?」
「当たり前でしょ」
不安そうに見つめてくるのが可愛くて、頬に口付けを送る。
テーブルに置かれたニコルの手に触れながら、隣に椅子を持ってきて座って。
「…客だなんて思ってないけど、一年間は我慢なのよね。一応ルールだけは話しておくわね」
遊郭内のルールを知らないだろうニコルに、必要最低限を教えてやる。
外出したい場合は事前に伝えておくこと、外泊の場合は十日前までには伝え、場所も細かく。遊郭街を出る場合は外出であろうと五日前、など。
ニコルに必要そうなものだけ伝えて。
「あと、贈り物とか持ち込み物はまず楼主に見せること、かな」
「…服持ってきたの見せ忘れたけど大丈夫か?」
「たぶん察してくれただろうから平気よ。でも次からは楼主に見せてね」
ご法度もいくつかあるにはあるが、ニコルに伝える必要は無いだろうと見越して。
「とりあえずはこんなところかな」
「わかった。…城に戻るから、会いに来れそうな時がわかったら連絡入れる。…お前からも会いたい時は連絡くれよ」
「…うん。伝達鳥飛ばすだけは有り?」
「手紙か。いいな、それ」
二人にとって手紙は互いに特別な意味があった。それを思い出して、同時に吹き出して。森の泉近くに生えた木の根元に隠した大切な手紙達。
意図せず二人で同じ場所に手紙を隠していた事実がある。
「それにしても、本当に急だね。しばらくは休暇だって言ってたのに」
「ああ…騎士団内で揉め事があったからな」
「それって、あなた絡み?」
ニコルが戻らなければならないほどの。
目に見えて落ち込むニコルの為に、もう少しだけ椅子を近づけた。
エルザ姫との問題を抱えている状態で城に戻ればどうなるかなど想像もつかない。良いことはないとだけわかるが。
「そっちはどうだ?…友達は大丈夫なのか?」
「…まだ連絡はないけど、あなたの言葉を信じてるから」
話題を逸らすニコルに、感謝するようにその手を強く握る。
昨日ニコルに会えていなかったら、きっと今もマリオンが心配でたまらなかったはずだ。
ニコルが動いてくれたから、マリオンはきっと大丈夫だと安心できた。
「…ありがとう」
改めて伝える感謝の言葉には、照れ隠しのようにそっぽをむかれてしまった。
「今日はゆっくりしていくの?」
「いや今日は………………やっぱゆっくりする」
「朝まで?」
「……ああ」
長く考えた末に出された返事に笑ってしまった。
「じゃあ朝食の用意を頼んでおくわ」
手を離して、室内に用意された連絡筒に食事の用意を頼んで送る。
「お肉多めでお願いしたよ」
昨日の朝食時の様子を思い出しながら伝えれば、バレていたのかと少しバツが悪そうな顔をされた。
立ち上がるニコルがこちらに近付いてくるから、そっと逃げて湯船の用意をして。
「熱めが好き?ぬるめが好き?」
「……熱め」
逃げたことにブスっと不貞腐れながらも、質問には答えてくれるのがまた可愛く思えた。
「にしても不思議な部屋だな。一室に仕切り無しで風呂、ベッド、テーブルか」
「万が一を想定してね。簡単な仕切りを置く子もいるけど、何かあった時にすぐ駆けつけられるようにするには開いてるのが一番でしょ?」
ここはテューラ達の仕事場なのだと改めて伝える。部屋には見えない特殊な構造を、ニコルはどう見たのか。
「……これからもお前と会う時はここじゃないとダメなのか?」
今までテューラが別の男達にも抱かれてきた場所だ。あまり良い感情を持っていないことは確かだった。
「一応はね。でもあらかじめ伝えてくれてたら外出できるわ。私たちの家を早く建ててくれたら、そっちにも行けるわよ?」
急かしてみれば、素直に「わかった」と返ってきた。
「王都に建てるのとは別に、騎士団に充てがわれてる区画内にも持つってのも有りか?」
「あ、いいわねそれ。私もなるべくここから離れたくないし」
「じゃ、決まりだな。楼主には俺から言わせてくれよ」
「お願いしまーす」
王城務めに用意された区画内で家を建てるなら、良い家を早く建ててくれることで有名だ。
「あと…あなたにもう一つお願いがあるんだけど」
それと、少しだけ引っ掛かっていたことを伝えようとすると、ニコルはまた背中から抱きしめながら「何だよ」と問うてくる。
「“お前”って呼ぶの、やめてほしいな。あんまり嬉しくない」
「…………」
「ちゃんと名前で呼んでね」
語尾を可愛らしくしながらお願いすれば少し考える様子で頭を顎で擦られて。
「……悪かったな。気をつける」
「ん。ありがと」
こんなにも素直だなんて、最初は考えもしなかった。
「…不思議だね。こうして二人でいるなんて」
最初の出会いは、媚薬香に侵された仕方のないものだった。その後城下町でマリオンと共にいた時に再会もした。
だが本当の出会いは、あの森の泉なのではないかと思うのだ。
きっと媚薬香に侵されたニコルが別の遊女に相手をされたとしても、あの森の泉で出会ったのはテューラだから。
同じ思いで家族からの大切な手紙を隠した。こればかりは、きっと運命だ。
「…お前でよかった」
「あ!」
「……テューラでよかった」
ニコルも同じことを考えていた様子を見せて、抱きしめる腕に力を込めてくる。
そのまま移動するから素直について歩けば、テューラを上にして二人でベッドにダイブした。
急な視界の移動も、ニコルが下になってくれたおかげで強い衝撃は感じずに済むが。
「…もう少し話してたいなぁ?」
「…こっちは昨日から我慢してるんだけどな」
「ふふ、そうだったね」
くるん、と身体をいとも簡単に移動させられて、ベッドとニコルに挟まれる。
「昨日はよく我慢できたね」
「……じゃなきゃ、手に入らない気がしたからな」
「…当たりかも」
もし昨日抱かれていたら、きっとテューラにとってニコルは気になるが信用出来ない人止まりだったはずだ。
「本当の意味であなたのものになるのは一年後だけどね」
「……もう俺のもんだ」
唇が重なる。
せめてお茶くらい飲んでゆっくりしてほしかったのに、昨日の我慢を吐き出すように性急な口付けだった。
「ン…」
呼吸すら奪いそうなほど深く侵入してくる舌に絡め取られて、全身が甘く疼いてくる。
行為に慣れた男の口付けだったが、それはテューラも同じなのだ。
ニコルの首筋に腕を回して、舌を絡め返す。
挑発するような動きに反応するように、淫らな音を響かせてさらに激しく吸われた。
さすがに苦しくなって無意識に逃げれば、すぐ近くで目が合ったニコルは不敵な笑みを浮かべて。
自分の勝ちだとでも言いたげな眼差しに、少しカチンときた。
弱い力で何とか押し返して跨り、上を奪う。
「昨日我慢できた分、たくさんご奉仕してあげる」
「すげぇ楽しみだな」
服の上からでもわかるほど反り立つものは無視して、彼の衣服のボタンの上ひとつと下ひとつだけを外す。
「たくさんの意味わかってる?」
「……なんだよ」
「いっぱい我慢しなさいってことよ」
下から両手を這わせて腹部を撫で、首筋には軽い口づけだけを位置をずらしながら何度も続けて。
「…不思議なネックレスね?」
首元から古そうな赤い石のついた首飾りがちらりと現れて、思わず見入ってしまった。
「ただの古いもんだよ」
少しだけ不機嫌な声になりながら、ぞんざいに外してベッドの上部に置き去りにする。
「ふーん?」
その間に器用に上から二つ目のボタンも外し、逞しい胸板にぺろりと舌を這わせた。
くすぐるようにゆっくりと舐めながら、ボタンをひとつずつ外していく。
全て外し終えて上半身を露出させたところで、ニコルがテューラの胸元にも手を伸ばしてくるから、そっと互いの両手の指同士を絡めて阻止した。
「がーまーん」
「…マジかよ」
今度はテューラが不敵に笑う番だった。
辛そうな下半身は完全に無視して、少し尖った乳首に舌を這わせて。
「おまっ…」
「次にお前って言ったら、さらに我慢することになるわよ?」
ぴくりと反応を見せるニコルを面白がりながら、言葉はきちんと矯正した。
「ここ、弱いんだ?」
「んなわけねーだろ…驚いただけだ」
「へぇ」
ふいと視線を逸らすから、ニコルの目の前で自分のドレスの胸元も艶かしく解放する。
胸元だけを開いて、ぎりぎり谷間だけしか見えない位置で留めて。
「私は弱いのよね…あなたに触られたら、すぐ大変なことになっちゃうかも」
吐息混じりに挑発すれば、目線は谷間に集中し、ごくりと生唾を飲む音まで聞こえてくるようだった。
本能に素直なそのしぐさがすごく可愛くて、意地悪したくなる。
解放した片腕を伸ばしてくるから先ほどと同じように指を絡めて阻止すれば、恨みがましい眼差しが送られてきた。
力で無理やり押さえつければすぐにニコルの手中に収まるというのに、もどかしそうにしながらも次のテューラの行動を期待しているのだ。
「触らねえから、せめて見せてくれよ」
「んー…まだダメー」
お願いも却下して、するりと手を離し、ニコルの足の間に逃げ込んだ。
期待するような眼差しが向けられる。だが、まだ触らない。
わざわざ胸を強調するように背筋を反らしながら、足の付け根を優しくマッサージする。
触れるか触れないかの位置を揉まれて、服ごしにさらに硬度が増していた。
「煽りすぎだろ…」
気持ちよさそうな、だが苦しそうな声。
「たくさん気持ち良くしてあげたいの」
せめて今くらい、嫌なことが全て吹き飛ぶほど。
ようやくベルトを外して露出させれば、外気に触れながら匂い立つほど屹立した。
初めて目の当たりにした時も思ったが、やはり大きい。
心臓の鼓動に合わせるように脈打つ大きすぎるそれに顔を寄せて、だがふいと逸れてまた付け根を舐めた。
「……意地悪な女だな」
期待した快楽を得られなかった苦しみにビクビクと性器を震わせながら、忌々しそうにしながらも頭を優しく撫でられた。
「だってたくさん気持ちよくなってほしいんだもん」
舌をさらに膝まで進めれば突然身じろがれて、赤子にするように脇に両手を入れてきて抱え上げられた。
そのまま脚の上に座らされ、秘部が性器となぞるように触れ合った。
布越しにもわかる熱さに、触れただけだというのに腰が震える。
「マジで煽りすぎだぞ」
「ふふ…じゃあ、こーたい?」
甘えた声で首を傾げて訊ねれば、ぎゅっと強く抱きしめられた。
「また煽っちゃった?」
「…可愛すぎなんだよ」
うまい具合に胸元に顔を埋めて抱きしめてくるものだから、柔らかさを堪能させるように背中に手を回し、わざと擦り寄って。
ニコルは片腕でテューラを抱きしめたまま、もう片手だけで器用にドレスをはだけさせ、下着も外してしまう。
紐で簡単に解ける下着がニコルの手に渡った時、確認するように胸から顔を離して下着をまじまじと見つめてきた。
「……濡れすぎだろ」
「やだ…あんまり見ないで…」
秘部ならまだしも、濡れた跡を残す下着を見つめられるのはさすがに恥ずかしい。
「じゃあ、交代させてもらおうか」
「たくさん気持ちよくしてね?」
「……だからあんま煽んなって…」
ベッドに寝かされて、ドレスは全て脱がされてしまう。
せっかく気に入ってくれそうな服を選んだのに、少しだけ残念だ。
見つめ合って、また口付けて。
すぐに深くなる口付けを二人で味わいながら、ニコルの両手は持ち上げるようにテューラの胸を揉みしだく。
柔らかさを堪能する指先は両方ともテューラの先端を弄び、思わず腕にすがりついてしまった。
触られてもいないのに腰が震えて、呼吸が浅くなる。ニコルはテューラとは違って勿体ぶることはせず、全身で感じるテューラを堪能し続けていた。
やがて唇同士が離れ、ニコルは待ち侘びていたかのようにテューラの胸元に顔を下ろしていく。
喉元を最初に舐められ、下へ下へと。
大きく無骨な両手で柔らかな胸を深く寄せて出来た谷間に舌を這わせて味わい、二つの先端を同時に口に含まれた。
「んんんんんんっっ」
片方ずつ舐められるのとはまた違う強い感度が胸から脳天へと駆け抜けていく。
「や、ああぁっ」
テューラの喘ぎ声をさらに響かせようとニコルの舌の動きは次第に激しくなり、たまらず銀色の頭に強くすがった。
「ほんとに胸が弱いんだな」
頭にまわされた腕を優しく掴んで離しながら、楽しそうに笑ってくる。
「だって……たくさん触るから……」
自然と潤む瞳で甘く抗議すれば、楽しそうだった口元が意地悪そうに歪んだ。
あ、と思った時にはもう。
「ーーや、待って!あんんんんんんんんっ!!」
また胸元に降りてきた唇が、先ほどよりも強く舐め絡めてきた。
深い痺れと疼きに苛まれて、頭がどうにかなりそうだ。
ニコルは追撃をやめずにテューラを攻め続け、揉みながら吸いながら、全てを味わうかのように夢中になっていた。
「あっ、やあああっ……ニコ、ル!」
「…もっとか?」
「ちが、ひゃあああん!!」
テューラの嬌声の強弱からさらに弱い箇所に気付かれて、そこばかり集中的に愛されていく。
ビクンと何度も腰が跳ねるたびにそれすらも快楽に変わるようだった。
やがて片手が胸から離れて下へと降りていく。
「……洪水みたいになってんぞ」
「わかってるっ…言わないで……お願っ…」
我慢したいのにさせてくれない。
充分すぎるほど胸の弱点を弄ばれて身体の力がくたりと抜けて、ようやくニコルは胸元から顔を離した。
愛おしむように唇や頬、額に優しく口付けられて、休む間もなく焦るように下半身へと向かって。
ドキドキと期待が駆け巡る中で、ニコルはテューラの腰を少しだけ持ち上げ、焦らすことはせずすぐに秘部へと優しく舌を這わせた。
「ぁ…」
乳房を苛め続けた本人とは思えないほど優しい舌使い。
「ん、あ、ぁ…」
ゆっくりと愛液を舐めとられながら、吐息にくすぐられながら。
先程の壊れてしまいそうな快楽とは別の理性的な快感に、くしゃりとニコルの髪を優しく掴んだ。
深く深呼吸できる余裕があるほど穏やかな愛撫だというのに、昂ぶった身体は鎮まることはない。
時間をかけて全てをゆるやかに舐め続けられる。ピンと充血して張り詰めた小さな突起も、愛液の溢れ続ける膣奥も。
心地良すぎて、もっと、と腰をくねらせてしまった。
その腰は大きな手で掴まれてしまい、身動きできなくなったことでもどかしさが生まれる。
「…まだ?」
思わず問うてしまったのは、焦らされている気がしたから。
顔を上げたニコルと目が合い、優しく微笑まれて頬が熱くなった。
「…まだ、我慢だ」
テューラが焦らした時のような返答。だが下腹部には戻らず、口付けられた。
自分の愛液が染み込んだニコルの唇に、催淫効果があるかのように夢中になって舌を絡ませ合って。
唇は離さないままでニコルの指が下腹部を這い、やがて一本が秘部の入り口にあてがわれた。
期待していたものの太さに比べれば指の一本だけなどもどかしいだけなのに、ゆっくりと侵入されて、たまらず腰が揺れる。
「あんま締め付けんなよ…」
「だって……」
気持ち良くて、とまでは言えなかった。
また唇を塞がれたからだ。
膣奥で指先が細やかに蠢いて、少しずつ馴染ませようとしてくれる。
もどかしい振動。もっとほしいのに、もう少しこのままでいたいような。
普段ならリードするのはいつも自分のはずなのに、ニコルを前にまるで何も知らない娘のようになってしまっていた。
全てを委ねて、身を任せて。
そして、仕事以外で男に抱かれたことがないと気付いた。
心から抱かれるという言葉の意味を理解する。
「……ニコル…」
涙が浮かんで溢れる。
「……だいすき」
ふにゃりと力無く微笑んで、子供のようにたどたどしく伝える。
テューラの言葉にニコルはぴくりと固まり、抱きしめるように頬を触れ合わせてニコルの顔が隣に落ちた。
はあぁ、と深いため息と共に。
「……ニコル?」
「……頼むからマジで煽んなって…痛い思いさせたくないんだ」
少し苦しそうな声は、彼の我慢を切実に伝えてくる。
テューラを傷つけない為に。
顔を上げたニコルと目が合う。
「…前…痛かっただろ?」
以前の行為で無理をさせてしまった、その負い目を感じているのだと。
確かに乱暴で暴力的な性行為だった。
しかしそれは、ニコルのせいではないのに。
テューラのことを考えて優しく甘くほぐそうとしてくれていたのだとわかり、愛しさがさらに膨らんだ。
ニコルの大きな身体を、すがるように抱きしめる。
愛しい人。可愛い人。でもすごく、格好良い。その心使いが。
また口付け合って、膣奥の指が二本に増えた。
「あんっ……」
一本目とはちがう圧迫感。その後ゆるゆると馴染ませるように動くから、少しずつまた快感が蓄積される。
拡張の為だけの動きだから、理性が保てた。
吐息に混じる程度の喘ぎ声がこぼれ続ける。
目前にあるニコルの表情はかなり我慢していることを示すように眉間に皺が刻まれていた。
恐らくニコルの方がテューラを早く欲しがっているのに、これほどの我慢を見せてくれるなんて。
また愛しさが言葉になろうとするから、ニコルを煽らない為に何とか堪えた。
ただ見つめ続ける。テューラの為に必死になっているニコルを。
うっとりと見つめて、視線に気付いたニコルと目が合って、嬉しくてたまらず微笑んで。
「あーーー…クソ……」
たったそれだけのことなのに、どうもまたニコルを煽ってしまった様だった。
ゆっくりと指が抜かれて、抱きしめられる。
「……もう挿れていいか?」
もはやテューラが何をしてもしなくても、ニコルを煽って昂らせてしまう。
「…うん。……私も欲しいの…」
我慢など、もう嫌だと。
抱きしめられる腕が少し緩まり、見つめ合い、口付けて。
唇が離れると同時に、足を少し持ち上げられた。
腰を浮かされて、今も濡れ続けている秘部に充てがわれる。
触れた瞬間に、熱くてとろけそうになった。
「…痛かったら言えよ」
ニコルはどこまでも優しくテューラの身体を案じてくれるから、言葉にはせずキュッと弱い力で背中に腕を回して彼を待つ。
待ち焦がれた時間。
「ーーーっ…」
指二本では到底足りないほどの質量の圧迫感がテューラを襲うが、痛くはない。
ニコルも途中で中途半端に止まることはせず、猛りきった自身を奥まで侵入させた。
「ああああっ」
膣壁を強引に押し広げられ奥を突かれて、たまらず嬌声が上がる。
焦らされ続けて昂っていた身体に、擦られる痺れは全て快感へ変貌した。
「ニコルっ、だめぇっ!!」
奥へ到着したニコルは強く眉を顰めて動きを止めるが、テューラは腰が激しく痙攣するのを止められなかった。
自分の意思ではどうしようもないほどの深い快楽に飲み込まれる。
「あああああっっ」
「テューラ、待っ…」
腰から全身へと痙攣は広がり、ニコルに強く抱きしめられても止まらず、まるで脳まで震えるような快感だった。落ち着くまでに数十秒は費やしただろう。
ようやく落ち着いて深く息を吸えた時、身体はもう力を入れることもできないほど脱力しきっていた。
「あっぶねぇ…」
テューラを抱きしめたまま、耳元でニコルが切迫したように呟く。
快感の渦に耐えられなかったテューラとは違い、ニコルは何とか耐えられた様子だ。動きはしないままだが。
「…ニコ…ル……」
「頼むっ…動かないでくれ……」
甘えた声で名前を呼べば、切実な声で返される。
「……ふふ…私たち、すごく相性がいいのね」
「……みたいだな」
呼吸もままならないまま、抱きしめ合いながら、力を抜くように笑い合った。
「あーー…マジで気持ちいい…」
少し落ち着いたのか、待ち侘びた時間を堪能するようにニコルは小刻みな律動を開始する。あまり激しく動かないのは、すぐに限界を迎えてしまいそうだからなのだろう。
「あ、ん、んぅ…」
優しい波も、テューラの達したばかりの身体には響き渡るものがある。
「ニコル…ぁ……」
「くっ…」
切ない声が静かにこぼれる。
我慢の限界を遠ざける為にニコルはまた静止するが、動きを止めた場所はテューラの最奥で。
「ぁっ…そこ、だめっ!」
たまらず身動ぐテューラの腰につられるように、硬く猛りきった性器はさらに奥を押しつぶすようにゴリっと深く侵入した。
「きゃあああああああっっ」
たまらないほどの快感が脳天へと駆け巡り、膣奥は急激な拡張と収縮を繰り返す。
「やべーーああっ…」
「ひゃあああああああんっっ」
ガクガクと震えの止まらない膣内に今までとは違う熱い快感が何度も叩くように押し寄せて、同時にニコルが限界を迎えた声を発した。
がんじがらめにするように今までで一番強く抱きしめられて、放たれた熱の深い密度にまた腰から全身が強く何度も震えてしまった。
強く抱きしめられすぎて苦しいのに、それすら快楽に変わってしまう。
やがて波が穏やかに引いていき、二人分の荒い呼吸音だけが静かな部屋に響き渡り。
「……マジかよ…情けねぇ…」
自分が考えていた以上にあまりにも早く達してしまった事実に、抱きしめる力を緩めながらニコルはテューラに覆いかぶさったまま脱力した。
全身は炎に舐められたように熱くて、互いの汗がどこもかしこも混ざり合っていて。
「…相性が良すぎるのも、考えもの?」
情けないとショックを受けている姿が少しおかしくて肩に手を回しながら訊ねてみれば、力を振り絞ったのか、ニコルはガバっと腕の分だけ身を起こした。
そのままじっと見つめられて、フッと微笑まれて。
「……可愛すぎんだよ」
自分が早く達してしまった原因をテューラのせいにする。
「…二回戦だ二回戦」
「少しはゆっくりしたいなぁ?」
名誉挽回とばかりに動こうとするほどには体力が有り余っている様子に、テューラは腕を伸ばして抱き寄せて、身を委ねるように甘えながらもニコルの動きを静止した。
「時間はたくさんあるのよ。あなたとゆっくりお茶を飲む時間が欲しいわ」
先にニコルの願いを聞いたのだから、今度はテューラの願いも聞いてほしい。
ゆっくりお茶を飲みながら他愛無い話をして、互いのまだ知らない部分を知っていきたい。
「ね?おねがい」
可愛くおねだりすれば、くしゃくしゃと頭を撫でられた。
まだ互いに繋がったままの状況で。
「…我慢できなくなったら襲うからな」
「んー…優しく襲ってね」
テューラの願いを聞いてくれる、優しい人。
また煽ってしまうかもしれないが、ニコルを潤んだ瞳で見つめることを止められない。
ニコルも情熱的に見つめ返してくれて。
思いが通じたように、唇は深く重なった。
ーーーーー