第73話


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 コウェルズにとってルードヴィッヒは、まだまだ考えの足らない未熟な若者であり、言われたことに対しては不満があれとりあえずは頷く新米の騎士だった。
 ガウェに憧れて騎士となり、努力を惜しまないところは好感が持てた。
 上位貴族らしいプライドを強く持ちながらも、地べたに這いつくばってでも強者にすがりつこうとする姿勢も感心する。
 だが、甘い。
 それがコウェルズの中にあったルードヴィッヒという若者だったのだが、ジュエルを落ち着かせて寝かしつけてからジャック達の元に戻ったコウェルズが見たルードヴィッヒは、今まで見たこともないほどの物欲を瞳に宿していた。
 どうしようもなく欲しいものを手に入れたがるその瞳は、コウェルズが今までも何度か見てきた、エル・フェアリア人特有の本能だ。
 ジュエルの件で皆と話をつけておきたかった。話とはいっても、ルードヴィッヒと二人だけにはしないという簡単なものだったが。
 しかし、先に双子からその件は話されていたのだろう。ルードヴィッヒはコウェルズが本題に入るより先に、先手を取るように瞳をぎらつかせながら深く頭を下げた。
 曰く、ジュエルの護衛を任せることを許してほしい、と。
 しっかりと下げられた頭と、今まで聞いたこともないほど芯の強い声と。
 呆気に取られ、ああ、と返してしまった。
 その後は改めて護衛騎士としての心得を懇々と話して、大会での行動を根本から伝え直した。
 それでもどうも興奮の冷めないルードヴィッヒをジャックが無理やり訓練に連れ出したのが、つい先ほど。
「…あの突然の変化は…何があったのでしょうか?」
 エテルネルとしての口調にも慣れて始めた自分自身を遠い頭で感心しながら、ジャックに首根っこを掴まれて強制退場させられたルードヴィッヒを思う。
「自分の気持ちをひとつ整理できたという事…かな」
 ダニエルは新しいお茶を注いでくれながら、何やら微笑ましそうにしていて。
「上手くいくなら、ルードヴィッヒは我々の思う以上の成果を見せてくれるだろう。大会出場者としてだけでなく、これからの騎士団を牽引する者としてもね」
「…何があったのか、本当に詳しく知りたいのだけれど…」
「それよりジュエル嬢の話を先に。あまり遅くはならなかったが、何か聞き出せたか?」
 コウェルズの問いかけも軽く聞き流して、ジュエルから情報を得られたのか訊ねられて。
 向かい合うように座るダニエルは上半身をややこちらに傾けてくる。
「…さっきも言った通り、本当にあまり情報はありません。ただ、どうやら王家の庭園に間違えて入り込んでしまった様子で、どうも絡繰り妖精の悪戯にあったとか」
「絡繰り妖精の悪戯か…懐かしい言葉だ」
 それはラムタルで言い伝えられている、稀に起こるらしい不思議な現象だ。
 その悪戯に巻き込まれた者は、知らぬ間に別の場所へと移動させられるという。
「じゃあそのせいで二人は離れたと?」
「いや、一緒に悪戯に巻き込まれた様子です。その後で治癒魔術師の息子がお嬢様を連れ去ってしまったと。どうもお嬢様とルードヴィッヒ殿で口論となったらしく、それを見かけた少年がお嬢様を連れ出したとか」
 それだけで足の速いルードヴィッヒがジュエルを見失うとは到底思えないのだが、絡繰り妖精の悪戯と聞いてしまうと仕方ないと思えてしまう自分がいた。
 そしてそれはどうもダニエルも同じ様子で。
「もう数年前になるか…我らがコウェルズ王子様が絡繰り妖精の悪戯のせいで迷子になってしまったんだよ」
「……」
 それはコウェルズにとってあまり思い出したくない過去で、しかしエテルネルである今その話を止められるわけもなく、まるで当時を面白がるようにダニエルは笑っていた。
 昔、コウェルズとリーンと、自分達の王族付き達とで向かったラムタル王城で、コウェルズだけが悪戯によって別の場所へと移動させられたのだ。
 それはあまりにも自然で、いまだに不思議な体験だ。
 場所は確か、王城の最上階。
 そこでコウェルズは今まで見たこともないほど美しい女性と出会った。
 そして。
「階段から勢いよくコウェルズ王子が転がり落ちてきたから、その時はみんな焦ったものだが後になれば大笑いさ」
「…人の失態を笑うのはどうかと思いますよ?」
「調子に乗っていた若い王子様だったから、絡繰り妖精に悪戯返しをされたんだろうというのが皆の意見だったね」
「…………」
 たしかにあの当時は悪戯三昧で、バインド王に何度叱られてもへこたれなかった。
 格好もつけたがる年齢だったからこそ、盛大に階段から転がり落ちた自分の姿はいまだに黒歴史だ。
「その絡繰り妖精達が、今度はジュエルとルードヴィッヒを別の場所へと移動させた…悪戯はその者にとって大切な理由を示すとも聞いたが、ファントムに繋がる証拠がここにはあると伝えてくれたのかな?」
「そうだといいですけどね」
 まだラムタルに訪れてから二日しか経っていない。
 だというのにファントムの仲間だろう若者からこちらに訪れてくれたというのは、運が味方したと言うべきなのだろうか。
「もしくは、ルードヴィッヒの気持ちを整理させる為に悪戯をしてくれたのか」
 ダニエルもルードヴィッヒの変わり様を驚くように、独り言のように呟いて思案する様子を見せた。
「もし本当に絡繰り妖精の悪戯だというなら、どちらも、という可能性も高いですね」
 ニコリと微笑んで、良い方向へと流れているとするなら喜んで受け入れて。
 ファントムやその仲間達との接触はリーンを取り戻すのに必須で、そしてルードヴィッヒという存在もエル・フェアリアの騎士達の士気を上げるのに必要だから。
「…ルードヴィッヒ殿のあれほどの変わり様。もしかして、本当にジュエルお嬢様に想いを抱いているとか?」
「それはまだわからない。執着心は確実にある様子だが…通常の意識下とは別の様子も見せていたからね」
 ルードヴィッヒは王城ではジュエルとあまり関わりを持たなかった。だから恋心があると言われてしまうと首を傾げてしまうので、執着心と言われてもさらに混乱するだけなのだが。
「ルードヴィッヒは幼い頃からジュエル嬢と交流があったと。隣り合う紫都と藍都ならあり得るでしょうし、幼い頃から二人を会わせていたのは両家の思惑も少なからずあったことでしょう。ルードヴィッヒは自分の気持ちに疎いようだが、何も思っていないわけでもなかったらしい」
 幼い頃からジュエルと交流を重ねてきたからこその複雑な思い。
「ミシェルに嫉妬して、レイトルにも嫉妬していた。自分の気持ちがまだわからなかったとしても、答えは出ているようなものでしょう」
 ジュエルが慕う存在二人に嫉妬していたなら、それはもう決まったも同然の気持ちだろう。
「ということは、ルードヴィッヒ殿が探しているというファントムの仲間の少女のことは諦めたのでしょうか?」
 ふと気にして問いかけてみたが、返事はなかった。
 それどころか難しそうな表情を浮かべられる。
「……まさか、二人とも気になるなんて言ったんじゃないでしょうね?」
「いや、そこまでは…」
 ダニエルは歯切れ悪く言葉を濁し、居た堪れなさそうに首を少し掻いた。
「……そうでないことを願いますよ」
 エル・フェアリアの男達の愛する女への執着心は強い。
 それは己の力を増幅させるほどに。
 だが、二人の女を同時に愛した者に訪れる結末は、いつの時代も破滅だけだった。

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