第67話


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「突然すみませんでした。迷惑になっていませんか?」
 王城兵舎より随分と狭く、しかし個人邸宅というには広すぎるだろう廊下を歩きながら、ニコルは前を進む老人に頭を下げた。
 老人とはいっても一筋縄ではいかないだろう鋭さを穏やかな見た目の奥深くに隠し持った人物だが。
 ガウェの個人邸宅で使用人達をまとめ、ガウェが幼い頃は教育係としてそばにいたという人物、ネミダラ。
 ニコルとアリアがガウェの邸宅に到着すると同時に出迎えてくれた彼は、ニコルの申し訳なさそうにひそめられた眉間のシワを直すよう、笑顔で自分の眉間を軽く指差した。
「ロワイエット様の普段の我が儘を思えば、迷惑など微塵もありませんよ。お気になさらずゆっくりなさってください」
 穏やかに、しかし力強く。
 先に部屋を案内してくれるという背中について再び歩みを再開すれば、見慣れない家に少し不安そうだったアリアがコソリとニコルに耳を貸すよう願ってきて。
「…なんだ?」
「えっと…ロワイエット様って誰?」
 ここはガウェの個人邸宅ではないのかと不安そうに首をかしげるアリアは、ガウェのその名前を知らなかったらしい。説明をしようとすれば、耳に届いていたらしいネミダラが面白そうに軽く笑ったところだった。
「現代の騎士の方々に隠し名など無用ですからね。ロワイエット様とは、ガウェ様のことですよ。ガウェ・ヴェルドゥーラ・ロワイエット。家名の後に続く名前を隠し名と言うのです」
「…隠し名?」
「どうして隠すんですか?」
 隠し名と呼ぶとはニコルも初耳で、アリアと揃って質問して。
「今は廃れた迷信ですよ。昔々の魔力を持った者達は、名前と魔力に何かしらの関係性を見ていたのです。敵に名前が知られるということは魔力の根源を掴まれて使用できなくなるという具合に。だから隠し名を使って、自分の本当の名前を隠してきたのです。今では迷信だとみな気付いてはいますが、魔術師団の団員は今でも形式的に隠し名を使うはずですよ」
 それは家名を持たずに育ったニコルとアリアには想像もつかない内容で、説明されても理解するには遠く及ばなかった。それに気付いてくれたのだろう。ネミダラはさらに微笑みながら「例えば」とまた説明を続けてくれた。
「ロワイエット様がもし魔術師団員となっていましたら、その名前はガウェ・ヴェルドゥーラ・ロワイエットではなく、ロワイエット・ヴェルドゥーラとなるのです。本来の自分を示す“ガウェ”という名前を“ロワイエット”という隠し名で上から包んで隠してしまい、自分の魔力を敵に押さえられないようにする為に」
「…そうだったんですか…兄さんは知ってた?」
「いや…」
「今の若い世代はもうほとんど知らないでしょうね。隠し名という言葉すら廃れていると聞きますし、位の低い出自の者に名前も家名も呼ばせない為に第二名として隠し名を使う歴史の方が有名ですから」
 時代は移り変わる。それを少し寂しく思うように、絶やされなかったネミダラの微笑みがわずかに寂しく揺らいだ気がした。
「じゃあ、モーティシアさん達も隠し名なのかなぁ」
「もしその方々が魔術師団員であるなら、そうなのでしょうね」
 ロワイエットという人物がガウェであると理解して安心したのか肩の力をわずかに抜きながら、アリアが興味をそそられたようにネミダラに一歩分近づいた。
「…本当の名前?とかって聞いても大丈夫なんでしょうか?」
「それは何とも。形式とはいえ一度名前を隠した者は、それ以降は最愛の者にしか名前を教えないものでしたからね。隠された名前を知る人物から聞き出すことも可能ですが、隠した本人から直接名前を聞き出さない限り、敵は魔力を掴むことは出来ないとされていましたし」
「なんか素敵ですね!じゃあトリッシュさんの婚約者さんだけが、トリッシュさんの本当の名前を知ってるんだ…」
 近しい者達の隠された名前よりも、トリッシュとその婚約者のロマンティックなやり取りを想像したのかアリアが嬉しそうに頬を緩めて。
「…あれ、でもあたしはどうなるんでしょう?一応魔術師団員なんですけど」
「治癒魔術師とはいえ今まで家名も隠し名も無かったのですから、無理やり形式に当てはめることはしなかったのでしょう。エル・フェアリアの女性治癒魔術師ならばそのうちメディウムの姓を正式に与えられるでしょうが、隠し名は今の時代さほど重要ではないので“欲しければ用意する”程度でしょう」
「…そうなんですか」
 少し隠し名が欲しいと思ってしまったのだろうか、アリアの声はわずかに不満そうに落ちてしまっていた。
 そこに気付いてまたネミダラは愉快そうに笑っているのだが。
「さあ、こちらが用意した部屋ですよ。別室にはなっていますが、中に扉がついているので行き来は簡単です。中のものは衣服も食器も何でも自由に使っていただいてかまいません」
 話している間に到着した二室は隣り合う部屋で、ネミダラは奥の壁側の部屋にニコルを、手前にアリアを促す。
「簡単ではありますがお嬢さんの部屋には防御結界も張らせていただきましたので、護衛は私どもにも分担していただけると光栄です」
「それは助かります。ありがとうございます」
「あの、ありがとうございます」
 何かあるとは思わないが護衛面では素直に有り難かったので礼を告げれば、ネミダラは終始穏やかさを絶やさないままニコル側の扉を開いてくれた。
「少し休んでから、また下に降りてきてください。私の兄もお二人と話したい様子ですから」
「ビデンス殿ですね」
「ええ。お二人に会えると知ってとても嬉しそうでしたよ」
 ニコルとアリアが邸宅に到着して出迎えてくれたネミダラとビデンスの二人ではあったが、ビデンスは挨拶もそこそこに裏庭へと向かってしまっていたのだ。
「下に降りてくだされば使用人が案内しますから、どうぞゆっくりなさってください」
「何から何までありがとうございます」
「すぐに向かいますね!」
 二人同時に頭を下げれば、また「ひと休みしてからお越しください」と釘を刺されるように言われてしまって。
 そこでネミダラと分かれて、ニコルとアリアは用意された部屋へと足を進めた。
 そこは兵舎内周棟の二人部屋よりも広く、内装もガウェが好みそうなシンプルな作りではあるが、明らかにひとつひとつが値のはりそうな代物だ。
 部屋は確かに隣と扉でつながっており、アリア側の部屋への扉を開けてみれば、細部こそ違いはあるがほとんど同じ様式の部屋だった。
「…広い」
 ため息のような言葉ははたしてどちらから漏れたものか。
「こんなに広い部屋が何個もある家を建てられるんだから…ガウェさんってやっぱりすごいお金持ちなんだね」
「そりゃあ…貴族の中で一番位の高い家の生まれだからな」
 感嘆とも呆れとも取れるため息を二人でついて、わずかな荷物をソファに置くこともためらって床に直置きする。
「服も用意してくれてるって言ってたけど…やっぱり着替えた方がいいのかな」
「…後で買いに行こうか」
 いくら古い衣服に気後れなどないとしても、気を使わないわけではなくて。しかし借りることも躊躇われたので買いに行くことで二人で合意して、とりあえず荷物のように床に直座りした。
 そこへ今まで大人しくしていた小鳥がアリアの肩から飛び上がり、今晩からニコルの使うベッドに遠慮もなくダイブする。
「うわ!汚すなよ!」
 兵舎の自室とは勝手がちがうのだと焦りはするが、小鳥は不都合な言葉は耳に入れていない様子でふかふかの布団の中に潜り込んでいた。
「…あの子の名前、この休暇中に決められるといいな」
 そんな小鳥の無邪気な姿を眺めながら独り言のように呟かれた言葉に、ただ静かに頷いて。
「絵本が馬鹿みたいに多い部屋があったから、そのうち入らせてもらおう」
「絵本?ガウェさんが?」
 大の男の家に絵本と聞いて目を丸くするアリアに笑いかけながら、ニコルは立ち上がって窓の扉を開けた。
 風は冷たい。だがそれが心地良い。
 城内でないというそれだけの理由が身体を清めてくれるようだ。
「…今の俺たちはただの平民の兄妹だな」
 重苦しいしがらみなど何ひとつ持たない、自由で平凡なただの平民のありふれた兄妹。
「…そうだね。兄さんのお金持ちな友達の家に厄介になる、山から出てきた田舎者兄妹…あ、お父さんとお母さんもいたんだった」
 隣に来たアリアのカバンの中には両親の遺品が入っているから、これは実質的には家族旅行なのだと。
「…この休暇中にやりたいこと、ある?」
 買い物や、見物や、それ以外で何か。改めて考えて、改めて思い浮かばなくて。
 でも。
「…髪、切ってみるかな」
 風にさらされて流れる髪のひと束を掴んで、ふと思い至った言葉を考えなしに口にして。
「…私が切ってあげよっか?」
 否定ではない、どこか自信ありげな様子で。
「これでもずっとお父さんの髪を切ってたんだからね!」
 ニコルの無言を不安と取ったのか、アリアは任せてほしいと胸を張る。
「…そうだな。後で頼む」
「今日切っちゃうの?…じゃあもう今切っちゃう?」
 思い立ったその時に。
 髪に未練など存在しないのと、重りから解放される為の暗示の要素も備わって。
「…頼むよ」
 自分を変える為の、その一歩を見つけた気がした。

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「この時期に庭でお茶なんて体に悪いんじゃないか?」
 この家の主人であるガウェの幼少期から使えてきたネミダラは、訪れた二人の若者の部屋を案内した後に裏庭に向かい、そこでいかめしくお茶を飲んでいた兄に小言をひとつ渡した。
 互いに大昔は騎士として王城に勤めていたが、ネミダラは騎士を辞めてからは黄都で幼いガウェの子守りを任された為か穏やかに、ビデンスは長く王族付きの護衛騎士として勤めた為か一筋縄ではいかない芯の太さがありありと醸し出されていた。
 ビデンスの隣でニコニコと微笑みながら暖かいお茶を飲むのは彼の妻であるキリュネナで、数日前に半壊したハイドランジア家が復元されるまでガウェの邸宅で厄介になることにはなっているのだが、二人ともまるで昔からこの家に住んでいたかのような馴染みようだ。いつのまにか庭に勝手に増え始めた植物達も、この老夫婦の仕業だろう。
「この人ったら植物に囲まれてひと休みするのが昔から大好きでしょう?真冬でも雨の日以外はいつも外でいただくんですよ」
 キリュネナはまるでネミダラもその事を知っているかのように話すが、ネミダラの古い記憶を探してみても兄が植物好きだった過去など思い出せないので、恐らくキリュネナと出会ってから身に付いた、妻に合わせた趣味なのだろうと理解した。
 それを肯定するように、ビデンスの眉間の皺が不満そうにさらに深くなっている。
「それにしてもあの素敵な騎士様にまた会えるなんて。家から連れてきたお手伝いの娘達が喜びますね」
 ハイドランジア家から訪れているのは老夫婦だけでなく数名の手伝いの娘達もおり、復元の間は家に帰ることになった他の娘達が嫉妬するだろうと夫人がまた笑う。
「…王城にはエレッテがいると聞いていますし…少しお話が聞けたらいいわねぇ」
 キリュネナが心配するのは家が破壊される前の数日間家にいた娘のことで、エレッテと呼ばれた彼女がどういう存在であるか知らされたというのに、それでも我が子を思うように大切に感じているようだった。
「あら、お茶が無くなってしまったわね。じゃあ私はもう中にいますね。お話が終わる頃にまたお茶をいただきに来ますよ」
「おや…もうしばらくすれば二人がこちらに来る手筈ですが、会っていかれないのですか?」
「私は夕食の時にでもお話させていただきます。私がいたらこの人あまり口を開かないだろうし、今は譲ってあげるのよ」
 ひとしきり話した後は満足するように席を外して、キリュネナは後ろに控えていた馴染みの娘達と室内に戻っていく。
 無事に室内に戻ったキリュネナを見届けてから、ようやくといったようにビデンスが静かなため息をついた。
「まったく…お節介な婆さんだ」
 悪態をつきながら、それでも愛おしむように。
「こちらにしてみたら、羨ましい限りだがね」
 ビデンスと二人だけになったので、ネミダラも堅苦しい言葉遣いはやめて隣に座る。
「適当にでもいいから再婚しなかったお前が悪い。ヴェルドゥーラ氏からも良い縁談話を持ってきてもらえてたんだろう」
「時期を逃したなぁ…」
 ネミダラにもかつて連れ合いはいた。
 離縁したのはガウェが子供だった頃だ。
 あまりに悲惨な事件がまだ子供であるガウェの身に起きてしまったのだ。そのガウェを献身的に支えている間に、いつの間にか妻は他の男と共に去っていた。
 なにもかも、過去の話だ。
 だがしばらくの間だけとはいえ、目の前で仲睦まじい夫婦の姿を見せられてしまったら、流石に少しは嫉妬もしてしまう。
「…この老いぼれでも良いと終の人生を共にしてくれる人でも探してみようか」
 半分冗談で呟いた言葉に、最愛の伴侶が存在する兄はその顔に似合わない穏やかな笑顔を浮かべていた。
 そして邸宅に訪れた二人の若者を待つ間にネミダラもお茶を一杯空にして、冬の寒さの中にかすかに混じる太陽の温もりを静かに感じていた最中に、二つ分の気配を感じてビデンスと同時にそちらに目を向けた。
 時間としては部屋に案内してから遅くも早くもない時間。
 だがそれだけの時間にしては短すぎるほどの変貌のせいで、ネミダラは立ち上がることも忘れて椅子に座ったまま呆けてしまった。
 ビデンスも同じだ。
 しかしすぐに我に返り、若い二人の変貌に潔さを感じて拍手を送る。
「ずいぶんと思い切りましたな」
 邸宅に彼らが訪れた時は確かに長い髪を束ねていたはずだ。
 兄妹揃いの銀の髪は毛量が多いのか束ねていても存在感があった。それが今は、まるで憑き物でも落として来たかのように表情すらスッキリと見えるほどさっぱり短くなっていたのだ。
 青年は男臭さが増すほど短髪に。娘は鎖骨に当たる程度にまで。
「よくこの短時間で二人とも短くしたものだ」
 ビデンスも面白がるようにその変貌に笑みを浮かべ、若者のうち最初に声を発したのは娘だった。
 静かにお辞儀をしてから、ネミダラとビデンスに目を向けて。
「改めて、初めまして。治癒魔術師のアリアと申します。しばらくよろしくお願いします」
 柔らかな淡い銀髪がふわりと揺れて、初見時に感じた野暮ったさが消えている。
「お久しぶりです。ビデンス殿。しばらくよろしくお願いします…あ、ネミダラ殿、切った髪はちゃんとまとめて捨てる準備が出来ているので、部屋を汚してはいません」
 突然髪を切った二人からすると部屋の掃除のことが気がかりだったのか、ネミダラからすれば気にも留めていなかったことを申し訳なさそうに弁解されてしまった。
「お気になさらずに。それよりもご自分で切られたのですか?ずいぶんと見事なものだ」
「あの、私が…」
 アリアは褒められて少しだけ頬を染めながら、父親の髪を切っていたから慣れていたのだと教えてくれた。
「それにしても、男はともかく…あそこまで長く伸ばしていた髪を切るとなると、お嬢さんには相当な覚悟があったのではないかと思うのですが?」
 女性というものは髪を大切にするイメージが定着していたので何の邪推もなくただ純粋に尋ねてみれば、答えづらい質問だったのか、アリアが少し言葉に詰まった。
 だがそれも一瞬のことで、先ほどよりもさらにさっぱりと晴れやかな笑顔が浮かび、
「前に好きだった人がいて、その人が長い髪が好きだったから伸ばしてたんですけど、その人に髪の毛触られてたこと思い出したら気持ち悪くなっちゃって。兄の髪を先に切ったんですけど、あたしもさっぱりしてやりました!」
 爆弾発言にも取れる暴露に、ネミダラよりビデンスより、事情を知るのだろうニコルが一番驚いた顔をアリアに向けていた。
 ネミダラもどう返せば良いのかわからない答えに目を丸くして、
「っははははははははは!!」
 アリアの潔さを気に入ったのだろう。ビデンスは大きく手を叩きながら激しく大笑いした。
「そう言えるということは昔の男なんて吹っ切れたということだな、お嬢さん。その強さは必ず君の最高の味方になるだろう。切った髪を御守り代わりの小物に変えてくれる店があるが、お前さんの切り捨てた髪はいっそ燃やしてしまう方がご利益がありそうだな」
 アリアのことが一瞬で気に入ったのだろう。どこまでも楽しそうなビデンスは自ら庭に設置されたテーブルに二人を案内すると、邸宅の使用人の娘にお茶を出すよう指示を出した。
「あの、お口に合うかはわからないんですけど、城下で美味しかったお菓子を買ったんです。今回のお礼も兼ねて、いただいてもらえませんか?」
 椅子に案内されて、座るより先にシンプルながら可愛らしいカゴに入った、薄い生地の布に守られた焼菓子をネミダラは手渡される。
「お気遣いありがとうございます。こちらも茶菓子を用意していたので、いただいた焼菓子は夫人がいる時に皆でいただきましょう」
 ネミダラは二人の気遣いの焼菓子をテーブルに置いて、お茶の用意をしてくれている使用人の娘に室内に持っていくよう頼んだ。
 その間にビデンスが簡単な自己紹介をして、自分の妻がお菓子に目がないという話をして焼菓子を喜んでいた。
 ニコルとアリアは選んだ焼菓子が気に入られるか不安だったのだろう。ビデンスの妻自慢とも取れる感謝の言葉に安堵の表情を見せていた。
「さあ、少し話をしようじゃないか。話したいことや聞きたいことがお前さん達には山ほどあるんだからな」
 ビデンスはかつて騎士だった頃に懐いてくれた治癒魔術師の少女の面影をニコルとアリアに見つけたように、懐かしそうに机に身を傾けていた。
 ニコルとアリアは邸宅に到着したばかりで何かやりたいこともあるだろうに、以前ニコルと話した後からずっと気がかりなことがあった様子だったのでしばらくは二人を離さないだろう。
『マリラの子供達なんだ』
 その言葉はビデンスが邸宅でしばらく暮らすことになった当初に聞いた言葉だ。
 マリラ・メディウム。
 彼女は治癒魔術師メディウム家の未来の長として王城上空に浮かぶ天空塔に生まれ、ビデンス達に無邪気になついてすくすくと育ち、ある日突然忽然と姿を消してしまった。
 生まれてきた妹をマリラはずっと心待ちにしていたという。
 ビデンスが子供たちのために口にする幼いマリラの紹介に、体の弱かった少女が立派な子供を生んだ事実に、ニコルは神妙に、アリアは瞳いっぱいに涙を浮かばせ始めていく。
 やがてポロポロと流れ始めた涙を眺めてから、ネミダラはここからは見えない王城上空の天空塔へと目を向けた。
 治癒魔術師が国に戻った。
 ただ純粋にそのことを喜んだのは、二人がどういう経緯から今この邸宅を訪れることになったのかを知らなかったからだった。

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