第64話
ーー---
ラムタル城内でエル・フェアリア人の五人に充てがわれたのは重要な賓客に用意される部屋で、扉はひとつ、中に入れば四室と風呂場はもちろん簡単な台所付き、露台は小さな庭園と噴水付きという豪華さで、扉と直結した談話室を除いた三室をコウェルズとダニエル、ルードヴィッヒとジャック、ジュエルと分けて使用することになった。
部屋分けは剣術武術に分けており、コウェルズとルードヴィッヒは空いた時間に戦闘指南を受けることができる手筈だ。
ルードヴィッヒはジャックを独り占め出来ることを喜び、同時にコウェルズがダニエルから指南を受ける様子を驚いたように見つめていた。
腕は立つ方ではあるが、伝説と呼ばれるダニエルを前にすればコウェルズの剣術の腕前など赤子同然で粗ばかり目立つ。
到着してすぐの簡単な指南は口頭だけに済ませてはいるが、ルードヴィッヒの目を丸くした表情はこそばゆいものだった。
注意を受ける様子も珍しく映ったのだろう。
談話室でリラックスしながらの指南はジュエルが用意してくれた休息の訪れと共に中断されて、エル・フェアリアから持ってきた茶葉と、若干焼き過ぎた様子を見せる出来立てのクッキーに五人で舌鼓を打つ。
今日は昼も過ぎているのでゆっくりと体を休めるくらいしかやることはないだろうとは全員口にせずとも理解しており、本格的な訓練などは明日からになる。
訓練スペースも会場となる場所も他の参加者達が集まる大広間も食堂も全て最初にイリュシーに案内されているので、道を忘れていない限り不安はない。
「…さて、じゃあ私は城内を散策してきますね」
「笑えない冗談ですね」
ひと息ついた後にコウェルズが無邪気に腰を浮かせようとしたが光の速さでダニエルから口頭で却下され、同時にジャックからは膝を押さえつけられて立ち上がることをはばまれてしまった。
「少しもじっとしていられないのですかあなたは。しばらくは落ち着きなさい」
まるで幼子を叱るような声色に無意識に目が遠くを見つめようとしてしまう。
確かに到着して二日三日は大人しくしていようとは言ったが、エテルネルに関しては自由に動ける様子を見せることも手の内だと言ったのに。たぶん。
それにコウェルズとしてではなくエテルネルという青年に対する口調なのでなおのこと子供扱いされている気がしてしまう。もちろん気のせいではないだろう。
「…私一人くらい外に出ても構わないと思いますが?」
「エル・フェアリアの者が来たというだけで他の参加者の方々があれほど殺気立ったのですから、今日一日は姿を見せず大人しくしておくべきです」
「…訓練場ならわかるけど、そこまでしなくても」
「この中で誰が一番のトラブルメーカーか、考えた結果としてもあなたの外出は認めません」
ジャックに膝を押さえつけられたまま、ダニエルからは小言を聞かされて、
「……ぇえ!?私が!?」
トラブルメーカーと言われて、コウェルズはエテルネルを演じることも忘れて素で訊ね返していた。
「その言葉はルードヴィッヒ殿にこそ相応しいでしょう!」
突然名前を出されてルードヴィッヒが先程よりさらに目を丸くするが、ジャックとダニエルの呆れた顔がコウェルズから離されることはない。
「…あのな…エテルネル。ルードヴィッヒは未経験なことが多いというだけだ。体を動かしたがるのも訓練に通じることばかり。お前はどうだ?“自分の立場”を理解して悪戯三昧だったような悪ガキからそう簡単に目を離すはずがないだろうが。せめて今日明日は大人しくしててくれ。お前の行動力なら自由に動くのはその後からでも大丈夫だろう」
正体を隠しているとはいえジャックの大胆な物言いにいちいちルードヴィッヒの反応が面白いのだが、今そのことを笑えるほどコウェルズの心に余裕はなかった。
室内でもエテルネルとして扱うようにと命じたのはコウェルズだが、ここまで言われるとは。しかも幼少期から王子である立場を利用して悪戯の限りをやり尽くして迷惑ばかりかけてきた事実しかないのでぐうの音も出ない。
「…子供の頃の話ばかりされても」
「時と場合によっては存在が迷惑、とアドルフ総隊長のお墨付きを貰っています」
「“おもり”の為なら鎖で縛っても構わないとも言われているからな。今日は食事以外で部屋を出るな!」
注意というよりも鉄拳制裁を食らったかのような衝撃を頭からもらう。
まさか自分が生まれた時から世話になっているアドルフにそんなことを言われていただなんて。
「…もう何を信じたらいいのかわからない」
まあ自業自得ではあるのだが。
だが大人しくしているつもりはないし、ここまで言われてしおらしくしているのも癪なので、コウェルズはすぐに思考を切り替えると獲物を狙う鷹の目をジュエルに合わせた。
「お嬢様!初めてのラムタル国がとても気になるご様子ですね!私と一緒に散策に向かいましょう!」
「え!?」
いうが早いか膝を押さえつけていたジャックの手をするりとどかせ、一番焦げていたクッキーを摘んでいたジュエルの手首を掴み立ち上がらせる。
弾みでクッキーがジュエルの手から落ちてしまうが見事に空いた手で捕らえて、コウェルズは人質のようにジュエルの手を引いて扉に近付きながらクッキーを口の中に放り込んだ。焦げた香りはしたが、思ったほど苦くはない。
「こら待て!」
「どこに行くつもりだ!?」
「最初が肝心なこともあるんですよ!」
慌てるジャックとダニエルをよそに、早々に扉を開けて退散する。
腕を引かれるジュエルはされるがままで、ジャックとダニエルもここまでしてしまえば止めようとしても無駄であることを理解しているがゆえに追ってくることはなかった。
この諦めの早さもある意味ではコウェルズを理解してくれているということなのだろう。
「あの、……エテルネル…」
不安な様子を見せるジュエルから手を離して「すみません、お嬢様」と軽い謝罪をして。
「私が散策したいのは当然ですが、お嬢様の顔も売っておきたかったので」
「…私の顔?どうしてですの?」
「近隣諸国が欲しがる存在が王家の娘だけだとでも?エル・フェアリアとの太い繋がりを手に入れる為には虹の七家に生まれたあなたの存在は大きいのですよ」
含みを持たせるような言葉は半分ほど冗談なのだが、聡いジュエルは残ったもう半分を理解してしまったかのように表情を固くしてしまった。
「…嘘です。間に受けないでください。そんなわけないでしょう。あったとしても我々が許しませんから。あなたの顔を売っておきたいのは他の国の侍女達に、ですよ」
訂正してみてもジュエルの不安な表情は消えなかったが、気にせず歩みを進めていく。
ジュエルが隣を歩けるよう歩く速度は遅くして、大会出場者や同行人達の多く集っているだろう食堂に向かう。
案内をしてくれたイリュシーからは部屋に食事を用意することも可能だと言われたが、食堂では色々な話が聞けるので食事の場所はその都度伝えるとしておいた。
「お嬢様は普段通りでいてくださいね。私に遠慮はいりませんから」
その普段通りという言葉がどういう意味で使われているのかもわからない娘ではない。
ジュエルの年齢は大会に訪れている侍女達の中でもひときわ若い年齢のはずなのだ。幼さを生かした無邪気な姿と健気な様子は最大限活用すべきだろう。
短期間の大会の間だけとはいえジュエルの味方になってくれそうな人物は確保しておきたいのだ。
「それにしても、本当に特別な部屋を用意してくださったものだ。ルードヴィッヒ殿の出自の賜物ですね」
「そうなのですか?」
「ええ。他国の出場者達に用意された部屋は王城近くの兵舎のはずですから。エル・フェアリアで開催の際も兵舎外周棟の一棟を専用棟にしましたからね」
国によっては王城に入れない所もあるが、わざわざ王城敷地内に戦士達を招待することがその国の力の誇示ともなるのだ。
以前のエル・フェアリア開催は三年前で、ニコルとガウェが二人揃って優勝している。その時の様子を思い出していると、前からラムタルの侍女が二人現れた。
二人はコウェルズとジュエルを目にすると、すぐに深々と頭を下げて通り過ぎるのを待ってくれる。
コウェルズというよりはジュエル相手に頭を下げた様子が見て取れたので、イリュシーが早々にジュエルの出自を広めてくれたのだとわかった。
仕事の早さはありがたいものだ。そして、
『…あ!エテルネル!見てくださいませ!ガードナーロッドで最も高品質な絹のレースですわ!ラムタルの侍女の皆様にも使っていただけるなんて、とっても光栄です!!』
ラムタル語を流暢に駆使しながら本当に心から嬉しそうにするジュエルの声に、頭を下げたままの侍女達の気配が緊張したものから暖かなものにかわる。
『よかったですね、ジュエルお嬢様』
藍都の特産に気付いたジュエルの機転にも心の中で拍手を贈った。
藍都は七家の中で唯一エル・フェアリアの特産でもある鉄が存在しない土地なのだが、それに変わるように独自にレースと刺繍の特産を生み出したのだ。その品質は国内外に広く知られており、他国王家もガードナーロッドのレースや刺繍を好んで使用するほどだ。
ラムタルの侍女達の服などコウェルズはよく観察などしていなかったが、ジュエルはしっかりと見ていたのだろう。
『イリュシーさんのドレスを見たときに、もしかしたら、と思っていたのですよ!』
ジュエルの表情は本当に嬉しそうなもので、最初は計算だと思っていたコウェルズも本当に喜んでいるのだと気付く。
『他の国の方々もガードナーロッドのレースを使用されているかもしれませんね。早速見に行ってみましょうか』
『はい!!』
無邪気を装うようにジュエルには命じていたが、この様子ならば命じる必要などなかったかもしれない。
足取りも軽やかに先に進むジュエルの後に続きながら、コウェルズは後ろを振り返り、ようやく頭を上げていた侍女達に軽く微笑みながら会釈をしておいた。
この場所から食堂まではエル・フェアリアなら兵舎内周から外周棟内の食堂に向かうのとほぼ同じくらいの距離だろうか。
ジュエルは突然連れ出されたことに最初こそ驚いていたが、ラムタル城の不思議な構造に目を奪われて辺りを興味津々に見回すほどになっていた。
コウェルズよりも先を軽い駆け足で進んでいく姿は無垢そのもので、悪徳を好むとまで言われた傲慢な藍都のガードナーロッド家の血の色は見えない。
ジュエルの姉二人も侍女として王城にいたが、こちらは当時の城内を引っ掻き回してめちゃくちゃにしてくれた経歴を持つというのに、この違いは何なのだろうか。
ジュエルが妹ならばミシェルが可愛がるのも頷けるというものだ。
侍女となった時から仕事に対しては真面目で健気で、厳しい注意も真正面から受け止めていたという。
未成年の侍女はいないわけではないが、非常に少ないのだ。王城仕えという狭い門をくぐった幼い少女達は皆一様に優秀で、中でもジュエルはとりわけ輝いてみせた。
他者の言葉を素直に間に受けすぎて流されてしまうところも多いと聞くが、確固とした自分を持てたなら最上クラスの侍女となるだろう。
侍女長ビアンカのお墨付きなのだから。
「お嬢様、あまり離れないでください」
「あ…わ、わかりましたわ!!」
城内の絡繰りの構造に目を奪われて一人で先へ先へと進んでしまうジュエルを止めれば、慌てた様子でコウェルズの元に駆け戻ってくる。
ふいに人影がコウェルズとジュエルの間に現れたのはそんな時だった。
「--きゃあ!」
「いて…」
気配もなく現れた男がジュエルとぶつかり、体の軽いジュエルがその場に尻餅をついてしまう。
「お嬢様!」
コウェルズはすぐにジュエルに駆け寄り抱き寄せると、ボーッと突っ立ったまま見下ろしてくるだけの男を強く睨みつけた。
『えーっと…ああ、ごめんね。人を探していたんだ』
男は何故自分が睨みつけられているのかわからないと言った様子で首を傾げていたが、間を置いてからようやくコウェルズ達に手を差し出した。
ラムタル語に慣れていないのか少し聴き取りづらく、独特の訛りから男の国を定めて。
『…ユナディクス国からの参加者とお見受けしますが、いかがでしょう?』
コウェルズは男の手を借りずにジュエルと共に立ち上がると、ジュエルを背に庇うように隠した。
『…えーっと….よくわかったね。俺はユナディクスのラジアータ。ハベナリア・ラジアータだ。そっちは?』
ユナディクス国は珍しく個人名が家名の後にくる国で、ハベナリア家は聞いたことのない家名だった。
『私はエテルネル・アルクス・ゴールド。エル・フェアリアの剣術試合出場者だ』
『…エル・フェアリア?』
ラジアータは間抜けた様子を見せるが、さすがに大国の名には驚いたように表情を固くする。しかしすぐに気を緩めたように視線をコウェルズからジュエルに向けた。
『そっか。じゃあ君がエル・フェアリアから来た唯一の侍女なんだ。ごめんね。倒しちゃって。俺の姉さん知らない?』
何の脈絡もなく突然話題を変えられて、ジュエルどころかコウェルズも思考を止めてしまった。
『俺も試合出場者なんだ。武術試合だけど。姉さんは侍女なんだけどはぐれちゃってさ。危ないし探してたんだよ。どこに行ったか知らない?』
『…いや、知らないが』
固まるジュエルの代わりに答えてやれば、ラジアータは天井を仰ぎながらうーんと唸った。
天然と言えばいいのか、ここまで間の抜けた様子を見せる存在は初めて見るかもしれない。 しかもそれが武術試合出場者だなどと。
ユナディクスは元々大らかで穏やかな国民性ではあったが、ここまでまったりとした人物がいるなど知らなかった。
『じゃあ、姉さん見かけたら捕まえといてくれる?変なのに捕まったら怖いから。名前はハベナリア・メデューサ。歳は…24、5…か…6か7……あれ、28だっけ?』
姉の年齢も知らないのかという突っ込みは心の中にしまい込んで、コウェルズは警戒心を解くように微かなため息をひとつついた。
『メデューサ嬢だね。わかった。見かけたら一緒に行動して、ユナディクス国の元に届けるよ』
『そう?助かる。よろしくねーー』
「ーーラジアータ!!」
ラジアータの声に彼を呼ぶ言葉が突然被さり、コウェルズとジュエルは声のした方へすぐに、ラジアータは二拍ほど遅れてから目を向けた。
「ラジアータ!あなたどこに行ってたの!?探したんだからね!迷子なんかにならないでよ恥ずかしい!!」
声がしたのはラジアータが訪れた道の先からだ。
ユナディクス国の侍女を表すドレスを纏った、まだ若そうな女性。多く見積もっても25歳ほどで、その後ろには二人の男が一緒に歩いてくる。
いずれもユナディクスの者達だろうか。そう思った矢先に。
『……は?』
『……え?』
恐らくメデューサというラジアータの姉であろう侍女の後ろにいた二人が、コウェルズを目に映してすぐに信じられないものを見るかのように口を丸く開いた。
コウェルズは彼らに見覚えなどない。しかし二人の男のうちの一人は、コウェルズが見慣れた愛しい王女と同じような癖の強い髪質と浅黒い肌をしており。
『………コウェルズ…王子?』
健康的に日に焼けた島国イリュエノッド独特の肌質を持つ青年は、コウェルズを指差してその正体をいとも簡単に暴いてしまった。
青年の隣にいる男はイリュエノッド国の者ではなさそうだがコウェルズを知っているかのような様子を見せ、メデューサが名前に反応するようにコウェルズを見つめて。
そして。
『え、ええええ!?まさかエル・フェアリアのコウェルズ王じ--』
『ーー全員場所を移してもらおうか!!』
まさかこんなにも早く自分を知る者に出くわすなど夢にも思わなかった。
コウェルズは光の速さでメデューサの後ろに周りその口を手のひらで封じると、ジュエルにラジアータ達の背中を押させて近くの適当な部屋に入り込んだ。
運良く空室を選べたらしくカーテンの締め切られた部屋に全員で移動して、コウェルズは簡単な魔力で扉を硬く閉ざす。
扉近くの気配も探って誰も近くにいないことを確認して、ようやく落ち着けるかのように盛大なため息をついた。
「なんかあんまりよくわかんないんだけど…姉さん、どこ行ってたの?迷子になるなんてさ」
「迷子になったのはあんた!私は探してたの!」
一気に疲れたコウェルズをよそにラジアータは再会できた姉の後ろにいた二人の男に頭をゆっくりと下げた。
『えーっと…どこの誰かは存じませんが、姉がお世話になりまして』
『…いや、侍女が一人で行動していて危険だと思っただけだ。気にしないでくれ。俺はトウヤ。スアタニラの者だ』
『私はクイ。イリュエノッドの者です』
『……あ、俺はラジアータ。姉と同じユナディクスです』
呼吸を整えている間にラジアータの不思議な空気により彼らの出自が知れて、ようやく合点がいったとコウェルズは皆の方に顔を向けた。
「あの…」
不安そうなジュエルには心配ないとも仕方ないとも取れる曖昧な笑みだけを返して。
『イリュエノッド国にスアタニラ国か。どうりで私を知っているわけだ』
自分のペースを取り戻すように、硬く閉ざした扉に背中を預けて話しかけるコウェルズに、ラジアータ以外の者達は背筋を伸ばして緊張した様子を見せた。
『…改まらないでくれ。私の正体がバレてしまうことは想定済みだからね。ただ、バレたからには少しだけ約束してほしいことがあるんだよ』
開き直るわけではない。コウェルズという存在の大きさは計り知れないのだから、バレることは当然なのだ。イリュエノッドに関してはほんの数ヶ月前まで外交の為に滞在していたのだから、大会に出場するほどの存在ならコウェルズを遠くない場所で見かけていることだろう。
『…なぜあなたがここに?大会期間にエル・フェアリア国から国賓が訪れるなど聞いていませんが』
恐る恐る訪ねてくるのはスアタニラのトウヤで、ラジアータを省く二人も同時に頷き合っている。
『それはまあ、お忍びだからね。だから君達にも私がここにいることは内緒にしていてほしいんだ。今の私はエル・フェアリアの剣術試合に出場するエテルネル・アルクス・ゴールド。ここにいるジュエル嬢の使用人だった騎士という設定だよ』
さらさらと説明すれば、偽名にもならない偽名に三人が珍妙な顔付きになった。
ラジアータだけは意味がわかっていない様子を見せているが。
『しかしなぜ王子であるお方が大会に?エル・フェアリアは生きていらっしゃった第四姫様の捜索とファントムの捕獲に全力を尽くしていると聞いているのに…』
イリュエノッド国のクイはエル・フェアリアの現状を理解した上でコウェルズがここにいることに深い疑問を投げかけるが、コウェルズの口からは理由など詳しく語れるはずがない。
『理由を語れないからお忍びなんだよ』
コウェルズがコウェルズでない存在としてラムタルにいるのだ。
『…えーっと、よくわからないんだけど、エテルネルという人物は存在しない人物ってこと?正体は王子様で、隠すためにエテルネルって偽名を使ってて?』
『そうだよ』
『じゃあ俺たちは王子の存在を分かってるけど、口にしちゃいけない?』
『黙っていてくれると有り難いかな。ラムタル国王には話を通してあるけどね』
ラジアータはひとつひとつ丁寧に理解していくように、頭をひねりながらゆっくりと現状を理解していく。その口調の軽さにメデューサが声もなく慌ててラジアータの腕をはたくが、ラジアータが気づく様子は見えなかった。
『私から言えることは“黙っていてほしい”それだけだよ。あとついでに自国内の者達が私の存在に気付きそうになったら、それとなく口止めもしてほしいかな。イリュエノッド国に関しては最近まで滞在していたから絶対にバレるだろうって話していたからね』
『それは…もちろんそうさせていただきますが』
困惑から抜け出せないトウヤとクイに“よろしくね”と気さくに笑いかけて、とっとと話題を流してしまおうとメデューサに目を向ける。
『それはそうと、君たちはどうして二人で彼女の側に?侍女が一人でいて危険だから一緒に行動したというのは分かったけど、スアタニラとイリュエノッドはまだ同盟が結ばれていないはずだよね?』
侍女の側にいるのが繋がりのない他国の者二人という不思議な組み合わせに首を傾げれば、トウヤとクイは一度目を合わせてからコウェルズに改まり、
『俺とクイは共に武術試合に出場するのですが、先ほどまで訓練で共に練習試合をしていまして、そこから意気投合したんです』
『休憩がてらラムタル城内を見て回っていたところ、彼女に出くわしただけですよ』
親しんだ口調はまるで昔からの知り合いのようだが、そうではないはずだ。それでも息が合ったからこうして共にいるのだろう。
『お二人とも、本当にありがとうございました。おかげで弟とも再会できました』
『気にしないでくれ』
『それよりも単独行動はもうしないでくれ』
メデューサも丁寧なお辞儀をしながらも馴染んだ様子を見せており、トウヤとクイが親しみやすい性格であったことが伺えた。
『…えーっと…じゃあ、王子だけが剣術試合で、俺達は武術試合か…王子と同じ試合じゃなくてよかった』
ラジアータは数拍遅れとも話の流れを読んでいないともとれる口調でポツリと呟き、その情報に二人が無意識にホッと安堵する。
さすがに王族とは戦いづらいか。当然だろう感情に微かな苦笑を浮かべて、コウェルズはジュエルを手招きする。
『エル・フェアリアの情報は回っているとは思うが、いくつか聞いてほしい。こちらは本当に少ない数で来ているんだけど、侍女はこのジュエルだけなんだ。まだ侍女になって一年も満たない新米だから何か気付いたことがあれば気兼ねなく指導してあげて。武術試合に出場するのはラシェルスコット家三男のルードヴィッヒ。こっちも騎士として新米だけとやる気は充分だから、大会までに訓練場で会うことがあったら練習試合に誘ってやってほしい。疲れてても訓練に誘われるだけで飛び付く性格だから遠慮はいらないよ』
改まるジュエルに向けられる眼差しは侍女ではなく異国の姫を目にするかのようで、それだけでもジュエルという存在の大きさがわかる。ジュエルだけでなく全員がそれぞれ大きすぎる存在なのだが。
『剣術試合出場者は身分を隠してはいるがコウェルズ王子で、武術試合はラシェルスコット家の御子息、侍女はガードナーロッド家の末姫ですか…付き添いはあの伝説の騎士と聞いています…まさに少数精鋭ですね』
たった五人。しかしあまりにも尊い五人が揃った。
特に双子騎士は実力で伝説と呼ばれるまでになったのだから、トウヤとクイの戦士としての憧れは計り知れないだろう。
現状のエル・フェアリアを考えながら開催国ラムタルを立てるには充分すぎるだろうと誰もが理解できる人選。
『….我々は今大会でベストを尽くすだけですが…是非ともこの出会いを素晴らしいものにさせていただきます。よろしくお願いします、エテルネル殿』
少し様子を伺いはするが、エル・フェアリアの真実は何も知らない出場者としてトウヤが対等を示すようにコウェルズに握手を求める。
『お互いの健闘を』
差し出された手を握り返して、その後にクイ、ラジアータ、メデューサとも握手を交わして。
『なんかいい感じで仲良くなれたし、この際みんなで食堂に行こうか』
気さくで飾らない王子の本質を見せながら、彼らが口を滑らせることは無いだろうと確信してコウェルズは部屋を封じていた魔力を解いた。
-----